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第二話 100人の女


 霧鏡京介という男とナナイ(京介がつけてくれた名前)の思惑は偶然ながら完全に一致していた。


 共通しているのは、女を手に入れる、というものだ。


 右も左も分からない地球で、目的が一緒になる現地人と協力体制を築けたことは、とてつもない幸運だろう。

アダムプロジェクトのシード候補生として、ナナイは確かな一歩を踏みしめていることに言いようのない充実感を感じていた。

京介から手配された部屋で一泊を過ごし、朝に呼ばれて共に食事をしながら彼の目的に話を傾ける。

まだ彼の願望や目的を理解できたとは言えないが、その一端を窺い知ることはできた。


 京介は年齢19歳。背は177cm。体重は74kg。

成人男性で言えば平均的な体格と言えるだろう。

東京都内の高等学校に所属後、卒業を経てしばらくして、この廃屋に拠点を移したという。

体外的な理由は心身的な疲労による療養。

だが実態はそうではない。 彼は女を一人手に入れる為に計画を立てはじめ、その条件に合うこの場所へ自らの伝手を頼って拠点を移したにすぎなかった。


 確かに、鬱蒼とした山間部の中ではあるが、この廃屋を再利用したコンクリート製の建物は外観からは想像もつかないくらい人の手が入っているようだった。ナナイは京介に施設を案内された時、セキュリティ室を覗いたが、最先端の防犯体制が整っていると思われた。

 ほぼ全てオートメーション化されており、電子錠は頑丈で、扉を破壊するよりも壁を爆薬で吹っ飛ばした方が出入りは容易いだろう。ほとんどの部屋の入口は一箇所だけ。監視カメラは当然配備されている。セキュリティ室には外の様子を含めて周辺を目視で確認できるように、100台以上のカメラ画面が端末一つで一望できる様になっていた。


 ナナイがドローンで確認した限りでは87箇所、カメラの位置は割れている。

発見できなかったカメラが13台以上もあったという事だ。巧妙に隠蔽されている物が多い。

この建物の中のセキュリティは、全てこの部屋で制御するようである。

全ての部屋にカメラ等が設置されており、一階部分の7部屋は全て監視できるようになっていた。死角は中庭だけだろう。


 建物のニ階は京介のプライベートな空間と、ナナイに割り振られた客室などになっている。

後から取り付けたような水回りの配置など、京介が拠点を快適に使えるように整えたような印象だ。きっと住み始めてから手を加えたのだと思う。そこにはカメラ等は設置されていないが、カードキーによる施錠はできるようだった。こちらは独立構造であった。


 この世界は男性1人に対して女性は64人。


 被捕食者側である男性は、女性から身を守る為にこの程度のセキュリティは常に敷かれているのが常だと言う事を知った。

加えて男性の特殊能力、他人からの視線を超感覚で察知することができるという物は人間の男にとっては必須技能となるのだろう。

その事を知らなかったナナイには、他人の視線に感づくような超能力は肉体改造時に付与されることはなかった。

これがどれだけのハンデとなるかは未知数である。


話を戻すが、京介がここに一人で暮らしているのは一つの計画を思いついたからだそうだ。

およそ1ヶ月後の6月の頭。

京介が高校時代に築いた友人を呼び寄せているそうである。

高校時代の男の友達だ、と彼は言っていた。

ナナイを除けば3人の男性が集う。願ってもない展開だ。こんなに美味しい話はそうそう転がっていないだろう。

女性ばかりが大半を占める『人間』という種族において、男性が一同に集う機会は貴重であるはずだからだ。

実際、頭の中に叩き込んだデータでも男性が集合することは珍しい物として認識されている。


 ナナイは京介からもらったデバイス・スマートフォンという物を指で操作し、一枚の写真を画面に表示させた。

宇津木 こころ。19歳。

京介と同じ高校に通っていた女の一人。

スリーサイズと呼ばれる身体特徴・顔の目鼻立ち、ほくろの数、生まれてからの経歴や彼女が持つ特技と技能が事細かに記載されている。

これは調べた訳ではなく、彼女本人が記載したプロフィールであり、全て自己申告されたものだ。

人間の男は希望すれば、日本に在住している全ての女性の個人情報を思うがままに入手することが可能らしい。

虚偽の申告をする女は基本的に皆無であるそうだ。

管理が行き届いていて、良いことだと思った。



「しっかりと管理が行き届いているんだな。感心した」

「何を言ってるんだ、当たり前のことだろ」


 頷く。 当然、男も同様に管理されているとナナイは思ったが。


「そうだな……俺も登録した方が良いのか?」

「はぁ?男は登録などする必要はないだろ。希望すれば可能らしいが、そんなヤツはよほどの変わり者か、頭のイカレタ阿呆くらいだ……お前、イかれてるのか?」

「いや……冗談だよ」

「ったく、よく分からん事を口走る奴だな。まぁ、登録した瞬間に面白い事にはなるだろうが……」

「面白いか? うん、冗談が受けたようで何よりだ」

「そうじゃねぇよ」


 不思議な話であった。

種族として数の差があるというのに、男の方こそ管理をせずに野放し状態であるというのだ。

種の性別が偏重すると極端な制度や社会が形成されやすいのは、ナナイも自分たちの歴史を勉強したおかげで理解出来ている方だが納得は難しかった。

これはもう種族が違う事で作られた社会の比較による違和感なので、上手く適応するしかないだろう。

普通は数が少ない方を保護するなり、管理するなりして減少を留めようとすると思うのだが、京介はこの話を始めると不機嫌になるのでナナイは深く聞くことは出来なかった。

現地の協力者を失うことは避けたかったから。


「冗談はともかく、こんな世の中だ。女は俺達を一方的に自分の都合のいいように扱う側面がある。男は物なんかじゃない。意思ある一人の人間だ。この計画だって……ナナイ、お前だってそうじゃないのか?」


