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超能力彼女〜僕の彼女は超能力を持つ学校一の美少女〜

作者: 天空 宮

 僕は、秋月照来あきづきてく

 中肉中背のごく普通の高校二年生だ。



 中学一年生になったばかりの春、僕はとある少女に告白を受けた。

 あの時のことを忘れた日はない。

 たぶんあれが僕が彼女を一人の女の子として意識し始めたきっかけとなった出来事だから。


 部活も終わり夕陽が空を色付けていた時間。

 中学校の中庭で少女が一人待っていた。


「――わ、わたしの彼氏になりなさい!」


 出会いがしらに少女は咄嗟に口を開く。

 命令口調ではあったけれど、羞恥心から手をモジモジさせながら顔を赤らませて言い放たれた。

 僕は呆気に取られて言葉を失い、口を閉じて睨み付ける彼女の顔を暫く眺め続けた。

 少女は僕の顔色を窺いつつもどんどん泣きそうになるように表情が苦しくなっていく。

 夕日のせいかいつもより顔が赤く見えた。


「……うん」


 この時彼女の告白を了承したのを僕は永遠に称賛することになるだろう。



 時が経ち、今や僕も高校生。

 高校にも慣れた二年生の春、涼し気な風を背負い通学路を歩いている。

 そんな僕の隣を歩くのは、あの時告白してきた彼女。

 ――斉藤真祁さいとうまぎ

 小学生以前からの幼馴染でわかることは多いけれど、それはずっと一緒にいる僕だから。


「おい見ろよアレ……」

「え……凄い綺麗な人……」

「二年で陸上部の斉藤さんだよ。うちの学校で一二を争うくらいの美少女って言われてる。

 正直、その辺のアイドルなんて目じゃないぜ」


 近くを通る男子生徒二人組がマギを見て話題にし始めた。

 他の人から見るマギは僕の印象とは少し違う。

 長い黒髪が春風で靡きながらも凛とした佇まいに整った顔立ち。陸上部の先輩後輩にも慕われる才色兼備の学校のマドンナというイメージが一般的だろう。

 だけど、僕の印象は――


(気にしないようにしなさい)


 切れ長の目は通学路の先へと向けられ、口すら動いていない。

 しかし、マギの声は僕の頭に直接響く。


 僕の彼女への印象は……



 ――超能力者だ。



 人の心を読み、テレパシーで会話ができる。することはあまりないけど、空も飛べるし瞬間移動だってできてしまう。

 そんな彼女が何故僕のことを好きになったのかは、未だに話してくれていない。



◇◇◇



 教室での僕の席は左から二番目中央。

 良くも悪くもない僕の席に対し、マギは中央列左側の一番後ろの席だ。そして、彼女はいつも僕を後ろから監視している。



 授業中、僕の隣の席にいる女子生徒が消しゴムを落とした。

 僕が座る椅子の下へと転がってきたので、当然のように僕はそれを拾い上げて手渡す。


「はい」

秋月あきづきくん、ありがとう」


 女子生徒からは何気ない感謝の言葉が返ってきた。


 はっ!


 しかし、僕はふと気づいて背筋が伸びる。

 背後からの殺気とも言える狂気を察知すると、振り返る間もなく僕の頬が抓られる。

 マギの超能力は、遠くからでも僕の頬を抓ることが可能なんだ。


(何ニヤニヤしてるのよ!)


 してないのに……。


「秋月、お前なに変顔しているんだ?」


 マギのせいで先生に注意を受けてしまう始末。

 抓られるのが止み、僕は愛想笑いでお茶を濁すのに奮闘した。


(女子と会話してにやニヤニヤしているからよ)


 マギは嫉妬深い。

 このようにちょっとのことで僕に超能力で気付かれないように仕返しをしてくる。



 ――ではなぜ僕が彼女と別れないのか。

 普通の人には無い超能力を持っているから? マギがこの高校一の美女だから?

 どれも根本的な理由にはなっていない。


 放課後になり、僕はマギの席へ行く。

 超能力があるから素は隠しやすいらしく、学校にいる間は静かなもので僕が帰り支度をしてやってきても泰然たいぜんと帰り支度をしている。


「マギ、今日は部活あるの?」

「ないわよ」


 こちらには顔を向けずに素気ない返事。


「あなたたち仲良いよね。

 本当に付き合っていないの?」


 察しのいいマギの友人、小牧珠理こまきしゅりが僕たちに声を掛けてきた。

 茶髪のショートボブで快活そうな面相。第一印象と変わらない明るい性格の子でマギはこの明るさにいつも助けられているようだ。

 しかし、そんな友人相手も含め皆に僕と付き合っていることは隠している。これはマギの意志だ。

 本人曰く、モテる自分のせいで僕が傷付くことになるのが嫌なのだとか。

 本当にそれが理由なのならこれほど不甲斐無いことはないけれど、僕は別の理由があるような気がしてならない。


「シュリ、いつも言っていると思うけど――」

「でも、いつも一緒じゃん。それで付き合っていない方が不思議とは思わないの?」

「そんなのこと、わたしの知ったことじゃないわね」


 シュリさんの言っていることは僕も理解できるんだけど、それがどうして登校も下校も彼女と一緒にいるはずの僕が他の人には彼氏と思われていないようなんだ。

 僕は影が薄いんだろうか……。


 マギは呆れるようにそう吐き捨てると、シュリさんを置いて教室の扉の方へと歩いて行く。

 僕は苦笑しながらマギの後を追った。



 今日は月曜日で運動部は基本的に部活はない。

 マギは陸上部で僕はバスケ部。とはいっても、陸上部のエースであるマギとは違って僕は補欠みたいなものなんだけどね。

 まだ明るい帰り道、今日ずっと素気ない態度をとっていたマギが周辺に学生がいなくなると見るや行動を起こす。

 不自然に彼女は僕の腕に肩を当てながら歩くようになった。

 いつもの事だ。

 マギは知り合いがいるところでは素を見せないけど、本当は凄く甘えん坊なのである。


(てっく〜ん)


 ニヤニヤと口元を歪ませている。

 マギは偶に超能力を制御できなくなるらしい。彼女のこんなデレ台詞を僕が聞いているとは夢にも思っていないようだ。

 これを僕は『テレパス漏れ』と呼んでいる。

 そこがまた僕がマギを可愛いと思う一つの要因であるのは間違いない。


「マギ?」

「な、何!? てか、くっつかないでくれるかしら!? 歩きにくいでしょ!」


 僕が問いかけただけで狼狽ろうばいし、首を反対方向へと回転させ顔を隠す。

 本心が超能力で判るから誤解することもない。でも、もう何年も付き合っているからそんなもの無くたって判るんだけど。

 ただ、マギのデレ具合はいつも僕の想像を遥かに超えてくる。


(むぅ……もう少しくっ付いていたかったのに……!!)


 聞こえてるよ……。


 僕は顔をほころばせながらマギの手を握った。

 すると、彼女は驚くように背筋を伸ばして僕の顔を見る。

 唖然して目を回しているようだ。徐々に顔が赤らんだかと思うとそれを隠すように下を向く。


(%@#&!!?)


 拒否するにもしたくないのが見てとれた。


 自分でしたことだけど、恥ずかしいものがある。

 勢いに任せたぶん、ずっと続けるには勇気がいるな……。


「ばか……」


 やっとのことでマギが出した言葉はいつもの辛辣な罵倒ではなく、顔を燃え上がらせた中での照れ隠しだった。

 だけど、その端的で迫力のないそれのおかげで僕はこのまま手を繋ぎながら彼女を家まで送ることができた。



◇◇◇



 週末の互いの部活が終わった午後。

 天気もいいということで今回は外でデートをすることになった。

 家に帰ると、僕は直ぐに支度を済ませて駅へと向かう。


 駅のホームでマギを待っていると、妖艶なお姉さん二人組に話を掛けられた。


「ねえねえ、そこの子!」


 ペンキで塗りたくったような金髪に肩と臍を出しても飽き足らず、生足まで露出したタンクトップとデニムパンツ姿の目のやり場に困るお揃いのファッションをした二人。


「は、はい……?」


 引きつった顔で返せば馴れ馴れしく腕を絡めてくる。


「これから海に行こうと思ってんだけどさあ、人足んないから一緒に来てくれない?」

「キミ可愛い顔してるし、きっと皆と打ち解けられるよ!」


 何故か僕が既に了承したような雰囲気でグイグイと引っ張られる。


「いや……あの僕、友達を待ってまして……」


 マギはいつも自身を『彼女』と周知させて欲しくないようで『友達』と例えた。


「それなら大丈夫! その友達も一緒に来ればいいよ!」

「だから……」

「キミがいれば皆納得するから!」


 僕の声が次々と消えていくようだ。

 かしましい声に僕ごとかき消されるような錯覚に陥っていると、その人は英雄のように現れた。


「待ちなさい!」


 上は、白いブラウスの上に紺色のカーディガンを着ている。スカートの丈は膝下で少し短め。

 清楚さの中に少しばかりの艶めかしい色気みたいなものが感じられ、一瞬で心が持っていかれそうになった。

 マギは呆れるような視線を僕に向けた後、女性二人を睨みつけて言い放つ。


「私の彼氏に触らないでくれないかしら!!」


 それは、慣れている僕から見ても怖かった。

 今までの騒然そうぜんとした周りの音がシンと静まり返ったかと思うと、マギは泰然と僕の手を引いて二人の下から離れてくれる。

 まるで修羅場のような展開に置いてきた二人は唖然して離れていく僕たちの後姿を視線で追っていた。


 それにしても驚いた。

 マギが外で僕を彼氏と呼ぶなんて思わなかったから嬉しいけれど、マギにとってこれで本当に良かったのか疑問に思ってしまう。

 元はと言えば、ちゃんと断れなかった僕が悪いから情けないんだけど。

 テレパシーが来ないからどう思っているのか分からない。

 僕は、どうしようも無い不安に駆られた。


「マギ……」


 比較的に人が少ない駅の端の方で僕は手を引くマギを呼び掛ける。

 すると、不安を煽るようにマギは建物の影に誘い手を放した。

 僕はゴクリと息を呑む。マギの精神云々で周囲に影響を及ぼすかもしれないと危惧した。

 中学三年生の時、僕が保健委員で体育の授業中に気絶した女子をお姫様抱っこをしながら保健室に運んだ所を見られた。その後、マギは泣きながら超能力で廊下のガラスを数枚割ってしまったのだ。

 あの時は誰にも見られてなかったから僕が中でボールを蹴ったことにしたけど今回は外、言い訳なんてできないだろう。

 マギは、神妙な顔で振り返ると「抱きなさい」とでも命令しそうな様子で手を広げた。

 意味がわからないと首を傾げでもしたら骨を粉砕させられそうなので、僕は安堵の息を漏らしながら彼女の命令に従った。


 マギの背中に腕を回すと、流れに任せるようにマギも僕の背中に手を添えてくる。

 小さく花のような香りを漂わせる身体に酔いしれてしまう。

 もう少しこのままでいたい気持ちはあったけれど、それ以上はお互いにまずかった。

 マギの手が下がるのを皮切りに離れ、お互いに急に恥ずかしくなって視線が下降する。


「い、今ので……許して、あげるわ……」

「……あ、はい……」


 やっぱり怒ってたんだ……。

 そう思えるのには時差があった。


「ほら、行くわよ」


 現実に引き戻すようなマギの言葉でやっと顔を上げる。

 マギはもう大丈夫なんだ……。

 そんなことを思うのも束の間で、マギの顔が綻んでいるのを見逃すことはなかった。


「うん」


 僕は、なんとなく安心して頷く。



 空も薄暗くなってきた薄暮、僕はマギを家の前まで送った。

 超能力者と言えど、家は普通の一般家庭。

 マギ以外の家族も超能力は使えない。ただ、マギが超能力者であるのを隠すのに僕に協力してくれる人達。

 マギを無事に送り届けると、微妙な雰囲気になった。

 いつもの事だ。マギはいつもデートをした後はこうやって寂しがってくれる。

 口には出さないところがまたはかなげで守りたくなってしまう。だから僕も直ぐには帰らない。彼女の気が済むまで面と向かってただ立っている。

 マギは、視線を外しながらもじもじとしている。

 察するに、何か言わなければと言葉を探しているんだろう。ここは男である僕が筋道を作るべきか。


「今日は楽しかったね! お昼に言ったカフェで食べたデザートも美味しかったけど、二人でわけあいっこができたのが良かったよ。また行こうね」


 マギと一緒にいる時間を堪能できたというか、そんな時間があって楽しかった。

 やっと目が合った。その熱の帯びた瞳は僕に何かを訴えかけているようだった。


「わ、わたしも…………」


 マギは、恥ずかしがり屋だ。

 心の声とは反対に表から出るのは小さく振り絞ったもの。

 だから僕は彼女に偶に心の声がテレパシー伝てに聞こえいるのを教えない。何故か僕にだけ聞こえるし、なにより僕がこの声を独占したいと思ってしまっているから。


(ううぅ〰〰〰〰…………。

 もっと一緒にいたいのに、どうしてこうも一日終わるのが早いのよ!!

