3話 稲守任三郎と調査前日
ダンジョン庁から帰ってきて1週間が経過した。
お世話になっていたバイト先への退職願い、私用の携帯の解約、筋トレや体力造りを経て、いよいよ初のダンジョン調査を明日に控えた稲守は、予定地である千葉県にある飯岡ダンジョンに近くのホテルに泊まっていた。
このホテルは政府が管理している施設で、外観上は廃墟に見えるのだが、有刺鉄線に囲まれている上、電気柵も設置されており、侵入者が入れないようになっている。
中には訓練場はもちろん、武具の整備ができる設備や、弾丸等を買う場所もあり、とても充実していた。
(20ゲージ用のスラグ弾30発に弾倉は3本あるし、ナイフも研いだ。食料は三日分の固形食に水分補給用のゼリー飲料を6本。ダンジョン内部に水があるかは不明だが、ろ過装置もある。個人的には準備万端だが・・・あ、ヘッドライト買ってない!)
宛がわれた部屋から出て、3階のロビーへと向かう。
このホテルは1Fが食堂、2Fが政府高官用の宿泊施設、3Fが売店となっている。
エレベーターから降り、ヘッドライトが無いか探していると、このホテルで政府関係者ではない人間がいるのが珍しいのか、あちこちから視線を感じる。
(あまりじろじろ見られるのはいい気分じゃないが、仕方ないっちゃあ仕方ない)
気にしない風を装い、ヘッドライトや懐中電灯が無いか探すが見当たらず、面倒だがロビーの案内所で聞くことにした。
「すみません、ヘッドライトを探しているのですが・・・」
「ヘッドライトですか・・・少々お待ちください」
受付には女性が2人、そのうちの一人が端末を操作し商品を探していると、もう一人の女性が声をかけてきた。
「すみません、貴方はどちらの所属になりますか・・・?」
質問と同時に、周囲の視線が再び自分に集まるのを感じる。
「・・・・」
機密事項に当たるため、どう答えるか考えていると、ヘッドライトを探していた女性が顔を上げる。
「ヘッドライトは奥の武具コーナーの4番棚にありますので、そちらでお求めいただけます」
「ありがとう。行ってみるよ」
救いの手によって、そそくさと言われた通り武具コーナーへと向かう。
(さてヘッドライトヘッドライトっと・・・)
何種類かありどれが良いか悩んだが、結局有名メーカーのヘッドライトと予備バッテリーを数個と充電器を手に取り、無人レジで会計を済ませた。
(こんなものか・・・)
買い物袋片手に、どうせなら一服をしようとぶらぶらと歩きながら喫煙所を探すと、エレベーターホールにある「喫煙所」と描かれた扉を見つけた。
(自室だと吸えないから助かるな)
喫煙所に入り、胸ポケットに入れていたお気に入りのタバコを手に取り、火をつける。
(はー・・・・。っと飲み物も買うか)
併設された自動販売機でコーヒーを購入し、ベンチに座り缶を開ける。
タバコを吸いながらコーヒーを飲みつつ明日からのことを考える。
(ダンジョンの情報がここまで少ないとは思わなかったな・・・・。政府の調査報告書も現状2階層までしか無いし、その先は調査員はという事か?それ程までに危険なのか、公務員にやらせる仕事じゃないからなのか・・・)
もらった端末には図鑑アプリが入っていたが、見られる情報は漫画やアニメに出てくるゴブリンと呼ばれるモンスターに、モンスター化した狼や熊の情報だけだ。
(ミドリイロゴブリンってネーミングはさすがにひどいんじゃないか? 政府の誰かのセンスなのだろうが)
名前の他に詳しい情報も無かったため、恐らくそれらも俺たち調査員が報告しなければならないのだろう。
(罠も持っていくか?・・・・ダンジョン内の滞在期間も指定はないし、キャンプするのもありか・・・)
コーヒーを飲み終え、タバコを灰皿に入れ、喫煙所から出る。
扉を開け、部屋から出て足早にエレベーターへと向かうと、ちょうど上階へと向かうエレベーターが開いていた。
視線を感じつつもエレベーターへと乗り、自室のある階層のボタンを押す。
(誰もいなくてよかった・・・)
なんとかエレベーターへ入り、一目を気にしつつ、そそくさと自室へ戻り就寝した。
翌日、朝5時頃、いつものように目覚めた稲守は、荷物を整理しながら、ダンジョンへと備える。
(ここにきて緊張してきたな・・・・武器ももう一度確認して落ち着くか)
使ってもいない銃の整備や、ヘッドライトのバッテリーの確認をしつつ、ダンジョンの情報を整理する。
飯岡ダンジョンは洞窟型という情報で、調査したのは2階層、それも2階層目は入口のみで、1階層も満足にはできないような状態だ。
アプリ内にあるダンジョンマップも、明らかに中途半端な所で途切れているように見える。
(どうして中断したのかぐらいは記載してほしいものだ・・・お役所仕事ってのは所詮こんなものって事かね)
マップを見ながら内心で悪態をつきつつ、朝食用のエナジーバーをかじる。
(ん? 分かれ道なのに一方にしか進んでいない。それも1か所ではなく何か所も)
1階層のマップを確認していると、分かれ道の多くが1方向にしか行っていないのを発見した。
(もしかするとこれは一人で入ったんじゃないか?)
