13.生存者達
神殿のなかで生存者達が不安を募らせているところ、玄関扉がガタついた。そばで待機していたガルシアが、二つの閂を素早く上げ、神官のスペンサーを中に引き入れた。皆は一斉にスペンサーの顔を見た。その顔は、すっかり血の気が失せていた。
「神官長…」
「スペンサー。外の様子を、話して聞かせなさい」
神官長のビショップが口をきゅっと結んで促すと、スペンサーは唾をごくりと飲みこみ、ビショップの顔を見た。
「はい。神殿の周辺で生存者は確認できませんでした。蜂は移動したようです。ですが、遠くで羽音が聞こえました。まだ村のなかにいます。出歩くのは危険です」
「そう。危ないところ、見に行ってくれてありがとう」
「まったくだ。丸腰で行かせるなんて」
ガルシアが非難を込めてビショップに言った。ビショップは眉毛を下げてロングドレスを掴み、深々と頭を下げた。
「おっしゃるとおり。申し訳ありません」
「謝るならスペンサーに」
「そうね。スペンサー、本当にごめんなさい」
「私なら大丈夫です」
スペンサーはガルシアと神官長を交互に見て、首を横に振った。実際、自分も裏切り者の尻尾を掴みたくて外に出たのだ。だけどいなかった。蜂達を扇動している奴が、必ずどこかにいる。スペンサーは、手の中に握りしめていたピンク色の葉を、そっと服の袖にしまい込んだ。
ビショップは頭を上げると、ビオトープにかかった橋を渡り、台座にのぼった。そこで祭壇に向かってひざまづき、指を組み、目を閉じた。ガルシアはビショップの祈る姿を白けた目で見ながら、近くの長椅子にどっかり座り込んだ。ふいに、一人の男性が椅子から立ち上がった。
「あのう。俺は、日が沈んだら家に帰ります」
「なんだと」
ナッシュビルは片眉をつり上げた。
「家族が、家にいるかもしれません」
男性はそう言い、一縷の望みをかけて、目を潤ませた。
「私も」
「俺も」
「ここにいても仕方ない」
村人達が口々に言い、椅子を立つと、ナッシュビルがもっともだと強く頷いた。ザワつくなかで、台座に座っていたビショップが静かに立ち上がり、皆を振り返った。顔には苦悩の色が浮かんでいる。
「皆さん落ち着いてください。よく考えてみてください。神殿は堅牢なつくりです。ですが、民家は違います。危険です」
「だが、みんなが一生ここにいたら餓死するのも事実だ。いずれ外には出なければならん。そのためにも状況を正確に把握する必要がある。調べないとな」
足を組み、冷静に意見するガルシアに、ナッシュビルが険しい顔を向ける。
「調べる? 何のだ」
「蜂の個体数と、巣の場所だ」
「そんな無謀は許しません」
ビショップが頑なに反対する。
「部下には平気で外を見回りにいかせるのにか」
「それは…」
ビショップは申し訳なさそうに、少し頭を垂れた。
「で? あんたは、祈りの力で俺たちを助けてくれるのか?」
ガルシアはビショップが着ている、赤銅色のロングドレスを忌々しげに見た。ガルシアは神職者が嫌いだ。年中、神に祈りを捧げているばかりで、役に立ったためしがない。
「ええ、そうです。ルビテナ神はかならず、私達に救いの手を差し伸べてくださいます」
ビショップは背筋を伸ばし、毅然と言い放った。
「それはいつだ? 五分後か? 百年後か?」
「ガルシアさん…」
「いいか。俺は自分を信じてる。腕の力も、弓の力も。だけどな」ロングボウを持つガルシアの目が、冷酷に光った。「祈りの力は信じちゃいねえ。信じれば蜂が死んでくれんのか」
室内は静まり返った。誰も何も言わず、ガルシアとビショップを交互に見る。ビショップは表情を変えずに台座から降り、ガルシアの前に立った。
「あなたの言いたいことは、よく分かります」