 あ! それならてっくんを家に入れて夜まで……でもそれだと親がうるさいし……。

 はっ! このままわたしの部屋の窓から静かに入って家族に内緒で入れれば……むしろ拉致らちる!? てっくんを動けなくしてわたしが好き放題!!

 待ってこれ名案めいあん? ちょっと疲れるけれど、わたしだけ何食わぬ顔で家に入って拉致したてっくんのいる部屋に着いた瞬間からわたしの部屋だけ遮音しゃおん空間にしてしまえば…………。

 待って……そしたら、何でもできる!? 今世紀最大のビックチャンス!!?)


 う、うん……ちょっと迷案めいあんが過ぎるかな?

 これ以上葛藤が行き過ぎると何するか分からないし、この辺にしないとかな。僕も今日はちょっと勝負の日だしね。


 およそ4年間付き合ってきて、僕たちはキスをしたことが無い。互いに表では一切触れてこなかった。

 恋人のする行いの一つに対して偏見とかは無いものの男である僕が言い出せないせいで完全に先送りになってしまっていたんだ。

 何度もしようとしてきたけど、その度に調子がおかしくなって言い出すことはできなかった。だから今日はこれまでの経験を分析し、デート中は一切その事は考えずに色んなことに気を付けて平静を保ってこれた。

 幾度も修正してきた結果だ。現に今は『キスをすること』を目的とせずに『マギに愛を伝える』と意識している幾らかマシ。


 だけど、すると考えた途端に体温が上昇するのを感じ始めた。

 手汗が滲み、足が震える。

 全てに気を付けて気付かせないように努力した。



(――てっくん、どうしたのかな?)



 自分のことばかりで全然彼女の無意識下のテレパシーに気付けなかった。

 ふと顔を上げると、マギのうれわしげな表情があった。


「どうしたの?」

「あ、いや……」


 結局、最後に余裕が無くなるのはいつも僕の方なんだ。

 変な空気でするのはアレだし、今日も諦めるしか――


「リアト、好きよ」


 不意を打たれるように彼女の言葉は僕の胸を撃ち抜いた。

 なんだよ……そんな、そんなこと急に言われたら……耐えられなく、なるじゃんか……。


 ちゅ……。


 僕は、マギの頭部に手を添え自身の唇を彼女の額に当てた。


「へ……?」


 唖然して呆ける彼女を置いて、僕は直ぐに無言で振り返ることなく帰路に着いた。

 ズタズタと直ぐにでも逃げ出したい気持ちが先行した歩みに気を使ってなどいられなかった。

 心臓が爆発しそうなくらい鼓動を打ち鳴らし、とてもその場に留まることを許せなかった。

 咄嗟に駆けだしたが、暫く走った所で後ろに引っ張られるような感覚があって振り向く。

 すると、マギが超能力を使って僕を引き留めていた。


 待って……待って待って待って、待って!

 今は、顔を合わせるなんて――


 僕の意志とは反対にマギは僕を引き寄せる。もう慣れたけど、ジェットコースター並に心臓が浮いている気分にさせられる。

 僕の顔は沸騰しきっていてとても合わせられなく、咄嗟に手で隠した。

 しかし、体が動きが止まったことに気付いた瞬間、マギは僕の両手を無理やりこじ開けてきた。

 怖くなった僕は直ぐに瞼を閉じて顔を合わせることを拒む。


 本当に何を考えてるんだよマギ……。

 いつもならこんな無理矢理……。


 そんな考えを巡らせる刹那、僕の唇に柔らかい何かが触れる感覚に思考を掠め取られる。


 「え……?」と疑問符が生じゆっくりと瞼を開くと、マギが視線を逸らしながら顔を赤らめて立っていた。

 口元を手で隠し、今さっきの僕と心境が同じなのが見て取れる。


「ちちち……チュー、くらい……ちゃんとした場所にしなさいよ……!

 てっくんはわた……わたしの彼氏でしょ……」


 潤んだ瞳と羞恥で顔を染めたマギの全てに魅入られた。

 マギはいつも僕の先を行って先導してくれる。だけど、今回ばかりは僕が先導したと思ってた――。なのに、最後の最後で全てを持っていかれたみたいだ。

 赤く染まった彼女の儚い表情に魅入られ、僕からそれまでの恥ずかしさや居た堪れなさが消し飛んでいく。

 ただ、マギを心の底から愛しているという一点だけが無限に広がっていくのを感じていた。

 それが限界を超えたからだろうか、いつもは行動が後で考えるのが先のはずの僕が気付いた時には無心で行動に移していた。


 僕は再び、お返しをするように、隠れた赤い唇を探し当て、それを奪った。

 もう互いに驚きはなく、身を任せるままに暫くそれを続けたのだった。



◇◇◇



 家に帰り、僕は真先に自分の部屋のベットへ疲労感を解消するように倒れた。

 最後はその前の出来事を全部吹っ飛ばすくらい凄かった。

 ボキャブラリーが無いとか言われてもいい! だって……だって……ヤバかったんだ!!


「うぅぅ……マギ、好きだぁ!!」


 うつ伏せで足をバタバタさせながら枕へ向かって誤魔化すように叫ぶへんじん

 変な行動をしているのはわかっているけど、足から指の先までザワザワして仕方がないんだ。


「にゃ――ぁ! あああぁぁぁ……」


 遂にした! 遂に……ドラマとかを見て意識し始めてからかなり長かった。約3年の月日を得て、ようやく……!

 マギの唇……柔らかかった……。

 最初は勢いでしたから全然わからなかったけど、三度目は途中から意識がハッキリして今でも感覚が残ってる気がする……。

 な、何を僕は変態みたいな考えを……!

 いやでも、今は仕方ないよな! そうだよ、だって初めてなんだから!

 そういえば、ほかの恋人の人達はこんなこと考えるのかな? いや、初めては皆考えるでしょ。じゃなきゃおかしいよ!

 あんなに可愛いマギ……。


「ぁぁあああ! ダメだぁ!!」

「うるさい!!」


 豪快に部屋の扉を開かれ、驚きで僕は壁際に張り付いた。

 扉の方を振り返ると、険悪な顔で睨みつけてくる少女がいた。

 中央に豚のキャラクターが描かれた白いシャツと短パン姿。茶色がかったショートボブに整った目鼻立ちの我が妹。


 あはは……ついうるさくしてたから飛んできたな……。


 苦笑しながら視線を逸らすと、妹はずかずかと兄の部屋に入り込んでくる。


「マギ様と何があったか知らないけど、籠絡ろうらくするにも大概にしてよ!」


 秋月夏音あきづきかのん

 近所の学校に通う中学三年生。面倒見がいいらしく、後輩には頼れる先輩という感じで彼女の交友関係は広い。

 兄からすれば結構頼れる妹で、なんでも出来るところは尊敬する。マギとのデートについても相談していた。

 カノンはマギを様と敬称を付けて呼んでいる。カノンも数少ないマギの正体を知るもので、それが関係してるかは定かじゃないけれど、マギを崇拝している部分がある。

 僕のすねをグリグリと足蹴にして、この身分の違いはなんなんだろうか。


「それで? 今日はどうだったの?

 もう結構慣れてきたでしょ?

 ――キスできた?」

「ほぇ!?」


 不意に核心に触れてくるので声が裏返ってしまった。

 更にはまたそのシーンを思い出し、赤面してしまう。


「え、したの?」


 どこか引き気味の妹に僕は顔を合わせることができず、明後日の方を向く。


「嘘でしょ!? あの奥手奥手奥手のお兄ちゃんが!?」

「きょ、今日は……なんかそういう、覚悟もありましたというか…………だって……」

「ありえない……カノンのマギ様の王子様をヘナチョコが名乗っているってだけでもイラつくのに、ましてやキスまでかましただと……?

 成り上がりの分際でよもやそこまでおごりが過ぎるとは思わなかった……万死に値する!!」


 カノンになにかのスイッチが入った。

 冷たく見下ろされたかと思えば、ベットに膝立ちになって僕の両頬を抓り出す。

 伸ばしたり縮ませたりと好き放題僕の顔て遊び始めた。


「あはははは! 変な顔ー!」

「ふぁにふんたぁ〜」

「ストレス発散だよ!

 お兄ちゃんはマギ様を好き放題できるんだから、カノンはお兄ちゃんを好き放題するんだもん!

 はっ! やっぱりそれは吐けるから……お兄ちゃんはマギ様を好き放題にしちゃダメだけど、カノンだけがお兄ちゃんを好き放題するね!」


 どんな理屈だ!

 言い返したかったけれど、顔をいじられていて上手く話すことが出来なかった。


「ひゃめろ〜」

「えー? なんて言ってるのかわかんな〜い」


 無邪気で凄く楽しそうだ。

 それにしても妹に遊ばれる兄とは……我ながら威厳いげんがない。


「やーめた!」


 突然手を離してくれた。

 飽きたのかと予想したが、カノンは今度は僕の頭に手を乗せてくる。


「心配だな。お兄ちゃん頼りないし、マギ様が頑張ってないか気になっちゃうよ」

「……」


 カノンなりに僕たちのことを考えてくれているのか……。


 少しばかり心が暖かくなった気がした。

 普段はお茶目で年相応の妹だけど、こういう所は女子だからか母さんに似てるからか頼りがいのある妹って感じだ。


「心配するなよ。僕だって男、ちゃんとマギを守ってみせるさ。

 例え超能力者とバレることがあっても、絶対にね」

「…………お兄ちゃんはそう言うことを言う時だけはカッコイイよね。普段はだらしないダメダメお兄ちゃんだけど!」

「な……そんなことないよ! やる時はやれるって! 今回だって、ちゃんと……できた、し?」

「どうせ下手なキスだったんでしょ? あ〜あ、マギ様が可哀想」

「え……下手、だったのかな?」

「今頃、何あいつのキス!? 小学生かよ! とか思いながら別れようか考えに耽ってるね! ドンマイお兄ちゃん!」

「わ、別れ…………フラレ……」


 わたし、リアトとはもう先が見えないの。元々道具としか思ってなかった訳だし、こんりんざいわたしの周囲1キロ圏内に近ずかないでもらえるかしら。


 脳内でネガティブ台詞がつらつらと出てきた。


「そ、そうなったら……終わりだ……」

「うんうん、お兄ちゃんはそのくらい謙虚けんきょじゃないと!」


 憂鬱ゆううつになりながらも項垂れれば、カノンは勝ち誇ったように僕の肩を叩く。


「って――カノンの言うこと鵜呑うのみにして溜まるか!

 カノンの言うことなんて真面目じゃなきゃ信じなくていいんだよ、うん!

 僕は絶対別れない! だって僕はマギのことが好きだし、マギもきっと僕のことが――…………」


 これから言おうとしたことがあまりにも恥ずかしいことに気づいて言葉が詰まった。


「そんなんじゃダメね……」

「……」


 何も言い返すことができずに僕は縮こまっていった。



◇◇◇



 数日が経って中間テストが近づいてきた。

 進学校なこともあって周囲もざわめき始める今日この頃、かくいう僕も少しずつではあるけど不安に駆られるようになっていた。


 バスケ部の友人たちと早々に別れた部活終わりの夕暮れ時。

 学校の校門前でマギが待っているのを見つけ、いそいそしい足取りで歩み寄りながら軽々(けいけい)に呼び掛ける。


「マギ!」


 すると、マギはしかめ面を向けてきた。

 不機嫌なのかなと思惟しいするが、『学校ではあまり話し掛けない』というルールを思い出す。

 マギは僕のことを守りたいがために僕との関係を薄くしたいんだ。おそらくそこには、自分が超能力者だとバレた時の保険という意味合いがあるんだと思うけれど、僕はあまり気にしていない。僕がマギを守れない男と思いたくないからだ。

 僕がそんなことを考える中、マギは微笑してつぶやく。


「別にいいわよ。早く帰りましょ」


 何もかも読み切ったような言葉に僕は考えてることを知られたかもと思った。


 マギが歩き出すのを僕は隣に着いた。

 夕日の日差しを横に置き通学路を歩き始め、僕はいつものように彼女の横顔に見惚れる。

 陸上部で運動した後だからか、肌の表面はは少し熱を帯びていた。


「何?」


 見ているのを気付かれ、細い目付きで問われた。

 咄嗟に首を振るが、余計に怪しまれていくのが表情で判る。


「……いや、ただ……良い匂いだと思ってさ……」


 言って直ぐに気づいた。

 僕はなんてキモイことを言っているんだ……。


「ご、ごめん! キモかったよね!?