 俺は曖昧に頷いた。人間のことはまだ良くわからないからだ。


女性は男性を求める。


事前調査でも究極的には食べたい、という捕食欲求が根底にあるようだった。

捕食は生殖活動にも直結していることが窺えた。 男性を食することによって女性が妊娠する繁殖形態である可能性は否めない。

ナナイは女を知らない。そのうえ、種まで違うのだ。

頭に叩き込んだデータでは生殖器同士を結合するようだが、その時に食べるということなのだろうか。下の口という表現も多かったのを覚えている。


 しかし、男の数が少ないというのは大きな問題だ。

女性が思うままに男性を捕食していけば、数の少ない男性は遠からずこの世から絶滅してしまうだろう。

そうなれば、子を成す事は不可能になって、人間は滅びる。

それはアダムプロジェクトの成否に直結しかねない。

だからこそ精液保管などの技術が地球では他の技術に比べて発達しているのだろうが……それでは対処療法にしかならないのは分かっている。

それは我々が期せず証明してしまっているから。

ナナイが人間の事について想いを馳せていると、京介は咳払いして立ち上がった。


「せっかく人手が増えたからな。お前に手伝ってもらうことも多くなるだろう」

「ああ、京介の計画に全力を尽くす」

「はは、出会ったばかりだってのに悪いな。まぁいいさ。俺の目的が達成できるなら過程は問題じゃない。同じ男同士、支え合っていこうじゃないか」


 京介は宇津木こころという女性を手に入れる計画を、近い内に実行するようである。

ナナイが同じ人間の男であることは、彼の心象において大きな比重を占めているようだった。

ナナイも同じく、安心している。

京介は良い男だ。得体のしれないナナイを拠点に招き、優しく地球のことを教えてくれるからだ。

ナナイは彼のことが好きになっていた。


「それで、ナナイは誰を狙っているんだ?何度も実行するのは面倒だから、同時にやってしまおう」

「俺が欲しい女ということか?」

「そうだ、欲しい女が居るんだろ?そうでなきゃ、わざわざ僕の前に現れる必要もないしな」


 そのとおりだ。俺は女を手に入れる為に男に接触している。

別に誰でも良い……と言えればよかったが、男の人間は不特定多数の女性に手当たり次第に目を向けることは、途轍もないキチガイ……つまり異常者に見えるらしい。

地球の人間の男である京介がそう言っているのだ。これは間違いのない情報だろう。

アダムプロジェクトの触りを聞いただけで、爆速理解している霧鏡京介は得難い協力者だ。

ここは彼の心に阿る方が、上手く事が運ぶ。


そう判断してナナイは持っていたデバイスを京介へ差し出した。


宇津木こころ。


同じ女を狙っていることをアピールし、彼の心象を良くしようと判断したのだ。

彼と同じ興味を持っているぞ、と示すのがこの場の最適解のはずである。


「おい、ふざけるなバカ野郎」


 顔を真っ赤にして憤慨した京介は、遠慮なくナナイの顔を殴打した。

警戒していなかったので痛いというよりは驚きのほうが勝った。

人間の男にも、凶暴性は潜んでいるようだ。

ナナイは心の奥底にその事実を刻み、次は失敗しないようにと椅子を倒しながら吹っ飛びつつ、決意することになった。




      第二話 : 100人の女



  

