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プロローグ

 僕の背後には、恐怖に顔を歪ませた女子高生がいた。東京駅構内のスイーツカフェの中で、殺気遣いに襲われているのを助けたところだった。

 僕と相対している、スーツを着て疲れた顔をした痩せぎすの四十代の男性は、五メートルほど離れた場所から僕へ向けて腕を振る。すると男が纏っていた〈殺気〉でできた刃が僕へと飛んだ。

 同じく殺気で身体を覆っている僕は右手を前に突き出し、親指から中指までの三本の指を立てる。直後、その右手からレーザーが放たれた。

 刃とレーザーは空中で衝突し、対消滅する。


「……〈森の狩人〉所属、〈送電戦線〉の玖凪シラヒです。抵抗しないでください。あなたの死は確定しています。抵抗は苦痛を長引かせるだけです」

 この男は殺気遣いとして覚醒してからすでに一〇〇人以上、駅構内の人間を殺していた。これほどの凶行に及んだ人物に慈悲が与えられることはない。

 殺気遣いによる無差別通り魔。ここ一〇年では珍しくもないことだった。


「殺気を封じ込める手段がない以上、罪を犯した殺気遣いを拘束しておくことは出来ません。発見即殺害(ハント)。その権限を僕達は与えられています」

 玖凪シラヒは右手を男に向けたまま、左手を地面についた。

「……その纏っている殺気を解除してくれれば一瞬で終わらせられたのですが、……仕方ありませんね」

「ハハ……ハッ」

 男は狂気的な笑い声を上げた。もはや正気じゃない。眼が血走り、髪を振り乱している。

「顔がムカつく部下にさぁ……不良取引先を押し付けたんだよ……いくつもさぁ……そしたら全部優良取引先になってさぁ……俺の性格に問題があるから取引を断っていた? ……そんなわけないだろ……たまたまだよ……それなのにパワハラだのなんだのさぁ……降格して部下の下につくかクビか選べだって? ……ふざけるなよ……あの部下の策略だよ……嵌められたんだ俺は……」

 男はぶつぶつと言い続けている。僕はため息をつき、年上の男性に一応の敬意を示そうと床から手を離した。それが間違いだった。


「あの、どんな事情かは分かりませんが……」

「息苦しい……息苦しいんだよ……何がモラルだ。何がハラスメントコードだ……息苦しいんだよォォオオオッッッ」

 男が僕の方へ右手を向けた。まずい、と思う間もなく男の〈術〉が発動する。

「ごふっ」

 僕は唐突に息ができなくなる。喉が空気を求めて喘ぐ。左手を床について〈術〉を発動しようとするが、意識が朦朧として集中できない。

「はぁっ、ぁっ」

 僕の背後で女子高生も同様に喘いでいた。


 その声を聴いた僕は、霞む視界の中でなんとか女子高生を抱きかかえて、その場から跳躍する。〈轟〉を纏った体当たりは薄い壁くらいなら簡単に突き破る。スイーツカフェ店から駅構内に出て少し離れると、再び呼吸ができるようになった。

「油断した……。これが男の〈術〉か。……数メートル範囲の酸素を奪う能力かな」

「息苦しい……息苦しいんだ……壊してやる。こんな社会、壊してやるゥッ!!!」

 スイーツカフェ店の壁が切り裂かれ、残骸を乗り越えて男が出てくる。男の右手からは〈殺気〉が剣のように長く伸びている。

「〈変〉……いや〈拡〉と〈放〉の二凸(ダブル)かな……?」

〈変〉にしては形状変化が甘いため、恐らくは殺気を拡張すると同時に、ある程度の形状も変えられる〈拡〉だろう。僕は呟き、女子高生を床に下ろした。

「息を大きく吸って、一分間止めておいて。その間に終わらせるから」

 女子高生が怯えた瞳を僕に向けながらも口を開けたのを見て、僕も大きく息を吸う。ネタが割れてしまえばそれほど怖い〈術〉ではない。〈拡〉と組み合わせることで超広範囲の空気を薄くして高山病状態にするなんてことも、もしかしたら将来的には出来るようになっていたかもしれないが、そこまで成長させる気は全くない。

 僕が今、ここで殺すからだ。


 男は狂気が滲んだ表情のまま右腕を上げる。殺気が先ほどよりも多く、右手に集まっていく。長い剣状の〈殺気〉が更に巨大化し、密度を増していく。

「ガッハハァッ、死ねぇ!」

 醜悪な顔でそう叫んだ男は右腕を大きく振った。溜められていた膨大な殺気が斬撃の形をとって放たれる。

 その直後に男の左手が伸ばされた。僕の周囲の酸素が奪われる。しかし十分に息を吸っていた僕の行動が阻害されることはない。

 僕は既に左手を石材の床についていた。巨大な斬撃が迫る中、僕は落ち着いて〈術〉を発動する。

 左手から伸びた送電線が男の足元まで一瞬で届き、そこから激しい電流が放出される。

「〈雷樹〉」

 送電線の触れた男の足から強烈な雷撃が立ち昇り、一瞬で男を包み込む。殺気遣いになったばかりで凶行に走った男はその一瞬で絶命した。苦痛に満ちた断末魔を上げた後、壁の残骸が散らばっている床に倒れ込む。

 男の放った斬撃はその殺気の主が死んだために崩壊した。僕と女子高生の周囲を、半透明な殺気の残りかすが通り過ぎるが、僕ら二人に害はない。

 僕は黒焦げになった男から目を逸らし、後ろを振り返る。なるべく安心させるように、女子高生へ向けて微笑んだ。

「間に合わなくて沢山犠牲者は出ちゃったけど……、なんにせよ、君を助けられて良かったよ」

 僕が助けた女子高生は震えながらも笑顔を見せた。

「あ、ありがとう……」



 一〇年前から、人類は深く、純粋な殺意を抱いたとき、稀にその心の力を〈殺気〉という超常エネルギーとして行使できる〈殺気遣い〉に覚醒するようになった。

 そして犯罪に手を染めた〈殺気遣い〉達を殺害する任務を国から請け負っているのが、公安委員会直属、特殊戦力鎮圧機関〈森の狩人〉である。


ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。



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