 な、なんかその! 運動した後の匂いが――って、僕はまた何を言おうとしてるんだろうね!?」


 自分でも判らない……。

 慌てて弁明しようにも口から出るのは悪化したような言葉ばかり。

 一人で気まづくなって僕は視線を逸らしてしまった。


「べ、別に……嫌、とは思っていないわ……。

 数少ない彼氏であるテク……てっくんだけの特権だもの」

「え、いいの……?

 ……いや良くない! だってそれじゃあ僕が変態なのにかわりないじゃん!」

「確かにてっくんは変態ね。

 なら、わたしにもてっくんの匂いを嗅がせなさい。それで……チャラでしょう?」


 顔を羞恥に染め、小声になりながら零す。

 そんな彼女の頑張りを僕はまた可愛いと思ってしまうのはおかしいだろうか。


「今度から言うのやめるように努力するよ」

「それって、わたしには匂い嗅がれたくないってことかしら?」

「え、いや……」

「いいわ! 勝手に嗅いでやるから!」

「わっ! 待って!」


 急にしなだれかかってくるので、僕は体勢を崩した。

 スローモーションのように倒れていくのが遅く感じる中で、僕は驚き顔のマギと目を合わせていた。熱っぽくはあるけど、綺麗でいい匂いがする整った顔立ちの弱点の見えない彼女の顔と。


 盛大に背中を打ち、されど彼女の体を支えて倒れた。

 背中の痛みで起こす瞬きを終え、目を開けばマギは呆れたような顔をしている。かと思えば、急に吹き出して笑い始めた。


「ぷっ! あはははははは!」


 すると何故か僕にも笑いが伝播し僕も含み笑いした。


「……もぅ……危ないだろマギ」

「ふふふ、でもてっくんの面白い顔も見れたし、わたしにとっては得だったわよ?」

「僕の身にもなってよ」


 幸い人通りが少なく人目はそこまできにならなかったけど、歩道でこんなのは恥ずかしい。


「でも、支えてくれたでしょ? その調子で頑張りなさい」


 二人とも体を起こし、手を取り合うとさっきの事は全て忘れてた。

 互いに互いを好きであることを確信出来たような出来事に嬉しくなってしまったんだ。


 やっぱり僕は、マギのことが好きだ。

 超能力者とか関係ない。学校一の美女とか関係ない。

 すごく感覚的だけど、僕が彼女のことが好きになったのは、本能的なものが彼女しかいないと訴えていたからだと思う。確証もなにもないけど、それが一番しっくりくる答えだ。


「マギ」

「ん?」


 再び下校の道に戻り。


「――好きだよ」


 マギの耳元で耳打ちする。


 すると彼女は、目を丸くし耳まで真赤にして口を歪ませる。

 とても儚くて赤い彼女から不意を取れたのが嬉して僕の顔は自然にニヤけていった。


「な、何よ! 急に……!」

「マギ、可愛いよ」

「う、うっさいわね! そんにゃこと面と向かって恥ずかしげもなく…………ばか……」


 僕たちは帰り道を夕日色に染めながら歩いて行った。



◇◇◇



 晴れ晴れとした今日、気温は最高30度と暑めだけれど涼しく吹き抜く風が外を心地よくしてくれていた。

 そんな日に僕たちの学校は体育祭である。


 僕も保健委員として怪我人への対処にまわされ、運動着を着て外のテントで出番待ちをさせられている。

 僕は憂鬱にハンドボールをしている風景を眺めていた。

 全員が全員一喜一憂している姿が眩しく、羨ましく思う。

 僕は一応バスケ部だけど、今回はサッカーの種目に登録している。たまには別のスポーツがしたくなった。

 だから早く自分の番にならないかと時間を遅く感じている最中である。その前にマギの試合を見に行こうと思っているけれど。


「いたよ、アキ君!」

「よぉ、テク〰〰差し入れしに来てやったぞ!」


 そう時間を持て余していた頃、友人が訪ねてくれた。

 髪を茶色に染め、少々チャラい感じのある少年が神谷流かみやりゅう。小学生の時に引越してきて、僕が最初に仲良くなった縁で今でも仲がいい。今じゃ三番目に付き合いの長い人物だろう。

 ツインテールで眼鏡を掛けた大人しそうな少女が下野星愛しものせいら。この子が僕にとってマギの次に付き合いの長い幼なじみだ。

 今日は二人も運動着に着替えている。体育祭だから当たり前だけど、クラスの違うセイラは運動着が見慣れていない。彼女は吹奏楽部だから放課後も制服なのだ。


「差し入れ?」

「スポドリ。ザッキーが配ってたんだよ」


 リュウが言うザッキーとは僕たちの担任教師の尾崎先生のことだ。

 ぽっちゃりでキャラのある先生で生徒たちには軽く扱われている。こうやって差し入れをしてくれる事があるから僕も嫌いではない。


「ありがとう」

「アキ君暑くない?」

「大丈夫、昔から暑さには強いからさ」

「それより、そろそろ奥さんの試合が始まるぞ。代わってやるから行ってこいよ」


 昔馴染みのこの二人だけは僕とマギが付き合っていることを知っている。僕とマギ二人の幼馴染ということもあって秘密にする方が難しかった。


「いいの?」

「当たり前だろ。お前にばっか仕事やらせて、何もご褒美がないのは可哀想だしな」

「リュウ……」

「じゃあカミ君はここに残してアキ君、体育館に行こうか!」

「おいセイラ、お前も残るに決まってるだろ。一人でいたってつまらないしな」

「えー……」


 残念そうに肩を落とすセイちゃん。

 セイちゃんもマギのバスケの試合を見たかったんだろうか。僕は申し訳なく棒立ちになった。


「ほら、ぼうっとしてないでさっさと行けよ」

「い、イチャイチャはほどほどにね?」

「え、あ、うん……」


 リュウがわずらわしそうに行け行けと手振りをするので、僕は甘えることにした。

 こうやってサポートしてくれる人もいるのだから全員に付き合っていることを隠すのはどうなんだろうと偶に思う。


「ありがとう!」


 そう言って僕は校庭を後にした。



◇◇◇



 体育館傍で運動着姿のマギたちクラスのチームが集まっているのを見つけた。

 今日は運動をするからポニーテールだ。偶に見るけど、髪を縛っているのもいつもと違くてドキドキする。

 作戦の確認をしているのか、皆集まっている。

 僕は割って入るのが申し訳なく、距離をとって彼女たちの様子を見守った。

 すると、いち早く気づいたらしいマギと目が合った。安堵したように顔を綻ばせている。


(てっくん見に来てくれたんだ)


 喜んでいるのがテレパス漏れからも伝わってくる。その声に僕も嬉しくなって脂下やにさがる。



 暫くして話が終わったのを皮切りにマギは僕のところに掛けてきた。


「あ、えっと……頑張って、ね」


 人通りが多いことから何となく顔が熱を帯びた。

 あんまり学校で面と向かうことがないから気恥ずかしさが出てしまっていた。

 それはマギも同じなようで顔は赤らむも素っ気ない言葉が口から出る。


「まったく……こんな所で見てたら変態だと思われるじゃない! 気をつけなさいよね」

「……ごめん…………」


 気まずい雰囲気が流れ、周囲の音がうるさく感じた。

 だけど自然に僕とマギの視線は合わさった。

 互いに羞恥で顔を染めていても、腹をくくったように他を置き去りに二人の間ができていた。


「頑張る」

「うん……ちゃんと、見てるから」

「なら、絶対負けられないわね」

「……」

「わたし、てっくんが見ている時に負けたことは一回もないのよ」


 照れ臭そうに零れた彼女の笑みはとても綺麗に思えた。



 体育館の舞台側でマギたちのバスケの試合が始まった。赤いビブスを着て先手を取ったのが僕たちのクラスだ。

 僕は二階のギャラリーから見守る。

 舞台反対側では男子の試合もしていて生徒達の声援や歓声が響いている。

 こういう雰囲気は慣れている方だけれど、今日みたいな日は特別騒がしく思った。


 マギが一際輝いて見える。

 彼女にボールが渡った瞬間に相手側の目の色が変わったような気がした。警戒するような神妙な表情になっている。

 マギは足が速い。だから皆それを警戒しているんだと思った。


「マギ様がボールを持ったよ!」


 様……? 何をカノンみたいなことを……。

 同じく観戦している近くの女生徒がそんなことを言ったのが聞こえて思わずツッコミしたくなった。

 マギは去年も体育祭でバスケをやっていた。僕がバスケをやっているからあやかっているらしい。

 その時、マギは陸上部ながらバスケ部さながらのドリブルを披露していた。今年はそれを期待している人もいるようだ。

 相手チームもそれを警戒しているのかもしれない。


(てっくん……見てなさい!)


 一瞬こちらを見た気がした。

 今のテレパスは故意なのか、それともいつものテレパス漏れなのか、それは定かじゃないけれど僕は聞こえずとも言い放つ。


「――行け!」


 マギのドライブが始まった。

 簡単に自分のマークを外し、人の間を縫うようなドリブルをし始める。

 ゴール下まで到達すると嘲笑うかのように相手センターから距離を置くようなバックステップの後シュートを放って点を決めた。


「キャア――――!!!」


 地響きのような歓声が沸く。

 女生徒の中にマギのファンが何人もいる。その子達の本気の悲鳴が吐き出されたようだった。

 マギは超能力者だけど、それ以前に運動神経が良すぎる。やったことのないスポーツでさえ経験者レベルにできてしまう。

 それがデートで僕と偶にやるから見慣れているけれど、やっぱり女の子の中では群を抜いて上手いんだよなぁ。


 そんなことを考えている間にまたマギが活躍する。

 相手のパスをカットし、無人のゴールへとシュートを入れた。

 まだ序盤だというのにマギの人気はうなぎのぼり。止まる所を知らないようで、おそらく下級生の心も奪っていることだろう。去年はいつの間にか先輩の心も射抜いていたからね。


 相手にはマギより背の高い人はいた。レギュラーでないにしろ女子バスケ部もいた。

 それを差し置いてマギは輝かしい活躍をし、チームを勝利に導いた。



 試合が終わってもマギは涼しいような顔をしていた。

 後半はメンバーチェンジで代わったから体力的にも余裕がありそうだ。

 そんなことを考えていたけれど、試合が終わって直ぐマギが人垣に囲まれるのを悟って顔が引きつった。

 知らない女生徒たちがマギを囲んでいっていた。


 マギ……大変そうだ……。この分だと話す時間はないかも……?



◇◇◇



 マギも次の試合まで時間が空く。その為、僕は保険委員の仕事に戻った。

 今に至るまでに僕の試合も終わった。マギとは違い一回戦負けだった。

 相手が三年生でサッカー部も多かったらしいけど、案の定実力差が出た感じだった。

 そんな感じでハンドボールもサッカーも順調に日程を進めているらしく、リュウもセイちゃんも試合を見てて楽しめたと言っていた。

 残念ながら二人も自分の競技があるのでまた一人になってしまった。

 マギの試合も見てて楽しかった。マギが予想以上に活躍するものだから少し嫉妬してしまったかもしれない。またデートでバスケやりたいな……次はバスケデートもいいかも、なんてね。

 男子バスケも少し見てくればよかったかな。マギが人気なのを見てなんとなく直ぐに帰ってきちゃったからな。

 まぁでも、リュウたちも丁度出番が来る頃だっんだろうし、長居はできなかったかな……。

 そんなことを考えながらまたサッカーとハンドボールの試合を遠目に眺めていた。

 すると、ハンドボールの方でなにかあったようで人が集まり始めた。


 なにかあったのかな……?

