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冬の寒空に

外に出ると、空が茜色に染まっていた。私と村上は喫茶店を出た後、せっかくなので一緒に買い物をすることにした。彼女は一人暮らしをしているらしく、食材や調度品を買いたいと言ったので、ショッピングモールで時間を潰していたのだ。

「暗くなってきましたね」村上の両手には、買い物袋がぶら下がっている。

「それじゃ、そろそろ自転車取りに行こうか」

 私達は広場に向かう。

すると、聞き覚えのある唄が聞こえた。私と村上は互いの顔を見合す。自然と早足になった。

 広場に着くと、昼間にいた黒づくめの男が唄っていた。ギターを持って。昼間と同じように。

お世辞にも上手い演奏とは言えない。だが、何も恐れずに、自棄を起こしたように前に進んでいくような気迫があり、年老いたロックンローラーの様な貫禄があった。

「こうやってじっくり見てみると、印象が変わるね」

「確かに」

 私達は近くにあったベンチに腰を下ろす。演奏している彼の手は休むことなく、動き続けた。そのメロディに歌をのせる。それが、私の体を揺らす。

「かっこいいね」村上がぽつりと呟いた。

「そうよ。かっこいい」

 私は本当に気付かないものだと驚いていた。その人が普段から全く違う行動をするだけで、こうも印象が変わるものなのかと。

「ねえ、奈津美さん。私、父と会う事にする」

「え?」

「でも、その前にこなしておく事がある」

「こなしておく事って?」前にも似たような台詞を言ったな、と思い出す。

「責任を、取る」彼女は笑っていた。



「おい、まだいるぜ。コイツ」茶髪が村上を指差す。

「普通クビにするだろ。客に手を上げる店員なんてなあ。あの店長は何考えてんだろうな。バイトをクビに出来ないぐらい腰抜けってことかな」

 金髪らがニヤニヤしながら顔を近づけていく。村上の顔が強張った。

「ここの店長は腰抜けだぜ。俺らのような年下に何度も頭を下げているからな。客を殴るバイトに腰抜け店長、最悪だな」

「……弁当はあたためますか」村上は無表情のまま、言った。

「あたためるに決まってんだろ。いちいち客に言わせるんじゃねぇよ」

「すいません」頭を下げる。

 私と相川は遠くから離れて、眺めていた。

既に見慣れた光景だった。これが彼女なりの責任の取り方らしい。

「不器用なやり方だな」それを見た開口一番の相川の台詞だった。言葉とは裏腹に、褒めているようだった。

「でも、そろそろ止めませんか?」

「そうだな」そう言う相川は動く気配がない。

 私は溜息を吐く。「このままだと、村上はずっとまとわりつかれると思いますよ」

「それは、店長の責任だろ」

「店長は、どう責任を取るんでしょうね」

「さあな。でも、今からおもしろいものが見られるかもしれないぞ」

 私は最初それが何の事なのか全く分からなかった。

 しばらくすると、眼鏡を掛けた男が出てきた。店長だ。

「おっ、腰抜け店長。今日もご苦労様です」

「今日も、なんか用すか?」ひどい言われようだな、店長。

 店長は無造作に金髪に近づく。頭を下げるのかな、と分かりきっていたつもりだが、今回は違った。

「あ」私は思わず声を出す。村上も目を大きく開いたのが分かった。相川はにやけている。

 店長が思い切り金髪を殴ったのだ。殴られた金髪は、予想外の衝撃にうずくまっている。

「てめぇ」茶髪が怒鳴る。が、店長が片手に持っていたものを見て大人しくなった。

 彼が持っていたものはコンビニにあるはずがない、金属バットだった。

「今までは我慢してきたが、重要なことに気付いたよ」店長の声は、自信に満ちていた。「ここは俺の店だ。だから、俺が神様だ」

 茶髪が金髪を引きずり、逃げる。店長が金属バットを振り回しながら、追いかける。外に逃げても執念深く追いかけていった。

 店に残された私と村上と相川は、何故だか無性におかしくなった。金髪らの情けない姿も、店長が甲高い声を出しながら追いかける姿も、愉快だった。

「奈津美さん」村上は遠くにいる私に大声で呼ぶ。笑いを堪えているのか、すこし声が震えていた。「私、責任とれましたかね?」


 

