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全滅まであと何日  作者: taki
第一章〜ルビテナ村編〜
18/74

18.ドワーフの扉

スペンサーは一旦、地下に降り、書庫の扉を開けた。中からオオルリミツバチの巣籠をそっと持ち上げ、図書館を通り抜け、階段をのぼった。それからスカイの前に静かにおいた。皆はルーシーの亡骸の前に集まり、恐々と見下ろした。

蜂人(ぼうと)だって?」

「ええ。ヤバネスズメバチと人間の、合いの子です」

スペンサーがこともなげに言ったので、ナッシュビルは目と口を大きく開いた。スペンサーは死体に近づき、そばにしゃがんだ。それからルーシーの首に掛けられている、大きな懐中時計を手に取った。


「そもそも、ヤバネスズメバチって、何なの」

今度は、スカイが恐る恐る尋ねた。

「元々は他のスズメバチと同じような体格の蜂だったらしい。ただ、羽が八枚あるせいで、飛行能力が高く、餌取りが上手い。獰猛で、大食漢だ。たった一匹で十万匹の蜜蜂を食い殺すくらい」

「嘘」

スカイは目を丸くした。

「大量駆除が行われて激減した。だがあるとき、誰かが意図的に保護した。人為的に餌づけされて、体格が大きくなった」

「それで? あそこまで大きくなれるの」

「共食いを繰り返して、太らせたらしい」

「何のために…?」

「戦争のためだ」

「戦争?」

村人達はざわついた。


「そうだ。殺人兵器として。だが、蜂は蜂だ。人間のように従わせるのは難しい。そこで、実験がおこなわれた。人間との交配だ」

「なんと、恐ろしい」

バーバラがうめいた。

「だけど、上手くいかなかった。ほとんどが流産か死産。生まれても短命だった。だけど生き残った個体もいて、それを他国との戦争に使おうとしたが、集団脱走されて失敗した。その後、蜂人がどう子孫を残していったか詳細な資料はない」


「…その子孫が、ルーシーなんだね」

スカイが目を伏せて言うと、スペンサーは頷いた。

「神官長はなんらかの形でルーシーの正体に気づき、殺された可能性が高い」

「おとなしそうな顔して。この、腐れ外道め」

ナッシュビルがルーシーの死体に歩み寄り、その顔面に唾を吐いた。スペンサーはルーシーの前にしゃがみ込み、開いた口のなかを見た。上の奥歯のさらに奥に、鋭利な毒針が一対、見えた。

「領主様。私の推測ですが、ルーシーだけではないと思われます」

「なんだと」

「蜂人といえども、蜂です。女王蜂がいるはずです」

「こいつが女王なんじゃないのか」

ナッシュビルがルーシーに憎しみを込めた目を向け、指をさす。

「確かに女王蜂は、働き蜂より体が大きい」

アイリーンが、蚊の鳴くような声で言った。それを聞いて、ナッシュビルは鳥肌が立った。

「アイリーン、君はこの化け物蜂の女王を見たのか」

「いいえ」

「だったらこいつがボスに決まってる」

「ですが、もしそうだったら、変です」

アイリーンの代わりに、スペンサーが答えた。

「何が」

「これだけ多くの蜂が外に出ているんです。おそらく、働き蜂です。スズメバチの女王蜂というのは、働き蜂が育っていれば、巣の外に出てきません。毎日、巣の中で産卵しているはずです。なのに、出てきている」

スペンサーが説明すると、ナッシュビルは腕を組んだ。

「でも、こいつは半分は人間なんだろ。そうとも限らん」

「確かに、それはあります。ですが、ここで女王蜂が死んだと早合点するべきではありません。油断大敵です」

スペンサーが力強く言うと、ナッシュビルや他の皆は渋々頷いた。


その後はガルシアがルーシーの死体を引きずり、正面玄関の扉から出そうとした。が、バーバラを筆頭に村人達が追いかけた。家族を殺された腹いせに、皆は泣きながらルーシーの顔を殴打し、踏みつけた。ガルシアの矢でめった刺しにする者もいた。ガルシアは皆の好きにさせた後、扉から死体を外へ放り出した。


一同は再び暖炉の前に集まり、話し始めた。スペンサーはガルシアの正面に座り、まっすぐ見据えた。

「ガルシアさん。あなたは蜂人の急所をご存知ですね」

「ああ。蜂人というか、あのデカ(ばち)のな」

ガルシアはいかつい顔をますますいかつくする。

「ヤバネスズメバチも蜂人も、急所は同じのようです。過去に見たんですか」

スペンサーの問いかけに、皆はガルシアを見つめる。ガルシアはしばらく黙り込んだ。瞳の輝きが徐々に消えてゆく。

「五十年以上も前のことだ」

ガルシアは深く息をつき、淡々と話し出した。


ガルシアはルビテナ村よりもっと東にある、山あいの村で生まれた。父親は猟師だったため、ガルシアもきょうだい達も自然に弓の扱いを覚えた。

「いつもみたいに、俺は親父やきょうだいと山に入ったんだ。そこで、デカ蜂がでた。親父が弓を引いて、蜂の体に命中した。でも、そいつはすぐ死ななかった。俺の目の前で、皆を殺した。最後の矢で俺が射ったら、それがたまたま、蜂の眉間のあたりに刺さった。それで蜂は死んだ。俺だけ助かった」