 霧鏡京介は朝食を終えて、殴られた頬を抑えながら退出した男を見ながら、今後の事についての思考を深めていた。

思わず手が出てしまったが、京介は謝らなかった。

いや、流石にあれはナナイが悪い。性質の悪い冗談だ。京介は悪くない。


毎朝のルーチンとなっている読書の時間。

ゆったりとした椅子に座りながら、中庭の開放的な空間でくつろぐ。考え事を整理する為の、京介のスタイルだった。


 いきなり現れた、あのナナイという男。

名前も名乗らない上に試験体だとか、アダムプロジェクトだとか意味の分からないことを繰り返す変人ではある。

出自すらも隠しているが、男であるならそれは特別なことでもなんでもない。

むしろ京介の方が、自分の事にオープン過ぎる可能性が高いだろう。男であるという事は、それだけでこの女社会ではハンデを背負っているような物だ。

海外では偽名だけで一生を過ごす男性も居るらしい。それも珍しい方ではなく、そこそこに有名な話。

結婚した身内にも本名を隠し通していたというのだから、凄まじい徹底ぶりである。日本はまだ恵まれている方なのだと痛感する話でもあった。


 男のプライベートな情報を徹底的に秘匿することは、女たちから身を守る術の一つで、それ事態はよく見られる事例。

男同士だって、信頼関係を築いてからようやく実は本名はこっちで経歴や職業も聞いた話とは全然違った……なんていうことも多い。

だから、ナナイの深い事情を京介は聞くことをしなかった。

義務教育中でもおかしくない見た目で、年齢は14~16ほどに見える。だというのに、学校へ行っていないことを考えれば彼に特別な事情があっておかしくない。

それを詮索するのは野暮だ。少なくとも彼が自発的に身の上を話してくれるまでは静観し、配慮してあげるべきだろう。


それに、単純に学友ではない男性と知り合いになることは貴重な出来事だ。

小学校から中学校までは義務教育ゆえに少ないながら男とも自然に知り合う機会はあるが、一度そういった義務によるコミュニティを離れれば同性の友人を得ることは途端に難しくなってしまう。

これは社会的な構造から来る現象であり、誰が悪いという話ではない。

だから名を隠そうと出自を黙ろうと、ナナイに関しては多目に見ることにしたのだ。

まぁ、もう少し言い訳は考えたほうが良いだろう。宇宙とか母星が消えたなどと言われても困惑するだけだ。

そういうところは年相応に子供なのだろうな。


あれだけ顔が良いと、その苦労も伺い知れる。その点は少しだけ同情できた。

名前が無いと不便なので、京介は彼が良く言う番号771という数字から単純にナナイと呼ぶことを告げた。

なんだか矢鱈と嬉しそうだったが、何が彼の琴線に触れたかは聞かないことにした。


さて、ナナイが京介に近づいた目的は、女を手に入れる為だ。

おそらく、自分の計画を嗅ぎつけたのだろう。

どうやって京介の計画を知ることになったのかは不明だが、結婚適齢期に差し掛かった京介の噂から辿ったのだろうと予測できる。

10日前ほどからずっと自分の事に目をつけていたらしい。

崖から飛び降りてきた時は野生動物が足を踏み外して滑り落ちてきたと思ったくらいだ。


黒い髪に黒い眼。日本人であることはすぐに分かる顔立ち。まぁ、少々整いすぎているが。


 男は女を嫌う傾向があり、同性を好む部分も少なからずある。

数が少ないこと、共感できる相手が同性に偏ることなどが理由になるが、京介もナナイを最初に見た時は彼を美しいと思った。

もしも京介が宇津木こころという女性の事を気にしていなければ、ナナイとの出会いはトキメキのある物だったかもしれない。


 京介は改めてこの思考をたどりながら思う。

この世界はまるで歪だ。子供の頃から常々そう感じていた。男が少ないから、仕方ないことだと周囲の女たちは口を揃えて言っていた。

子供の頃は京介もそういうものか、と納得していたしなんの疑問もそこには抱かなかった。

最低限の常識と知識を得るために、中学校までは必ず全ての子供は通うことになる。

当然、義務なので少ないながらも男も居るし、京介も違わず周囲の女にチヤホヤされながら温い学生生活を無気力に過ごしていたのだ。

近年ではオンラインで教育を希望する男も多い。だが、そちらは未だに制度は確立されていない。女性からすれば、貴重な出会いの場でもある。いくら男が望もうと、実現は難しい問題だろう。


京介が世の中に疑問を持ち始めたキッカケとなったのは、義務教育である中学校の卒業間近の時だ。

学友の一人が同じクラスの女性から告白されていた。

女は振られたのか、顔を覆って友人と思われる女に引かれて離れていった。

告白された男は面倒そうな顔で踵を返して、京介はそれを見届けただけである。

何処にでも転がっている話だ。日常風景と言っても差し支えなかった。

そして翌日になって、京介は厚かましくも別の男に告白した女が目の前に現れたと思ったら、唐突に言われたのだ。


「あの、霧鏡君。 私、貴方のことが好きなんです」

「ハァ?お前、正気なのか?」


 あの時は本当に呆れから、驚くほど冷たい声が出た。

本当に昨日の今日だった。

別の男に告白をしていた女は、翌日になって京介へと恋心を伝えたのである。

節操という言葉が抜け落ちたとしか思えない、その女の行動は年若い思春期の京介に衝撃を与えた。もちろん京介はそんな女に嫌悪感を催し、にべもなく断った。

その時から、京介は女が男のことをどう思っているのか、という点に興味を持った。


もしかして、男であるならば女という生物は誰が相手でも構わないのか?


