貴方の手だったのね
風船で旅をしていた人はカールおじさんだったか……。
名前が思い出せない……。
調べればすぐに分かるのだけど、意地でも調べないぜ!!
では、どうぞ!
はっと目が覚めて顔を上げると、先生と六股君が、ほけ~、と同じ方向を眺めていた。あぐらを組んで、魂を奪われていた。
僕は先生に、さっきの女の子は誰なんですかと確かめようとしたけど、すぐに止めた。なぜなら二人の目線の先に、カティアがいたからだ。そこまではいい。そこまではいいのだが、側に……カティアの側に……変な奴がいる。巨大な人型の骨で、角が沢山ついている。そいつは右腕に、ロープで巻いたマールをぶら下げていた。
「お、おのれ、神木の精霊よ! 粉をまけ!」
「いや、もうおらんし! お前の可愛いエントちゃんは、新芽になって生まれ変わったわ! ほれ見てみぃ! 私にめっちゃ懐いとる!」
カティアの側には膝までの高さの二葉の植物があり、根が足の役割をして器用に動いている。カティアを主人だと認識しているのか、葉の部分をすりすりと、犬や猫のように懐いている。ひょっとして、この奇妙な植物は神木の精霊の成れの果てだろうか。
――あんなに、でかかったのに?
他の森の精霊を探すと、一キロ先にあった黒々とした森が忽然と消えていた。赤い月に向かって、太い煙が何本も立ち上っており、見渡しの良い闇が広がっている。森の精霊の群れは何処へ行ったのか。風が走っていくと、遠くの地面が蠢いたように見えた。
「ど、どうなったの!?」
声をかけると、先生と六股君が同時に振り向いた。先生と目が合ってドキッとするが、返事をしたのは六股君だった。
「何が?」
「いや、この状況だよ。僕達、金色の巨人に変態したんじゃなかった?」
「したした、それが凄くてさ」
「うん?」
「いきなりドーン! で目の前のでっかい森の精霊が跡形もなく吹き飛んでさ、それ先生がやった」
「うんうん」
「あのお爺さんも巻き込まれてさ、名前なんだっけ?」
「第十書記のマールね」
「そうそうマール爺さんが、頭を打って気を失ったのよ。今は元気だけどさ(笑)」
「うんうん」
「おしまい」
「いやいや、ちょっと待ってよ! 近くは分かったけど、遠くはどうなったの?」
――六股君。僕はもっと丁寧な説明を求めます。
「それから私と靴下君で、わちゃわちゃやりながら操作して、信じられないけど空を飛んだのよ。……私、二度と飛行機には乗らないと心に誓ったわ」
振り向くと、オハナさんが上半身を起こしていた。非常にご立腹のようで、目が恐い。
「僕、そんなことしてましたっけ?」
まったく記憶がない。まだ一時間も経っていないだろうに、自分の行動が思い出せない。自分の名前も分からないままだし、何だか途方に暮れてきた。先生が相槌を打った。
「あれは空爆でしたね。靴下君とオハナさんが頑張って操作してくれたお陰で、六股君も攻撃に専念出来たと思いますよ。最後は全員で気を失ってたみたいです。気が付けば地面に倒れていました。まあ、とにかく無事で良かった。お疲れ様でした」
「は、はあ……。まあ、無事に終わったならいいんですけど」
「なんて事だ……。森の精霊が全滅したのか。なら、ワシの負けじゃワイ。煮るなり焼くなり好きにしろ」
汗をかき息苦しそうにマールが言った。カティアが腰に手を当てて、ふんぞり返る。
「流石師匠やなぁ。話が早いわ」
「師匠じゃと? 今頃かい調子のいいやつめ」
第十書記のマールが負けを認めた後、初めてカティアが師匠と呼んだ。やはり二人は師匠と弟子の間柄だったようだ。マールはシワだらけの顔を更に渋くした。
「ワシは、お前の軍門に降ることにした。好きに使うがいい」
「ほんまか師匠? 私を助けてくれるんか?」
「ふん。ワシは諦めがいいほうでな。他の書記が変な法律を書き込むぐらいなら、いっそワシが玉座にと思っておったが、代わりにお前でもいいような気がしてきたわ」
「玉座に不可侵の結界は張ったまんまか?」
「そうじゃ。張ったままじゃ」
「でかしたで! なら師匠がここにおる限り、玉座はひとまず大丈夫やなぁ」
マールは、右へ左へ揺れながら目をつむった。ブランコを漕ぐように自力で動かしている。酔いそうだが、案外集中出来るのかも知れない。
「残念ながら、破界師の末裔が書記におる。第三書記のサイファは、恐らく結界破りが出来る」
「ええ……、嘘ぉ? 結界破れんの?」
カティアが酷く落胆したのが分かる。鎧を着込んでいるのに撫肩になった。
「多分な。ワシの芸術的な結界でも、永久に維持する事は出来ん。チクチクやられたら、いつかは崩壊するじゃろう」
「ええ! なんやそれ、じゃあ急がなあかんやん!」
「だから、力を貸すと言っておるのだ! 玉座は第一書記と第二書記の勢力間、ちょうど緩衝地帯にある。監視が厳しくて辿り着くことも出来んワイ。だから他の書記も、すぐには手を出せんじゃろ」
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