 気になって席をたち、ハンドボールをやっているグラウンドの方へと駆けた。

 道中、審判をやっていた教師がこちらへ向かって大きい声で呼び掛ける。


「保険委員!」

「――はい!」


 走る足を速める。

 不運なことに僕以外の保険委員は自分の競技に向かったから一人だ。

 責任感がのしかかりながらも当人の前にたどり着く。茶髪ツインテールの小柄な少女だ。

 足を捻ったらしく、座り込みながら足を押さえている。彼女を保健室に連れていくのが僕の仕事になるわけだ。


「一人で大丈夫か?」


 それは安易に彼女が重いかもしれないというのを示唆しているのだろうか、それとも僕が非力に見えたのだろうか。どちらにしても答えは一択しかない。


「大丈夫ですよ」


 愛想笑いをするも、僕は彼女に触れて良いものか考える。

 そんな間もなく、僕は試合をできるだけ早く再開させようと怪我した女生徒を背中におんぶした。


「重かったらごめんなさい……」

「全然重くないよ」


 酷く申し訳なさそうにしている彼女を安心させるべく、模範解答を返した。

 色々気にしながらおんぶし、僕は保健室へ向けて歩き始めた。

 その後暫くしてさっきの教師から再開の指示が出されるのを背中の方から聞こえた。


 怪我をしたこの子は顔見知りだったりする。中学一年生の時、同じクラスだった木島叶きじまかなうさん

 彼女は寡黙かもくで図書室に行くことが多く、静かで真面目な子という印象を受けていた。

 高校に入ってからは友人が増えたようで明るくなったように思ったこともある。あまり話したことはないけど、なんとなく成長したんだなと客観視してしまう。


「今日は暑いですね。ちゃんと水分補給してました?」

「え……はい……」


 道中静かだったので、世間話でもすることにした。このままだと彼女が可哀想かもと思ってしまったのだ。


「こう暑いと外の競技は大変そう。この学校、生徒数は多いからその分競技も多くて結果的に外でやる競技が多いらしいんですよね」

「…………そうなんですか。わたしハンドボールは友達に誘われたからやってみたんですけど、やってみたら面白くて……今日は頑張ろうって決めてたんですけど、張り切り過ぎてこのざま。恥ずかしいです」

「そんなことないですよ。この怪我は頑張った人の勲章みたいなものです。

 恥ずかしがることなんて何もありませんよ。きっとあなたの友人も嬉しかったんじゃないかな。自分が勧めた競技をここまで一生懸命にやってくれて」

「……そうだといいな……」


 僕もマギがバスケやってくれているのは嬉しい気持ちがあるし、きっとこの子の友達も同じ気持ちのはずだ。



 その後、僕は木島さんを保健室に届けた。

 脚の方はただ捻っただけのようで、運動不足が急に激しい運動を始めたからだろうと注意を受けていた。

 保険の先生に言われたっていうのもあるけど、僕は彼女を一人で置いて来てしまった。

 まぁ、あれ以上僕にできることなんてないんだけど。


 そろそろマギの次の試合が始まるかな……。

 ちょどよく木島さんを届け終わったし、たぶん他の保健委員も校庭に戻ったはずだし。僕はまた体育館の方に向かおうかな。


 校舎を歩いている最中、考え事をしながら体育館の方に向かおうとした時、急に傍の教室の扉が開いた。

 僕は少し驚いて振り返ったが、それが誰か直ぐには判らなかった。


「っ……わ!?」


 中にいた誰かに腕を引っ張られ、僕は強引に教室の中へと引き入れられる。

 そこは一年生の教室だった。

 勢いが強くて転んでしまった。そのせいで僕は引き入れた誰かを押し倒すように馬乗りのような体勢になる。


「いてて……」


 目の前で仰向けに倒れている誰かを薄目で確認する。


「え……マギ!?」


 マギは、顔を赤らめ鋭い目付きで睨み付けていた。


「……こんな所でなにしてるの?」


 なんでここにマギがいるのか、そしてなぜマギが僕を引っ張り人のいない教室に引き込んだのか僕には理解できなかった。

 マギのテレパスも聞こえない。いままでマギのテレパスに頼り過ぎていたことを少し反省する事態になってしまっている。

 僕の問にマギは答えてくれない。

 無言を貫くのかと思いきや、暫くしてマギは僕の胸倉を掴んで心の内を訴えてきた。


「さっきの子は何」


 光の反射だろうか、マギの目は潤んで今にも泣きそうに思えた。

 おそらく先程木島さんをおんぶして保健室に運んだのを見られたのだろう。

 僕が保健委員なのは知っているはずだが、今はそれも忘れてしまっているらしい。


「保健委員で……」


 自然に思い浮かぶ理由を話そうとして止まった。

 そうか……これは嫉妬なんだ。

 我ながらいい気になっているんじゃないかって思うくらいポジティブな考えをしているのは判る。

 でも、今はこの自分で導き出した答えを信じたい。


「マギ……僕、マギのこと好きだよ」

「え……?」


 斜め上の回答にマギは問い詰める表情を一転して呆然としていた。


「他の子なんて眼中に入らないくらい今じゃもうマギしか見られなくなってる。

 中学生になって、マギに告白されて、その時は僕がここまでマギのことを好きになるなんて想像していなかったと思う。それくらい今はマギのことが好きで、マギをずっと守っていきたいって思ってる」


 もしマギに出逢っていなかったら、僕はずっと一人だったかもしれない。

 そのくらいいつもマギは僕を助けてくれた。それが好意からのものだったとしても、その方が今は嬉しいと思う。


「僕、もうキミ以外考えられないんだよ? 今更他の子に目移りするなんて有り得ないよ。だから、マギが不安に思うようなことは何一つ無いって断言できる。

 もし信じてくれなくても、これから信じてもらえるように頑張るから!」


 マギを不安にさせたのなら僕の責任。

 それをいい加減自覚して実行できる大人にならないと、大切な人の前で歩く立派なおとこにはなれない。


 マギは頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。

 こんなに近くにいるのに、マギのテレパスは聞こえてこない。きっと僕への疑心がそうさせているんだろう。

 もうマギのテレパスに頼らないようにしよう。マギの気持ちを一方的に知れるのは便利だけど、卑怯だ。

 これまで何度か考えたことはあったけど、今度は本気だ。今まで甘えていた自分を罰したい程に不甲斐無いと思うのだから。


「ぎゅってして……」


 小さく呟かれた声を僕は聞き逃さなかった。

 微妙な間ができていたことに不安を募らせながらもマギから出る言葉を待っていた。

 マギは誘うように手を広げる。

 今更ながらマギの香りが僕の鼻をなぞった。

 いつもの花のような匂いだ。バスケをして汗を掻いたはずなのにそれらしい感じは一切しない。

 表情も熱っぽく艶めかしい。

 僕は思わず息を吞んだ。

 この可憐で無防備な彼女を押し倒したような状態で、更には二人きり。

 体を起こす彼女に僕は身を引いて膝立ちになる。

 しかし、マギをこのまま手を広げた状態のままにはしておけない。

 僕はゆっくりと、そして優しくマギの体を抱きしめた。

 なんどかマギはこういったスキンシップを要求してくる。キスもそうだけど、やっぱりこういうのは慣れない。


「もっと……」


 マギの胸が当たり、躊躇していたせいで強く抱きしめられなかった。

 まだ僕はマギを不安にさせるのか……!

 決意を胸に僕は更に強くマギを抱いた。

 胸も当たり、鼓動も感じる。腰も細い。

 マギの体は柔らかく、これ以上強くしたら消えてしまうんじゃないかと思う程だ。

 だけど、不思議な事にこんな時なのに僕はもの凄い安心感と包容力を感じていた。

 僕も男だ。普通ならこういう時には少しばかりはエッチな事を考えるんじゃないかって思ってた。

 いつもだ。いつも、こうしてマギを抱いていると何故か落ち着くんだ。

 ――ずっとこうしていたいような、そんな感じが。

 マギはどう思っているんだろう……。

 ううん、考えるまでもない。テレパスが無くたって判る。

 マギの鼓動がどんどん僕と同じテンポに落ち着いていくんだから。


「好きだ」

「うん、わたしも好きよ」

「不安にさせてごめん」

「……わたしの方が謝らないといけないわ。

 こんな小さなことでてっくんを取られるかもしれないなんて思ってしまったのだから。仕事だったんでしょ?」

「気付いてたの?」

「てっくんが最初に保健委員って言った時に思い出したのよ。あれで恥ずかしくなってしまったのだけれど、そしたらこうしたいって思ったの。

 わたしダメね。もう少し余裕があると思ってたのに……」

「僕はマギに嫉妬されて嬉しかったよ。マギが僕のことを好きでいてくれてるって判ったしね」

「てっくん……ずるい……」

「あはは……ごめん……。

 でも、これで判ったでしょ? 普段マギがいろんな人に告白されているのを何も無かったみたいに指摘せずにだんまりしてる僕の気持ちが」

「むぅ……いじわる。

 でも、確かにわたしも色々と配慮がたりなかったようね。今回のことで色々と考え直さなきゃいけないことが増えたわ」

「それとついでに……マギ、偶に超能力が誤作動して知られなくないようなことが僕に伝わってたから気を付けてね?」

「……………………へ!?」


 時間差で吃驚きっきょうし、マギは僕から離れた。

 顔を真赤にして頬に手を添えている。


「やっぱり気付いていなかったんだ?

 でも、多分大丈夫だよ。僕にしか聞こえてないし……」

「そっちの方が問題よ!!

 わ、わたし……何か変なこと言って……」


 僕は返答に困り、明後日の方へと眼が泳いでしまった。

 笑みも引きつり、誤魔化すことはできていないのを悟る。


「ま、まぁ……僕のことが好きだ……ってことは伝わったかな?」


 すると、マギの目が怖くなった。


「今から記憶を消すわ! やったことはないけれど、大丈夫よ……。うん、きっと……たぶん!」


 震える手で何かをしようとしてきた。


「わわ! 待って!」

「むぅ……こうなったら、明日は休みだし体育祭の祝勝会としてわたしの面倒を見てもらうから!!」

「えっと……うん、いいよ…………あれ? マギ、そろそろ試合なんじゃ……」

「――やばっ!!」


 マギは思い出したように立ち上がると、まだ何か言いたげだったが急いで体育館に向かう。


「あ、後で覚えてなさいよテク!

 まだ言いたいことはいっぱいあるんだからぁ!」


 教室の扉前で捨て台詞を叫びながら走り去っていく。

 なんか、悪役の退場シーンぽかったな……。

 それにしても、あの様子だと本当に全部勝ってしまいそうだ。マギの試合が終わったらまた他の保健委員に頼めないか訊いてみよう。

 最悪、またリュウに頼むしかないな……その時はごめんリュウ。



◇◇◇



 マギたちの試合はどんどん進んでいき、遂には決勝までいった。

 マギは止まることは無かった。相手がバスケ部でもその動きは同等かそれ以上。

 味方の指揮をあげるようなパスやコートビジョン。見てるこっちまで昂ってしまうような、今すぐ僕もゲームに参加したくなるようなプレーの連続。

 いつも以上にマギは輝いて見えた。


 決勝は多くの観客が見に来た。

 他の競技のスケジュールを進めることが優先され、いくつかの競技は既に終わっていた為にバスケの試合を見に来る生徒が増えていたんだ。

 まるで全員がこの試合だけを見に来たみたいにコートを中心に皆が視線を向けて声援を送る。プロの試合を見ているかのようだ。


「頑張れ……マギ!」


 騒然そうぜんとする中で僕はリュウやセイちゃんと一緒にマギの応援をする。

 女子バスケ部の審判と共にマギたち選手たちが全員が囲むコートへと入っていく。

 男子も女子も黄色い声援を送っていた。指笛の音などは少しうるさく感じるけど、それも含めて今はかなり盛り上がっている状態なのは間違いない。



 全員の期待の眼差しを背負い、試合は始まった。


「さぁ試合が始まったぞォ!!

 まずは三年二組ボールだ!」


 一介の体育祭だというのに実況を始める人もいた。


 僕たち二年一組は最初は守備側から始まった。

 相手側にはかなり身長の高い選手がいて、ティップオフでは勝つのが難しかった


「あのセンターやってる三年生の人、185センチ以上あるってよ」

「あはは……僕より身長高いや。

 でも――身長が高いからってマギは負けないよ」


 相手はとても連携のとれたチームだった。

 体育祭だから多少のあらはあるけど、それでも他チームのように簡単にインターセプトをさせてくれるような相手ではないのは確かだった。

 マギも隙は狙いつつも自分のマークがバスケ部ということもあって行くに行けない状況が続いた。

 マギは一生懸命やっていたが、相手の経験の豊富さは伊達じゃなかった。

 隙を狙うつもりが少しのスペースを狙われ、簡単にツーポイントずつ稼がれてしまう。


「相手にバスケ部が三人もいるっていうのはきついな……。あのたっぱのある人がバスケ部ではなかったのは救いだけど」


 リュウの言う通り、相手側にバスケ部が三人もいる。それに対してうちのチームにはバスケ部が一人。

 これまで速攻で取れていた点が少なくなるのは仕方がなかった。


「大丈夫だよ」

「それはお前の奥さんだからか? バスケは一人でできるスポーツじゃないんだぞ」

「まぁ見ててよ。これまであんまり見せてなかったけど、マギが得意なのは点を取ることじゃないんだ」


 これまでの試合では相手のマークがおざなりなこともあって基本的にマギが点を取りに行っていた。

 バスケのマークには慣れが必要だ。一朝一夕でマギほどのドライブを相手できる人はいない。


「ほら始めた」


 マギがボールを持った瞬間直ぐに歓声が沸き起こった。

 それを他所に、最初から決められていたみたいに味方選手たちは自身のポジションへと動いて行く。

 マギはマイペースでボールを運び、二点ずつ取っていくつもりらしい。

 マギはバスケ部でないというのに相手選手は本気でマークしている。直ぐに間合いを詰めずに様子を見ながら。


 全員が固唾を呑み見守る。

 まだ点数に開きは出ていないが、バスケ部三人と高身長選手がいる相手にマギたちがどう立ち回るのか見ものだった。

 確かにマギたちは分が悪いだろう。でも、直ぐにそれに慣れる。


 マギがペースを上げた。瞬間的速度は完全に相手選手を上回っていた。

 置き去りとはいかないが、それだけで十分だった。

 カバーに回る相手選手が寄せに来たことで味方選手が一人空く。

 そこへ丁度良くマギがパスを出すと、ゴール下からボールを放って入った。


「マギたちがここまで勝ち進んできたのは、けしてマギや三摩みまさんだけが活躍してたからじゃないよ」


 三摩さんはうちのクラスで唯一の女子バスケ部員だ。


菊森きくもりさんや薬師寺やくしじさん、シュリさんも、ちゃんとボールを持ったら決められる人達が集まっているんだ。そこへマギは持っていくことができる」

「流石昔からの幼馴染だな。奥さんのことをちゃんとわかってらっしゃる」

「でも、マギちゃん本当にすごいよ。男子選手の中でも見劣りしないくらい上手いんじゃないかな?」

「それは間違いないよ。偶に一緒にやるけど、僕も負けちゃうことだってあるんだから」


 実況も含め、マギのプレーに全員の注目が集まっていく。


「もはや流石としか言いようがない! シュートを決めた菊森選手もそうですが、その前の斉藤マギ選手のプレーは賞賛意外ありません!

