19.ドワーフの正体
通路を四つん這いで進行するスカイは、スペンサーの言葉を思い出していた。
「右、右、左、右。ルビー・ィェテナ」
スカイはつぶやき、突き進んだ。途中、通路はまっすぐなところもあれば、カーブしているところ、天井が高いところ、横幅が広いところなどがあった。そこで、初めての分岐点にあたった。
「最初は、右か」
スカイは分かれ道で、右の通路を選んだ。
神殿の礼拝室で、ガルシアとルーク、サムは、矢尻を石で磨いていた。そこへ金槌を手にしたスペンサーが、階段を上ってきた。いち早く気づいたルークが手を振った。
「あれ。ねえ、スペンサーさん。スカイが探してたよ」
「そうか」
「階下で何やってた」
ガルシアはスペンサーが手にした金槌に目をやった。
「ああ。私は『関係者立ち入り禁止』の扉を完全に封鎖してきたんです。地階からの侵入者を防ぐために。そうだ、この時計なんですけど、ちょっと見てもらえますか」
スペンサーが袖から懐中時計を取り出し、裏側をガルシアに見せた。
「何だこれは」
「この刻印、何と読むんでしょう」
ガルシアは時計を裏返した。
同じ頃、エミリーはルーシーの亡骸を抱え、石造りの地下室へと戻った。相変わらず赤毛女がベッドに寝そべり、肉団子を喰らっていた。
「で? 侍従長はどうしてそうなったわけ」
赤毛女が頬杖をつき、白けた口調で尋ねると、エミリーはかしこまった。
「ニンゲンニショウタイガバレタヨウデス」
「それで殺されて、帰ってきたわけだ。使えない子ねえ」
「コチラ、ニクダンゴニイタシマショウカ」
「んー。普段だったらそうなんだけど。侍従長って美味しくなさそうなのよね。ブスだし」
「ハア…」
陛下はルーシーのただれた頬のことを言ってるなと、エミリーは理解した。だがそのただれは陛下が折檻した痕だということを、エミリーは知っている。
「あなたにあげるわ、エミリー」
「アリガタクチョウダイシマス」
エミリーが待ってましたとばかりにルーシーの頭を食いちぎると、他の部下たちもソワソワし出した。
「エミリー。食べたらすぐ戻りなさい。今夜はなんの日か、わかってるわね」
エミリーは咀嚼しながら、何度も頷いた。
通路の中を這っていたスカイは、ついに目的地らしき場所へ辿り着いた。そこはヒカリゴケが一層強く光り輝き、頭上にハシゴが伸びていた。
スカイは意を決してハシゴを登った。登り切ったところで、天井にドアが見えた。スカイはどうしようかためらった後、思いきってノックしてみた。
「合言葉は?」
老人のような、しわがれ声が返ってきた。スカイはびっくり仰天したが、同時にワクワクした。
「ルビー・ィェテナ」
木製の閂がこすれる音がした。
スカイは息を飲んだ。頭上の扉がゆっくり開く。
「スカイ」
「え?」
急に明かりが差し込んできて、目が眩んだ。だが、その声には聞き覚えがあった。スカイはゆっくり目を開いてみる。真上には見覚えのある、シワシワの顔があった。
「先生!」
「どうした。スペンサーに聞いたのか」
「生きてたの」
スカイは満面の笑みをうかべた。急いで梯子を登りきり、モーガンに抱きついた。
スカイが辿り着いた先は、学校の研究室のなかだった。
そこは普段、生徒は入室禁止だ。大事な資料や道具をいたずらする輩がいるからという理由で、いつも頑丈な鍵がかかっていたのだ。
スカイは床板に模した扉から出て、部屋を見渡した。教室ほど広くないが、ほぼ真四角の空間で南側に窓と長机と本棚、北側に出入口と室内に引き込んだ水路がある。東の壁には大きな棚が置かれ、授業に使う道具や備品、さらにスカイには分からない生き物や植物が入った飼育籠や樽がぎっしり置かれている。西側の壁には暖炉代わりにもなる石窯と調理台、薪置き場があり、煙突が天井を貫く。中央には大きな作業用のテーブルと簡易な寝所が設けられ、このまま生活ができそうだ。
モーガンは桶を持って水路から水を汲み、鍋に入れると、石窯の上に置いた。石窯の中では火が燃えさかり、鍋の水を温めると同時に、部屋を暖めていた。スカイはモーガンの椅子に座り、それを眺めた。
「スペンサーさんが、合言葉を言えばドワーフが開けてくれるって」
「ドワーフだと!」
スカイが言うと、モーガンは腹を抱えて笑った。その笑いっぷりに、スカイの緊張の糸がほどけた。いつの間にか、自分もつられて笑った。やがて本気の笑いに変わった。モーガンは小柄で背が低いわりに、頭が大きい。しかも禿頭で白い髭は綿のようにたっぷりだ。なんだか本当に、ドワーフに見える。
「だって、図書館の本棚に、ドワーフの彫刻がしてあったよ」
「フホホホ。そうだな。まああれは、スペンサーが勝手にあそこに彫ったんだが」
モーガンは笑い続けた。
「そうなんだ。でも、どうしてこんな隠し通路があるの」
