6話 稲守任三郎と初ダンジョン③
「本当だ、一体どういうことなんだ?」
「まず、稲守様の持っている端末をこちらに。端末の情報で何かわかるかもしれません」
携帯端末を加賀に渡すと、持っているタブレットに繋ぎ、何か情報を見始める加賀。
「・・・なるほど、原因がわかりました。稲守様にお渡しした端末は、現行品の中でも最新機種になりますが、恐らく電波の届かない状況が続くと、日付を更新できないようになっていたようです。こちらは私が報告しておきます」
「端末のせいか・・・」
稲守としては数時間ほどしか経っていないと思っていたが、緊張と暗いダンジョン内ということもあり、時間感覚が狂っていたため、稲守の認識では日付は11月26日になっているはずだった。
「今回の件について報告書の作成をお願いできますか?もしかしたらその中に時間の齟齬が発生した別の原因があるかもしれません」
「わかりました」
稲守としても不思議な状況だが、持っている荷物の中にあるモンスターの一部について聞くことにした。
「そういえば、モンスターの身体の一部を持ち帰ったのですが、それはどちらに・・・」
「え!? 討伐されたのですか!?」
「本当ですか!?」
驚く加賀と、運転手の軍服の男性。
「え? あぁ、はい」
「佐々木さん! 急いで!」
「了解!」
車が急に方向転換し、ダンジョンへ入る前日に泊まったホテルへと向かった。
到着した途端、待機していた軍服を着た男性たちに護衛されながら、ホテルの地下室へと連れていかれる。
バイオハザードのマークの書かれた扉を通り、ダンジョン庁舎を思わせる両脇に並ぶ個室と通路。
その中の一つの部屋に案内された。
「それでは稲守様、こちらに討伐されたモンスターの素材を置いてください」
部屋の中には机が一つ、椅子が三つ、そしてモンスターの素材を運ぶためかカートがあり、机にはトレーらしきものが何個か置かれていた。
稲守は言われた通り、ダンジョンから持ち帰ったゴブリンの耳4つ、サハギンのヒレ、水かき付きの手、池の水と周辺の土や草をそれぞれトレーに並べる。
「こちらがゴブリンの耳、これが魚人、ゲームとかで言うところのサハギンですかね?それのヒレと手。あとはサハギンがいた池の水と、周辺の土と草を取ってきました」
「稲守様、サハギンとは?」
「あ、端末で一応写真と動画を記録しているので・・・」
「端末をこちらへ」
加賀は端末を操作すると天井からディスプレイが降りてきて、それに稲守の端末を繋げ操作すると、映像が流れだす。映像は稲守が撮影したサハギンの一部始終だ。
軍服を着た男性たちが食い入るように動画を見る。
『キシャシャシャ! キシャ!』
「稲守様、このモンスターは何をしているのです?」
サハギンが何かを手に掴み、見せつけるような動作をしていた。
「サハギンは池に異物を放り込まれると、こうしてわざわざ取りにいって見せつけるんです。多分この時はエナジーバーの袋ゴミですね。この状態の時、こちらがアクションを起こさなければ、永遠とこの動作を続けるので、銃を構えていればこの通り」
ドンッ
稲守が撃った弾丸がサハギンの頭部を貫き、絶命させる。
「「「おおー・・・」」」
その後、延々とサハギンの死体を映すだけで映像はに変化が起きない。
「稲守様、サハギン? を倒してから何を?」
ただただ流れるサハギンの死体に困惑する加賀。
「報告書に後で書きますが、モンスターの検証のためにサハギンの死体を観察していましたね」
「稲守様、ひとまず、これらのダンジョンから持ち出したものは預かってもよろしいですか?」
「えぇ、もちろんです」
「ありがとうございます。報酬につきましては後日端末に通知が届きますので、そちらをご確認ください」
「わかりました。報告書についてですが期限はありますか?」
「今回は初報告になりますので早めの報告を頂けますか? 今後は翌週を目途に送信お願いします。ダンジョン探索をする際は、端末内にあるアプリで申請して頂ければ対応します。ダンジョンから帰還する際は、今回と同じように私に一報ください」
「わかりました」
「それでは本日は本当にお疲れ様でした。ご帰宅なさるのでしたらご案内します。ここに泊まるのであれば手続きしますが」
少し悩む稲守。
今回使った瓶等は全部私物のため、ここで手に入るかは疑問だが、手配すれば問題ないと判断し、ここに泊まることにした。
「今日はここに泊まります。もしかしたらまた明日ダンジョンに行くかもしれないので、その時は申請します」
「承知しました」
その後は解散となり、以前泊まった部屋と同じ部屋に案内され、一息つく稲守。
「ふー・・・そうだ、報告書」
端末と一緒に渡されたクレードルとキーボード、マウスを机に広げ、ゴブリンとサハギンの情報をワードアプリを開き打ち込んでいく。
