11.殺人蜂
村の男達は、人間ほどの大きさがある巨大な蜂が、老人の腕と脚を食い破っているのを目の当たりにした。
「うわ、なんだ!?」
「怪物だ!」
「逃げろ!」
一部の男達は反射的に、どこへともなく逃げていった。
「行くぞ」
ガルシアはその場でイノシシを放り捨て、駆け出した。
「行くってどこへ」
ガルシアの後ろを走りながら、イサクが叫んだ。
「神殿だ」
スカイとサムもそれに続いた。
ガルシアが率いる一団は、巨大蜂がいる場所をさけ、神殿に向かった。村の中心部である神殿に近づくにつれ、蜂に殺された死体が増えていった。まだ生きている者もいて、あちらこちらで悲鳴も聞こえた。ガルシアの一団は少しずつ減り、散り散りになった。皆、家族を探しにいったのだ。残った者は惨状から目をそらし、ガルシアの背を追いかけた。
スカイの心臓は早鐘を打っていた。祖母は。妹は。兄はどうなった。走りながら倒れている村人達の顔を見て、自分の家族ではないということだけを認識した。気がおかしくなりそうなのに、手は空を掻き、足は地面を蹴り続けた。
スカイには訳が分からなかった。今、自分がどこで何をしているのかも分からなかった。つい先程まで、自分は山にいた。そこで──。何をしていたんだっけ。そしてなぜ自分は今、走り続けているのか。
巨大蜂がブウンと羽音を立て、一団の前方でホバリングした。毒針を突き出して飛びかかってきた蜂に、先頭のガルシアは臆することなくロングボウを構えた。スカイが後ろから見ていると、ガルシアは素早くその弦に矢をつがえ、勢いよく放った。長い矢は猛烈な速さで突き進み、蜂の額に突き刺さった。蜂は一瞬だけ痙攣し、音を立てて地面へ落下した。
「逃げるぞ」
ガルシアは片腕を振り、皆に叫んだ。皆はガルシアに続き、神殿を目指した。
ガルシア率いる一団は走り抜け、なんとか神殿前にたどり着くと、そこには死体の山ができていた。この領域はすでに食い荒らした後なのか、蜂達の姿はなかった。かまどの火がそばの死体や菜種油に引火して、火柱ができていた。
生きている者はいた。だが、「今」生きているだけで、五分後に生きているかは分からない。死臭の立ち込めるなか、血の川に足を取られながら、スカイはアイリーンとバイオレットを探した。だが、二人の姿はなかった。家族を見つけた男達は、その変わり果てた姿に絶叫し、泣き叫んだ。失神したり、ひたすら名前を呼び続ける者、泡を吹く者もいた。
「ねえ、ガルシアさん…」
スカイは、死体の前で立ち尽くすガルシアの隣に立ち、問いかけた。ガルシアから返事はない。その顔は炎に照らされ、オレンジ色に染まった。
「あれは、何」
スカイは聞きながら、膝が震えた。肩も震えた。見た目から言って、蜂は蜂だ。ただ、蜜蜂ではない。姿形からいって、スズメバチだ。なんで。どうして。あんなに巨大なのが、どんな理由で。答えのない問いが、頭の中を駆けめぐる。
「殺人蜂だ」
ガルシアは顔を炎に照らされたまま、低い声で答えた。
「何、それ」
スカイは、力なく言葉を吐いた。
そのとき、近くで転がっている死体を見て、スカイはハッとした。頭と腹を食い破られ、パッと見は分からない。だけど、首に下げられているラピスラズリのペンダントには、見覚えがあった。
スカイがひざまづき、その石を手に取ると、イサクが駆け寄ってきた。
「エマ! エマ!」
イサクは変わり果てた妻の両手をとり、肩を震わせ、激しく泣きじゃくった。
「どうしたんだよ、お前。なんで…」
イサクはエマの胸元に突っ伏し、慟哭した。その手はほぼ無意識に、エマの腹をさすろうとした。だが、その腹はなかった。
そのとき、スカイは気づいた。少し離れたところから、あの重低音が聞こえてくる。
「イサク。ねえ、逃げよう」
スカイがイサクの肩を掴むも、イサクはその手を乱暴に振り払った。その反動でスカイは地面に投げ飛ばされた。イサクは近くに落ちていた菜切り包丁を両手に握り、蜂に突進していった。
「やめろ! イサク!」
スカイが痛烈に叫んだ。蜂は正面からイサクに向かい、地面と平行に飛んだ。そのまま直進し、大きな毒針を胸に突き刺した。
「イサク!」
スカイが見ている前で、イサクは目を見開いたまま、のけぞって倒れた。体は大の字になり、顔は紫色になり、瞳孔は開いたままだ。二匹の蜂はしばらくイサクの周りをホバリングした後、頭からかじりついた。
「スカイ、逃げろ!」
背後からガルシアの声が聞こえた。スカイは我に返って立ち上がった。少し離れた神殿の前で、ガルシアが猛烈に手招きしている。そこへ駆けつけようとしたとき、何かの泣き声が耳に飛び込んできた。
声の聞こえた方を振り向くと、石窯の近くにある石のベンチの下で、フレディがうずくまって泣いている。そのそばには、母親のアメリアらしき死体があった。
「フレディ、出てこい」
スカイは手を伸ばし、フレディの両手を引っ張った。見たところ、フレディは無傷なようだ。本人はうつ伏せのような体勢になっていて、尻がつかえているのか、ベンチ下から出てこられない。
「フレディ、膝を曲げないで。足、真っ直ぐにして」
スカイが叫ぶも、フレディはイヤイヤをして泣き続けている。
「スカイ、早くしろ!」
ガルシアが激しくせき立てる。
「フレディがここにいるんだ」
スカイも叫び返す。
その瞬間の出来事だった。
真横から接近してきた蜂が、スカイの手からフレディの体を六本足でがっちり掴み、かっさらった。スカイが驚いている間もなく、他の蜂が群がり、空中でフレディの手足を食いちぎり、むさぼり始めた。
「やめろ!」
スカイは、声の限りに叫んだ。そこへ、誰かの手が自分の腕を掴んだ。
「早く」
ガルシアだった。もうすぐそばまで、蜂が飛んできている。さらに、別の蜂が先回りして、ガルシアに襲いかかった。




