セカイを盗む少年
僕は学校が嫌いだ。
あそこにいると僕は掛け替えのある存在なのだと思わされてしまうからだ。
例えば受験。倍率の高い高校を受験しようとする人なんて掃いて捨てる程居る。その中で僕一人が死のうが、そこには変わり映えしない似たり寄ったりの生徒達が相変わらずそこにいる。僕一人が死のうがまるで何も変わらない。変わってくれない。代わりがいる。
大人たちは僕達を未来を担う可能性のある若人と口を揃えて云うけれど、僕はそうは思わない。僕達は量産機だ。掃いて捨てられる為に生まれた、ただの雑魚に過ぎない。
だから、僕は才能が欲しかった。
僕は他の人より出来ない事が格段に多い。人と話すのは苦手だし手先も器用では無い。おまけに要領も悪く頭はポンコツ。
それでも自分は特別なのだと思い上がりたかった。
才能はその願いを叶えてくれると思った。それさえあれば僕は掛け替えの無い存在になれるのだと、そう本気で信じていた。
「君には文才があるね」
そう言われた時は歓喜に胸が打ち震えた。
国語の授業で作文を出したらそう先生は言ったのだ。
僕は神になった気分だった。
僕はもう才能の無い量産機じゃない。僕は才能のあるワンオフ機だ。他の人よりも偉いし、凄いのだ。
だけど僕は貪欲で、もっとこの才能で賞賛を得たいと思った。
折角手に入れた才能だ。磨き、ひけらかし、嫉妬と羨望を一身に集め、愉悦と恍惚の中を生きたいと、そう思った。
だから僕は至極当然のように小説家を志した。
善は急げと僕はインスタントにネット小説を始めた。
自分は輝ける原石なのだ。有象無象共の中でもきっと輝ける筈だと、そう信じて。ネットの海に飛び込んだ。
初めての小説作りはすんなりと出来た。物語は自分から僕に擦り寄ってきて「書いて欲しい」とせがむのだ。これが難しい訳が無かった。
だけれど、その作品を投稿しても、何も起きないし、何も変わらなかった。
思ったような賞賛も、溢れる才能への嫉妬も、何も無い。
何故、何故、何故。
僕は文章を読み返しながら歯軋りをした。
僕は特別、僕には才能がある。そんな僕に何が足りないと言うのか。
僕は一つ思い付いた。
ああ成る程、研鑽が足りないのだ。
僕は文章を書き始めて日が浅い。だから文が稚拙に見えてしまうのだろう。
ならばと、僕は毎日毎日辞書を片手に物語を綴った。幾度となく握ったシャープペンシルの塗装は剥げ、鞄は物語を綴ったルーズリーフですぐに一杯になった。
僕はそれを投稿した。
ダメだった。
何故?
僕には才能がある。僕は才能を活かすべく努力した。なのに今度は何が足りない?
僕は敵情視察を開始した。
その時々の流行、展開のテンプレート、読者の獲得の仕方。必要な語彙力の獲得。
欠けていたものが次々と明らかになった。
案外あっさりとしたもので僕は拍子抜けした気分になった。
ならば後は書くだけで良い。
僕は読まれる為に書き方を変えた。
僕には才能があり、努力をして、敵を知った。
負ける道理が無い。そう、思っていた。
テンプレートで書き始めて二話、三話、と重ねるにつれ段々と物語はやって来なくなってしまった。
前までは濁流のように物語が思い浮かんだのに、今は目詰まりを起こしたみたいになって、物語を紡げなくなっていった。
喉がカラカラに渇いて、手は小刻みに震え始める。
何故、何故、何故、何故、何故!!