 男女比の激しいこの世界では、女性が男性に謙ることは多い。そんな事はある程度成長すれば自然に気付くし、京介も受け入れている。

例えばそれは義務として16歳以上になったときの精液の提供などがそうだ。

女社会である以上、男として求められている事には応じなければならない。反抗する意味もない。


しかし、婚姻の制度だけは別だ。

法律で京介もこれから10人の女性と結婚をしなくてはならない。

20歳から男性は婚姻の義務が発生し、30歳になるまでに10人の女と結ばれなければならないのだ。


 京介が不満に思っているのは、この婚姻。 男が女を選ぶ立場では決して無いことである。


「最初の一人だけは、僕は本当に好きな人を選びたい」


 それは人間の男として当然の欲求だった。

そして。


「僕はただ、好きな人にも、そうであってほしいだけだ」


 女は男が好きだ。

高校時代に多くの女を使って実験することに注力した京介には分かる。

女は男であれば、誰だろうと尻尾を振る。それも全力でだ。

話しかけられれば舞い上がり、頬を真っ赤に染めて男性の言葉を脳裏に刻んで守ろうとする。

男からすれば、それこそ邪魔と思える位に構い倒してくるし、必要があれば同性の仲間も蹴落とそうと暗躍もする。

そこに男との関わりが少しでもあれば、周囲をうろつく小動物から屈強な戦士へと変貌を遂げて。

京介も実験で何人かの女性をその気にさせてみたことがある。

後始末の方が大変だった。


ただ、そんな京介のすぐ傍で一人だけ、変わった女が居た。

それが宇津木こころという幼馴染だ。

小学校の中学年くらいだろうか。その頃から自然と傍に寄り添っている事が多かった女で、高校に入るまでは特に意識もしていなかった。

周りを取り巻くお節介な女の一人。本当にただそれだけの存在だったのだ。

京介が何かを言えばその通りに、言わなくても察して先回りするように動いてくれる。

周囲にいる女は当然同じように動くし、宇津木こころもその他大勢の女性の内の一人に過ぎなかったのだ。



 他の女性と違うところがあるとすれば、京介以外の男への対応である。

宇津木こころは、京介のことが好きなのかもしれない。 心の底から。 いや、好意は他の女性も持っていただろう。だが、霧鏡京介という男ではなく 『人間』 として見てくれてるのは彼女だけのような気がするのだ。

その疑惑に京介が感づいてから、彼は節操のない女たちの中に混ざる宇津木こころという女性の振る舞いが気になってしまった。

京介は聞いたことがある。僕のことをどう思っているのかと。

答えはやっぱり、何処にでも転がってそうなありふれた物だった。


大好きだよ、と。



 ああ、宇津木こころの想いは本心なのか?どうしても信じられない



 高校を卒業後、小学校からずっと傍に居た彼女と、あえて京介は距離を取った。

体調を理由に人の少ない奥多摩の山奥にまで引込み、彼女は大学へ進んだのである。

突き放すようにして別れたのだ。

そして、高校の男友達に頼んで、大学へと通う宇津木こころへ誘惑する様に接触するよう、あえて依頼をした。その上で、一年間放置したのである。


賭けだった。

男に近づかれて喜ばない女は居ない。少なくとも京介はこの世界でそんな存在を見たことはない。

京介以外には興味もないと言った宇津木こころだって、実際はどうだか分からない。今頃は他の男に尽くして喜んでいるかもしれない。

だからこそ彼は一年間という時間を使って、彼女の心を推し量ったのである。


「……男は女の物なんかじゃない。僕たちにだって選ぶ権利はあるはずだ。純愛を望むのがそんなに間違っていることか?」


 いつの間にか読書の手は止まっていた。

京介はざわついた心中を息を吐いて落ち着かせる。

20歳になるまで残り1ヶ月。


「好いてる女を試す、か……ふん、まったくお笑いだよ。 一体、僕は何様だっていう話だ……」


 自己嫌悪し、自嘲を零しながらも、すでに京介は動いてしまった。

計画は引き返せない段階まで来ている。

結局のところ、この廃屋を改造したのも拠点を構築し住処としての役目を整えたのも、業者を通じて女性に頼んで出来上がったものだ。

人間の社会は、すべて女性が中心になって成り立っている。


「僕のやってることは、子供のわがままの延長にすぎないかも知れない。だが……それでも。僕は好きな人と愛し合って結婚したいんだ」


 宇津木こころだけは、京介を見てくれていると信じている。

きっと彼女は京介を選んでくれるはずだ。


栞を挟んで本をテーブルに戻すと、計画を進めるべく自室へと引き上げた。



---.....



 ナナイと京介が出会ってから3日。外部から人が訪れた。

ドローンから確認すると、京介と似た背格好の人物が二人、大きめのバッグを2つほど抱えて玄関の前に立っている。

いずれも日本という国で成人という大人の基準値。20歳を間近を控えた青年たちである。


「火渡一門。 井神真治。 京介の話に出てきた友人か」


 容姿や特徴などを予め登録していたデータに照らし合わせ確認をすませ、ナナイは再び書面と相対した。

彼らは京介が饗応する手はずになっており、夕方に顔を合わせると言っていたので、今は変な横槍を入れないほうが良い。

旧友同士、積もる話もあるだろう。

出来れば、男のコミュニティにナナイも潜入したいが、急ぐ事は無い。京介と仲が深まってからでも遅くは無いから。

アダムプロジェクトは慎重に進めなければ。そして成功をしなければならない。それだけがナナイの存在理由である。


ナナイは机に向かって書類を作成する仕事を請け負っている。

もちろん、真面目に取り組んでいる。京介の計画を聞いてから、震えが止まらなかった。

女性と相対しなければならないという恐怖もあるが……どちらかというと霧鏡京介という男への尊敬という気持ちが大きい。


 京介はこれから2週間後の6月7日。

女100人をこの拠点に招待するのだそうだ。

この時点で彼がどれだけ常軌を逸した行動をしているのか理解できるだろうか?