 可憐な容姿を持ち合わせながらバスケもできるという万能っぷりは……もう好き!」

「実況が壊れてるぞー!」

「私情挟むな! ちゃんと実況しろー!」



 決勝での試合は二十分。前半の十分が経って五分の休憩に入った。

 12対16で四点差で負けている。

 序盤は試合が進むのが早く思えた。

 毎回ではないけど、点が入って直ぐにコートを行ったり来たりするものだから消耗も激しかった。

 それでも、お互いに点を入れることは出来ても相手の方がスムーズに点を入れているように見えるのは間違いじゃない。

 だけど、想定した以上にマギの消耗が抑えられているように見えるのも確かだ。

 ディフェンスではマギや三摩さんよりさきに戻ってくれる味方選手がいるので助かっているし、マギはまだ二点しか取っていない。

 状況は思ったほど悪くないかもしれないと僕は思っている。思っているんだけど……。


「悪くないんじゃないか? 点差も思ったほど酷くないし、何より点は取れてる。三年生相手に大健闘だと思うけど」

「うん……」

「どうした? 何か引っかかることでもあるのか?」

「うん……」


 少し調子が悪そうに見えるのは僕だけだろうか。

 結果から見ても、マギが二点しか取っていないっていうのが引っ掛かる。

 消極的とも言えるくらいマギが決められる時でも相手が自分にディフェンスに来るのを待ってパスを出している気がする。

 マギは、ゴールから遠ざかるに連れて点が決まる確率が低くなる。日頃からシュート練習をしている訳じゃないから当たり前だけど、その分味方選手が決めてくれるのが助かっている。

 でも、それを踏まえてシュートに行く回数を減らしているようには思えない。


 マギと目が合った。

 しかし、何かを隠しているように直ぐに目を逸らされてしまった。


 マギ……?


 疑問が止まぬ前に試合が再開してしまう。

 マギに疲労の色は見えなかった。しかし、とうとうマギのパスのリードが伸びた。

 意図的にドリブルを拒否したように見えたのは気のせいだろうか。


「まずい!」


 今日初めてマギが綺麗にインターセプトを受ける。

 マギはガードのポジション取り、攻めに入った時点で後ろに味方はいない。当然のように点が入ってしまった。

 これで六点差。ますます状況が悪くなってしまった。


「ごめん、皆……」


 マギがミスをするとは誰も想像していなかったようで、表では大丈夫と言えても精神的に来るものはあった。

 次第にミスは増え、なんとか三摩さんがカバーするもついには八点差になってしまった。


「ごめん……」


 息を吐くような謝罪が増える。

 しかし、試合は止まってはくれない。この試合にタイムアウトというルールは存在しなかった。

 そんな時、三摩さんからマギに今日一綺麗でタイミングがドンピシャなパスが通った。ロングレンジのコートを一閃するような流れるようなパス。

 その一瞬僕とマギの目が合う。

 申し訳なさそうな目をしていた。

 マギの視線が切れると同時にスイッチが入る。

 緩急をつけた瞬間的に速度が上がるドライブ。相手マークはそれに当然のように付いて来た。もうマギのドライブは見慣れてしまったのかもしれないと思うほどいいディフェンスだった。

 しかし、マギは相手選手の股下にボールを通しセンターと一対一の状況を作る。センターはパスを警戒してややシュートコースを塞ぐのがおざなりになっていた。その隙を突くような後ろに跳んでシュートを放つフェイドアウェイシュートがゴールネットを揺らす。


「やっと本気になったみたいね……」


 相手選手の目の色が変わる。

 マギのキレのいいドリブルに警戒心を高めたようだ。

 しかし、僕の懸念は膨れ上がっていた。


 さっきのあの目……マギは何かを皆に隠してる。無理をしているような気がする……。


「十番警戒!」


 再び攻めに入ってマギの番号が呼ばれ、警戒を強められる。

 しかし、味方はマギにパスを回し、一部を除いて行く末を見守る。

 もはや全員体力の限界であり、ディフェンスに注力している表れでもあった。


「奥さんにボールが渡ったぞ! ……おいテク?」


 リュウに顔色を窺われ言われたけれど、僕はどうにも応援する気にはなれなかった。

 それを他所にマギはどんどん相手陣地内を攻め込んでいく。

 フロントチェンジ、バックチェンジと僕が教えたスキルを使いこなしシュートコースをこじあけては落ちることのないようなシュートを放ち点差を縮めていく。

 ディフェンスで活躍したのは薬師寺さんだった。短髪で切れ長の目をした身長は170センチないくらいのまあまあ丈のある選手。

 多少スレンダーなこともあってセンターではなくスモールフォワードをやっているらしい。

 彼女のバックチップは決勝だけでも四回と好成績。手足の長さが活きているように思えるが、これが肝だった。

 速攻で決めようとしてくる相手にドリブルで抜かれた瞬間、背後から手を伸ばしてボールをカットする。それを味方選手が拾い、三摩やマギに繋げている。

 その流れが再びできつつあることで点差を縮めることができていた。

 マギは味方の想いに答えるべく鋭いドライブで攻め上がり、警戒する相手選手を嘲笑うかのようにバックステップでスリーポイントシュートを沈める。

 ついに一点差のリードとどちらが勝ってもおかしくないところまで来た。


「いける! いけるぞ!!」


 三年生に勝てるかもしれないというジャイアントキリング精神がこの場所を熱く盛り上げらせた。

 残り時間も一分を切って一番盛り上がる状態だ。

 そんな時間帯のディフェンスをしていた時、マギは後ろへと転んだ。

 アンクルブレイク――相手ドリブルによって体勢を崩されて倒れたわけじゃない。マギは一人でに左足首を捻って倒れてしまったのだ。


「マギ……マギ!」


 その隙に空いた相手選手がシュートを決めた。

 それでもマギは起き上がることができないでいた。左足首を押さえ、痛そうにしている。

 僕は直ぐにマギに駆け寄り、試合を中断させる。


「マギ……」

「見ないでよ……」


 マギは顔を隠していた。

 僕に見抜かれていたのを知っていて強行したのが判った。決勝開始当初から懸念があったらしい。


「これ以上は無理だ」

「ダメ! 勝って終わりたいのよ!

 わたしがここまで引っ張ってきたのに、これで終わりじゃ……皆に面目が立たないじゃない!」


 体育祭だって言うのに、ムキになって勝とうとしているのはいつものマギらしい。


「これ以上は陸上の方に支障が出るかもしれない。陸上も大事でしょ?」

「だけど……」

「わたしたちの心配してるなら大丈夫だよ!」


 マギのチームが全員集まってきていた。

 安心させるような笑顔を振舞っている。


「皆……」

「わたしたち、今すっごく楽しいんだよ? ここまで勝てるなんて最初は思ってなかったからさ」

「これからはあたしたちに任せて。マギさんが貢献してくれた分、今度はあたしたちが恩返しをする番。絶対勝つから!」

「うん、任せて!」


 マギは一度項垂れると、顔を上げて無邪気な笑みで答えた。


「ありがとう! じゃあお言葉に甘えようかな」

「秋月くん、マギをよろしくね」

「シュリさんも頑張って!」


 マギは僕が差し出す手を取り、しなだれかかりながら立ちあがった。


「大丈夫?」

「ごめん……」

「ううん、かっこよかったよ」


 見惚れてしまうほどにね。



 僕は保健委員としてマギを運ぼうとしたけれど、マギが最後まで残ることを希望した為に一緒にベンチにいることにした。

 試合は負けてしまった。

 マギの作った流れは途絶えていなかったが、三摩さんの負担が大きくなってしまったのは否めない。なんとかシュートを決めて一時はリードしたが、ディフェンスに戻るのが遅れた。

 結果的に速攻を仕掛けられ、一人空いた選手にスリーポイントシュートを決められてしまった。最後に攻める時間はあったものの、相手ディフェンスの前にシュートを打たせてもらえなかったような感じだった。

 マギは何故か謝罪を受けていたが、それはマギも同じで来年は勝とうと約束していた。


 保健室で治療を受けると、僕たちは涼しくなった保健室の外で涼んだ。


「残念だったけど、マギのカッコいい姿が見れて良かったよ。もう僕より上手くなったんじゃないかな?」

「……」


 マギは酷く落ち込んでいるようだ。

 もしかしたら勝っていたかもしれないからね……気持ちは判るよ。


「マギ、楽しかった?」

「へ……?

 そ、それは……当然よ! あんなに楽しいなんて試合をする前まで分からなかったわ」

「たぶん一緒に試合をした皆も同じ気持ちだと思うよ。マギと一緒に試合に出たということがその理由のひとつになってると思う」

「そんなこと……」

「マギだって思うでしょ? 今日楽しかったのは皆と一緒にバスケをしたからだって。

 じゃなきゃ試合中にあんな顔、しなかったと僕は思うよ」


 マギは本当に楽しそうにバスケをしてた。

 最初は僕がやってたからっていう理由で始めたのかもしれないけれど、それには不釣り合いなくらいに得るものが多かったはずだ。


「マギはわたしのことよく見てくれてるのね」


 マギの目から思わず目を逸らしてしまった。

 何故か彼女の儚い表情を見てドキドキと胸が高鳴った。

 何で僕はドキドキしているんだ!?

 でも……。


「当然だよ……好き、なんだから……」


 すると、僕を暖かい何かが包んでいった。

 マギが満面の笑みで僕に抱きついてきていた。


挿絵(By みてみん)


「わたしの方が好きよ! だって、てっくんにこんなに想われて、こんなにドキドキしているんだもの」


 呆気に取られて気づくのが遅れたけれど、マギの柔肌を通して高鳴っている鼓動が伝わってきた。

 周りに人がいなくてよかった。もしいたなら、僕もこんなことはしなかっただろう。


 ――僕はマギの頬に手を添え、キスをした。

 僕はマギのことが好きだ。

 どうしようもなく、途方もないほどに。

 なぜなら、一緒にいればいるほど彼女を愛おしく想ってしまうのだから。



◇◇◇



 空は照りつける太陽。

 姦しいほどにがやついた浜。

 涼しい風に乗せられ海から来る潮の香り。

 隣には圧倒的なまでの美女。

 清廉潔白であろうとしても、その美しいプロポーションや輝かしいまでの白い肌に魅入られて唾を飲み込んだ。

 心なしか水着ということもあってなまめかしく思ってしまう。


 今は夏休みで、リュウの親に連れられ僕たちは海に来ている。

 海に来るにはもってこいなほどに天気に恵まれ、リュウもその父親もテンションがあがって真先に海へと向かっていった。

 セイちゃんもリュウに呼ばれて呆れながらついていく。

 その為、パラソルの下で僕とマギだけが取り残される形となってしまった。


 マギは白とオレンジの縞模様をした水着を着用し、髪もポニーテールにしていた。

 いつもは見れないすらっとした手足、綺麗なお腹まわりやお臍をチラ見してしまう。

 そして当然ながら、谷間見える胸に視点が向いてしまう。僕も男だ、仕方がない。


「ねえ、どお?」


 マギは蠱惑的こわくてきな笑みをしながら自身の着ている水着の紐を伸ばして強調してくる。水着の善し悪しを僕に評価してもらいたいのだ。


挿絵(By みてみん)


 ――来た……。

 ずっとそう言われるのを待っていた。マギはこういう性格だ、基本的に毎回自分の着ている服が似合っているか訊いてくる。今回も当然のように訊いてくると思っていた。

 落ち着け……ちゃんと答えるんだ!