「そういえば渡し損ねた、これどうするかな・・・」
机には非常用に採取していたサハギンがいた池の水が入った小瓶が置かれていた。
「・・・次の探索が終わった時でいいか」
鞄に小瓶をしまい、報告書の作成を中断し、タバコ休憩をすることにした。
一方、加賀は稲守が持ち帰ったものを研究機関への依頼手配を行っていた。
「至急これらの分析を。土と水は検査機関に回してください!」
「「了解」」
稲守が持ってきた素材がカートに乗せられて運び出されるのを見つつ、加賀は今後のことを考えていた。
今までダンジョンに入った志願者たちは、モンスター倒すので精一杯で、頑張ってゴブリンの写真や、耳の一部を切り取ったり、土や水を持ち帰ってきた例は稲守が初だった。
というより、思いつかなかったのだ。
土や水なんて地上と同じだという固定観念があったと後に判明する。
(これは稲守様の報告如何によって、何かが変わるかも・・・)
その翌日、稲守から送られてきた報告書を見た加賀は、上官を交えての緊急会議のため、ダンジョン庁舎に来ていた。
会議室には加賀と、男性が数名、机に座っており、加賀は端末を操作してディスプレイに情報を表示させながら報告をする。
「稲守任三郎。現役の猟師であり、千葉の森に土地を所有。初のダンジョン調査にて、ゴブリン8体、サハギン3体の討伐。持ち帰った素材は、志願者たちが入った物より鮮度が良く、土や水は現在研究機関によって検査が行われています」
「加賀君、彼の報告書、これは本当なのかね?」
加賀の上官であるダンジョン管理部の部長だ。
「はい、提出された映像がありますので、こちらをご覧ください」
加賀がリモコンを操作すると、背後に映像が映し出される。
『キシャシャシャ! キシャ!』
「この個体は仮名をサハギン。池に異物が投げ込まれると、それを拾い、池から出て見せつけるという習性を持っており、身体は筋肉質ですが、近接戦闘はしていないため、どれほどの力があるかは不明です」
「ふむ・・・・」
映像では以前稲守と確認した時のように頭部を撃ち抜かれたサハギンの映像が流れていた。
「さらにゴブリンエリアの検証について、再出現時間や条件が事細かに記載されています」
「それは私も確認した。加賀君、稲守氏は我々の用意したスケジュール通りに入ってくれた。他の地域のダンジョン調査員は予定すら送ってこない。彼のバックアップをもっと手厚くしたい。銃の制限の解除も検討しよう」
現状ダンジョンに入ったのは稲守だけだ。
他の調査員に任命された人たちは近隣のホテルにすら移動していない者もおり、政府や自衛隊としては強制的に連れて行こうかと悩んでいた。
「私も同意見です。銃の制限もそうですが、弾薬や食料、それらを持つサポーターのような人を彼に付けるか、運搬用の車両等を与えるべきかと」
「わかった。では、それらはこちらで手配しよう。車両については彼の意見を聞いて報告をしてくれ」
「承知いたしました」
上官を見送り、部屋の片づけをしていると、端末が鳴動しディスプレイには、稲守から電話が来ている事を表示していた。
「加賀ですが」
「稲守です。実はお願いがありまして」
「お願いですか?」
「えぇ・・・」
稲守からのお願いは、今回土や水を持ち帰った容器のことだった。
後から確認すれがダンジョン庁や自衛隊、ホテル側で提供した物ではなく、稲守の私物だったことがわかった。
稲守曰く、容器を作った会社はすでに倒産しているので、同様のものが手に入らないかというお願いのようだ。
「わかりました。最適なものがないか確認してみます。それと別件になりますが、今回ダンジョンに潜っていただいて、もし車両等が必要であれば手配しようと思うのですが、何か要望はございますか?」
「車両・・・ですか?」
「えぇ。というのも、もし可能ならば、モンスターの死体、それもサハギンをダンジョンの外に持ち出せないかと思いまして」
サハギンの件に関しては完全に加賀の独断だ。
「そうですねぇ・・・個人的には台車とかは音が出やすいので、微妙なんです。歩いた感じ、ダンジョンの中は地面の凹凸が多いのが理由なんですが」
「わかりました。稲守様が必要になった時で構いませんので、その時に。それと、銃火器について、稲守様の今回の成果を上官が評価してくださったので、自衛隊でも使用している火器の許可を考えています。ただし、一度訓練をしていただく必要がありますが」
「本当ですか!? そちらは是非お願いしたいです」
「では訓練の日付につきましては、可能日をいくつか提示させていただきますので、端末の通知をお待ちください」
その後は弾薬の追加購入、空薬きょうの提供。
食料品や水の簡易検査キット等、必要な物があるとのことだったので、リストをくれれば手配すると伝え、電話が終了した。
「ふう・・・これから忙しくなりますね・・・」