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砂嵐  作者: 三城
2/6

二章

一章の続きです

私は少女に目を奪われ、気づけば障子の奥へと足を踏み出していた。

 しかしその瞬間、背後から静かな声がした。

 「それ以上近づくと、風が目を覚ましますよ」

 振り返ると、そこには年老いた住職が立っていた。深い皺の中に慈しみを湛えた目と、白い法衣が印象的だった。

 「……あなた、あの湖を探しているのでしょう? ここに来たのは偶然ではありません」

 住職はそう言って、私を本堂の縁側へと促した

私は突然の出来事で混乱している頭を整理しながら、当然ともいえる疑問を住職に投げかけた。

「あの少女はいったい何者なのですか?」

住職はゆっくりとお茶を口に運んだあと、少し視線を落として語り始めた。

「あなたは……ここに来るまでに、異常気象に気づきませんでしたか?」

 私は思わずうなずく。強すぎる日差し、春なのに舞う砂、咽せるような空気。それが普通だと思っていた。

「それは普通じゃない。あれは、地球の「悲鳴」です。地軸のわずかな傾き、海水温の上昇、空気中の塵の濃度……何百年も前から、この星はゆっくりと崩れ始めていたのです」

 住職の言葉に、私は息を飲んだ。

「ただの天災ではありません。これは「地球」という存在の限界反応。星が命ある存在だとしたら、病にかかって熱を出し、咳をし、血を吐くようなもの……それが、大洪水や砂嵐、干ばつや地割れ、寒冷化や熱波です」

「人間の科学は進歩しましたが、この「星の命」までは制御できない。だからこそ、人々は選んだのです。星の怒りと対話できる特別な魂を、「人柱」としてその天災に捧げるという道を」

「あの子もそのひとりです。彼女は「砂嵐」に魅入られた魂、核と繋がり、「砂嵐」を封じている」

「他にもいます」

 住職の視線が、遠くを見つめるように宙に彷徨った。

「たとえば、南方の群島には、「海嵐」に魅入られた少年がいます。彼は生まれてから一度も島を離れたことがない。潮の音に耳を澄まし、海が荒れ狂うと、自らその身を水底に沈めるのです」

「また、山脈の奥地には、「火の咆哮」を鎮める聖職者がいます。彼は幼いころから火山の声を聴くことができ、噴火の気配がすれば火口の前で夜を明かす。人知れず、焼かれながらも、生きています」

「そして、もう一人。北の永久凍土には、「氷の眠り」を守る老婆がいます。彼女は世界がまだ均衡を保っていたころから、寒冷化を防ぐためにそこに座っている。目も耳も失いましたが、ただ気配だけで、氷の怒りを鎮めるのです」

「誰も彼らの名前を知らず、感謝されることもない。ですが、そのおかげで、あなたも、私も、こうして話すことができるのです」

 語り終えた住職は、空になった茶碗を見つめながら静かに言葉を閉じた。

 私はそれ以上の問いを口にできなかった。ただ、風の音も聞こえないこの寺で、ひとりの少女が、永遠にも似た時の中を生きている。

その事実だけが胸に重くのしかかった。

日が傾き始めていた。縁側から差し込む光が長く伸び、本堂の畳を静かに照らす。

私は立ち上がり、先ほどの障子の前まで戻ってきた。少女はまだ、そこにいた。

彼女はまるで何もなかったように、ただ静かにこちらを見ていた。

けれどその瞳の奥には、かすかに波打つ何かがあった。

私は思わず問いかける。

「……ずっと、ここから出られないの?」

少女は答えなかった。だが、その目は確かに肯定をしていた。

 「湖……」

小さな声だった。透き通った声が、閉ざされた空間に淡く響いた。

 「あなたが……探してた湖、ほんとうにあるの?」

 私はうなずいた。「確証はないけど、山の向こうに。地図には載ってないけど、確かにあるって……」

少女は、しばらく考えるようにまばたきを繰り返したあと、小さく首をかしげて言った。

「……ねえ。もし、行くなら……」

彼女は視線を床に落とし、そして言った。

 「その湖の絵を、描いてきてほしいの」

私は言葉を失った。

少女の目が、かすかに揺れていた。

まるで、それがすべての希望であるかのように。

「私、外の世界を知らないの。でも……その湖だけは、夢に出てくるの。風の中に、いつもその気配があるの」

 「きっと、そこは、わたしの――」

少女は、言葉を切った。

それ以上は言ってはいけないと、自分に言い聞かせるように。

「わかった。」

私は、静かに返した。

スケッチブックが、先ほどよりも重く感じる。

「僕が行って、君の代わりに見てくる。そして、絵に描いて持ってくる。」

その時、少女が少し微笑んだような気がした。

その笑顔は、すべての音がこの世界から消えたみたいに、あまりにも静かで、美しかった。

もう書き溜めないです。

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