二週間後、村上はバイトを辞めた。今の仕事よりも、もっといい場所を見つけたらしい。今はそこで働いているそうだ。

 私は変わらずにコンビニで働いている。最近、身近で変わった出来事と言えば、金髪たちを一切見なくなったのと、スタッフルームに金属バットがあるぐらいだ。

 ある日、村上から電話があった。「父と会う日が決まったんだけど、一緒に来てくれない?」

「何で、私が」

「ひとりじゃ心細いから。それに、相川さんも来るから、誘えって」

 私は何となくその理由が分かった。だから、私はOKの返事をした。私がまだ頼みごとを果たしていない責任があったからだ。

 待ち合わせ場所は、あの殺風景な広場だった。

いや、殺風景ではなかった。昼間は分からなかったが、柱や枯れ木にイルミネーションが施されており、それらの光は花が咲き誇っているようだった。夜の広場は、噴水が機能していた。照明に照らされ、湧き上がる水はきれいで、躍動感があった。昼間と違って夜は人が行き来していて活気付いていた。

そこにはいつもの様に中年の男性は中央にある噴水の塀に腰を掛けて演奏していた。前に来た時よりもときよりも人は多かった。家路に急ぐサラリーマンや学生のカップルが何となく、といった様子で彼を中心に集まっている。

「これじゃあ、すぐにお父さんを見つけるのは難しいですね」村上が辺りを見回す。

「そうね。こんなに人がいるなら、よく顔を見ないと分からないかも」私も同感だった。

「だったら大きく手を振ってみたらどうだ、村上。そうしたら、向こうは気付くかもしれない」

「いいアイディアです、相川さん」

私達はそこから少しだけ離れたベンチに座った。

噴水はライトに照らされており、水飛沫がそれに反射する。そんな風景をバックに演奏する彼はどこか神秘的だった。

「かっこいいな」これは本当に、正直な感想だった。

「……そうですね」村上が同意するよう、呟いた。

「父親と、ここで待ち合わせしているんでしょ」

「ええ、そうです」村上は落ち着かないようだった。「久々に会うから、緊張しちゃって」

「まあ、とりあえず落ち着こう」相川が暢気に言った。「コーヒーを魔法瓶に入れて持ってきたけど、飲むか?」

「結構です」私と村上は同時に答えた。

 その時だった。男は演奏を急に止めた。私と村上はそれに気付き、すぐに視線を男に戻す。彼はこちらを見ていた。いや、見るというよりも凝視していた、の方が適切かもしれない。村上は眉をひそめる。

「何で、こっちを見てるんでしょうね」村上は眉を顰める。

「きっと、待ち合わせの人を見つけたと思うよ」

「ああ、きっとそうだ」

「え?」

 男は立ち上がった。彼は帽子をとり、サングラスを外す。素顔が露になる。そして「涼子!」と叫び、大きく手を振った。

村上はじっと彼を見つめた。そして、「お父さんだ」と零した。

「どうして」村上がゆっくりと口を開く。目の前の状況を少しずつ、確認しているようだった。

「行ってきたら? 言いたいことや聞きたいこと、色々あるでしょ」

「え、ええ」私の言葉を素直に受け止め、彼女は父親の元にゆっくりと近づいていった。 

「長かったな」相川が私に言った。「それにしても、本当にこんな事で親子が仲直りなんてな。三文小説の様な話が、現実になるとは思わなかった」

「私もです。泥船でも、意外といけるんですね」

私はさらに深くベンチにもたれかかった。三週間前の出来事が昨日のように鮮明に思い出す。たった三週間で、色んな事が変わった。世界なんて、自分が変われば簡単に変わっていくものなんだと実感した。

 私は肩の荷が下りたので、爽快な気分だった。だから、次に相川が発した言葉も、軽い気持ちで返事をしたのだろう。

「コーヒー、飲むか? 上手いぞ?」

「本当に、美味しいんですか」

「ああ」

「だったら、少しだけ」

 魔法瓶から湯気とともに黒い液体がカップに注がれる。私はそれを両手で持ち、火傷しないようにゆっくりと飲んだ。

「おいしい。なんで?」思わず訊ねてしまった。

「ここ最近な、バイトを雇ったんだ。そいつが意外に、コーヒーを淹れるのが上手かった。そいつが、私に教えてくれたんだ」

「へえ、熱心なバイトですね」

「そいつが私に言ったんだ。『私はこの店を続けさせる責任と覚悟がある』って。そいつなりの、恩返しなんだろう」

 私は村上を見る。なんだ。口説かれたのはまんざらでもないんじゃないか。

 夜空を見上げる。今年の二月は大変だったよと愚痴ってみた。すると、冷たい風がそれに答えるように吹く。それが「とりあえず、頑張れ」と元気付けているように感じて、思わず笑ってしまった。


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