タイマンで勝つ
今日で仕事納めの人もいるのかな?
ラストまで、事故や怪我をしないように、頑張りましょう!
では、どうぞ!
第十一書記のゲヘナは、大剣を軽々と扱った。攻撃と防御が組み合わさった、無駄のない動きをする。おかげで僕は、面白いように翻弄されて防戦一方になった。大剣の刃で殴られる度に、頭がクラクラする。
「痛い痛い痛い~! お願い、もう止めてくれぇぇ――!!」
ゲヘナは、そうやって耐えて耐えまくる僕に、違和感を覚えたようだ。
浮かんだ疑問が膨らんで、醜く歪んだ顔の上を通り抜けていく。ゲヘナは少しの間だけ、思考に意識を傾けた。流れるような動きが止まり、明らかに手数が減った。
――今だぁぁ!
僕は這うように突進した。
その突進は、喪失武器の力を借りて、爆発的な推進力を伴った。今日一番の鮮やかな突進になる。そして、ようやくゲヘナを捕まえる。
「ひぃひぃ、捕まえたぞ! この野郎!」
「ちぃ――!!」
始まって五分も経っていなかった。僕からすれば、永遠と思われるきつい作業の繰り返しだったが――。
ゲヘナの胴体に取り付くことに成功すると、ゲヘナを守る鎧は悲鳴をあげた。歯車の回転により、板金はぼろきれのように引き千切られて、その防御力を著しく失った。
そこまで見届けて、僕はゲヘナを殴りつけ、それから足の裏で押すようにして蹴った。このまま抱きしめていたら、人間のミンチが出来上がってしまうからだ。
ゲヘナは、勢いよく飛ばされて暫く動かないでいたが、大剣を杖のようにして、ようやく立ち上がった。竜から落ちてもピンピンしていたのに、僕の突進と打撃は、かなり効いたようだ。
「ぜ、ぜぇぜぇ……。喪失武器め……化け物か。やめろ、それ以上近づくんじゃねぇよ……」
ゲヘナは、急に力が抜けたようになり、僕が足を踏み出すと、びくりと肩を震わした。
――あれ? もしかして、僕にビビってる?
ゲヘナの中で、斬っても斬っても死なない喪失武器という鉄屑は、とうとう、恐怖の対象に変化したのかもしれない。だったら好都合だと、僕は思った。
「なら降参しろ。その剣を捨てろ」
僕は、低い声を意識して言った。威圧的に聞こえるよう工夫したつもりが、その甲斐もなく、ゲヘナには僕の申し出が届いていないようだった。まるで無視を決め込んだ子供のように、ただ一方的に喚き始めた。
「ちくしょう! ちくしょう! 寝てんじゃねぇよロディニア! 駄賃は払ったろうがぁ! しっかり働けよぉぉ――!」
ゲヘナは竜に呼び掛けている。僕は、はっとして後ろを振り返った。赤い竜は、長い首を振り回して雪の兵と戯れていた。まだ左の翼が土に埋まったままで、起き上がれていない。
「ロディニアぁぁ!! 何してんだよぉぉ! 早く起き上がって力を貸してくれよぉ――!! これじゃあニーチェを――! ニーチェを玉座に連れてってやれねぇよぉぉ――!! うわあああん!」
ゲヘナの喚きは絶叫のようになって、戦場にしみ込んだ。怒ったり泣いたり喚いたり、感情の起伏が目覚ましい。なんだか可哀想というか、哀れというか……敵なのにいたたまれない。戦場でこんな気持ちになるのは……僕が甘い人間だからだろうか……。
「……病的やな」
カティアが僕の隣にきて言った。汚いものを、見るような目をしている。
「どうしますか? この人には、僕の言葉がもう届いていないようです」
「どうするもこうするも、私らに残された時間はないで」
「後ろのドラゴンですよね?」
「も、そうやけど。取り囲んでる万単位の竜騎兵がおるやろ? ゲヘナには今すぐ死んでもらうか、竜どもと契約を解除してもらわなあかん。そうせんと私らが負けてまう」