「スペンサーと私がヤバネスズメバチの共同研究をしていると、うっかりバレては困るんでな」
スカイは言葉を飲み込んだ。事実、スペンサーのそばで働いていたルーシーが蜂人だったのだ。だが、スペンサーが養蜂家でもないのに、やけに蜂のことに詳しいことには納得がいった。
「司書さんが蜂人で、神官長が殺された」
スカイが言うと、モーガンは笑うのをやめた。目から輝きを消しさり、ゆっくり頷いた。
「聞いている」
「スペンサーさんが知らせにきたんだ? あの狭い通路を通って?」
「ああ。お前の家族は無事か」
「おばあちゃんとルークは無事だよ。でも、ビビが…行方不明だ」
スカイはそう言って唇をかんだ。名前を出すだけでも胸が張り裂けそうだった。
「そうか。こんなことになって…」
モーガンは神妙な顔をして、しばらく沈黙した。スカイは鍋の水がボコボコと泡立ってくる音を聞きながら、口を開いた。
「先生、司書さんの正体、いつから知ってたの」
「確信したのは二日前だ」
二日前。ちょうど春祭りの日だと、スカイは思い出す。
「前からあいつが怪しいとスペンサーは言っていた。だけど決定的な証拠はなかったし、どうにも尻尾をつかめなかった。あいつの他にも怪しい奴がいるにはいたが、それも確信をもてなくて…」
モーガンがため息をつき、コップのお湯を飲んだので、スカイも自分用に注がれたコップに口をつけた。
「もう何年も前だ。ルーシーがあの図書館で働くようになってから、仕事中に急にいなくなることがあって。司書がいないから本を借りられないと、苦情があった。それでスペンサーが問い詰めると、用を足しに言ってましたとか、腹が痛くて寝てましたとか都度、言い訳をしたらしい」
「そうなんだ…」
「おかしなことはたくさんあった。もう一人、司書がいたが、行方不明になった。さらに、図書館に行った村人が、家に帰ってこないという話が続いた。ルーシーに確認すると、知りませんの一点張りだ。ビショップとスペンサーも神殿と図書館、地階をすべて探したが、行方不明者は見つからなかった」
「でも、どうして蜂人だって分かったの」
「目だよ」
「目?」
スカイは意味が分からず、眉根を寄せる。
「奴らはうまく人間のふりをしているが、興奮すると目が変わる。甘い、いい匂いのするものとかな」
「どんなふうに」
「目が複眼になる」
スカイは鳥肌が立った。その複眼は、ルーシーが死ぬ直前にも見た。
「スペンサーに聞いた話だが、奴は甘党だった。昼飯の時間になると、焼いた栗だの、腐りかけのリンゴだの、瑠璃蜜に溺れるほど浸したパンだの」
「甘いもので興奮するの」
「そのようだ。司書はそれを自覚し、隠していたようだが。最近、スペンサーが複眼になったところを見たらしい。スペンサーはその後、私に相談しにきた。私も奇妙に思って、色々と調べた。そしたら、あった。昔の文献に、蜂人について記述したものがな」
モーガンは古めかしい本を手に取り、スカイに見せた。黄ばんだページには、古代の人間が描いたらしい蜂人の絵と、詳細な説明がされていた。だが、古代グリフィダ文字は、スカイには読めなかった。
「先生は古代グリフィダ語が読めるの」
「ああ。”蜂人は甘い果実や樹液に寄ってくる。好物に興奮する。目が複眼になる”」
モーガンが文章の一節を指さしながら、丁寧に読み上げた。
「そうなんだ…。でもどうしてそんな本が図書館にあったのに、村のみんなは知らなかったのかな」
スカイが尋ねた瞬間、腹の音が盛大に鳴った。モーガンは呆気にとられたが、勢いよく笑い出した。
「待ってろ。スープ、温めてやるからな」
学校の研究室でモーガンがスープを温めている頃、神殿ではスペンサーとガルシアが話し合っていた。
「ああ、この印は見たことあるな。どこかの時計技師の印だが…」
「ちょっと、私のと見比べてもらえますか」
スペンサーはそう言って、自分が首に提げている懐中時計も見せた。
「おお、見比べると随分と大きさが違うな」
「そうなんです。大きいし、しかもこの目盛、奇妙でしょう。十二等分じゃないんです。何百当分なのか…。しかも、反時計回りなんです」
ルークは、辺りを見回した。スカイはまだ図書館にいるのか。いつ戻ってくるのか。少し心配になって立ち上がった。
「ねえ。スカイはどこ?」
ルークが声をひそめ、早口でサムに聞いた。サムはジャッキーを肩に乗せ、熱心に撫でながら、楽しそうに冗談を囁いている。
「さあ、知らない」
サムが顔も上げず言った矢先だった。ジャッキーが突然、サムの肩を離れて飛翔した。
「え…?」
ルークは呆気に取られ、それを見上げた。サムやガルシア、スペンサーも喋るのをやめ、それを凝視している。ジャッキーは空中をぐるぐる、宙返りし始めた。




