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全滅まであと何日  作者: taki
第一章〜ルビテナ村編〜
10/79

10.惨劇

アイリーンは村の女達と火おこしを終え、おしゃべりを楽しみながら、ご馳走づくりに励んでいた。

「みんな、精が出るね」

声をかけたのは教師のモーガンだ。神殿でのオルガン演奏を終え、学校の研究室に戻る途中で、いい匂いに釣られ、庭にいる皆に声をかけたのだ。

「おや、モーガン先生。今日はチキンと春ブロッコリーのパイ、作るからね。たくさん食べていっとくれ」

ジャガイモの皮をむきながら、アイリーンが笑いかけた。

「おお、アイリーン。私の好物を知っているのか」

「ええ、スカイが言ってたよ。先生は動植物学の授業のとき、いっつも鶏と春ブロッコリーのページを熱心に話すって」

アイリーンがウインクすると、他の女達がどっと笑った。

「ふむむむ。実は、そうなんだ。楽しみにしてるよ」

モーガンもつられて笑い、庭の日時計をちらりと見た。まだ朝なのに、すでにお腹がグルグル鳴り出している。


「いや、しかし、腹が減った。いい匂いで死にそうだ」

そう言われて、アイリーンはジャガイモの皮をむく手を止め、石窯の火加減を見た。それから、そばでアメリアがパイ生地を切っているのを見た。

「そうねえ。みんなが帰ってきたタイミングで焼きはじめるつもりだったど。まだ時間もたっぷりあるし、先生のだけ先に作ってあげるよ。できるよね、アメリア」

「うん」

アメリアは快活に返事した。

「本当か。頼むよ。どれくらいでできそうかね」

「そんなに時間はかからないさ」

アイリーンも日時計に近づき、彫られている金木犀(きんもくせい)の絵を指した。ルビテナ村の日時計は装飾が凝っていて、数字の代わりに、植物の絵が彫られているのだ。


モーガンが校舎に入り、アイリーンが引き続きジャガイモの皮をむいていると、エマがそばにやってきた。

「ねえ、アイリーン。キャベツは」

「あれま」

自分としたことが、キャベツを忘れた。昨夜、収穫しておいたというのに。

「ごめん、ちょっと家に取りにいってくる。ビビ、お願い」

「えー」

そばでフレディと遊んでいたバイオレットは、しぶしぶ包丁を受け取り、ぎこちない手つきで皮むきを始めた。


アイリーンが神殿の敷地から出た直後だった。エマは少し離れたところから、妙な音を聞きつけた。

「ねえ、アメリア。変な音、しない?」

「えー? そう?」

パイ包みに集中しているアメリアには、それが分からない。が、近くをうろうろしているフレディは、そばにある林の方をじっと見たまま、直立している。


「ほら。ブーンって。なんだろ」

エマは林の方を指差した。アメリアはパイを乗せた皿をかまどに入れ、鉄の蓋を閉めると、面倒くさそうに眉根を寄せた。

「何よ。何だって言うのよ」

アメリアがずかずかと林の方へ歩み寄った、その時だった。黄色と黒の縞模様の、巨大な何かが茂みから飛び出した。アメリアが何か言う隙も与えず、その頭に襲いかかった。


その頃、スカイはガルシアとともに、ルビテナ山の八合目付近を歩いていた。

「今日は山が、昨日以上に静かだな」

ガルシアは不思議そうに言う。確かにいつもなら鳥の鳴き声がもっと聞こえる。スカイも周囲の木々を見回すが、鳥の姿がほとんどない。


ガルシアは木の根元や洞穴をチェックしている。狙いは、昨日のルビテナオオイノシシだろう。尻をケガしているから、見つけるのはそう難しくないはずだ。

スカイは辺りに血痕が落ちてないか見回した。そこへ、誰かの悲鳴が聞こえてきた。

「なんだ?」

「行ってみよう」

スカイとガルシアは、悲鳴が聞こえる方へ走りでた。


一方、村の神殿の敷地内では、大パニックが起きていた。突如現れた巨大な蜂に、村の女達や老人、子どもは、次々に襲われていた。村人は逃げ惑い、あちこちで断末魔の叫び声を上げた。蜂の数は一匹、二匹ではない。何百という大群が人の肉を切り裂き、骨を砕いた。


一人、自宅の前まで戻ったアイリーンは、なんとなく今きた道を振り返った。ちょうど山から北風が吹き、風上の方から何かが聞こえた。

「気のせいか」

アイリーンは庭を横切り、納屋の前に止めてある一輪車に手をかけた。

「あれ? 春祭り、行ったんじゃないの」

ルークが寝室の窓から顔を出した。

「ああ、私ってばうっかりしててさ」

アイリーンは一輪車に乗っているキャベツの山を指さした。

「俺も手伝おうか」

「今日は調子、いいの?」

「うん」


ルビテナ山の七合目付近で、サムが大岩を背に座り込み、ビクビク震えていた。目の前にいるのはルビテナオオイノシシだ。薄目を開けて見ると、尻の辺りに矢が刺さっている。イノシシは威嚇しながら、前足で土を前掻きしていて、今にも飛びかかってきそうな剣幕だ。


もう一貫の終わり。サムがそう思ったとき、左手の茂みから物音がした。それは目の前を左から右へ爆進する。そしてそのまま、イノシシの胸に突き刺さった。イノシシはブイイイと悲鳴をあげてのけぞり、横倒しになった。近くの鳥達が、一斉に空へ羽ばたいた。


「よし。命中」

左手の茂みから出てきたガルシアが、腰を抜かしているサムの脇を素通りし、イノシシの前に仁王立ちした。イノシシはしばらく呻いていたが、やがて動かなくなった。それを確認してから、ガルシアは矢を引き抜いた。さらに、後ろからスカイが駆け寄ってきた。サムは声もなく号泣して、スカイを見上げた。

「サム、大丈夫か」


それから少しの間、ガルシアはイノシシの血抜き作業をした。スカイは気分の悪そうなサムに、皮袋に入れた水を与えた。

「蜂蜜もあるよ。気つけにするといい」

「いらない」

サムは蜂蜜の入った陶器の小瓶を見て、首を横に振った。


血抜きが終わり、ガルシアはイノシシの前足を肩にかけ、背負い上げた。その姿にスカイは興奮した。こんな図体のデカい獣を一人で運べるガルシアはかっこいい。


一方、サムは震えが止まらなかった。つい先程まで生きていて、自分を殺そうとした獣だ。それが逆に殺されて、今はガルシアの手中にある。こんなことを平然とやってのけるガルシアのことが、末恐ろしくてたまらない。冷静でいられるスカイのことも、理解不能だった。


「スカイ、そろそろ日が高くなってきた。俺の代わりに吹け」

「わかった」

スカイはガルシアが首から下げているラッパを、勢いよく吹いた。狩猟大会、終了の合図だ。


山を降りる過程で、パラパラと他の村人達に会った。皆はハトとかリスとか、小さな獲物を手にしていて、ガルシアの巨大イノシシに度肝を抜かれた。

「よく仕留めたな」

「ワッハッハ。これで村の女達も文句言うまい」

「物凄いご馳走だ。丸焼きにしよう」

男達はガルシアを取り巻き、歓声を上げた。


だが、その歓声も、ふもとにたどり着く頃にはついえた。村の様子が明らかにおかしい。つんざくような悲鳴と、なんとも言えない重低音、羽音が聞こえてきた。

「なんだ?」

男達はいぶかしがった。その直後、すぐそばで大きな悲鳴が上がった。目の前で巨大な蜂が、老人の体に覆いかぶさった。

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