「うん、似合ってるよ」


 昨日まで妹の水着姿を見せられながら練習した台詞だ。

 さんざんくどいとか演技とか言われて修正したんだ。


「ありがと!」


 可憐な笑みからくる感謝の言葉。

 それを見れたことで僕は思わずガッツポーズを影でこっそりとするのだった。

 彼女の反応に浸っていると、マギは僕の肩にしなだれかかってきた。


「……」


 驚きが先行し、僕は固まってしまった。

 水着といういつもより露出が多い彼女にここまで近づかれて物言わぬ石のようになってしまう。


「喜びなさい。わたしの水着を間近で見られるのはあなただけなのよてっくん」

(にゃあ〰〰〰〰♡ てっくんてっくんてっくん♡

 好き好き好き大しゅき♡♡)

「う、うん……」


 マギも嬉しいようで、久しぶりにテレパシー漏れが聞こえてくる。

 和やかな表情とは裏腹に中ではかなり粗ぶっているようだ。

 ここまで愛されるとたかを外してしまいそうになる。

 でも、ここは他人ひともいる。僕も我慢しないといけない。

 だけど、これくらいは許して欲しい。


「あ……」


 僕はマギの手を握った。

 目が合い、互いに顔を赤らめる。

 もうマギ以外目に映らなかった。

 マギの顔が近づいてくる。


「二人とも〜!」


 そんな時、海辺の方からセイちゃんの声で呼びかけがあった。

 振り返ると、セイちゃんの後ろでニヤケ顔をしたリュウがこちらを覗き込んでいた。

 見られてたの……。

 セイちゃんの心遣いには感謝するも、かなり残念だった。

 マギの顔を覗き込むと、僕と同じ気持ちらしく頬を膨らませている。


(もう少しだったのに……)


 オフということもあって今日のマギはテレパス漏れが多い。


(ううん、ダメ!

 もう我慢できないわ!)


 え……?

 マギのテレパス漏れが聞こえて咄嗟に振り返る。

 すると、マギに押し倒された。

 痛みを感じている暇もなく、マギは馬乗りになりながら悪戯いたずらな笑みで僕を見下ろしていた。


「逃がすわけないでしょ」


 そう言いながらマギは自分の指を僕の指に絡ませてきた。

 僕も失望させてはならないと首をもたげる。

 海を背にしたことでマギの美麗な表情は僕だけが独占することになった。

 そんな中、僕はマギの柔らかくもピンク色をした唇にキスをした。


 ゆっくりと放すとまた目が合う。

 安堵するような、また浸っているような穏やかな表情をしたマギに僕はまた恋をした。


「それはこっちのセリフだよ」


 僕の言葉を聞いてニヤけたマギは直ぐに僕の方を引っ張り、唇を重ねてくる。

 不意を付かれ、目を丸くして呆然とした。だからだろうか柔らかさを感じたのは一瞬だった。


「お返し!」


 胸が高鳴るのを抑えられない。

 あ、ヤバい……熱膨張が……!?


「あ……」


 バレるのが早いよ……。

 情けなさすぎて恥ずかしすぎる……!!


(てっくん……可愛い♡)


 今回だけはテレパス飛んで欲しくなかった……!!


 結局、この後注意しに来たセイちゃんにはマギが気を利かせてくれたおかげで他の人はバレずに済んだ。

 僕は暫くマギの顔を見れず、反省した。

 水着で色っぽい上にあんな表情でキスされて、しかもお返しなんてされたら仕方ないじゃないか……!



 その後、皆で浅瀬あさせで遊んだ。

 ビーチボールでバレーをしたり、マギとは水の掛け合いなんて子供じみたこともした。リュウには海の中に投げ込まれたりして溺れかけたけど、そんなことをして一度休憩しようということになった。

 風が涼しくなってきたのでリュウとリュウの父以外は皆パーカーなどを羽織った。僕も薄手のパーカーを着てリュウやその父と談笑している。

 リュウの父親はアウトドアな性格が判りやすいほど肌が焼け、サングラスを愛用している。男らしい皴もあって、ワイルドおじさんという仇名もあるとっつきやすい人だ。

 次第に男同士の会話になってリュウの父親にもマギとのことで色々と訊かれていた。


「テク坊、マギちゃんとは最近どうなんだ? ちゃんとイチャイチャしてんのかァ?」

「……」

「ははは! やめてやれよ親父、テクたちはテクたちの歩みがあんだって」


 偶にリュウがフォローしてくれたけれど、リュウの父親は結構ぐいぐい訊いてきた。

 そんな居たたまれない中、ふとマギとセイちゃんの姿を探した。何か買ってくると言って海の家の方にいったきり暫く戻ってきていなかったから。

 すると、案の定マギたちはガラの悪い二人の男性にナンパを仕掛けられていた。プリン頭をしたリュウの父親に負けず劣らずの色黒な若男二人。

 マギはセイちゃんの前に立って怖い顔をしながらうざそうにそっぽを向いていた。


 マギ……!!


 それを見て嫌な予感がした僕は咄嗟に立ち上がり、リュウたちに何も言わずに駆ける。


「ねーねー、だから言ってんじゃん! 俺等と遊ぼうよ!

 そしたら特別気持ちいいことも教えてあげるからさっ!」

「はぁ? あんたマジで言ってんの?

 それこそ有り得ないんだけど!? 鏡見てちゃんと自分の愚顔ぐがんを思い知ってから道端に置いてあるゴミ箱の中でうずくまってなさい!!」

「な……!! てめぇ言わせておけば!!」

「――やめろ!!」


 男が手を出そうとしたのを見て、僕は直ぐに声を張り上げた。

 なんでこんな人がいるんだ……僕たちはただ海を楽しみたくて来ただけなのに、なんでそっとしておいてくれないんだ……!!


「僕の友達に手を出すないでください!!」

「あ? なんだお前!?」


 僕より少し丈のある男の人が近づいて来て睨みを利かせていた。

 しかし、僕も負けるつもりはない。直ぐにマギの前まで移動する。


「行くよ二人共」

「うん」


 無言で二人を避難させようとするが、そう簡単にはいかなかった。

 男は僕の腕を掴んできた。


「おいおいこのまま行かす訳が――」


 その瞬間、僕のことを掴んだ男の腕が鈍い音を立てて歪んだ。


(ふざけないで……!!)


 やはりというべきか。

 マギの怒りが限界を達してしまった。


「うわぁあああああああ゛あ゛あ゛!!!」

「え、え、え!? どうしたんだよお前!?」


 男の悲鳴が鳴り響く。

 もう一人の男も何があったのかという顔で仰天している。

 ここまでしたんだ仕方ない。


「邪魔をしないでください! 僕たちは今日が楽しみでここ最近を過ごしてた。なのに、あなたたちみたいな人に楽しい一時をどうして台無しにされなくちゃいけないんですか!!

 二度とこんなことをしないでください。じゃないと、腕一本じゃ足りなくなりますからね?」

「っ……くっ……」


 男は尻もちをつくと、息をする以外のことを忘れてしまったかのように動けなくなってしまったようだった。

 僕はマギとせいちゃんの手を取り、リュウがいる方まで戻って行った。


「テク……」


 今はセイちゃんもいる。マギの不安げな問いかけに僕は答えられなかった。

 セイちゃんも怯えていた。もとから今のような状況に得意な方ではないから仕方は無いけれど、手の震えからそれが伝わってくる。


「セイちゃん大丈夫?」

「う、うん……アキ君、助けに来てくれてありがとう……」


 取り繕ったような笑みを向けてくれた。

 僕は何もしていないから少し後ろめたかったが、こういう時こそ僕はうそぶかなければならないだろう。


「ううん、セイちゃんが無事で良かったよ」


 本当に守り抜かなくてはいけない彼女の為に。


 僕たちのパラソルの下へ行くと、神妙な面持ちの二人が待っていった。

 どうやら遠目から様子は観察していたらしい。なんとなく状況は把握しているようだった。


「おいおい大丈夫かよ……急に走り出すから何かと思えば、変なヤツにからまれてたのか?」

「大丈夫だったか二人共。よかったな、頼もしいテク坊がいてくれてよ」

「はい、アキ君がいなかったらわたしたちどうなっていたか……」

「やっぱテクは頼りになるな!

 悪かったなテク。俺も行こうとしたんだけど、行こうとした時にはもう済んでたみたいだからさ」

「うん……」


 正直、皆の話はあまり耳に入ってこなかった。

 僕は直ぐにでもマギと二人きりにならなければいけないと思った。



◇◇◇



 涼やかな浜辺をマギと二人で歩く。

 浜辺を歩いているうちにかなり人の数も少なくなっていた。

 ここまでマギと僕は静かに歩いている。

 話題がないことはないけれど、どう話を切り出していいものか迷っていた。

 さっきのは僕の方が助けられたようなものだ。一概に説教紛いなことはできないけれど、人前で超能力を使うのはダメだ。マギ自身を危険に晒す恐れがある。

 意を決した僕は、足を止めて話を切り出す。


「マギ……さっきの」

「わたし、悪いなんて思ってないから」


 首をどこかへ回し、話を聞いてくれそうにない。

 これまで何度か同じようなことがあり、その度に僕は注意をしていた。もうこりごりだというのは態度で把握できる。

 マギは近しい友人の為なら相手にかなりきつい仕打ちをすることが普通だ。さっきのように骨を折るなんてのは序の口と思っていた方がいい。

 中学生の時には冤罪被って僕が先生に怒られた際にその男性教師を腹痛にさせた前科がある。数日の間痩せ細ったような顔をしていたのを今でも覚えている。何日あの状態にさせたのかは僕にも判らない。


「僕を助けてくれたんだよね……。でも、やっぱりあれはやりすぎだと思うし、マギが危険を背負うまでしてくれることないんだよ」

「許せないのよ! わたしはこうしててっくんと一緒にいる時間が欲しいだけなのに、それを邪魔して、あまつさえ害をもたらそうとした!! あのくらい、当然の報いだわ!

 それに勘違いしているようだけど、わたしは自分の力が世間にバレようとてっくんや友達、家族を守るって決めてるから! これは例えてっくんが否定しようとしても譲れないわ!」

「嬉しいよ……嬉しいし、尊敬もする…………。

 けど、それはダメだ。僕も引けない! 僕はマギを守りたいんだ、マギに危険な目に遭って欲しくないんだよ!

 時々怖くなる。マギの力がテレビで報道されて、色んな人がマギを狙おうとしてくるんじゃないかって……夢に出るくらいだ。

 だから、むやみやたらに力を使わないでほしいんだ! 危険なら僕がなんとかする! なんとかしてみせる!」

「嫌よ! この力はわたしが、わたしだけが使えるの!!

 わたしはこれを自分の大切な人を守る為に使うって決めてる。いざという時に使えないで、恵まれた意味なんかないじゃない!」

「…………マギは僕がいるだけじゃ不安なの?」


 言葉が口から零れた瞬間、自分の心に穴が空くみたいな痛みがほとばしった。

 思わず口から出てしまったそんな言葉に罪悪感が押し寄せる。

 こんなこと言いたかったんじゃなかったのに……。

 後悔するにはもう遅く、マギの表情は暗く淀んでいた。


「それはこっちのセリフ! テクはわたしに助けられるのは嫌なの!?」

「そういうことを言ったんじゃ……」

「じゃあ何!? わたしの力をわたしの意思で使って何が悪いの!?

 わたしの自由を制限するテクなんて大嫌いよ――っ!!」


 ズキッと心が悲鳴をあげるのが聞こえた。

 「嫌い」という言葉に拒絶反応を起こすかのように全身の重力が極端に重くなった。

 心臓を握りしめられるかのような感覚に陥り、項垂れてしまう。


 そうしていると、急に風が強くなった。更には、それまでの快晴が嘘のように空がかき曇っていき、今にも雨が降り出しそうな暗さ。

 違和感を感じて顔を上げると、マギの様子が一変していた。

 両肩を押さえながら凍えるように震え、狼狽した様子だった。


 どうしたんだ……?

 状況の整理ができないままこの風を引き起こしているのがマギであるのを悟る。

 超能力が暴走し始めてる!?


 きっかけはおそらく僕との仲違い。でも、今までこんなこと…………。

 そうか! 今までマギと喧嘩なんてしたことなかったんだ!

 これまではいつも僕が折れるような形で喧嘩に発展することなんてなかった。それが今、初めて……。


 思惟している間もなく、マギの体は浮き始めていた。

 風も強まって既に強風の域に達しようとしており、遠くの方では悲鳴が起きている。

 僕が収めないといけない……!


「マギ!!」


 声を張り上げると同時に僕の体は突風で舞い上がる。しかしおかげで竜巻となりつつある渦の中心で浮くマギに近づくことができた。

 マギは歔欷きょきしており、顔を見せないように両手で隠し項垂れていた。


「マギ! マギ! マギってば!!」


 渦に流され、マギの周りを洗濯機に入れられたみたいにぐるぐる回りながらマギを呼び掛けるが、風に音を消されて届かない。

 竜巻は海に入り、海水をも吸い込んで範囲を広げていく。この成長速度だと直ぐにリュウやセイちゃんのいる浜辺まで達してしまうだろうと思った。

 このままじゃ本当にマギの力が皆にバレてしまう……!!


