〜悪者って言ったけどここまでじゃない!〜
「ど、どうかお許しくださいませ!必ずや償って見せますゆえ!」
今日も老若男女問わず叫び声が屋敷中にこだまする。
「問答無用」
断末魔のような叫び声のあと、静寂が訪れる。束の間の平穏。
そう、このバイオレンスな家こそが俺の今世での我が家である。
さて、なぜ俺がこんな家に住んでいるのか、そして俺が一体何者なのかについて少々語らせて欲しい。俺は、ついこの前まで出る杭にならない事に全集中していた只のサラリーマンであった。ゲームばかりで友達が居ないみたいなラノベにありがちな個性を望みたくなる程に、俺は普通だった。それなりの仕事に、それなりの人間関係。だから、俺は憧れていた。「悪者」っていうやつに。悪者は常に自分を持っている。常に他と画一する存在であり、唯一無二だ。だからこそ、悪者には信者がそんざいし、組織を束ねることが出来るのである。俺は、なりたかった。そんな唯一無二の存在に。
そう思いながらも、特に何も行わず生きていたある日の事だった。俺はハロウィンにコスプレをして渋谷に行ったのだ。俺にとっては最大の勇気だった。彼女に振られ、仕事で凡ミスをかました俺が、自分を励ましてやろうと、慣れもしないコスプレに身を包んで渋谷ではしゃいだのだ。そして、転生した。泥酔して、目が覚めたら俺は赤ん坊だった。HA?って話だと思うが、事実なのだ。声を出しても、バブバブとしか言えない。ただ、俺は一末の希望を持っていた。転生は希望を組んでくれる場合が多いからだ。俺の願いは「悪者になる事」。さあ、いま、導かん!俺を悪者に!
ドカン!
ドアが勢いよく開き、何やら黒いマントを纏った背の高そうな男が俺の元まで歩いてくる。
「これか?」
「は!左様でございます!」
「そうか。これ程迄に魔力が強ければあの女が耐えきれんかったのも頷ける。赤子よ」
男が俺の手を引っ張り、持ち上げる。痛いから辞めて欲しい。俺が涙目になっていくのを見た使用人らしき人物があたふたとしている。
「だっ旦那様、まっまだ赤子ゆえ首も据わっておりませぬ。どうぞ、首を支え抱えてくださいませ。」
「俺に指図するか」
「も、申し訳御座いません。しかしながら、赤子の生死に関わることゆえ、差し出がましくも申し上げました」
「そうか。赤子のことはよく分からん。何かあれば言え」
「承知致しました」
「して、赤子」
俺を抱き直した(この時も使用人の人に抱き方を聞いていた)
男は俺の顔をしげしげと覗き込む。
「俺はお前の父であり、この国の王アドルファス・クラウド。お前の名はルーク。はっ光を運ぶ者か。あの女、この闇の国と、呼ばれるこの国の王子にこのような名をつけるか。」
男はその女を明らかに嘲笑っていた。
「赤子よ、この名はお前の母であった者が死ぬ前に名付けた名だ。まあ、聞かずとも良かったのだがお前の名等どうでもいい。精々、死なぬよう励むのだな」
そう言って男は部屋を出ていった。続いて入ってきた少し小太りのお母さんの様な使用人が俺の面倒を見ている。
「ああ、可哀想なお坊ちゃま。ルナ様は大変お優しい方でございました。この柔らかな目はルナ様そっくりでございます。ああ、神よ。どうか、お坊ちゃまを御守り下さい」
ルナ様というのはどうやら俺の母親らしく、使用人との関係も良かったようだ。というか、使用人の心配具合が尋常ではないのだが?皆俺を見る度に可哀想にという目で見てくる。
この時、俺は知らなかった。
俺で坊ちゃんは13人目であることを。そして、俺の兄は誰一人としてこの世に居ないことを。