ガルシアが話し終えると、部屋の中は水を打ったように静まり返った。村人一人一人の顔は、ショックで歪んでいる。

「誰に話しても信じてもらえなかった。体の弱かったおふくろは、ショックで死んじまった。俺は天涯孤独になって、周りからは狼少年扱いされた。強くなりたくて、軍隊に入った。弓が得意だったから、弓隊に配属になった。だが、部隊にいるときも、辞めてからも、俺は一切、このデカ蜂は見ていない」

「そいつもこんなふうに、人間だったり、化け物に変身したりしたの」

スカイが話に割って入った。

「いいや。人間の姿になるとこは見ていない」

「全部がルーシーみたいなのじゃないのか…」

「ねえ、外、騒がしくない?」

ふいに、一人の女性が窓を指さした。いつの間にか雨がやみ、雨音の代わりに不穏な羽音が聞こえる。次第に大きくなっていく。

「殺したからだよ」アイリーンが震えながら、訳知り顔でつぶやいた。「スズメバチを一匹殺すと、仲間が寄ってくる」

アイリーンの想像通り、神殿の外ではヤバネスズメバチ達が押し寄せていた。


日没後も、大人達はしばらく話し合いを続けた。スカイはジャッキーを撫でつつ、ルークと一緒にオオルリミツバチの巣籠のところへ行った。そこでは働き蜂が、フラフラと出たり入ったりしていた。

「ごめんな。ここじゃ花もないし。これ、返すな」

スカイは蜜蜂達に謝って、陶製の小瓶を取り出し、小皿に瑠璃蜜を垂らした。蜂が一斉に集まり、それを舐め始める。スカイは不憫に思った。今の時期、本当なら村や周辺を飛び回って蜜をとりに行っているところなのに。

「ここの女王は生きてるのかな」

ルークが尋ね、スカイは唇をかむ。

「うーん。多分、生きてると思うけど。あまりいじりたくないから、中は見てない」

「だな。それがいい」小さな巣籠に集う蜜蜂達に、ルークは目を細める。「この巣籠さ。ちっちゃくて可愛いよな。スカイ特製の秘密基地だな」


スカイは虚空を見つめた。その反応に、ルークが訝しがった。

「どうした?」

「秘密基地…スペンサーさんは?」

「そっちじゃないの」

ルークは大人達がいる暖炉の前を指差した。言われて、スカイは見回したが、スペンサーの姿はない。

「ねえ、スペンサーさんは?」

ガルシアに尋ねると、首を傾げた。皆も知らないという顔をする。スカイは急いで階段を降りた。


それからまっすぐに中央通路を歩いた。どこかの本棚の影にスペンサーがいないか探ったが、誰もいない。一番奥のエリアに辿り着き、ひときわ大きい本棚の前で立ち止まった。


本棚の最下段には、先日とは別の本が収容されている。スカイはそれらを取り出して床に積み置き、側板を見た。前に見たときと変わらず、四角い切り込みがあり、真ん中に小さな老人の絵が彫り込まれている。さらに、よく見るとその顔の、口のとこだけ彫り込まれ、穴が開いている。


スカイはその穴に指をひっかけ、手前にひいた。扉はキイイと小さな音をたて、上に開いた。壁に穴が開けられ、細長い空間が続き、奥の方は暗くて見えなかった。


「こんなところ、通るの」

スカイは怖くなった。闇の中にドワーフがいるのか。蜂がいたらどうする。スペンサーは冗談のつもりだったのでは。


そもそも、ドワーフなんて見たこともない。絵本の中に登場しただけで、現実にそんなものがいるとは思えない。だけど、そんな現実に殺人蜂が出た。だから、ドワーフがいてもおかしくない。それでも、スカイはどうしようもなく怖かった。


戻って、ルークに相談しようか。いや、ダメだ。スペンサーが、誰にも言うなと言っていた。スカイは思い直し、挑むように通路を睨んだ。


「ドワーフ。俺たちの味方だよな」

スカイは身震いしたが、意を決して四つん這いになった。それから、周囲を見回した。そばには誰もいない。穴の中へ頭を突っ込み、肩を滑り込ませて入った。足まで全部入りきると、扉が音を立ててしまった。


スカイは目を見張った。通路を進むと、緑色に光る苔が生えていて、通路内を明るく照らしている。とても幻想的で、少し不気味だ。スカイはドキドキしながら、通路を這い進んだ。


その頃、エミリーは神殿の玄関前で、ルーシーの死骸を見下ろしていた。

エミリーはルーシーと同じく、蜂人だ。六本足と八枚の羽を持ち、目の部分が大きく膨張している。その黒目の部分は六角形を隙間なく並べた模様ができていて、個眼が集結した複眼となっている。

蜂人は体が大きいだけの働き蜂と違い、雨の日でも羽をたたみ、二足歩行することはできる。中足と羽、複眼を引っ込めて、人間の女性へ姿を変えることもできる。ただ、ルーシーほど人間の血が濃くなく、流暢に喋るのは苦手だ。

「ワタシガヤルシカアリマセンネ」

エミリーは小声で言い、玄関を見据えた。

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人間蜂……怖すぎます……!
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