12.家族の行方
今まさに蜂に食われようとしているガルシアの頭上を、一本の矢が滑空した。矢はまっすぐ、蜂の大顎の間、口の中へと吸い込まれていった。
蜂が苦しがって暴れるすきに、ガルシアは即行で立ちあがり、振りかえった。そこには弓を持ち、息を荒げるスカイがいた。ガルシアはその手をとり、駆けだそうとした。が、スカイは足がすくんでいる。ガルシアが強引にかつぎ、神殿へ飛びこんだ。
それと同じ頃だった。アイリーンとルークがキャベツを運ぼうと、自宅の庭から出た途端、神殿がある方角から巨大な何かが飛んできた。二人は一輪車を放り出し、家に逆戻りした。ルークはとっさに鳥小屋からジャッキーを出し、オオルリミツバチの巣籠を抱えあげ、玄関ドアを閉めた。
「あれは何?」
アイリーンがフラフラと椅子に座りこみ、息せき切って問いかけると、ルークはアイリーンの目の前に立った。アイリーンが不安になって見あげると、ルークが両肩に手を置いた。外では蜂達が押しよせ、家屋周りを飛んでいる。ジャッキーがキッチンの窓に近づき、繰りかえし威嚇した。
「ヤバネスズメバチ」
ルークは小声でいい、咳きこんだ。
「え…」
「おばあちゃんも、知ってるんでしょ」
ルークは食い入るように、その青い瞳を見つめた。
一方、神殿の中では生き残った村人たちが、祭壇の近くの椅子に集まり、座っていた。
「あれは…。あの化け物は、なんだ」
領主のナッシュビルが震えながら、誰とはなしに聞いた。その膝の上につっぷして泣いているのは、ナッシュビル夫人、バーバラだ。ガルシアもサムも答えず、ケガをしている村人の手当てする。
「探しにいかなきゃ…」
スカイが放心して、宙を見た。
「何?」
ナッシュビルは不機嫌に言い返す。
「俺の、家族」
「やめとけ」
ガルシアが即反対する。
「探さなきゃ」
「ビビは、分からないけど…」急に、一人の女性がつぶやく。「アイリーンは、あの場にいなかったわ」
「なんで?」
スカイは即座に尋ねる。
「キャベツを取りに帰った」
「それ、本当?」
スカイは女性の腕を掴む。
「え、ええ。本当よ」
女性は動揺しながら頷く。そこへ、業を煮やしたナッシュビルが立ちあがった。
「いつまでこうしている。他の村へ、救助要請しなさい」
「領主、落ち着け。まず、状況を考えてくれ。外には蜂がウヨウヨいる。要請に行った者から先に食われる」
ガルシアがケガ人から目を離さず、静かに言いかえす。
「しかし」
「どうするという。今は、機会を待つべきだ」
「機会だと? そんな悠長な──」
大人達が言いあうのを横目に、スカイはサムに耳打ちし、二人で祭壇の後ろに回りこんだ。そこから神官長の部屋へこっそり入った。部屋は二メートル四方ほどの小さな空間で、裏口ドアがある。
「サム。俺が出たら、閂をおろして」
スカイは木製の閂を指差す。
「バカ、やめろ。死ぬぞ」
「家族を探しにいかなきゃ」
スカイは必死だ。
「お、俺は反対だ。もう手遅れだ」
サムの目には、激しい動揺と恐れの色が浮かんでいる。
「家に残っているかもしれないんだ。ジャッキーだって…」
ジャッキーの名前を口にした途端、目に涙が溜まった。スカイは目にぐっと力を込めて、それが流れるのを阻止する。
「本当にやめろ」
「サムは探しにいかないのか」
それを言われて、サムの涙腺が崩壊した。何があったかは、聞くまでもない。
「戻ってきたら、開けてくれ。頼む」
号泣するサムが何か言いかえす前に、スカイは裏口から外へ出た。
近くに蜂はいないが、じきに日が沈む。その前に家族を見つけだしたい。スカイはなるべく茂みや暗がり、身を隠せそうなところを通り、家へと向かった。道は歩かず、背丈の高い菜の花畑に入り、まっすぐ南西へ突っきった。身を隠せない場所では、蜂がいないのを確認してから、中腰になり、素早く走りきった。
道中、蜂はいた。単独の場合もあるし、二、三匹で飛んでいる場合、列をなす場合もあった。人間の肉片らしきものを抱えていたり、何かを探している蜂もいて、油断ならなかった。家まであと少しというところで、蜂がブンブン飛んでいて、近づけそうにない。スカイはそばの民家の敷地へ入った。そこの納屋を物色した。
何かないか、役に立つものが。スカイが焦って頭をかいた矢先、何かが肘にぶつかった。ライ麦の巣籠だ。
なかに巣板はなく、編まれたばかりのようだ。スカイは身をかがめ、それを自分に被せた。大きな籠は、スカイの体をすっぽり覆い隠した。スカイはそのスタイルで納屋を出た。
巣籠をずりながら、亀のようなスピードでスカイは道を前進した。内側から目の近くに覗き穴をつくり、周囲の様子を伺った。たまに蜂が付近を通り過ぎていくが、スカイには気づかないようだった。スカイは無事、自宅の庭の、すぐ裏までたどり着いた。
皆はいるのか。スカイは今すぐ巣籠を出て、駆けつけたかった。だが、庭に蜂が三匹、母屋の周りを飛んでいるのが見えた。