 リュウたちにバレるならまだいい。そんなことがあるかもしれないとは今まで想定してたことだったから。

 でも、ニュースにでもなったら……マギは遠くに連れていかれてしまうかもしれない。もう会えなくなるかもしれない。


「そんなの絶対嫌だ!!

 僕はマギが好きだ! 誰にも渡したくないくらい! 一生隣にいたいくらい、好きなんだ!!

 好きだから、超能力者でも守りたいって思うんだよ! だから絶対、僕は僕の意志を貫いてみせる!!」


 僕は今にも脱げそうになっている自分のパーカーを飛ばされないように脱ぎ、袖端を掴んだ。後はムササビの要領で風の気流に乗る。

 風の流れを読むことができれば、気流に乗ってマギのいる場所まで到達することができる。

 即席のパラグライダーだ。上手く流れに乗るのは難しい。

 しかし、超能力の影響を受けている風であるからか風の流れを読むのは簡単だった。



◇◇◇



 わたしとてっくんが初めて出会ったのは、曇りの日の近所の公園だった。

 まだ五歳くらいの時だ。引っ越してきた最初の頃で親が仕事でいなく、てっくんは一人でブランコに乗っていた。

 近所の公園とは言っても、あまり整備の行き届いていない場所で雑草が生い茂っており、いつもはあまり人がいないイメージの公園だった。だからわたしも最初は「誰かいる」としか思わなかっただろう。

 歳が近そうなのが判り、話しかけてみることにした。

 当時のわたしは超能力をひた隠しにしていたから友達と呼べる存在がいなかった。超能力のせいで父親に怪我を負わせてから自分の力を嫌悪するようになっていたの。だからてっくんとわたしの雰囲気が似ているように思ったのね。

 物憂ものうげに一人佇む彼の前に立つと、おぼろげな目で見られたのを覚えてる。


「誰……?」


 あまりにもじろじろ見るわたしにそう問いかけてきたてっくんは既に疲れているように見えた。


「……一人で遊んでるの?」

「そうだよ。僕一人だから……」


 ずっと彼の目が気になって見るのがおろそかになっていたけど、よく見れば服が既に汚れていた。緑色に変色していることから近くで転んだのではないかと思った。


「ふーん」


 わたしは自分が一人であるのは隠した。

 そういう年頃だったのよ。一人でいるという事実は、余計なプライドから口に出せなかった。


「隣いいかしら?」

「好きにすればいいよ」

「あっそう……」


 素っ気ない態度に少しイラっとしたけれど、この時は大人な対応と思って無視して隣のブランコに腰を下ろした。

 なんなのよこの子……わたしがせっかく話しかけてあげたのに強がっちゃってさ。

 きっとわたしのビボーに照れちゃっているのね、可哀想に。

 そうだ! 少し驚かせてあげようかしら! そしたらそんな冷たい態度なんか取れなくなるに決まっているわ!


 ちょっと気の迷いだったかもしれないわね。

 わたしはてっくんの気を引こうと超能力を行使した。

 ブランコをひとりでに動かし、驚かせようと思ったの。

 すると、期待通り……いいえ期待以上にてっくんは驚いてくれたわ。


「わわっ! な、なになになになになになに!!?

 勝手にブランコが動いてる!? なんでぇ〰〰〰〰!?」


 その慌てようについ嬉しくなってしまって、徐々にその勢いを強くしていった。この時のわたしはそれまでにない程いい顔をしていたでしょうね。

 結果、てっくんはいつの間にか手を放していて、宙を飛んだ。

 それは見事な放物線を描き、仰向けに地面に落ちていくのが見えた。

 なきじゃくるのを危惧したけれど、鈍い音を立てて落ちたわりには反応がなくわたしの顔は青ざめた。

 もしかして…………。

 おそるおそる近寄りながら覗き込むと、てっくんは興奮した犬のように無邪気な顔を起こした。


「ねぇ今の見た!? 凄かったでしょ!

 僕、今までこんなに上手にブランコ漕いだことないよ!」


 何故か口から出たのは自慢の言葉。

 わたしはつい面白くて含み笑いをしてしまった。

 てっくんも一緒に笑ってくれた。

 何この子……すごくいじりがいのある子じゃない!

 我ながら初めての出逢いで思ったことは下衆な考えだったかも。



 数日が経って、また公園に行った。

 あの子がまたいないか探すと、公園が見えてまもなく判った。てっくんは誰かにいじめられているのだと。

 三人組の男子で、てっくんより大柄で横柄な態度。明らかにわたしの嫌いな人種だった。

 てっくんを押し倒し、下卑げびた笑みを浮かべケラケラ笑っては優越感を得ようとする者。反吐が出る。

 焦燥感しょうそうかんに襲われたわたしは遠くから超能力を行使した。てっくんをいじめる男子三人組を大転びさせる。


「なな、なんだ!?」

「何が起こってるでやすか!?」

「うわぁあ!?」


 ああいう奴が一気に立場が落ちぶれる様子、堪らないわ!


 今更ながら、今度はわたしが優越感に浸ることになっていた。


「しんれー現象だ! しんれー現象!!」

「幽霊!?」

「早く逃げようっ!」


 公園を出るまで三人はわたしの超能力でバナナで滑ったように転び、顔色を恐怖の色に染めながら去っていった。

 あはははは!! 面白いものが見れたわ!

 ……あの子をいじっていいのはわたしだけよ!

 無様に逃げる後ろ姿にあっかんべーする。

 てっくんの方へ視線を移すと、慣れたように汚れた足の土を払っていた。


 てっくんの所へ移動し、率直に疑問を投げかける。


「なんでやり返さないのよ?」

「あ……この前の子……」

「……………………」


 わたしが来たことの感想を述べるだけで質問には答えなかった。


「答えなさいよ!」


 洗練されたようなツッコミチョップを頭部におみまいする。しかし、彼は首を傾げるだけだった。


「嫌じゃないの? あんなに虐められて」

「大丈夫だよ……慣れてるから」


 この時、てっくんは微笑んだ。

 それでなんとなく可哀想だなって思って、わたしはてっくんと友達になることにした。


「あんた、わたしと友達になりなさい」

「え!?」

「命令よ!」

「う、うん……。

 それより、さっき助けてくれたのってキミだよね?

 この前とさっきのでなんとくそう思ったんだけど――違うかな?」

「……そ、そうだけど?」

「じゃあキミは恩人だ。ありがとう!」

「ま、まぁ……人助けよ」


 超能力のことは直ぐにバレてしまったけれど、それからてっくんが虐められる度にわたしが助けることになった。

 そうしているうちにわたしにとっててっくんは飼い慣らしているペットのような存在だった。



◇◇◇



 小学生になると、てっくんは色んな人に好かれるようになった。

 わたしと一緒にいたおかげね。他人と話すことに躊躇ちゅうちょがなくなったように感じたわ。

 それが色強く意識するようになった三年生の時にわたしはてっくんと距離を置こうとした時期があった。

 いつも一緒に帰っていたのを一人で帰るようにし、クラスも違くなったのをいいことに彼のいる教室を極力避けるようになった。

 わたしは、わたしのものだったはずのてっくんを取られたように感じたの。プライドが強かったわたしは別にいいと線を引こうとしたのよ。


 それがどのくらい経ったかは覚えていない。

 ある日の放課後、てっくんはわたしのもとに掛けてきた。

 ずっと待っていたかもしれないと思えるほど、わたしの腕を掴み引き止められた瞬間は忘れられない。


「待って!」


 テク……。

 なんで……どうして……。

 相手が弟みたいなテクのはずなのに、なんでこんなにドキドキして嬉しがっているの?


「一人で行かないでよ! 一緒に帰ろ!」


 息を切らせながら言い放たれるその言葉にわたしは初めてテクを一人の男の子として見た。

 わたしにとって長いてっくんを避ける日々は終わりを迎え、その日からまた一緒にいる時間が増えた。



「――秋月君とマギちゃんて付き合ってるの?」

「へ?」


 小学生もあと一年や二年で終わりを迎える頃、不意にクラスの女子に言われた。

 その時には考えもしなかったことだった。


「そんな訳ねーって! マギちゃんみたいな子があんなパッとしないテクなんて似合わねーよ!

 な? テク?」

「付き合うって何?」

「……それはだな……」

「好きな人とチューしたり、手を繋いだり、お父さんやお母さんみたいに夫婦になる前段階ってところかな?」


 今の説明ではよく理解できなかったみたいね。てっくんは可愛くも首をかしげて疑問符が生じていた。


「よく判らないけど、僕とマギはそこまでじゃないんじゃないかな? ただいつも近くにいるだけで」

「そうだよな!」


 嬉しそうな男子生徒を他所にわたしの胸にはもやもやが貯蓄されていった。


 それからわたしはてっくんとの関係を意識するようになった。

 わたしはてっくんをどうしたいのか葛藤かっとうの日々が続いたわ。時には顔を見ただけで色々と考えてしまう時期もあって、時には自ら二人きりになりたいなんて思う時もあった。てっくんが女子と話せばイライラして、てっくんを褒める女子がいればわたしの方が知っているのにって思った。

 暫く考えて考えて考えると、ある時わたしはてっくんのことが一人の男として好きであることに気付く。



 ある日の放課後、わたしは告白を受けた。

 相手は先日わたしとてっくんが付き合っていないと断言し、煽った男の子。

 わたしにとってはどうでもいい人。いつも通り断ろうと呼ばれた時点で決めてた。


「お、俺と付き合ってよマギ……さん」


 その時、わたしが思ったのは――


 ――嫌よ! テクじゃないと絶対に嫌!!


 そのことに気付いた瞬間、わたしは目の前の男を放置してっくんを探し始めた。


「あ、あれ!? いない!?」



 てっくんは慣れたように一人教室でわたしを待っていた。

 今更ながら思うけれど、ここまでされていれば確かに付き合っていないか問われるのも頷ける。

 わたしは、無性にてっくんに会いたくて何も考えずにてっくんを目指してきた。

 それゆえに第一声を考えておらず、てっくんの後ろ姿を見つけてから固まってしまった。


「あ、もう戻ってきたんだ?」


 わたしを見つけると、幼気いたいけな反応でまた可愛く思った。けれど、それとはまた別にいつもは考えなかった当然のことを考え出す。

 なんで、そんな当たり前のようにいつもわたしのことを待っているの?

 わたしが他の人と付き合って、置いてけぼりにするなんて夢にも思っていないってこと?


「どうしたの?」


 テクは、わたしのことをどう思っているんだろう……。

 いっそのこと、今……告白すべき?

 告白!? このわたしが!?

 どうでもいい男子がわたしに告白してくるんで触発されたのかしら!? ありえないわ!!

 なんでこんな……こんな可愛くて、ずっといたいって思ってしまうテクなんかに……!


「顔赤いよ? 熱出た?」


 いつの間にかテクの顔が近くなっていた。

 額を触れられ、顔が羞恥の色に染まる。

 顔を逸らし、わたしは背中を向けた。


「帰るわよ」

「う、うん…………。

 マギ、大丈夫? 元気ない?」

「うっさいわね! あんたなんかに心配された……なんでもないわ!」


 悩んだ末、わたしはこの気持ちをその日は保留することにした。


 その後、修学旅行と学園祭で二人で抜け出したり、夏祭りやスキーなどの度重なるデートを経て――


「――わ、わたしの彼氏になりなさい!」


 中学一年生の春に中庭が夕日の色に染まっている中、わたしはてっくんに告白した。


「……うん」


 いつもなら当たり前のように返答するてっくんにイライラしたかもしれないけれど、この時のわたしは嬉しすぎて抱き着いてしまった。

 この頃からわたしはテクを二人きりの時にはてっくんと呼ぶようになった。



◇◇◇



 マギのイメージが伝わってくる。

 ――僕との思い出。

 マギは僕との仲違いを後悔しているのか……。

 僕だって同じ気持ちだ!

 ずっと一緒にいたい。これはずっと変わることのないかけがえのない気持ち。


「――マギ!!」


 竜巻吹き荒れる中、風の勢いでなんとか近づけたおかげでマギに声が届いた。


(てっくんの声が聞こえる……。

 てっくん? てっくんどこにいるの? どこにいるのよ!!)

「僕は、ここだ! 直ぐ近くにいるよ!!」


 マギは目を開く。

 やっと今の状況を理解したようで涙が零れると共に口が開いていった。


「これ……わたしがやっているの?」

「直ぐそっちに行くから!」

「え……」


 そうは言ったものの、マギが台風の目みたいになっていてこれ以上風の勢いだけじゃあ近づけそうにない。竜巻の内側に沿って回っているだけだ。

 マギの目が覚めて少しずつ竜巻の威力も弱まってる。もういつ大衆の目に僕たちの姿が見られるまでに落ち込むか判らない状況だ。

 なら、もう悩んでいる時間はない!