モンスターが出ると書かれた場所は、用意されたように広く描かれているため、特定の場所にしかモンスターは現れないのか、通路には出現ポイントも記載はない。
(まぁ、ここであーだこーだ考えても仕方ないし・・・そろそろ行くか!)
荷物を背負い、頬を両手でパンと叩き、気合を入れる。
朝早いからか誰もおらず、嫌な視線も感じることなく、タクシー乗り場へと移動する。
タクシー乗り場にはすでに1台のタクシーが停車しており、運転手が車の前で待っていた。
黒いサングラスにスーツと、運転手には見えないが車の前にいるということはそうなのだろう。
「稲守です。依頼したタクシーで合ってますか?」
「稲守様ですね。端末をお見せいただけますか?」
渡された端末を運転手に見せる。
運転手はサングラスの縁を押すような仕草をして、裏表、側面まで隅々見ていた。
「・・・はい、確認が取れました。荷物は後ろに入れず、座席へ置いてください」
自分が見る分には、この端末はただ黒いケースに入った大きめのスマートフォンにしか見えないのだが、サングラスに何か仕込まれているのだろうか。
言われた通り、荷物と一緒に後部座席に乗ると、特に何も言っていないのに車が発進する。
「稲守様、ダンジョンへ行く場合、途中下車することはできませんので、ご了承ください」
「問題ありません。到着までどのくらいかかりますか?」
「ここからであれば、10分程です」
その後は雑談もせず、景色を見ながら到着を待つ。
県道を通り、田舎道を通り、丘陵地帯へと進む。
(俺の小屋がある山と景色は近いな)
一体どこまで行くのかと思っていると、海辺に近づくにつれて道が開き、舗装された道路と奥にゲートのようなものが見え始めた。
そのゲートの前でタクシーが停まると、ゲートの脇にある小屋から軍服を着た男性2人が出てきて声をかけてきた。
「身分証明書か端末の提示を、後部座席の方もお願いします」
運転手は免許証、俺は携帯端末を軍服の男性たちに見せる。
「確認が取れました。先にお進みください」
ゲートが開き、タクシーが再び前に進み、直進していると先ほどのゲートより大きなゲートに到着した。
「それでは稲守様、ここからはおひとりで進むことになります。ご乗車ありがとうございました」
料金はいらないのか、追い出されるようにタクシーから降ろされ、そのままゲートの隣にある受付のような場所に行くと、軍服を着た男女、それも見覚えのある2人がそこにいた。
「お待ちしておりました、稲守様」
「あなた方はあの時の・・・。一つ、聞きたいことがあるのですが・・・」
「どうぞ」
「中にはどのぐらいの時間入っていても良いのですか?」
「特に制限はございません。しかし、事前に申告せずに1週間を超えた場合、死亡したと判断する様にと言われております」
今回稲守は3日程中にいてやろうとか思っていたが、初回という事もあり、報告には1日だけにしてしまった事を少し後悔する。