スカイは目を凝らした。母屋の窓が見える。その窓から、真っ白な鳥の翼が見えた。ジャッキーだ。生きているのがわかり、気持ちが昂った。
さらに、ジャッキーが母屋にいる時点で、誰か人間がいるのも分かった。ジャッキーは普段なら軒下の鳥小屋にいる。つまりは、誰かが家の中に入れたのだ。スカイはさらに、窓から何か見えないか探った。そう思った矢先、長い銀髪が見えた。アイリーンだ。
他の二人もいるのか。それは分からないが、とにかくアイリーンとジャッキーはいる。スカイはどうにかして玄関から入りたかったが、蜂にすきはない。飛び出して弓で戦うか。いや、一匹は殺せても、あと二匹はどうする。
そこで閃いた。そうだ。自分は今、巣籠のなかだ。蜂は言うほど視力がよくない。ゆっくり近づき、確実に射殺せる距離まで詰め、スカイは止まった。覗き穴の隣に新たな穴をこじ開け、矢羽がぎりぎり通過できるくらいの大きさに広げた。狭い巣籠の中で、背中に背負った弓をなんとか外し、弦に矢をつがえ、矢尻を矢用の穴に差し込んだ。覗き穴から蜂の動きをとらえ、スカイは弓を引いた。
矢用の穴から、矢は勢いよく飛びだした。空を切り、蜂の胸部に突き刺さった。不意を突かれ、蜂はバタバタと暴れた。それでも、ガルシアがやったように即死とならない。スカイは焦って、必死で何かを思い出そうとした。そして思い出した。そうだ。ガルシアは額の真ん中を射抜いていた。スカイは巣籠から出ず、そのまま観察した。巣籠から射られたと理解できないらしく、蜂達は警戒しながら浮遊する。
スカイはさらに観察する。胸に矢が刺さった個体が、一番不安定な飛び方をしている。スカイはその蜂の額に狙いを定め、静かに矢を放った。
その頃、母屋の中では、ルークがアイリーンを抱きよせていた。アイリーンはルークの腕のなかで泣いた。
「ああ、そうだよ。知ってるさ、誰よりも。だけど、忘れようとしたんだ」
アイリーンは、ルークの服を涙で濡らす。
「おばあちゃん…」
「ルーク。私は、どうしたらいい」
ルークは歯を食いしばる。この状況を切り抜けるにはどうするべきか。むやみやたらに動くのは得策ではない。蜂の数も不明だ。
「あいつらがいなくなるのを待とう」
そう言ったとき、庭に何かが落ちる音を聞いた。重たそうな何かだ。不思議に思い、ルークは窓に近づいた。ラッパ水仙の上に、巨大な蜂が一匹、倒れている。
「なんだ?」
ルークは当惑して、さらに窓から外を伺う。まだ二匹いる。が、様子が変だ。一匹は飛び方が不安定で、羽が何枚か欠けている。そのとき、唐突に何か細長いものが、地面から飛んできた。それは蜂の羽を貫き、ついにその蜂は落下した。ジタバタと地面の上で這い回る蜂に、またしても何かが突き刺さった。蜂はそのまま、静止した。蜂の頭を貫いているのは、一本の矢だ。
ルークは目を疑った。庭のほぼ中央に、オオルリミツバチの巣籠が伏せてある。籠の編み目から、矢が飛び出している。
「スカイか!?」
ルークは窓に張りつき、叫んだ。アイリーンは泣くのをやめ、顔を上げた。ルークの目の前では、巣籠から矢がヒューン、ヒューンと飛び出してくる。最後に残った蜂は、それをかわすのに必死だ。ルークは振り向き、キッチンを見回した。テーブルの足元に置いてある水瓶を手に取った。非力な自分でもこれくらいなら抱えられる。ルークは慎重に玄関を出た。
庭では巣籠と蜂の攻防が続く。蜂は大きいだけでなく、全部で八枚の羽が生えている。あと何枚あるのか、ホバリングしているからルークにはよく見えない。
そのうち、巣籠から矢が飛んでこなくなった。ルークはすぐに事態を察知した。蜂は巣籠を観察し、飛びながらジリジリと近づく。ルークはその蜂の背後に周り、水瓶をひっくり返した。勢いよく水が溢れ、羽が濡れた蜂は落下した。気が動転し、地面の上でもがき始めた。
「おおおおお」
巣籠から飛び出してきたのは、弓を持ったスカイだ。スカイは矢を拾い上げ、素早く弓を引いた。矢は、バタつく蜂の額に命中した。蜂は即死した。
「スカイ!」
ルークはすっ飛んでいき、弟を抱きしめた。スカイもルークを抱き返した。
「ルーク…。よかった。生きてて。俺、俺…。矢が無くなっちゃって。どうしようって」
スカイの目からは、洪水のような涙が噴きだす。
「ああ。うん。スカイ。よかった」
ルークも激しく泣き、スカイの背中を強くさする。
「スカイ…」
ルークの後ろに、アイリーンが立っていた。口元に両手を当て、ひどく震えている。ジャッキーが家の中から飛び出し、スカイの肩に降りたった。スカイはルークから手を離し、ジャッキーを強く抱き寄せた。それから、ふらふらと前に進み出た。
「おばあちゃん。ビビは…?」
「分からないの…」
アイリーンは地面にへたり込み、むせび泣いた。スカイは駆けより、アイリーンをきつく抱きしめた。