 僕は、再び風を利用しマギより高く上昇し始めた。


「てっくん……?」


 ある程度上昇した後、僕はパーカーから手を放し心配そうな表情のマギへと降下していく。

 マギの所まで行って止まると思った。マギも風で浮いている状態だ、そのあたりで別の風が吹いているのではという考えだった。

 しかし、僕の体はマギの前を通り過ぎて落下していく。

 あれ……?

 うそ〰〰〰〰!!?


「わぁあああああああああ!!?」

「てっくん!!?」


 もうダメかと思ったその時、僕の体が浮き始める。すると、直ぐにマギの目の前まで上昇していった。

 マギの超能力に助けられていた。


「あはは……格好つかないや……」

「もう、無茶して……」

「このくらい当然だよ、僕はマギを守りたいんだ。

 て言いたいんだけど、結局マギに助けられて情けないです……」

「……でも……かっこよかったわ」

「……さっきはごめん。マギのしたいことを否定するつもりはなかったんだ。

 ただ……マギの役に立てる男になりたかった。自分の立場を守りたいと思ってマギを窮屈にさせるなんて最低だ。ごめん!」

「――違うの!

 わたしは……わたしこそ……てっくんの役に立つ力にしたかった。でも、それでてっくんが嫌な想いをするなら……」

「それはいいんだ! マギがそうやって僕のことを想ってくれるのは嬉しいから。

 今もこうしてマギを助けようとしたのに、それができなかった。マギの力が必要だって改めて証明されたんだよ」

「ううん……本当はこんな力ない方がよかった。こんな力があるから今だっててっくんに迷惑をかけてる。

 こんな形でてっくんを困らせるのはわたしの本意じゃないもの。普段から余計に使う意味なんてないのよ……」


 マギが自分の想いを吐露し終わるのを皮切りにふと僕たちを浮かせていた超能力が効力を失った。

 突然の落下に僕とマギは咄嗟に抱き合う。


「どうして!? 全然、力が言うことを聞いてくれないっ!!」


 マギにも何が起きているのか判っていないようだ。

 今わかっているのは、突然にマギの超能力が消え失せ、落下し始めたという事実。

 竜巻の中をぐるぐると回っていたせいで今竜巻がどこにあるのかなんて判らない。


「……もうダメね……てっくんだけには死んでほしくなかった……」

「――勝手に諦めるなよ!」

「っ――!!?」


 僕が怒るなんて初めてだったからだろう。僕の叱責しっせきにマギは目を丸くした。


「僕が必ず死なせない! だから、信じて!!」

「……――うん!」

 

 僕はマギの頭を庇うように抱き寄せると、徐々に竜巻の風に揉まれて勢いが削がれながらも海の中へと落下していった。



◇◇◇



 さざ波のかすかな音が聞こえてくる。

 更には爽やかなまでの風が感じられ、海の匂いとは別にささやかな花の匂いも混じっている。

 目を覚ますと、見慣れない天井が見えた。

 部屋の中が明るく、朝であるのが判る。


「やっと起きたの?」


 聞きなれた声の方へと振り返る。

 朧げな目で人の影が見えた。それが誰であるのか判るのに少し時間が掛かった。

 目を擦り、現実感のない今を信じられなかった。

 ベッドの上にマギがいた。

 妖艶ようえんな雰囲気醸し出すキャミソールという格好に心の内を全て見透かしているかのような微笑み。

 二度見してもこの光景が変わることはない。

 僕が寝ている布団に共に入り、はだけた服の間から胸の谷間が露わになっている。


挿絵(By みてみん)


「……ほえ?」


 やっと出た声は我ながら情けない腑抜けた裏声だった。

 するとマギはほくそ笑み、おもむろに僕の頬を撫でる。


「可愛い可愛いてっくん♡」


 一気に体が沸騰する。

 蠱惑的な笑みは悪魔の誘惑にさえ感じた。


「そして、わたしの王子様♡」


 状況を整理したいけれど、それを阻害する目の前の迫力。

 これは夢だ……僕は今、夢を見ているんだ……。

 そうだ……僕はマギを海から助け出せたんだ――。



 海に落ちた僕はなんとか浜辺まで気絶したマギを運ぶことができた。

 だけど、誰もいない浜でマギが息をしていないのが判った。心配した僕は学校で習った心肺蘇生を行い、必死に息を取り戻させようとした。

 数回の心肺蘇生を繰り返すと、マギは咳き込みながら起き上がった。

 胸を撫で下ろしていると、胸が一杯になったらしいマギが僕に抱き着き深く長いキスを強行された。

 息の仕方を忘れたような僕はいつの間にか気絶してしまった、という流れだ。


 よし、なんとか今に至るまでの経緯を思い出すことができた。

 じゃあ今は気絶してて、その夢の中ってところか。

 そもそもマギとふたりきりでベッドの中にいるっていうのが有り得ない。

 いや、別に嫌というわけじゃないけれど。どちらかといえば……うん、どちらかといえばいつかはそうなりたいとは思っている。だって、一応僕はマギの彼氏なわけで、その権利がないわけじゃ…………。

 ――って、今はそんなことはどうでもよくて!

 とりあえずマギは綺麗で可愛くて、愛おしくて、大好き…………。

 ダメだ……マギのこと以外考えられない!

 そうだ! これは夢なんだ、夢なら何をしても大丈夫なんじゃ……。

 こんな所でマギに触れても、何も問題ない……。


 顔を近づけると、マギは首を傾げる。

 無垢な彼女の顔を前に僕は気が引けた。身動きが取れなくなり、唖然したまま石の様に静止する。


「ふふっ!」


 すると、マギは楽し気に笑みを浮かべて僕に抱き着いて来た。


「っ……マギ?」

「ふふふっ!

 朝になるまで寝てるなんて、そんなにわたしに心配させたいのかしら? 本当にお寝坊さんね♡」

「えっと……どういうこと?」


 マギは僕に馬乗りになり、脂下やにさがる。


「そんなの今はいいでしょ? 今は――」


 マギは軽く僕の唇にキスをする。

 あまりにも直ぐに終わるので物足りなさを感じるも、それすら見透かしているかのような笑みを見せつけられた。


「ご褒美よ。わたしを助けてくれたね♡」

「――マギ……」

「本当に抜けた顔ね」


 マギは僕の頬を引っ張った。

 痛い……夢なんて嘘のようだ。


「ふふふ……面白い顔♡

 にゃあ♡ ふにふに~♡」


 夢の中だろうけれど、このマギは既に理性を失っているようだ。僕の顔で遊ぶなんていつぶりだろうか。


「ねぇ、てっくん……」


 情緒が不安定なのか、今度は僕が着ていた浴衣を握り締めて項垂れる。


「どうしたの?」


 マギの不安気な顔を見て、すごく心配になった。


「昨日言った、大嫌いなんて嘘! 嘘なの!

 わたし、本当はてっくんのこと好きで好きで……好きすぎるくらい大好きだから!」


 夢とはこんなに僕を甘やかしてくれるものだったのか。こうも僕がして欲しいことを、言って欲しい言葉を言ってくれるなんて。


「知ってる、知ってるんだ。僕はずっとマギのことを見てきたんだから。

 それに少し嬉しかった」

「え?」

「僕たち、これまであんなことなかったし、久しぶりにマギと本音でぶつかり合えた気がしたんだ。

 言葉で伝えなくても僕たちは偶に通じてしまうけれど、それでもやっぱりちゃんと言葉で伝えた方が判るし、嬉しいでしょ?

 だから、嬉しかった。これからはもっと僕もマギに意見を言っていくようにするよ。

 それでまた喧嘩しちゃったら――」


 僕はマギにキスをする。

 さっきのぶん、今度は長く雰囲気と愛情を味わうようにした。

 この時、マギの温もりのリアルさからこれが現実であるのを理解して少し恥ずかしくなってしまったが、もう止まることはできなかった。


「……こうして許したり、許して欲しい……かな?」

「ずるい……こんなの絶対許しちゃうわよ……」

「マギ、好きだ。

 芯が合って誰になんと言われようと意志を突き通すマギが好きだ。

 小さなことでもときたま見せてくれる赤面したマギの表情が好きだ。

 他人を守る為なら自分をも犠牲にしようとするところは危なっかしいけれど、人を思いやれるマギが好きだ。

 学校での態度は素っ気ないものだけれど、いざという時は自分で決めたルールも顧みずに助けてくれる優しいマギが好きだ。

 そして――僕を見つけてくれたマギが大好きだ」


 マギの頭を綺麗な髪に沿って撫でながら言う。

 すると、マギは我慢を解き放つように僕にしなだれかかってきた。


「てっくん!」

「ずっと言おうと思ってたんだ。キミと出逢わなかったらずっといじめられてばかりの人生だったかもしれない。

 マギが僕の人生を変えてくれたって思ってる。だからこうしていつでも甘えていいんだよ。

 マギはいつも強がるのが玉にきずだから、もっと僕を頼って欲しい。キミに助けられたぶん、恩返しがしたいんだ。

 それが今の僕からのお願いだよ」

「……じゃあさっそく甘えさせてもらうわ。

 それは今からわたしがすることに絶対抵抗しないこと♡」

「え……?

 ちょ、マギ!? うみゅ……!?」


 その後の記憶はあまりない。

 ただ、またマギの舌が口内に入ってきたのと力強く抱きしめられたのだけは覚えている。



◇◇◇



 あれから一カ月近くが経った。

 海での事件以来、マギの超能力は影も形も見せなくなった。

 マギが僕をいじる時も、遠くから僕を呼び掛けようとした時も、嫉妬故の罰でさえ超能力が出ることはなかった。

 暫くして聞いてみると、意図して超能力を使わないようにしていることが判った。でも、それ以上にあれから超能力が感じられなくなったという言葉が気になった。

 マギはもう超能力者ではなくなってしまったのかもしれない。

 だがしかし、僕はそれを特別視していない。

 僕はマギが超能力者だから好きなわけじゃない。マギのことが純粋に好きなんだから。


 学校の通学路。放課後に夕焼けに向かって帰路に就く。

 人通りが少なくなるのを皮切りにマギは明らかに僕にデレだす。腕を絡めて学校での冷たい態度が一変した。


「てっくん、週末は空いているのかしら? まぁてっくんのことだからわたしのことを考える以外することなんてないと思うのだけれど」

「う、うん……大丈夫だよ?」


 うん、学校での冷たい態度が少し残っているかもしれない。

 こういう生活を送っているだけあって慣れてはいると思うけど、ニヤニヤしながら上から目線というのは放課後の恒例行事である。


「そうよね? もっとも、わたしからの誘いを断るなんて有り得ないんだけれどね。

 それで、この前できたモールに行ってみたいのだけれど、エスコートしてくれるかしら?」

「うん、判った。任せて!」

「ふふふ! そんなに尻尾を振って嬉しそうにして、本当に可愛いわねてっくんのくせに。

 そんなにわたしからデートに誘われる夢のような現実が嬉しいのかしら? まあそれも仕方ないというしかないわね。

 学校一の美少女であるわたしを独占できる権利を生涯保持しているのだしね」


 色々と言ってくれたけれど、要は結婚も見据えているということでいいのかな?

 罵倒じみたデレにこれほど希望を感じるのも稀だと思う。



「そういえば最近超能力使ってないよね? やっぱり本当に使えなくなっちゃったのかな?」

「……判らないわね。

 だけど意外ね。てっくんはわたしが超能力を使うことに少なからず抵抗があるとおもったのだけれど」


 いや、抵抗というか前までは超能力を使っていじってくるから、それには抵抗あったけどね。

 でも――マギの心の内を知るのにテレパス漏れに頼るのはやめたいと思っていたからそれはそれでいいんだけど。

 ただ、マギは超能力を使わないことにどう思っているのか知りたかった。


「いいのよ。てっくんと一緒にいるのに、超能力なんてものが必要無いってことが判ったから」


 思わず顔を綻ばせてしまう。


「…………そういえば、さっきの話の続きなんだけど、あのモールの中に学校で話題になってたアイスクリーム屋さんがあるらしいんだ。奢ってあげるね」

「そんなに嬉しかったの?」

「うん!」

「そ、そう……そんな正直なところも好きよ……」

「う、うん……。

 僕も、マギのこと好きだよ」

「……」

「……」

「てっくん、公園よっていかない? もう少し一緒にいたいわ」

「いいよ」


 マギとの人生は時間と共に流れていく。それを理解して共にいる時間を僕は大事にしていこうと思っている。

 だから超能力があろうとなかろうと僕のやることは変わらない。あってもなくても、マギに追いつくにはまだまだ時間が必要なんだから。


(公園に行ったらてっくんに抱き着いて赤面顔を写真におさえてみせるわ!)


 …………あれ?

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