そうだったと僕は思った。第十一書記であるゲヘナを潰して、早く形勢を逆転させないと右軍は負ける。いや、ここで負けたら数で劣る僕達は、全体でも負けてしまうのか。カティアはツルハシを持って大胆に前に出た。
「おいゲヘナ! さっさと降参しいや! 今すぐ竜との契約を解除せんと、お前の命をいただくで!」
大きな声で言いながら、ツルハシで大剣を払う。大剣は棒切れのように飛ばされて、ゲヘナはバランスを崩した。四つん這いにされると、カティアを恨めしそうに一瞬見上げたが、そのまま逃げ出していく。まるで、岩をどけられたフナムシのようだ。
どこへ向かうのか――。近づいて来たので身構えたが、もう戦う気はないようだ。カティアと僕をやり過ごして、火竜の方へ這って行く。
「ええ加減にせえよ! このっ!」
カティアが追い付いてわき腹を蹴る。鎧はズタズタにされており、カティアの金属で覆われた脛がモロに決まった。ゲヘナは口から黄色い液体を吐いて、もがき苦しむ。
「最後の警告や! 早く竜との契約を解除しろ! 次は、お前の顔面にこいつを叩きこむで!」
カティアが振るったツルハシが、ゲヘナの鼻先を掠める。尻もちをついた格好で、ゲヘナは後ずさった。
「ひ、ひぃ、わ、分かった! 解除する。解除するから!」
「はよせえ!」
カティアが凄むと、ゲヘナの目が焦点を失った。遥か遠くの、ここではない何処かを眺めている。やがて疲れ果てたような声が聞こえた。
「へ、へへっ……。第十一書記ゲヘナは、りゅ、竜との契約を破棄する。約定は果たされず、報酬は支払われない――」
――戦場から音が消えた。
いや、音が消えたように、意識の空白ができた。その後で、従順に騎馬の役目をこなしていた何万もの竜が、一斉に自由意思を持った。それは大きな混乱を生む。
地竜はまず、己に跨って手綱を掴む着せ替え人形を振り落とした。急に我に返って、同胞に襲いかかるものもいた。もう指揮系統など存在しない。隊列は、乱れに乱れ包囲が解かれた。戦場を、どうしようもない自滅の波が伝播していく。
ゲヘナは絶望したように、がっくりと項垂れた。
「やった! やりましたよカティアさん!」
「せやな。靴下君。頑張ったな、上出来や!」
カティアが右の拳を突き出してきたので、僕も同じようにして拳を突き出す。お互いの硬い拳がぶつかって、コツンと鳴った。
――ママ……勝ったよ。僕は子供部屋に居たはずなのに、まさか、異世界で決闘するなんてね。ほら、まだ手が震えている……。不思議だ。不思議な気分だ。
それは達成感だったり、自己肯定感だったりするのかも。
「もう竜騎兵は軍をなさへん。お終いや。あとは落っこちた人形を――――えっ?」
カティアが言葉を切った理由は、視界の隅の、更に奥の方から、急に存在感を増すものがあったからだ。それは火竜の頭だった。まるでもつれた糸が解けて、ぐんぐんと伸びてきたようだった。糸の先には凶悪な顎がついていて、上下に別れて、ぱっくりと開いた。
――しまった。いつの間に自由になった――!?
火竜の狙いは僕達じゃなかった。
火竜は、元主人を喰った。項垂れたゲヘナを――、背後から音もなく迫っていきなり喰ったのだ。
ゆっくりと持ち上げた火竜の顎から、ゴリゴリゴリ、と噛み砕く咀嚼音が漏れてきて、嫌なのに耳をすませてしまう。
――なんで? ゲヘナが喰われた! 喰われた! くわっ……。
事態が急変して理解が追いつかない。
僕とカティアは、人を喰った巨大な竜に睨まれたまま動けなくなった。
「ロディニア、ロディニア……、て思い出したで、お前は東の竜王か! 何をいきなり喰っとんねん! あかんやろ!!」
カティアが怒号を浴びせるも、火竜は僕達を見詰めたままだ。まだ腹が減っているのなら、どちらを喰おうか、決めかねているのだろう。