人間は婚姻という儀式を行い、そこで男を頂点にした【家庭】というコミュニティを築いていくらしい。

捕食されずに無事成人となり、家庭を得る所まで到達することで男は成功者と見做される……という話なのかも知れない。よくわからない。

この辺は脳内に叩き込んだ情報と齟齬が見られる。やはり実地で検証・考察をすることは求められるだろう。正確な情報として、いつか来るシップの同胞へと地球の事を理解しなくては。

だが、人間にとって婚姻等の儀式が大事であるということは分かっている。

女性も婚姻については凄まじい熱量を持っていて、噂話すらも拾い上げて毎日報道しない日はないからだ。 京介にも確認したし、実際にテレビ番組を視聴してもいるから、これは確定事項である。

男は20歳から30歳になるまでの10年間で、少なくとも10人のつがいを作らねばならない。

人間が社会に求める法でそれは決まっているという。

この制度を利用すれば、もしかしたらアダムプロジェクトで大きな成果を得られるかも知れないが……リスクも当然あるものと思われた。


ナナイが京介に任されているのは、招待状の作成だ。

招待される100人の女は霧鏡京介・火渡一門・井神真治が選んだ婚約者らしい。

だが、あくまでもそれは京介の罠だ。

彼はこの100人の内のただ一人、宇津木こころという女だけに絞ってターゲットとしているのだ。


となると、京介の計画の肝は 【宇津木こころ・捕獲作戦】 と言い換えてもいいだろう。


女は数が多い。都市部となれば尚更増える。何故か。それは捕食すべき対象である男が多く居るからだ。

男が大勢居るから、女はそれを本能的に求めて集う。

これはナナイでも分かる理屈であった。

この世界のネットを調べればすぐに分かる。女性は独自のネットワークを築いており、男性の情報を共有するのが常。

その細かい内容までは流石に調べてはいないが、察するに女性同士でも男性を食べるタイミングを牽制しあって熾烈な争いが繰り広げられているようだ。

京介はその間隙を縫って、女性への反抗を考えている、ということだろう。

いや、反抗だろうか。しかし京介と話していれば、彼は男性として世のあり方に疑問を持っているのは理解することができた。

捕食対象でもある彼がリスクを承知で、こんな大きな計画を立てたのには女性たちへのメッセージでもあるのではないか。


「……まずは京介の計画を全力でサポートし、成功させよう。俺にとってはメリットしか無いはずだ」


 一心不乱に書き連ねていたが、紙が無くなったので筆を置く。

これで100枚の通知書を完成させたはずである。

全て同じ書式、同じ文体で以下のように書き記してある。

京介の代筆だ。

ナナイは現状できる限り、彼の要望に沿って丁寧にこの文章を書き上げた。



    男 子 婚 姻 活 動 運 用 試 験 通 達 書


    綿矢 ユマ   様


 この文書は霧鏡京介・火渡一門・井神真治によって作成されたことを証明ス。

    <<ここに三人の男性の写真が添付されている>>


 本通達は貴女に対し、霧鏡京介・火渡一門・井神真治の3名の男性において

 一時的な婚約者として選出したことを報せる通達書である。

 本通達は来る6月7日 東京都奥多摩市にて行われる試験への参加資格書も兼ねる。

 この文書が送付された後に、貴女の公開されている連絡先に場所の案内と注意事項を含めた動画。

 また、動画を再生できるアプリケーションをダウンロードするURLが送られる。

 


