2話 稲守任三郎とダンジョン庁
階数表示が47階の表示で数値の上昇が止まりエレベーターも停止し、扉が開くと再び2人に連れられ、1階と同様の長い通路を歩く。
「稲守様、こちらの部屋へどうぞ」
一番奥の左側の部屋の扉が開き、中へ入るようにと促される。
ここまで来るともう逃げられないと思った稲守は、心の中で気合を入れ、中へと入る。
中は机2つと、椅子が6つ、観葉植物だけの簡素な部屋だ。
「受け取った案内を机に出して、少々お待ちください」
2人が部屋から出て、ガチャリと施錠される音が簡素な部屋に響く。
言われた通り封筒と案内を取り出し、待つこと数分。
再び扉からガチャリと音がすると、先ほど案内してくれた男女2名と、スーツを着た女性が室内へと入り、対面の席へと座る。
「初めまして、私、ダンジョン庁、調査員任命官の加賀と申します。発言は、こちらから質問した時だけお願いします」
任命官の加賀による調査員の説明が始まった。
「まず、調査員任命書に基づき、来庁していただきありがとうございます。調査員のことは、何かご存じでしょうか?」
「はい。ダンジョンに入り、内部を調査・報告することで報酬をもらえる、という程度になりますが」
「結構。それでは、これから調査員制度の説明を始めますので、こちらの資料を確認していただき、質問等ございましたら挙手をお願いします。さて、まずは機密事項についてですが・・・」
機密事項は、身分を他人に明かさない、ダンジョンの情報を他人に流布しない等、独り身で友達も少ない稲守にとっては特に難しくない内容だった。
他には、武装状態での公共交通機関の使用禁止や、長距離移動の際のダンジョン庁手配によるタクシー利用の義務、そして現在使用している携帯やPCの押収だ。
押収についての質問をするため、手を上げる。
「どうぞ」
「押収についてですが、押収後の連絡手段や、物を買う時の決済はどうすればよろしいですか?」
「こちらから専用端末をお渡しします。そちらにはダンジョン庁専用アプリ、そして決済アプリがインストールされていますので、そちらのご使用をお願いします」
「わかりました。質問は以上です」
「それでは、説明の続きになります」
続いて任務の内容や、ダンジョンからの出土品の管理方法の説明が始まった。
「任務は月に1か所、県内にあるダンジョン8か所の中から自由に選び、調査していただきます。調査報告書は端末に入っているアプリによる報告が規則となります」
携帯端末にある自動マッピングアプリや計測アプリの説明等を終え、次はダンジョン内で携行可能な武器についてだ。
「武器については、この説明が終わった後、武器庫へ案内します。そちらから3種類までお選びいただけます。銃火器につきましては、稲守様は免許をお持ちのようなので、一部銃火器の使用が可能となります。以上、ここでの説明は終了となりますが、質問はございますか?」
「はい、武具についての質問になりますが……」
「武具については武器庫で質問を承ります。他の質問はございますか?」
「いいえ、ありません」
「それではこれから武器庫へと案内させていただきますので、荷物をまとめていただき、起立してください」
まるで軍隊のようだと思った稲守は、かつて憧れた自衛官になった気持ちになり、加賀の指示に従う。
それから部屋を出て、再びエレベーターへと搭乗、39階へと移動した。
エレベーターから降りるや否や、鉄格子に囲まれた室内には暗幕によって奥が見えないようになっており、見えるのはカードリーダーだけだ。
加賀がカードリーダーへカードをかざすと暗幕が開き、軍服を着た男性2名が現れる。
「調査員任命官の加賀です。調査員へ武具の説明に参りました。同行者は調査員1名、護衛官2名です」
「そちらでお待ちください」
建物に入った時と同様に身分確認を済ませ、暗幕の奥へと案内される。
暗幕の奥には防弾チョッキや、膝や肘を守るサポーター、壁一面には銃が金具に固定されており、数は30種類以上あるようだ。
「こちらから3種をお選びください。何か質問はございますか?」
稲守は手を上げ、質問をする。
「はい。3種とは防具も含めてでしょうか?」
「武器のみ3種制限となっていますが、防具には制限はございません。ただし、あまり多くの防具を装備すると、破損させた場合に罰金が科せられる場合があります」
「わかりました」
それからは武器を一本一本手に持ち、使用感を試す。
狩猟用で持っていたナイフと同モデルのナイフ等を手に持ち、銃もせっかくもらえるのだからと、新品の中で良さげな物を選んでいると、ケースに入れられた銃が目に入った。
「M220ハーフライフル……」
自分が持っているM210と比べると反動が少なく、弾道特性が良いのが特徴で、スラッグ弾と相性が良いとか。弾倉も特注なのか、日本のものより多い4発装填だ。
「これにするか……」
「アタッチメントはこちらからお選びできますが、どうされますか?」
続いてライフルに装備するアタッチメントを選ぶ。
アタッチメントは2個まで無償らしく、それ以降も自腹ではあるが購入は可能とのことだ。
「んー……」
ダンジョンの情報がない以上、用心に越したことはない。
悩んだ末、汎用性のある1-8可変倍率スコープと弾倉を1つ、自腹で予備弾倉を2つ購入することにした。
「変更する場合は、お選びいただいた物と交換となります」
「わかりました」
その後は防弾チョッキや肘当て等の防具を選び、武器庫での説明が終了。最初に案内された47階の部屋へと再び移動する。
「それでは本日の説明は以上となります。こちらはお渡しする携帯端末と冊子になります。不明点がございましたら、携帯端末にある問い合わせアプリでご連絡をお願いします」
「わかりました。本日はありがとうございました」
携帯端末や説明に関する冊子を手渡され、住んでいるマンションへタクシーで届けられた加賀は、ダンジョンへ入る日まで何をすべきかを考える。
「最近していなかったし、狩りにでも行くか」
2050年現在、千葉県は東北から南下した熊を筆頭に、何十年も前から繁殖し続けているキョン、そして政府の愚策であるシベリアオオカミによるキョンの駆逐実験失敗に伴うオオカミの野生化の影響から、野生動物の楽園と化している。
祖父から受け継いだ山で、建てた小屋で仕留めた獲物の解体作業を行っていると、渡された携帯端末から通知音が鳴る。
「えーっと、ダンジョン内での取得物についてのお知らせ?」
通知音は端末内にあるメールアプリによるものだった。
メールには、ダンジョン内で取得したものは本人の自由だが、ダンジョン庁へ提供するとその分報酬がもらえるらしい。
「ほう、自由ってのはありがたいな」
モンスターの材料で武器を作っても良いということになる。
ただ、武器を作った場合の規約などがないか後で確認の必要があるが、実際はそのような制限はなく、武器も個人で所有しているものがあれば好きに使っていいことになっているため、稲守の懸念は杞憂となるのだが、今の時点ではまだそれを知らない。
途中だった獲物の解体を済ませ、今後のことを考える稲守は、一つの目標を打ち立てた。
それは、モンスターの素材で自分専用の武具を自作することだ。
「ま、なんとかするしかねぇだろ。それに資料ならいくらでもあるし、今のうちに叩き込んでおくか!」
この小屋の地下には、何故か書庫が埋蔵されており、そこには図書館並の資料が収められているため、任務開始まであと2週間、狩りの合間に資料を漁るのが日常となった。