17.蜂人
翌朝、礼拝室の窓から漏れる明かりでスカイとアイリーンは目を覚ました。
「おはようございます。スペンサーと、フォークナーさんのお孫さんが一人、いませんね」
ルーシーが声をかけてきて、落ち着かない様子でキョロキョロ見回した。そのとき、ドアが開く音がした。スカイが顔を上げると、奥の小部屋から出てきたのはスペンサーとルークだ。
「外に出てきたのか」
ガルシアが尋ねる。
「いや、少しだけ、裏口から様子を伺っていただけです」
スペンサーが言うと、ガルシアは鷹揚に頷いた。ルーシーも軽く頷き、階段を降りていった。
「ガルシアさん。お願いがあるんですが」
「ん?」
ガルシアが腕を組んでいると、スペンサーが耳打ちした。ガルシアの顔は、みるみるうちに険しくなった。
その頃、ルーシーは「関係者立ち入り禁止」のドアをくぐり、書庫に入った。奥の本棚に近づき、オオルリミツバチの巣籠を見下ろした。働き蜂がブンブン飛び回っていたが、ルーシーは怯まずそれをひっくり返し、中を覗き込んだ。この巣籠は採蜜された直後なのか、ほとんど蜜が溜まっていない。ルーシーは舌打ちしながらも、まだ蜜が残っている巣板を一枚、もぎ取った。それから蜜蓋を剥がし、瑠璃蜜を吸い込んだ。その爽やかな風味と豊かな甘みに、ルーシーは恍惚とした。怒ってブンブン飛び回る働き蜂を手で払いながら、ルーシーは床にしゃがみ込み、考えごとをしはじめた。
村の連中は小賢しい。自分がいないうちに外を出歩くし、食料と水を得て生きながらえている。一番危険なのはガルシアだ。あのバカでかい弓で射たれたら即死する。それに、この巣籠の持ち主も侮れない。ガキはどうやらガルシアと同じく弓使いのようだ。ほかの男どもは大したことないが、ガルシアとガキには用心したほうがいい。そして、厄介者のスペンサー。私のことを勘繰って、あれこれつけまわしてる。陛下に呼び出されたとき、うっかり書庫の鍵を開けておいたら、その隙に中へ入りやがった。巣籠も勝手に持ち出すし、早く手を打つべきだ。
ルーシーは首に下げた金の鎖を掴み、懐中時計を手に取った。陛下は気が短い。こうやって時計を持たすのも、時間通りに動けということだ。残りの肉をもってこいというのも、期限こそ言わなかったが、肉団子の在庫から逆算するに、三日以内だろう。侍従長から下っ端へ降格される前に、人間どもを皆殺しにして、さっさと献上しなければ。降格どころか、自分が肉団子にされる。
ルーシーは部下へ指示を出すため、部屋を後にした。
十分ほど経った頃だった。ルーシーは用を済ませ、階段を上った。そこでふと、足を止めた。外からシトシトと音がする。雨だ。蜂は雨が苦手だから外に出られない。ルーシーは舌打ちしてから、礼拝室を見回した。
暖炉のそばでは、スペンサーが毛布にくるまり、横になっている。目をつむっていて、ぐっすり寝入っているようだ。他の人間の姿はない。
「ああ、ルーシー。図書館に行ってたの?」
小部屋から出てきたアイリーンがぎこちなく尋ねると、ルーシーは頷いた。
「はい。もっと毛布がないか、探してました」
「みんなは外に出たよ。神官はお疲れみたいだから、寝かせといて」
アイリーンが目を伏せて言った。不審に思ったルーシーは一瞬目を細めたが、すぐにいつもの従順な顔に戻した。
「この雨の中? 何しにいったんですか」
「雨だし、蜂も出てこないだろうって。ガルシアさんとうちのスカイが弓を持って、護衛もするから大丈夫だろうって。食料探しに」
ルーシーは訝しがった。昨日、外出は危ないと思い知ったはずだ。それでも出ていくとは、人間とは浅はかな生き物だ。だが、弓使いがいないのは好都合だ。何も、外には蜂がいるだけではない。蜂人のエミリーも待機している。となると自分の仕事は、ここにいる二人を殺るだけだ。エミリーほどの身体能力はないが、言語能力は長けている。
「フォークナーさん。すみませんが、ちょっとタオルを取ってきていただけませんか。裏口のドアのところにおいたのですが」
アイリーンはしばらく黙り込んだ。それから軽く頷いた。
「ああ、わかった」
アイリーンが背を向け、裏口の方へ歩き出した。
このときを待っていた。ずっと殺したかったスペンサー、なんと無防備なことか。ルーシーは自然に笑いが込み上げてきた。それからやや背を曲げ、肩甲骨に力を入れた。着ている服の生地が大きく盛り上がり、縦に裂けた。突き破って出てきたのは、八枚の羽だ。
アイリーンは一旦、北の小部屋に入ってから、すぐに振り返り、ドアからこっそり礼拝室の中を覗いた。その光景に、目を疑った。
背中に大きな羽を生やしたルーシーが、寝ているスペンサーにじりじり近づいている。羽は透明な琥珀色で、スズメバチの羽そのものだ。肩から首にかけての筋肉が膨らみ、今にもスペンサーにつかみかからんとしている。ルーシーは髪を払った。その顔は醜悪で、頬は赤く焼けただれ、眼球も虫と同じ複眼になり、膨張している。手足も人間のそれとは違う。昆虫のように関節が増えていて、色も黒く、長い毛が生えていた。よく見ると脇腹あたりからさらにもう一対、黒い足が生えている。
アイリーンは少し手前の祭壇を見た。そこにはルビテナ神の石像があり、その物陰には息を潜めた村人達と、ロングボウをたずさえたガルシアが機会を伺っている。そのガルシアがアイリーンを振り返り、人差し指を唇の前で立てた。アイリーンは震えながら頷いた。
「おい。化け物」
低い声が響いた。ルーシーははたと動きをとめ、スペンサーの顔を見下ろした。
「オオルリをどうするつもりだ」
スペンサーが目をつむったまま問いかけた。だが、ルーシーは何も答えない。
「神官長を食ったのは、お前だろ」
スペンサーは身動きせず、問いかけを繰り返す。ルーシーはしばらく凝視していたが、おもむろに大口を開け、スペンサーの首へ手を伸ばした。アイリーンが悲鳴をあげるより先に、ガルシアが弓を引いた。それはまっすぐ突き進み、ルーシーの顔めがけて飛んでいった。矢は見事、額に命中した。スペンサーはすぐさま目を開けて体を起こし、尻をずって後退した。
ルーシーは断末魔の叫び声をあげ、手足をピンと張ったまま、背後にのけぞり転倒した。石像の影から、ロングボウを構えたガルシアを筆頭に、他の村人達もわらわら出てきた。
「まさか。こいつが化け物蜂だったのか」
ナッシュビルが真っ青な顔で言うと、スペンサーが頷いた。
「そう、『蜂人』です」