 参加の是非は自由であり、これは法律・義務に拠らない個人的な開催であることに留意すること。


 お互いに良き出会いになることを祈る。

 ※捕食活動・あるいはそれを予感させる行動を取れば、参加資格を剥奪する。



 どうしても不安が拭えずに、最後に一文を足してしまったが、問題はないだろう。

書き終わった書面に丁寧に封をして、彼女たちのプロフィールをデバイスに映しながら郵送のために住所を書き込んだ。


 作業に区切りがついた頃、ちょうど良く扉がノックされた。

ドアへ振り返ると、扉を開けた京介が少しだけ俺の近くに山となっている封筒を見て眼を見開く。


「なんだ、もう終わったのか? 結構な作業量だから、みんなでこの後手伝おうと思っていたが」

「ああ、ちょうど終わったところなんだ。京介は、一門と真治との話し合いは終わったのか?」

「仕事が早いじゃないか」

「こういった何も考えないで行う作業は向いているんだろうな」

「ふぅん、そうか」


 封をされた一枚を手にとって、京介は何度か頷いた。

等間隔・崩れない字体。一律に同じ形式。京介はパソコンを使ったのかと呟いていた。


「いや、手書きだ」

「変な特技だな。 まぁ終わったなら良い。じゃあ顔合わせして、その後少しだけカードゲームでもしよう」

「良いのか?」

「もともとお前を紹介するつもりだったんだ。アイツらもナナイの事は気になってるみたいだし、良い機会だよ」

「わかった。親睦を深めるんだな。ここを片付け終わったらそちらの部屋に顔を出す」

「ああ、僕は先に行っているぞ」


 これから京介以外の人間と初めて接触することになる。

同じ男性か。一体、どんな人なのだろう。ナナイは少しだけテンションが上がった。

扉を閉めて足音が消えたのを確認してから、ナナイは若干緊張していることを自覚しつつ、腕に装着している端末にひっそりと声をかけた。


「周辺に生命反応は」

『ネガティブ。認められません』

「ドローンの監視体制とのリンク」

『オールグリーン。7台のドローンとは完全に同期しています』

「この周辺の監視網は万全だな?女の痕跡はあるか」

『ポジティブ。現在明らかな異常はありません。イノシシ・シカ等の雌個体は確認されています。人間種の女性の痕跡は見当たりませんが、人工的な空間が地下に存在しているようです』

「地下?」

『船とメトリックラインを接続するので12秒間待機してください。……完了しました、端末のホログラムにて投影します』


 疑問の声を上げると、端末は隠蔽してある船とリンクして中空にホログラム機能で立体映像を示した。

この拠点の一部から、地下へと続く空間が存在しているようだ。

実際に地下に向かう空間は、今立っている場所から7メートルほど離れたボイラー室から繋がっている。

そこから円筒状に30Mほど垂直構造で地下空間へとつながる通路のようになっていて、そこから先は探索範囲の限界に達したのだろう。映像は途切れていた。


「この空間はなんの目的で建てられたものか分かるか?」

『ネガティブ。あらゆる可能性から候補はあげられますが、可能性全てをピックアップするのは現実的ではありません』

「……分かった。探索範囲を広げることは?」

『4台のドローンを派遣すれば可能と思われます。実行しますか?』

「ドローンは動かせない。周辺探索と身の安全が優先だ。謎の空間は、京介に聞いてみるとする」


 周囲を見回す。ナナイが居るこの部屋は、窓が無いこと以外は一般的なコンクリートで作られた普通の部屋だろう。やや無機質ではある。

俺はこの建物が登記上では廃屋のままだったことを思い出す。

机の上にまとめられた封筒の山をまとめて、京介のもとへと俺は向かった。



「で、次にかかった曲がやっぱりって感じ。シューマン・パトリック氏は知ってるよな?」

「ああ、歌で有名な」

「僕も良く聞くよ。ホットスナックは名盤だよね。同じ男性として誇らしい。ネットでも2億再生を超えてるし」

「新しいアルバムは2ヶ月後らしい、楽しみだね」

「ナナイも知ってるだろ?」

「名前は知っている。音楽は聞いたことがない」

「そう?一度は聞いたほうがいいよ。男友達はだいたいみんな知ってるから、聞く価値は本当にある」

「落ち着いたら、ちゃんと聞いてみる」


 自己紹介をした後、自然と彼らはナナイを受け入れて歓迎してくれた。

火渡と井神。この二人の男性は京介の高校時代の友人だそうだ。ナナイに置き換えるとシード試験体の同胞たちの様なものだろう。

京介の計画に賛同し、彼らは婚姻の義務は早めに終わらせたいと考えているようであった。

数多の女から男が試験を開いて選別する、という京介のやり方に共感をしたのか。それとも別の目的があるのかはわからないが、計画に賛同してくれたらしい。


 100人の女を相手に、4人の男だけで拠点で迎え撃つ。

数の差は明確にある。いくら最先端のセキュリティを備えているとは言え、俺は少し不安であった。

 女性が本格的に実力行使に出た場合、身の安全は確保できるのか?と。

試験体226とナナイはその身体能力や技能は殆ど差がないはずである。あっさりと女性に敗北を喫し捕食された事を考えると、油断など出来るはずがない。それが顔に出ていたのか、井上真治が肩を叩いてきた。


「不安そうな顔をしてるね。君くらいの歳だと、まだ女の人は怖いかな?」

「ああ、率直に言えば怖い。正体不明の攻撃を同胞が受けたというのもある」

「あははは、まぁ確かに、たまに意味の分からない事を女はするからね」


 井神真治は笑い飛ばして余裕を見せつけてきた。

彼は女性に対して明確な反抗手段があるのだろう。その余裕は頼もしいものだったが、不安は拭えない。

人間の男に備わり、試験体にはない特性があるかもしれないからだ。


「俺はやっぱり、怖いよ」


 特に隠すことでもない。ナナイは素直に女が怖いことを伝えた。不慣れなカードゲームに興じながら、三人の男性はナナイに対して優しい眼を向けながら会話をする。


「京介、女の協力者が居ることは話してないのか?」

「ああ、そういえば忘れてたな」

「女に協力者が?」

「そうだ。火渡の個人的な物でな」

「京介もそうなんだけど、俺様ってこう見えて、結構いいとこのお坊ちゃんなんだよ。小学校の時から3~4人の護衛が常にいてね。まぁ年ニ回、入れ替わって面子も固定してないんだけど。それが全員、女性なんだ」

