【2】彼女の想い、僕の秘密
高速を使って、車で約3時間。
真夏の昼間のおひとり様ドライブは、暑さと目的のせいであまり楽しいものではなかった。
シュウは警戒心が強く、渦中の"彼女"についての情報をマネージャーの僕と社長にも少しも与えてはくれなかった。
彼なりに、彼女を精一杯守っているのだろう。
僕がかろうじて知っているのは、シュウが入学直後まで一瞬通った地元の同じ高校に通っている同級生であること。それと、シュウがうっかり口にしたことのある「ゆず」という名前。
それだけを頼りにここまで来ているのは、もはや探偵ごっこかよと自分につっこむ。
真夏の太陽の下、半袖で爽やかに下校していく生徒たちとは対照的に、むさ苦しいスーツの男が1人で校門前に立つ。
一刻も早く冷房の効いた車内に戻りたいが、さすがに車から偵察していては怪しすぎる。
ただ、顔も知らない彼女と僕は出会えるのだろうかという不安と容赦ない陽射しで、もはやこれが汗なのか冷や汗なのかよくわからない。
まだらに下校していく生徒たちにチラチラと見られている。あまり、長居はできそうにないな。
「あの…」
暑さに気を取られていると、1人の少女が僕の前に向かってきた。
「あの…シュウに、何かあったんですか?大丈夫ですか?」
少し控えめに声をかけてきた彼女こそ、シュウの大事な"彼女"だ。
「ゆずさん、かな?」
「はい。私に用事ですよね、少し目立ってるので場所変えましょうか」
さすがはシュウの彼女だ。落ち着きと状況把握が早い。
「心配させて悪いね、シュウは大丈夫」
とりあえず車に乗り込み、学校から少し離れたファミレスにでも入ろうと走り出した。
「3年も会えてない彼女を助手席に乗せたなんてシュウにバレたら、と思うと震えるよ」
僕が冗談まじりに言う。
「そうですね、きっとどんなに忙しくてもすぐさま免許取りに通い出すかも」
クスクスと笑いながら彼女が答える。お互いにシュウの性格よくわかってるね、と認め合い、重たかった空気が少し軽くなった。
ファミレスに入り、ドリンクバーだけ注文して僕が先に飲み物を持ちに行こうとする。
「お兄ちゃん、私レモンスカッシュね!」
驚いて振り返ると、彼女が小声で
「これで私たち、あやしくないですよね」
と、イタズラな笑顔で言う。
なんかそういうとこ、シュウと似てるな。
そう思いながら、アイスコーヒーとレモンスカッシュを持って席へ戻る。
コトンと、コップを置きながら
「アイツもいつもレモンスカッシュ飲んでるよ。そういうことだったんだね」
と僕が言うと、意外なことに彼女が驚いた。
「うそですよね?彼は炭酸飲めないですよ?」
「え、じゃあ……彼女と会えなくなってから、彼女が好きなレモンスカッシュを飲むようになったってこと?アイツ可愛すぎるだろ」
クスクスひと笑いし終えると、彼女が本題に戻してくれた。
「そろそろ別れないかって説得に来たんですよね?私が3年ぶりに花火大会に誘われた事、マネージャーさんご存知なんですよね?」
ご名答すぎて僕は苦笑いしかできない。
彼女は察しが良すぎるというか、穏やかそうでいて芯がしっかりしているところが本当にシュウと似ている。続けて、彼女が話す。
「説得は、必要ないと思います。私は、これが最後のデートだと決めて行くので……だからどうか、この花火大会だけは行かせてください、お願いします!」
僕に頭を下げる彼女の前で、僕の前ではシュウもよく飲むレモンスカッシュの炭酸の泡が消えてはまた生まれ、また消える。
若い頃の恋なんて、きっとそんなもんだろうと思ったんですよね、社長?
大人が何を手出ししなくとも、こうなると思ってたんですよね、社長?
彼女は、正直に今の想いを話してくれた。
そこにウソはひとつもないだろう。
シュウと似ている彼女だから。
シュウの仕事を応援したい気持ち。でもその職種ゆえ、常に自分の存在に疑問を持ち続けていたこと。会えないことも理解はしているが、さすがにいつまで続くのかと思うと心が折れそうになる日も多いこと。
いよいよ自分の進路も確定しなくてはならないのに、都会へ進学して近付いてもいいものか、地元に残って離れているべきかもわからなかったこと。
「彼には、明るいステージが今後も待っている。私には、彼が新しくくれる言葉を信じる事しかできない。毎日、一緒に過ごした中学生時代の思い出のしっぽを必死に掴んでるんです。私も、そろそろ前を向きたい」
そうだ、僕はこれを聞きにきたはずだ。
それなのに、あまりに等身大の彼女の想いが僕にグサグサと刺さって抜けない。
彼女は、この3年間過去のシュウと過ごしていたのだ。今のシュウに会うことが許されずに。
「彼の本名ご存知ですよね?柊って、木に冬じゃないですか。柚子って、夏に花が咲くんですよ。私たちきっと、巡り合わない季節から来てしまったんだと、思うことにしたんです。」
泣きたいのは彼女だろうに、聞いていた僕が先に涙ぐんでしまった。
「僕の名刺を渡しておくね。花火大会の日も、僕が彼を迎えに行くことになる。なにかあった時用に、お守りに持っていてほしい」
名刺を差し出すと、僕の名前を見た彼女が一瞬目を見開く。
「母が昔好きだったグループにいた方と同じお名前……ですね?母の推しは違う方なんですけど」
「お母様の推しが僕じゃなくて残念だな、僕もひと昔前はアイツと同じステージにいたんだ。そして、おそらくご存知の通り僕には本来、君たちを咎める資格なんて全くない。」
マネージャーさんも、大変ですね。と、声に出さなくても彼女の顔に書いてある。
「マネージャーとしては、僕は最後のデートになることをありがたいと思わなければいけないよね。でも、僕個人としては最高のデートになることを願ってるよ」
彼女があまりにまっすぐに話してくれたから、僕もつられて少し余計な本音をこぼしてしまった。
もう、僕には彼らの花火大会の結末を見守ることしかできない。
それは、もう週末に迫っている。