最早僕には自分が何をしているのかすら分からなくなった。
今度は何を間違えた? 何が足りない? 何が、何が、何が。
僕は答えを見いだそうと必死になって他のネット小説を読み込んだ。
けれど、自分が劣っている部分が分からない。
僕よりも才能が無いのに、僕よりも努力していないのに、もてはやされる作品とも呼べない文章達。
僕は憎悪を知った。
僕は嫉妬を知った。
いつしか憎悪と嫉妬は僕を奮い立たせる杖になった。
憎っくき作品とも言えない駄作共を超えるのだと。勝利するのだと。
そして文盲共に自分の存在を認めさせるのだと。
僕は物語を只管に綴った。
目詰まりを起こしたならば無理矢理捻り出せは良い。書く気力が足りないならば憎悪でもって奮い立たせれば良い。
僕は書いた。泣きながら書いた。
何度もアラが無いか、失敗をしてはいまいか確認に確認を重ねてたった一人で物語を書いた。
だけど、やっぱり途中から書けなくなった。
僕は何度も己の弱さを嘆き、呪い、悲しんだ。
憎悪も嫉妬も途中から杖では無く、身体にこびり付いて離れない泥に変わってしまった。
どれだけ努力しても埋まらない差に、僕は憎悪や嫉妬を超えて……絶望した。
足下は泥に沈み、身体は鎖に縛られ、ズブズブと落ちて行くイメージが頭を過ぎる。
嫌だ。物語を書けない僕はただの量産機に過ぎない。書かなければ、僕はまた有象無象共の中で埋没してしまう。それだけは絶対に嫌だ。
書け、書くのだ。
そうしなければ僕は特別な存在では……才能ある存在では無くなってしまう。
いや、それとも僕の才能は紛い物だったのか?
最初から滑稽にも一人で舞い上がっていただけなのか?
そんなにも僕は惨めだったのか?
そんな事を考えると真っ暗闇に放り込まれて、そのまま足場が崩れ落ちるような心地がした。
ダメだ、ダメだ、ダメだ!!
僕はまだ輝ける!! 僕はまだ特別でいられる!!
ーーもう、物語が作れないのに?
書かなければ今までの自分はゴミのように無意味に打ち捨てられてしまうだろう。けれど、僕にはもう物語が残っていなかった。
心にあるのは残りカスと異臭を放つ泥ばかりで、そこには一輪のハスの花すら咲かない地獄が広がっていた。
ああ、神様。僕は何を間違えていたのですか。
それとも僕に才能なんて無かったのですか?
だとしたら神様なんてクソだ!! 他人には一物もニ物も与えて媚びる癖に僕には一切の施しを与えない淫売の豚が!!
死ねっ、死ねっ、死んでしまえ!!
僕は、僕はまだ消えたくない。
だから、書かないといけないのに。なのに物語が重い浮かばない! 思考は真っ暗で、心は穢れに満ち満ちている!!
止めろ、僕は他の奴とは違う。僕には物語が書けるんだ。
僕には小説しか無いんだ、それ以外は空っぽで、伽藍堂なんだ。
これ以上、僕から何も奪わないでくれ。
僕は物語を綴るのを止めていた。
その代わりに僕は盗作を始めた。
書かないといけないのに書けないのだから残された手立てはこれしか無かった。
盗作するのは簡単だ、他の人の文章を噛み潰して、呑み込んで、吐き出すだけで良い。自分で書くよりもずっと楽だ。
勿論、僕はこんな手法が罷り通るとは思っていない。
いや、寧ろ僕に裁きを下す誰かを望んでいたのかもしれない。
僕を終わりにする、僕を否定する誰かを。
けれど運命は皮肉なもので、盗作が人気になってしまった。
今まで見向きもしなかった奴らがこぞって盗んだ物語に群がったのだ。
そんなに、そんなにも僕の物語は要らないのか?
何故僕だけを否定する?
僕は盗んで、盗んで、盗んだ。
だけれどそれは所詮紛い物。僕は一ミリたりとも満たされない。
心からはジュクジュクと膿が吹き出し、その度に声にならない悲鳴が漏れ出ていた。
僕はこれからも他人の物語を盗み続ける。
そして待ち続ける。
僕を壊してくれる誰かの訪れを。




