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続き投稿忘れてました。

 長らく降り続いていた雨も今日は休みなようで、ひさびさに天候は『曇り』と判断された。


 そんな中途半端な天気の中、僕と少女は気象管理局へと足を運んだ。理由としては上司から呼び出しを受けたからで、それについての理由は、きっとこの一ヶ月間の天候についてだろう。


 目的地に着く。局の中に入ると、つまらない人生を過ごしていそうな人間達が「忙しいのだ」とまわりに撒き散らしながら働いていた。そんな彼らは少しだけ羨ましかった。別にこんな子供の世話をすることに何ら魅力も感じない。ただ無責任に責任を擦り付けられるくらいなら、きっと、つまらないくらいが僕にはちょうどいいだろう。

 対してその者達に対してなんの関心も持ってなさそうな少女を連れながら、僕はエレベーターで階を上がり、ある一室へと向かう。

 『情報管理室』

 札に書かれた文字を見上げて、僕は隣の少女の頭を撫でた。


「いいか。僕はこれから嘘をつくと思うけど、お前は何も喋るなよ。本当に言いたいことがあれば今のうちに僕に伝えておいてくれ」


 僕の言葉に彼女は首をふった。


「いい。ニカの好きなように話して」


「ありがとう」


 今日の彼女はここ最近のなかでは機嫌がいいようにも見える。まあ曇りなのだから少なくとも気を害したというのは無いのであろう。

 僕はノックから間も無くして、「失礼します」と形式的な台詞と共に扉を開ける。


二科ふたしな


 少女と一緒に室内に入ると、スーツを着用した中年男性が僕の名前を言う。直属上司である原野はらださんだった。

 原田さんは一度僕の隣に視線を落としてから、改めてこちらに目を向けた。


「まあ、別に長くはならないからそのまま聞いてくれ」


「はあ……」


「お前、ここしばらくの天気どうなってんだよ……」


 原田さんはそう漏らして、ついでに深くため息を吐いた。

 だいたいの内容は予想がついていた。しかしそれはそれとして説教されることには別に何も思わないのだが、親しい上司が頭を抱えているのを目にするのは少しばかり罪悪感を感じてしまう。


「すみません」


 形だけでも謝罪を渡すと、彼は、はっと苦しいように笑った。


「まぁ、こっちでどうにかしたからいいけどさ。お前も程々にしておけよな……」


「はぁ……」


 うまく話が読めず、生返事をしてみせると原田さんは続けた。


「あれだよほら。津田つだ日奈子ひなこ


「えっと……誰ですか」


「なんだよ二科。おまえ、名前も知らない女に腰振ってたのか。今お前のアパートの近くのコンビニで働いてる女いんだろ」


 そこまで言われて、僕はようやく「ああ」と頷いた。いや、それよりも、


「え、というかそんなプライベートな事までバレちゃうんですか」


「当たり前だろ、マニュアルちゃんと読め。というかもっと話を聞け」


 まじか……。

 苦く笑って、後ろ頭をかいて、僕はその後ほとんど上の空で原田さんの話を聞いていた。


 * * *


「あらら、ついにバレたか」


 ひひっ、と何故か楽しそうに笑う店員さん――もとい、津田日奈子さんは何事も無かったように、ベッドで隣に横たわる僕を一瞥して、下着姿でタバコの煙を弄んでいた。


「元気象管理士だって、なんで言ってくれなかったんですか」


 あの後原田さんから聞いた情報を早速彼女に問い詰めてみるも、「さあ、なんでかな」と短い黒髪をかきあげながら、一服を盾に返事を濁らせる。


「でも、俺があの子引き取る前は津田さんがあの子の世話してたんですよね?」


「んー、まあそうだね」


「コツとかありましたか」


 覚えている限りでは、僕の時みたいに数週間も大雨になったりしたことは無かったはずだ。しかし彼女は一瞬こちらを睨むようにしてから灰皿にタバコを押し付けて、それからふっとわざとらしく笑みを浮かべた。


「コツなんかないわよ。そんなのあったら君にあの子を押し付けたりしなかったはずだしね」


「僕に押し付けたんですか」


「結果的にはね。正直誰でもよかった」


「……僕に負い目とか感じませんか?」


「ふふっ、嫌な男。もっと素直に催促したらいいのに」


「僕がそんなやつに見えますか」


 僕の言葉に横に首を振った津田さんを確認して、それから彼女を抱き寄せる。


 きっと、僕がそんな素直な人間だったのならあの子を悲しませるようなことはきっと無かったはずだ。


 あの子はきっと今も部屋で一人きりで毛布にくるまって僕の帰りを待っているだろう。重たいほどの不安を溜め込みながら、あの子は今も窓の外を眺めているだろう。

 小さな暗い部屋の中で彼女は月の明かりさえも見ることの出来ない景色に、自分を溶け込ませるのだろう。


 それなら、いっそこのままどうしようもないくらいに悲しく雨を降らせればいいのだ。泣いて、泣いて、泣き喚いて、少しばかりこの街を困らせてやればいい。

 そうすればきっと大人たちは僕を諦める。

 また新しい誰かに期待をする。誰だって晴れになった方がいいに決まっている。太陽の光を目にすれば、局で働いていたつまらない大人達も少しはマシな顔つきになるだろう。


 僅かに強く彼女を抱きしめながらそんなことを考える。

 今の僕にはこうしている時間のほうが大切に決まっている。人の温もりにストレスを溶かし、依存する。


 ――天気少女。


 そんな大それた肩書きを無理矢理に背負った十三歳の女の子に、僕の人生の何を期待できるというのだろうか。

 不慣れに子供の頭を撫でてやるよりも、気分のままに誰かを抱きしめることの方がよっぽど利口だ。


「津田さん」


「……んっ、なに?」


「……僕、人っていうのは誰かに不安を押し付けなきゃ生きていけないんだと思います」


「……そうだね、私もそう思うよ」


 頷いた彼女の目尻を僕は親指で拭う。こうして僕はその日、あの子を裏切った。これで二度目だった。


 しかし――それでも、雨は降らなかった。

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