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砂嵐  作者: 三城
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一章

初めての創作です。

一章

五月の風が吹いていた。

 丘の向こうに広がる青空はどこまでも高く、私はその空を見上げながら、背中のスケッチブックの重みを確かめた。これは通っている学校の課題でもなんでもない。ただ、自分の目で見た「本物の湖」を、どうしても紙の上に残したかった。

 目指すのは、隣町にある「神隠しの湖」と呼ばれる場所だった。地図にも載っていないその湖の噂を聞きつけたのは、病院の図書館でたまたま手に取った古びた郷土誌の中であった。

 「誰も行き方を知らない。けれど、その湖には人を惑わすほどの美しさがある」

そんな文言に引き付けられ、病床に付していた私は重い身体を持ち上げてはるばるこんな見知らぬ遠く土地まで自転車をこがせた。

 「何時間移動しただろうか」病院を出た時には出ていなかった太陽も、今では頭のてっぺんまで登っている。太陽という名の灼熱に心が折れてしまいそうだったその時、

色彩豊かな緑と五月という季節には似合わない紅葉の赤が目の前を覆っていた。目的であった山に着いたのだ。

時計を見ると針は午後一時過ぎを指していた。予定よりも遅い到着に焦ったからか私は足早に山道へ足を進めた。

 やがて、分かれ道がいくつも現れる。どれも似たような細い道で、標識もない。

 最初は「どっちでも同じだろう」と楽観的だった。だが一時間、二時間と歩くうちに、陽の角度が変わってきたことに気づく。

 草の影、幹のうねり、同じ形の倒木が、二度、三度と目に入る。

 体はもう限界に近かった。足は棒のようになり、息をするたびに胸が焼けるように痛む。

 喉の渇きが限界だった。何時間も何も食べていない。冷たい汗が首筋を滴り落ちる。

 「迷った、」

 呟いた声に、山は静寂で返答をする。沈む日の傍らにただ、風の音だけが広がっていく。

 深い緑に囲まれた中で、私は生まれてはじめて、長年の闘病生活でさえ感じなかった「死」というものを意識した。

 そのときだった。

 木々の間、ほんのわずかに空が割れたように陽の光。

 近づいてみると、獣道のように細く、踏み分けられた道が奥へと続いていた。

それは到底「人が通るべき道」とは思えなかった。

 けれど、何かに呼ばれているような、不思議な感覚があった。まるで、その先に「答え」があるかのような。

 ふらつく足で、その道に入った。

 木々の間を縫うようにして下る細道を、崖に滑り落ちそうになりながら慎重に進んでいく。足を取られ、何度も転びかけた。枯れ枝に腕をひっかけ、鉛筆が転がり落ちる。

 それでも私は足を進めていた。もう後戻りなどできなかった。

 やがて、石の階段が現れた。

 苔に覆われ、長い年月放置されたような石段。ひとつ、またひとつと登るたびに、周囲の空気が凪いでいく。風が止み、鳥も鳴かなくなる。山の静寂の中にいやに耳鳴りがする。

その先に「それ」はあった。

山の木々に隠されるように建てられた、小さな寺。

瓦はところどころ崩れ、柱も歪んでいた。深緋の禿げた鳥居には蜘蛛の巣がかかり、人の手が長く入っていないことを物語っている。

境内を抜け、本堂へと足を踏み入れた。

 空気は冷たい。だが、澄んでいた。埃の匂いと木の香りが混ざって、私の肺に染み込んでくる。

奥へ進むと、ひとつだけ開かれた障子があった。

その奥に、彼女はいた。


視界に映ったのは、清流のような美しく、果てのないほどに透明な女であった。


明かりも入らない部屋の中に、ひっそりと座るその姿は、この場所の静けさと見事に溶け合っていた。

その瞳が彼を見つめ返したとき、私はようやく息を吐いた。

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