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全滅まであと何日  作者: taki
第一章〜ルビテナ村編〜
16/74

16.裏切り者

「嘘だろ!」

スカイがそう叫んだ直後、頭上を細い何かが飛び抜けていった。その何かは、スカイの正面に突っ込んできた蜂に命中した。額を射抜かれた蜂はビクッと痙攣して、そのまま地面へ落下した。スカイが何か言う前に、ガルシアに首根っこを掴まれ、裏口の中へ放り込まれた。間髪を入れずガルシアも滑り込むと、スペンサーが俊速でドアを閉め、(かんぬき)を下ろした。


「どうして…」

床にへたり込み、スカイは息を切らしながらつぶやいた。ドアをはさんだ反対側では、蜂達の重低音が鳴り響いている。なかにいた村人たちが集まってきた。

「なんで? 籠に入ってりゃ大丈夫だったんじゃないの?」

「嘘だろう」

「どうすんだよ、これから」

口々に言い合う村人達の前に、青ざめた顔のルーシーが進み出た。

「蜂にも学習能力があるのかもしれません…」

そのルーシーの隣で、スペンサーが奇妙な表情を浮かべた。スカイにはそれが分からなかったが、すぐにどうでもよくなった。自分の提案のせいで、犠牲者が出てしまった。だったら自分がいけばよかったのだ。大人達よりはすばしっこい。弓だって引ける。

だけど、正直なところ、だんだん皆のために動くことが嫌になってきた。ガルシアやスペンサーはともかく、自分では何もしないくせに、食べ物が少ないとかベッドで寝たいとか、文句を言う大人が多すぎる。

「巣籠は、もう使えない」

ガルシアの言葉に、誰もが頷いた。


その後もしばらく、村人達は話し合いを続けた。

「日が落ちてから助けを呼びにいくしかない」

「暗いなか、アカラ山脈を抜けていくのか。山賊に遭ったらどうする」

「蜂は夜は動かない。チャンスがあるとしたら夜しかない」

そこへ、ルーシーが口を挟んだ。

「夜でも、蜂は起きてます。私、眠りが浅いので夜中に聞いたんです。神殿の周りを、飛び回ってました」


一方、スペンサーは図書館の「立ち入り禁止」のドアの内側で、書庫のドアノブに手をかけた。ノブはゆっくり回転し、軋んだ音を立てて開いた。

スペンサーは足を踏み入れ、素早く本棚の間を慎重に見て回った。何かの音がする。羽音のようだが、あの蜂のような重低音ではない。もっと小さく、軽快な音だ。不審に思って一番奥の本棚まで近づいた。その本棚と壁の隙間に、小さな巣籠が置いてあった。


スカイが探していたオオルリミツバチの巣籠だ。働き蜂達が出口を出たり入ったりして、餌を探している。スペンサーは天井近くの窓を見上げた。カラフルなステンドグラスが、変わらずはめ込まれていた。


日が沈んだ。皆は言葉少なに、それぞれ横になった。バーバラすら、何も言わなかった。スカイは暖炉の火を見つめながら、ビビを思った。床の上をちょんちょん飛んできたジャッキーを、そっと抱きしめた。

「おい、スカイ」

見上げると巣籠を手にしたスペンサーが立っている。

「あっ。それ、どこにあったの」

スカイがびっくりして見ていると、スペンサーがスカイの前に巣籠を置いた。

「ちょっとな」

「ありがとう」

スペンサーは笑うでも怒るでもなく言い、離れたところで横になった。今日はルークと毛布を共有するようで、ルークが寝ながらスカイに手を振ってきた。

「巣籠、見つかってよかったな」

「うん、おやすみ」

スカイもルークに手を振り返した。それからスカイは、戻ってきた巣籠をそっと撫でた。蜂達は喉が渇いていたらしく、ビオトープへ飛んでいき、睡蓮の葉の上に乗り、水を飲み始めた。スカイはそれを満足そうに眺めたが、すぐに憂鬱になった。

「ビビ…」

スカイは目に涙が滲んだが、頑張って引っこめた。泣いたらもう二度と、ビビに会えない気がした。ジャッキーが切なげに首を傾げ、ビルピルと小さく鳴いた。


すぐ隣では、同じ毛布でアイリーンが寝ていた。ひどく疲れた顔をしていて、血色が悪かった。スカイはハープが無性に恋しかった。あれを聞いて、安心して眠りたかった。それから目を固く閉じ、明日必ずビビを見つけ出すと、心に誓った。


その頃、ルビテナ村より数百キロ北東に位置する王都、キングシティの王宮では、国王のエドワード十五世が豪華なソファに腰掛け、王妃とともに語らっていた。

「しろがね蜜がまた、食べたい」

「ですわね、陛下。あれを一口舐めるだけで、わたくしの偏頭痛もおさまりますし、肌がとおは若返りますもの」

王妃は扇子を扇ぎ、上品にほほえんだ。

「長官、あれはどこで採れるんだったかな」

国王は王室府(おうしつふ)家政長官(かせいちょうかん)に尋ねた。長官は国王達のすぐそばに立ち、手を後ろで結んだ。

「おそらくですが、南西の辺境地帯だったかと」

「今年の分はまだ届かないの」

「はい。明日、使いの者を出します」

「頼んだわよ。あれこそ不老長寿の妙薬よ」


夜が更け、ルビテナ村は静まり返っていた。神殿の礼拝室の隅で、ルークはスペンサーと横になっていたが、咳が出て目が覚めた。さらに、背中が痒くて寝つけなかった。ボリボリ掻いていると、しだいにイライラしてきた。