「そういう意味で、女の扱いは一門が一番うまいかも知れないね」

「それはすごい」


 ナナイは火渡一門へ尊敬の眼差しを送ると、彼はニカっと笑顔を見せた。

自身に満ち溢れている。ナナイは少しだけ彼を羨んだ。


「その護衛の人達は、今回呼び寄せる婚約者候補100人の手綱を握ってもらうことになってるのさ」

「勝手な真似をすれば女たちは俺達の選別から漏れる。拠点についてからもセキュリティールームに詰めてもらって全体を監督してもらうんだ。俺達に危険は殆ど無いと思うぞ」

「ここの設備は警備会社に頼んで最先端の物を使ってる。しかも独立してるからね」


 なるほど、とナナイは納得した。

護衛にあたる女性たちはいずれも激しい訓練や試験をパスして男性を守るスペシャリスト。精神も成熟した者たちだそうだ。

当然、男性の警護を担っているので実力は折り紙付きらしい。


 数人を相手取って大立ち回りをするくらいなら、簡単に熟してしまうくらいには身体能力や戦闘技術も抜群だという。

護衛に選ばれるもの達に、軍人であった者も多いのだ。

火渡は長年の間、そうした護衛達と親しい付き合いを重ねており、信頼できると太鼓判を押していた。


ナナイは手元にJOKERというカードを引いてしまった。これを最後まで持っていると敗北らしい。


手元のカードをシャッフルしながら、彼らの計画で気になる点を聞いてみた。


「偶発的に俺達と出会った時、女性への対処はどうすればいい?例えば……一人で居る時に敵対した女性に周辺を囲まれた時とか」

「そんな事にはならないと思うが……まぁ可能性は0という訳でもないのか」

「この建物から出なけりゃ良いだけだろ」

「いや待った、全員が時間内に来るとは限らないからナナイ君の言った通り可能性はあるよ」

「そうか……むしろ気が逸って指定した時間前に集合するヤツは間違いなく居るな……」

「前日から乗り込んでくる人も居るかも。女って男ってだけでマジでその辺、目の色変わってくるからさ」

「確かに。一門も真治も前日に乗り込み予定だしな。一応、考えておいたほうが良さそうだ」

「だけどさ~、前日に会っても俺達が招待した参加者かどうか分からなくね?」


 そうして計画の詳細は急速に詰められていく。

参加者を見分けるために、招待した女たちには予め手首に黄色の帯を手首に巻かせることに決まったようだ。

単純かつ分かりやすい目印を、女性本人の手で着けさせるというのは効率的だろう。

勝手に外すような人が居ないように、男である俺達から贈ることにする事が決まった。男性のプレゼントを忌避する女は居ないことに疑問を覚える。


「なぜ男が贈ると100人全員が必ず身に着ける事が確定するんだ?」

「そりゃ、俺達が男だからな……女は絶対に巻いてくる」


 明確な答えは避けられたが、100%そうなるらしい。

火渡一門は預言者のように自信に満ちていた。ナナイは彼の自信に少しだけ勇気が湧いた。

女はある程度、男の思うままにコントロールすることが可能なのだと答えてくれたからだ。これは今後の参考になる有用な情報であった。


 井神真治の視線が俺に向かう。何か要件でもあるのかと首を傾げていると、手を振って笑みを向けてきた。

何のことかわからなかったが、後で聞いたらこっちに来いというジェスチャーだったらしい。

後ほど、脳に代表的なボディランゲージやハンドサインを焼き付けるよう船体に戻った方が良いかもしれない。


「あのさ、ナナイ君って女の人とあまり関わった経験がないんじゃない?」

「……そうだ。どうして分かった?」

「だって当たり前のことも良く知らなさそうだし?ちょっと良いことを教えてあげるよ」


 井神はそう言ってナナイの耳に口元を近づけて、こそこそと小さな囁き声で女と出会ったときの対処を教えてくれた。


「声?」

「そそ。男の武器その1ね。何か女にされそうだな、って思ったらこう言うんだ」


 井神の教えてくれた言葉に、京介と一門が揃って呆れた眼を向けていた。


「お前、勘違いするだろ、それは」

「でもこれ言うと隙だらけになるよ。ちゃんと実際にやったことあるしね。時間稼げるよ」

「まぁ、間違ってはいないだろうな……少女漫画やアダルトでも使われる定番文句だ。男としてはしたないという一点を除けば有用かもしれん」


 ナナイは試験体226の事を思い出しながら、彼らの言う女への対処法を必死に頭に叩き込んだ。


「お、6か! やったね、これで上がりだ。 残念だったね、ナナイ君」


 手元にJOKERが残ってしまい、カードゲームにナナイは負けた。

残り一枚の僅差での勝負だったが、悩む素振りも見せずにさっとカードを抜かれてしまったのである。

後で京介に教えてもらったが、女への対処法を教えてる時に手元のカードを盗んでみていたらしい。

井神真治は食えない男だった。そして、意外と負けず嫌いなのだと分かった。初対面の彼らと実りのある会話ができたと思う。


そして、夕食を取った後に、候補になっている女性へ贈る動画の撮影が始まった。

 

