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全滅まであと何日  作者: taki
第一章〜ルビテナ村編〜
15/74

巣籠

神殿の裏口ドアに寄りかかったまま、居眠りしていたサムは、ドンドン叩く振動で目を覚ました。

「サム、開けてくれ」

「スカイか」

サムは急いで(かんぬき)を上げた。ドアから顔を見せたのは、青ざめた顔のスカイだった。

「おい、お前。よく無事だったな」

「ああ。実はこの巣籠(すかご)が使えて──」


サムがスカイを抱きしめたところ、その後ろにルークとアイリーンが立っているのが見えた。そして、確かにそれを見た。数十メートル先の茂みから、蜂が飛び出した。

「早く入れ」

サムが声を張り上げ、スカイを中へ引き込んだ。が、巨大蜂は毒針を突き出し、アイリーンのすぐ近くまで急行している。ルークは急いでアイリーンの腕を引き寄せ、自分が盾になった。それからすぐさま革の本を開け、切り抜いたページに収納された小瓶を取り出した。蜜蝋の栓を勢いよく引き抜くと、中の液体を蜂にかけた。顔面に真っ黒な液体を浴びた蜂は地面に落ち、仰向けに倒れた。


八枚羽(はちまいばね)と六本足をピンと張った蜂は、全身を激しく痙攣させた。それから不自然な角度に足の関節を曲げ、さらに首がねじれるほどひねると、完全に動かなくなった。


地面に尻餅をつき、ハアハアと息を荒げていたルークは、後ろを振り返った。抱き合っているスカイとアイリーン、呆然と立ち尽くすサム、そしてスペンサーの姿があった。

「よくやった…」

スペンサーは小声で言い、ルークの持つ小瓶を凝視した。


冷たい風が吹き、木々の葉がたなびくとともに、日が沈んだ。神殿の礼拝室では暖炉の前に皆が集まり、暖を取っていた。

「生きててくれてありがとう。それに、パンも」

村の女性の一人が涙ぐみ、アイリーンの手を握りしめた。アイリーンは頷き、ほかの者にもライ麦パンを配った。パンは暖炉の熱で温め直したもので、ほかほかと湯気を立てていた。

「よく、そんなものを食べようなんて思えるわね」

冷たく言い放ったのはナッシュビルの妻、バーバラだ。アイリーンは頭に血が上ったが、うやうやしく頭を下げた。

「ああ、気分悪い。毛布はどこなの」

「はい。人数分足りないので、領主様と使っていただけますか」

ルーシーがバーバラに毛布を差し出した。

「なんですって?」

「この状況で毛布があるだけ、ありがたいと思え」

ガリシアがピシャリと言い放つと、バーバラは目を白黒させ、ルーシーから毛布をひったくった。


スカイはその様子をわずらわしく思いながら、暖炉の火を見た。さらに、そばの床にしゃがみ込んでいるスペンサーを見た。スペンサーは同じく暖炉の火を見つめ、陰鬱な表情で黙り込んでいる。


「スペンサーさんのおかげで、助かった」

スカイの隣に座るルークが、礼を言った。その隣でサムも頷いている。

「ああ。何よりだ」

「あれは何なの」

サムは先ほどの液体のことが気になっていた。スペンサーは暖炉の火を見たまま、身じろぎひとつしない。

「コクジョウムカデの神経毒」

「ムカデ? 毒?」

サムはゾクっとして身震いする。

「どうしてそんなものを?」

ルークが尋ねると、スペンサーは表情のない顔を向ける。

「スズメバチについて調べていると言われたからな。フォークナー家の護身用だ」

スペンサーの言葉に、ルークは泣きそうな顔で頷いた。


「その毒って、まだあるの」

スカイが尋ねると、スペンサーはため息をついた。

「ここにはない。だが、蜂を殺す手段は一つではない」

スペンサーはそう言って、スカイが背中にかけている弓を見た。スカイは視線に気づき、自分の弓に触れた。

「弓矢でも殺せる。でも、射手いてじゃないと無理だ」

「お前は射手なのか」

スペンサーは、スカイを試す口ぶりになり、わずかに笑った。

「そうだよ。ガルシアさんの一番弟子だ」

そう答えたのはルークだった。スカイは驚き、ルークの方を見る。

「俺とおばあちゃんは、スカイの弓に救われたんだ」

誇らしげに言うルークに、スペンサーが少しおどけて頷く一方、サムは真剣な顔で黙り込んだ。


「もう寝るよ」

そこへ、アイリーンが突っ込んだ。余っている毛布を一つはスペンサーに手渡し、もう一つは自分の膝の上に広げた。スカイとルークはアイリーンに身を寄せ、サムはスペンサーと一緒の毛布に入った。スカイはバイオレットのことを思いながら、静かに目を閉じた。