ビショップは一度、ロングボウに視線を落とし、その木製の弓に触れた。それから静かな目で、背の高いガルシアを見上げた。
「祈るだけで蜂を遠ざけられるとは思えません。ですが、私は祈りというものを信じています。祈りは意識を変えます。意識が変われば、行動が変わります。行動が変われば、己が変わります。己が変われば、他者も変わります。皆で結束する力は、そこから生まれるのです」
「回りくどい。要は結束して、具体案が出せればいいんだろ。その案はガルシアが出してるじゃないか」
ナッシュビルが嘲笑をまじえ、ふんと鼻を鳴らした。一方、ガルシアは首を回しながら、右手で左肩を揉んだ。
「ああ。少なくとも、三日はここに立てこもって、蜂の様子を観察するべきだな。奴らの行動パターンを掴むまでは」
「なんですって? 三日も?」
バーバラが立ち上がった。
「一ヶ月、ここに立てこもったっていいんだぜ」
一方のガルシアは、小気味よく笑う。
「バカバカしい。そもそもです。そもそも、あの化け物蜂はなんなんです? なぜ村に? なぜ。なぜ、私の息子たちを…。ああ、なんて酷いことを…」
シクシク泣き出すバーバラの肩を、ビショップが優しく撫でた。
「ナッシュビル夫人。気をしっかり持つのです」
「もう。もう、無理よ…」
ナッシュビルが近寄ってきたので、ビショップはバーバラから離れた。ナッシュビルがバーバラを抱きしめた。
「バーバラ。我々は息子たちの仇を取らなければ。今は耐えるしかない」
ナッシュビルが涙声で言うと、バーバラはその胸に顔をうずめ、おいおいと泣いた。
「しばらく、ここで寝泊まりすることになるでしょう。私は、書庫に行ってきます。あそこに、毛布があるはずですから。ルーシー、手伝いなさい」
「はい」
図書館の司書、ルーシーを連れて、ビショップは階段を降りていった。
皆から離れ、ビオトープの水をすくって飲んでいたサムは、気分が悪くてたまらなかった。ひどく後悔していた。どうしてもっと強く、自分はスカイを引き止めなかったのか。せっかく助かったのに。スカイも今頃、俺の家族みたいに…。そこまで考え、サムの頭が割れるように痛んだ。スカイの思いつめた目も思い出し、息が詰まった。
「スカイ…」
サムは礼拝室を出て、奥の小部屋へ入った。裏口ドアに寄りかかり、背中を滑らせて床に尻をついた。そして曲げた膝頭を腕に抱き、顔をうずめた。
その頃、村のあちこちで火の手が上がっていた。神殿の儀式に行かず、家屋に残っていた一部の村人が、迫りくる蜂へ火を放ったのだ。スカイとルーク、アイリーンは自宅の母屋に入り、キッチンのテーブルの前に座っていた。アイリーンが水瓶から水をコップに汲み、それを二人の前に置いた。
スカイは水面に映る自分の顔を見下ろす。それから水を一気に飲み干し、勢いよくコップを置いた。
「ビビを探しに行こう」
「それはダメ」
アイリーンが鋭く突っ込んだ。
「なんで?」
スカイが素早く切り返すので、アイリーンは口ごもった。
「せ、せっかく二人が助かったのに。これ以上危険な目に遭わせたくないからだよ」
アイリーンはスカイとルークの肩に手を回し、同時に引き寄せた。
「じゃあ。ビビはどうするの」
アイリーンが思いつめた顔をして、何か言いかけたときだった。外で何かがドサッと落ちる音がした。三人がとっさに玄関から顔を出し、様子を伺うと、隣家の茅の束が半分以上、崩れ落ちていた。さらに、むき出しになった家の木枠を、数匹の蜂が強力な顎で噛み砕いた。スカイ達を襲った蜂よりも大きな個体で、羽音が大きく、より不気味だった。木枠は一本、二本と折れ、ギシギシと音を立てながら、住居内部へ降り落ちた。