どうして自分の体はこうなんだ。弟のスカイがあんなに頑張っているのに。もっと健康で、もっと強くなりたいのに。ルークは背中だけでなく、頭も掻きむしった。それにときどき、こんなふうにイライラするし、どうしようもなく暴れたくなる。ルークが自分の背中に爪を立てていると、誰かの手が背中を掻いた。


「あ、ありがとう」

ルークが振り向くと、掻いてくれたのはスペンサーだった。ルークはそのまま掻いてもらいながら、暖炉の方に目をやった。薪が小さな火柱を立て、透明感のある白煙が煙突内を立ち昇った。

「スカイは、今年もしろがね蜜を狙ってるんだって」

ルークは背を向けたまま話し始めた。スペンサーの掻き方が、心地よかった。

「ああ」

「あいつ、俺の代わりに家を継ぐって言ってくれたからさ。学校より養蜂が好きだし、体力と根性もあるし、世界一の養蜂家になると思う」

スペンサーは掻くのをやめ、ため息をついた。

「お前達のきょうだい愛こそ、世界一だな」

スペンサーが軽快に笑うと、ルークは怒って振り返った。

「そうだよ。大事なきょうだいだ。ビビも…」

妹の名前を出して、ルークは顔を曇らせた。スペンサーは笑うのをやめ、ルークの顔をまっすぐ見つめた。

「俺。どうせ長生きできない」ルークは言葉を切った。「分かってるんだ。体が弱いことも。…こうやって痒くなって、暴れたくなるのも」


スペンサーは何も言わない。だが、その目が会話に寄り添ってくれていると、ルークは信じられた。スペンサーはおもむろに目を逸らし、天井を見ると、口を開いた。

「死は、恐れることではない。私もお前も、誰もが、いつかは死ぬ。それが早いか、遅いかだけだ。ルビテナの神は、今生(こんじょう)に生きる万物の営みを見守ってくださる。お前がどれだけ他者のために心を砕き、誠を尽くしたかも。その脆弱な体で思考し、苦悩し、どれほど命を燃やしたかも。それによって後生(ごしょう)が決まる。来るべき日を静かに、(たの)しみにして、心穏やかに待つといい」

スペンサーが口を閉じると、ルークの頬に一筋の涙が流れ落ちた。涙でぼやけた視界の中で、暖炉の火が揺らいだ。

「俺。俺、来世ではもっと普通に生まれてこられるかな」

スペンサーは、ルークの灰色の瞳を見た。それはいつもと違った。


病弱なルークとは、直接会うことは数えるほどだった。だけど本人の勉学への向上心、その心根の強さには圧倒されてきた。ヤバネスズメバチについて、事件の予兆を真っ先に感じ取り、伝えてきたのもルークだった。スカイを通じて図書館の本の貸借が始まったとき、スペンサーは本とともに手紙を預かった。以降、ときどき連絡を取り合っていた。他者に盗み見された時の予防策として、ルークはいつも古代グリフィダ語で書かれた手紙を書いてきた。スペンサーも同じように、古代グリフィダ語で返事を送った。


ルークのヤバネスズメバチに対する観察力、知識、その吸収力は目を見張るものがあった。だが、本人の命の灯火がやがて燃え尽きそうなことも、スペンサーは理解していた。それでも、ルークは懸命に生きてきた。今ある命を、力の限り燃やしていた。だから、その灰色の瞳はいつまでも尊く、くもることはなかった。


「当然だ」

スペンサーは力強く答えた。

「俺が健常な人間に生まれてきたら、俺のこと、信じてくれる?」

「まるで今は、信じてないような言い草だな」

「だって、いつまで待っても俺は、ドワーフに会わせてもらえないだろ」

ルークが問いかけると、スペンサーは無言になった。その無言ぶりに、ルークは寂しく笑い、手で目を拭った。スペンサーはそこで深く息をついた。


「しろがね蜜こそ、村を救う鍵だ」

「そうなの?」

ルークは上体を少し起こした。

「ああ。だから、それを阻止したくて、巣籠泥棒が出る」

ルークは辺りを見回す過程で、スカイの寝顔が視界に入った。さらに、そばにあったはずのオオルリミツバチの巣籠がなくなっている。

「ねえ。また、巣籠がなくなってる」

「ああ。だいたい見当はついてる」

スペンサーが険しい顔になったとき、何かの物音がした。ジャッキーもそれに気づいたようで、小さな声で(さえず)った。


「目を閉じろ」

スペンサーが声をひそめたので、ルークは寝たふりをした。誰かが階段をのぼってくる。その音にしばらく耳をそばだてた。ごくわずかに目を開けてみると、暖炉の灯りにぼんやり照らされた輪郭は、司書のルーシーだった。ルーシーは長椅子に横たわり、毛布をかけて寝ようとしている。ルークはそれを見届けてから目線を移動した。スペンサーと目が合った。

「あいつが裏切り者だ」

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