夜が明ける、少し前のことだった。正面玄関のすぐ隣の窓をつつく音で、スカイは目を覚ました。皆もそれに気づいたらしく、何人かが気味悪そうに窓を見ている。色とりどりのステンドグラスに、ときどき映り込むその者の正体を探ろうと、スカイは目を凝らした。ガラスは暖炉の残り火でぼんやり照らされている。宙に浮いていて、ぼんやりとした白い輪郭が見えた。

「ジャッキー!」


スカイは脱兎のごとく駆け出し、正面玄関の閂を上げ、扉を開けた。とっさに辺りを見回すも、そばに蜂はいなかった。すぐさまジャッキーが飛び込んできたので、急いで扉を閉めた。

「おい、何やってんだ!」

ガルシアが怒鳴った。

「ジャッキーが帰ってきたんだ。良かった。生きてた」

スカイはお構いなしにジャッキーを抱きしめ、小躍りした。ガルシアは困ったように、やれやれと少し笑った。ナッシュビル夫妻以外の皆も、眠そうに目をこすりながら、その様子をほほえましく見た。

「こいつ、すごいんだよ。蜂の毒針へし折って、追っ払ったんだ」

スカイはジャッキーを肩にとまらせ、誇らしげに言った。


やがて夜が開けた。窓の外からは、ブウンと重低音が聞こえてきた。窓のそばにジャッキーが近づき、威嚇しながら羽ばたいた。ステンドグラス越しに、ぼんやりと黒っぽい何かが宙に浮いていた。それが何か、バーバラ以外の誰も、言葉にすらしなかった。


スカイはあたりを見回した。ルークとアイリーン、サムは起きて暖炉の前にいるのに、スペンサーの姿がない。

「スカイ」

呼ばれて、スカイは顔を上げた。ガルシアがそばに立ち、こちらを見下ろしている。

「昨日、どうやって二人をここまで連れて来た」

ガルシアの目には怒りと驚き、それとその度胸に対する賞賛が入り混じる。あのとき、勝手に外へ出たことを怒っているんだろうと、スカイは想像した。

巣籠(すかご)だよ」

「籠?」

「うん。ほら、あれだよ」

スカイは、北の小部屋近くを指さした。そこには大きな巣籠が三つ、置いてある。

「あれを被ってきたんだけど──。あれ?」

「どうした」

「オオルリの巣籠が、ない」


その頃、石づくりの地下室では、赤毛女が天蓋ベッドに寝そべり、肉団子を食べていた。部下達につくらせた、人間の肉団子だ。女の腹は食べた分だけ大きくなり、もう寝返りすらうてなそうなほどだというのに、本人は極めて上機嫌だった。

「それで、残ってる人間はそのまま弱らせてもいいかなって思ったんだけど」

部下達はひざまづき、黙って話の続きを待つ。

きのいいうちに食べたいわ。外に引きずり出して、りなさい」

「はっ」

「それと。養蜂場はどうなったの」

「すべて破壊済みです。収獲した瑠璃蜜は貯蔵しておきました」

「ならいいわ。オオルリがまだいたら、瑠璃蜜だけとって殺すのよ。間違ってもしろがね蜜なんて、つくらせないように」

「はっ」

部下達は返事をし、速やかに部屋を出た。


太陽が高くのぼったのを、礼拝室の天窓を通して皆は知った。相変わらず外では蜂のホバリングする音が不気味に響き、それが皆の神経をすり減らしていた。


「ねえ、もっとパンをちょうだい」

「ふざけるな。我慢しろ」

「今日は起きてからまだ何も食べてない」

生存者達の間では、しだいに(いさか)いが増えた。食料はもうほとんど残っておらず、神経を尖らせていた。アイリーンが持ってきたパンは前日にほぼなくなってしまったし、皆はお腹をすかせていた。誰かがパンに手を伸ばそうとすると、怒号が飛んだ。

水もそうだった。大切な水はあるにはあるが、ビオトープの水だけだ。普段ならスペンサーが外に出て、水路から新しい水を汲んでくるが、それもできない。飲んでいいか確認し合う場合もあれば、勝手に飲んで喧嘩になる場合もあった。


