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あの夏、なろう牧場で

作者: ほねほねボーン

実話です。

 うだるような暑さに耐えかねて、体を起こす。


 8月上旬、夏真っ盛り。照り付ける日差しとセミの鳴き声に無理やり起こされた僕はとても気分が良いとはいえなかった。


 机の上を見ると、昨日の夜書いていた小説が無造作に置かれていた。汗ばんだ手を寝巻で拭い、それを手に取る。


 一晩経ってから見ると粗が次々と目に入り、嫌になる。直そうとは思うのだが、気が乗らない。どうせ誰にも評価されないのだ。今のトレンドは異世界恋愛。こんなハイファンタジーなんて見向きもされない。


 僕は昨日書いたそれをくしゃくしゃにして部屋の隅に投げ捨てた。


 ピンポーン!


 ドアのチャイムが鳴る。


 何か宅配で頼んだかな?ボーっとした頭でそんなことを考えながらドアを開けると、そこにはモデルのような女性が立っていた。


「よっ、ほねほねボーン君! 寝起き?」


 黒のロングヘアーに太陽の光が反射してまぶしい。すらっとした鼻筋にぱっちりした目。今日も隣の鈴木さんは美人だ。


 アパートの隣の部屋に住んでいるとはいえ、交流はさほど多くない。そんな鈴木さんの突然の来訪の理由を問う。


「ほねほねボーン君も大学生だよね! 私と一緒に夏休み、旅行に行かない?」


 神様は僕のことを忘れていなかったようだ。


「はい! 行きますっ!」


 こんなチャンス二度と来ない。僕は二つ返事でOKを出した。


「うん、いい返事だね。きっと歓迎されるよ。じゃあ明日、朝9時に出発するから。動きやすい服装と着替え3日分くらい用意しといて!」


 そう言うと彼女は部屋に戻っていった。まるでスイスに吹く風のようにさわやかな人だ。




 翌日、新幹線と在来線、そして何やら鈴木さんと親しげなおじ様の運転する車を乗り継ぎたどり着いた先は……牧場だった。


「どういうことか説明してもらえますか?」


「ここは家の叔父さんが経営してる、なろう牧場! 2週間のアルバイト旅行だよ!」


「人手が足りないから助かるよ」


 ???????


 いきなり牧場で働かされるとか詐欺師もびっくりだよ!僕もう帰りますぅ!回れ右、勇み足で帰ろうとすると


「あ、ちょっと待って!」


 なんだよ!引き留めようったってそうは行かないからな!いくら美人な鈴木さんの頼みだからって……


「ここから駅まで30キロあるけど大丈夫?」


 …………。


「ずっと寝てたから気づかなかったんだな。安心しろ、2週間後にちゃんと送ってやるよ」


 セミの嘲笑だけが僕の耳に鳴り響いていた。




「ここが私たちがお世話するヤギのお家だよ」


 案内された山羊舎には10頭ほどのヤギが並んでいた。中は案外涼しい、が臭いが少しきつい。


「で、僕は何をすればいいんですか?言っときますけど肉体労働はできませんよ」


 わざとぶっきらぼうに聞く。


「そんな急に連れてきて肉体労働なんてきつい仕事させないよ! 君には朝から晩までなろう系小説を書いてもらいます!」


「いやそれもどうかと……ってなろう小説!? そんなの書いてどうするんですか?」


「もちろんヤギが食べるよ」


「……は?」


 鈴木さんの話によると、ここのヤギはなろう小説を食べて育つらしい。良いなろう小説を食べるとおいしいミルクを出すんだとか。こうして僕の奇妙な生活が始まった。



 牧場の朝は早い。まず朝起きて、餌やりをする。朝食を済ませたら、掃除、ヤギを運動させる。やることは山積みだ。


 まあ、僕はその間ずっと小説を書いているわけだが。第1章が書けたので、早速ヤギに食べさせる。なんだ、案外簡単な仕事じゃないか。


 ペッ!


 吐き出された。そして前足で蹴り飛ばされる。


「ちょっと! 大丈夫!?」


「ええ、それよりこれは……?」


「もしかして、普通のハイファンタジーとか書いた?」


「そうですけど?」


「異世界恋愛書かなきゃダメでしょ! せめて追放もの! もうこの子達、主人公チートハーレムものなんて見向きもしないんだから」


 そんな……、せっかく柄にもなく俺TUEEE書いたのに……。



 そこからは異世界恋愛を描き続ける日々。しかしただ書くだけではすぐに吐き出されてしまう。


「ちゃんとテンプレ展開を守らないと! 悪役令嬢が婚約破棄されるって言ったでしょ?」


「ここ、改行してない! 難しい漢字も禁止! ヤギはストレスに弱いの。読みやすい文章になるように気を付けて。場合によっては内容より大事!」


 僕が書いた小説は第1章すら食べてもらえなかった。それでも書くしかない。




 そうして3日が過ぎた頃、ようやく1頭のヤギが僕の小説を飲みこんだ。


「やったじゃん! これでブックマーク1だね!」


「はいっ! めっちゃ嬉しいです!」


 僕はだんだんコツをつかんでいった。ヤギの顔色をうかがい、テンプレから外れないように書く。もちろんオリジナルの要素も重要だ。


 僕は小説を書いていない時でも常に設定を考えるようになっていた。その努力は報われ、次第にヤギたちは僕の小説を食べてくれるようになった。


「もうすっかり人気作家だね」


「ええ、でも……」


 確かに努力が報われるのは嬉しい。僕は流行りの異世界恋愛を毛嫌いしていたが、今ならその面白さもそれを書く大変さも分かる。しかし胸にぽっかりと穴が開いているように感じるのはなぜだろう。



 アルバイトもそろそろ終わろうかという頃、山羊舎に呼ばれた。


「気づいてるでしょ。全然食べない子がいること。その子がもう衰弱して、先が長くないの」


 そう、1匹だけ異世界恋愛に見向きもしないヤギがいた。口にしてもすぐ吐き出してしまう。


 どうすればいいのか、誰も分からなかった。


「申し訳ないけど、私たちにできることはないの。ごめんね」


 やせ細っていて今にも死んでしまいそうだ。


「最後に抱いてあげて」


 鈴木さんからヤギを受け取る。骨の形が分かるほど肉がついていない。胸に抱きよせる。すると今までじっとしていたヤギがもぞもぞと動きだし、僕の服の胸ポケットを漁り始めた。


 そして、顔を上げたヤギが咥えていたのは僕が自分の部屋で書いていたあの小説だった。投げ捨てたと思っていたが、バッグに紛れ込んでいたのだ。そしてそれをむしゃむしゃと食べ始めた。


「食べたぁ! すごいすごい!」


「まさか、僕が書いたハイファンタジーを食べるヤギがいるなんて……」


 この前の胸に開いた穴の正体が分かった気がする。やはり、自分と趣味の合う読者と出会う喜びは何にも代えがたい。例え万人に好かれなくても、読んでくれる人が一人でもいればいいじゃないか。


 そんな大切なことを僕は忘れていたのだ。




「プハッ―!」


 ヤギの乳は癖があるが、慣れればおいしいものだ。お礼として大量に送られてきた乳製品は大学生の長い夏休みでも消化しきれるかどうか……。


 異世界恋愛も面白いが、僕はやっぱり心躍る冒険が好きだ。まだ夏休みが明けるまでは時間がある。僕はブックマーク1つで一喜一憂していたあの頃の気持ちを思い出すことができた。


 セミの声援を背に受けながら、僕は今日も小説を書く。




「面白かった!」


と思ったら


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面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、もちろん正直な気持ちで大丈夫です!


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