 京介がスーツの襟元を正し、カメラの前でいくつかの説明を終える。

同じくスーツ姿の火渡と井神。 そしてその横に添えるように執事服という物を渡されて着替えたナナイがカメラの前に身を乗り出した。


「招待を受けて、試験に合格したら前向きに結婚の話し合いをしたいと思っている」

「突然で驚いたかも知れないけど、ぜひとも参加してくれ。日にちは6月7日。場所は東京都の奥多摩だ」

「誰とは言わないけど、眼をつけてた子が参加してくれたら、僕は嬉しいから。京介や一門もそうだと思うよ」

「集合日時は厳守。遅れたものは放棄したと見なす。全員、俺達の下に来てくれると期待する。以上だ」


 最後の台詞はナナイが任された。意図は不明だが、その方が良いと促されたのだ。

撮影が終わり、拠点から火渡と井神が一時的に彼らの拠点へと帰るということで解散となった。

京介に与えられた部屋に戻り、机の上に置いたファイルを一つ手に取ってめくる。


一人の女性の名と経歴がそこには記されていた。


ナナイも女が欲しいなら招待しても良い、と京介から許可を得たからだ。

何人でも呼んで良いとは言われたが、最初の一歩は慎重に行うべきと考えた。

人数が多いと、まだ人間初心者のナナイでは御するの難しいと思えたし、怖いという思いも少なからず理由の一つだ。

だが、大きな一歩だ。

京介の好意に甘え、ナナイは一人の女性を招待することにしたのである。


 東雲 みゆる。


女性の公開プロフィールを調べた時、資料の中で一番最初に出てきた17歳の女性の名前だ。

ナナイはこの都内の高校へ通う少女を選んだ。

だが、適当に選んだというわけではないつもりだ。

  

 長い黒髪にはにかんだ笑顔は愛嬌があるという感じだろうか。自然体での微笑みは不思議な魅力があった。

ナナイの脳に叩き込まれた情報で、覚えていたことの一つ。人間の男性は好みの違いはあれど、ごく自然に美人を選ぶ本能があるらしい。

 なので、ナナイは美人な女性を選ぼうと考えていたのである。

少しふくよかに見える体型だが、彼女の顔はナナイは好きだった。

特筆すべきは大きめな瞳が特徴的だろう。その目元にはホクロがついている。この黒子というものはナナイの種には見られない物だ。顔についている事に興味いっそう惹かれた。

内向的、という資料から分かる通り、肌は白いが頬は少し赤く健康的なように思えた。


 そして彼女を選択した最重要な部分は、腰と尻と言われている部位である。

安産型という言葉がある。

『子』を成すのに理想的な体型を持つ女性だと言われてるのだ。

ナナイは彼女がその安産型に該当するプロポーションに適合する事に気づいたので、迷わず彼女を指名した。


 少々、身体にハンデを背負っているようだが、それは特に問題とはならないだろう。

子供を産む素質が高いというのは、アダムプロジェクトの面から見て必須の素養である。


実際に東雲 みゆるという個体を確保できるかどうかはわからないが、京介の計画が全て上手く行った時にはもしかしたら……と期待してしまう。

アダムプロジェクトのシード試験体に求められた役割、ナナイ個人だけで言えば非常に順調だ。

ナナイは真顔で冷静に振る舞っていたが、その内心では小躍りしているくらいに、テンションが高まっていた。2週間後が楽しみで仕方がない。


このまま何事もなければいいが。


この時ナナイは京介から、まさかの女を獲得できる可能性のある提案を受けて浮かれてしまい、すっかり忘れてしまっていた。

この建物のボイラー室から繋がる、謎の空間のことを。




「う、うそ……こんなのって……」


 東京都中野区に住む女性、姫野 ふうかは、自宅前の郵便受けの前で開いた顎を閉じないまま、呆然と立ち尽くしていた。

届いたのは不審な封筒。

その中には信じられない事が書かれていたのである。


男子婚姻活動運用試験通達書。


何度も繰り返し見ても、現実とは思えない文字が羅列していた。

しばらくその文字を固まったまま何度も読み返していると、背後に人が通る気配を感じてハッと意識を取り戻す。

そして即座に頬を抓った。


痛い。


さらに封筒には3枚の写真が同封されていることに姫野ふうかは気付いた。 

スーツ姿の年若い男性が笑顔で撮られているものだった。


「ぐぉぉん……」


 変な声が意図せず漏れる。

なんだこれは。テロか?それとも質の悪いイタズラ?

周囲を警戒するようにして見回す。誰も居なかった。

なぜだか悪いことをしているような気分になり、丁寧かつ迅速に封筒へ写真を戻した後に懐へと仕舞う。

4階にある自宅へオリンピック選手もかくやという猛烈な勢いで一気に駆け上がり、家の中へと猛進していった。


 姫野ふうかに限らず、東京近郊で同じ封筒を受け取った女性たちは、困惑と恐れ。

最後には絶大なる期待を胸に宿して、眠れない夜を過ごすことになったのである。


そして、その中には当然---


「京くん……」


 宇津木こころも含まれていた。


「京くん……捕食活動ってなに?」


 宇津木こころは謎の言葉に胸をざわつかせた。



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