スペンサーは、先ほどから階段を行ったり来たりしているルーシーを見ていた。ルーシーはウェーブのかかった長い髪を額の真ん中で分けているものの、毛量が多くたっぷりしているので顔の半分が隠れている。ルーシーも皆と同じく落ち着きがないが、水と食料については一言も意見しなかった。

「ルーシー。どうした」

「いえ、フォークナーさんのお孫さんはどこにいったのかなって」

「何か用でも?」

「いえ、全員いるか確認したかっただけで」

ルーシーが答えると、北の小部屋のドアが開く音がした。


「ただいま」

ドアから出てきたのは、スカイとサムだった。

「どうしたんですか? それは」

ルーシーが驚いて、スカイ達が手にぶら下げているキジとハト、ウサギを見つめる。

「俺が仕留めてきたんだ」

スカイが堂々と言うので、ルーシーはますます目を大きく開いた。

「まさか外に?」

「うん、出たよ」

驚くルーシーを前に、スカイはこともなげに言った。

「なんて危険なことを」

「でも、大丈夫だったよ。この巣籠を被って外に出たんだ」

「籠?」

「養蜂に使う巣籠だよ。ここに穴が空いてるでしょ。こっから射ったんだよ」

「薪と水も?」

今度はアイリーンが口を挟んだ。スカイの隣に立つサムは、薪と水を汲んだ桶を抱えている。

「俺はスカイみたいに弓、上手くないから。石窯のとこにあったやつ、拾ってきたんだ。水も、水路から汲んできた」

今度はサムが、ふてくされ気味に言った。

「巣籠があれば外に出られる。俺にはちょっと小さくて無理だけどな」

腰に手を当て、豪快に笑うガルシアに向かって、ルーシーは感激して拍手した。

「すごいすごい。本当に素晴らしいです」


スカイが仕留めた獲物を暖炉の火で焼きながら、皆の緊張の糸は少し緩んだ。

「どうなるかなってヒヤヒヤしたよ。もう、立派に弓使いだね」

ルークが笑顔でスカイに声をかけるも、スカイの顔からはみるみる笑顔が消えていき、沈んだ表情になった。

「どうしたの」

「外に出てさ…。死体を見てきたんだ。ビビが、いるかもって」

スカイの言葉に、ルークも顔から笑みを消した。そんな気持ちも知らず、周囲にはくつろいだ笑いがはじける。ルークは少し咳き込み、背中を掻きながら、恨めしそうに見渡した。笑顔が目障り、笑い声が耳障りだった。


「いなかったか」

ルークが静かに尋ねた。スカイは片手首を掴み、黙って頷いた。その浮かない顔を見て、ルークが立ち上がり、自分の荷物を指差した。

「ちょっと、きて」

二人は皆の輪から抜け出し、後方の長椅子の方へ歩いた。ルークはそこに手を突っ込み、小さなキャンバスを取り出した。

「これ。家から持ってきたんだ」

それは家族四人の肖像画だった。過去にアイリーンが、村へきた絵描きに頼み込み、描いてもらった作品だ。前列にスカイとバイオレット、後列にルークとアイリーンが並び、全員が幸せそうに笑っている。

「明日、またビビを探しに行こう。村の外に行くとき、これが役立つよ」

ルークがはかなく笑いかけ、スカイの肩を軽く叩いた。スカイは目に涙を溜めて頷いた。


少し離れたところで、ナッシュビルが焼いたキジ肉を頬張りつつ、ガルシアに話しかけた。

「籠にかぶって外へ出れば、蜂には襲われないんだな」

「そうみたいだな。俺にはできないが」

ナッシュビルは、ガルシアのガタイのいい体を見て、小気味よく笑った。

「ガルシアじゃ無理だろう。よし。お前がこれを被って、助けを呼んでこい」

「えっ」

声をかけられたナッシュビルの従者は、顔に不安の色を浮かべている。ナッシュビルはそれに苛立ち、顔をしかめた。

「こんな大役、子どもに任せられん。分かったな」

「は、はい」

痩せて華奢な体格をした従者は緊張し、頭を下げた。


皆が食事を終えた頃、裏口の前でスカイがナッシュビルの従者に籠を被せた。

「よし、行ってこい。急ぎでな」

「承知しました、旦那様」

スカイがドアを開けてやると、彼はそろそろと外へ出た。

その直後のことだった。


ドア越しに痛烈な悲鳴が聞こえてきた。スカイが驚いて裏口ドアを開けると、被っていたはずの籠はひっくり返っている。従者の上に何匹もの蜂が群がり、その肉を食い破っていた。

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