<セイブルにて その2>
<セイブルにて その2>
見れば白髪白髭白装束の老師といった風情のじじいが、
ジグの足下で涙ながらにお願いポーズを決めているではないか。
ちなみに、この世界に於けるボクの出で立ちは、
マスターの好みで、以下の設定になっているらしい。
江戸山区立未来ヶ丘中学校3年B組学級担任、年齢23歳の男性、中肉中背、
人並みの顔立ち、スーツ姿、独身、趣味は競馬ゲーム、
あだ名は年齢に不似合いな若白髪のせいで「銀パツ先生」とのこと。
マスターがどこの世界からこの設定を引っ張ってきたのか、ボクには全く意味がわからなかったが、
しばらくコレでいくと宣言したので嫌だとも言えない。
ボクの仕事ぶりに応じて、グレードアップも可能とのことだ。
はなしを戻そう。
じじいが何者かは別として、ボクに危害を加える可能性は低そうだ。
しかし、自分なりの思惑とかけ離れた世界に到着し出鼻を挫かれたこともあり、
このままセイブルはゲームオーバーにしようと思う。
何が『殿ぉ』だ、ここは戦国時代か、織田信長かよ(誰
再び両腕をクロス!
だが、じじいはボクのズボンの裾を必死に掴んだまま離さない。
やめい!
安物スーツのズボンだから、そんなことしたらスルンと脱げちゃうよ。
ちなみに、下にはいているのはブリーフタイプではなくストライプ柄のトランクスだった。
何気に焦るボクをよそに、じじいの揺さぶりはなおも激しくなっていく。
ボクは必死にズボンを押さえるために、クロスポーズを一時止めなくてはならなくなった。
『元は、元は素晴らしい世界だったのですじゃ。あのような戦いが無ければ、
殿のご所望に叶うそれは美しく愛すべき世界が在ったのですじゃ』
じじいは、長い白髪の頭を激しく上下に振りながら乞うた。
『わ、わかった。わかったから、ズボンを離してくれ、頼む』
ボクは、じじいのはなしを最後まで聞いてやることにした。
聞き終われば、すぐにゲームオーバーにすればいいことだし。
老師は、遙か遠くに視線を泳がせながらはなしを続けた。
『世界がこうなってしまう以前、
ここにはグリストルとパネレンタという相反する2つの大きな勢力がありましての。
両者の軍勢が生存を賭け長い間争っておりました。
このダンジョンの生い立ちは、不毛な戦いを避け雌雄を決するため、
双方の賢者によって創られた闘技場なのじゃ。
今立っているところは、グリストル側の入り口でして、
反対側にパネレンタ側の入り口があるのです。
勝敗の条件は、それぞれ相手側が拵えたダンジョンの入り口から、
最強チームが一斉に攻略を開始し、
相手より先に中央の<勝利の広場>に到達できたほうが世界を統一するというもの。
じゃが不幸にも、両チームが共にダンジョンの途中で頓挫してしまいましてのう・・』
あ、なーるほど。
共倒れって感じね。
『それで、共倒れとなりぐだぐだになったころに時空の歪みが発生いたしまして。
ダンジョン以外の全てがあの暗雲のなかに取り込まれてしまいまして、はい』
はいじゃねーよ。
なら、じじいはなんで生き残ってるんだ。
『私めは只のダンジョンの管理人、いわば、データで構成されたアバター。
このダンジョンがある限り、死にまっしぇん』
どうりで生命反応が全く感じられなかったわけだ。
じじいは人間ではないらしい。
攻略するものが居ない、究極無用のダンジョンか。
ちなみに、どんなダンジョンなのかソラに訊いてみた。
《ダンジョンに関する私の分析は終わってます。一見只の一本道にしか見えませんが、両側の入り口から攻略者が侵入した場合、いくつかのポイントを必ず通過せねばなりません。通過の際、指定された隠しダンジョンに攻略者をワープさせる仕掛けがあります。これを攻略しないと道の先には進めないようです。それぞれの隠しダンジョンには、難易度の高い特殊な環境がそれぞれ設定されているようで、攻略者は圧倒的に不利な状況で戦わねばなりません》
ああなーるほど、結局両者ともにやりすぎちゃったのか。
無理ゲーってやつ。
技術陣は、相当良い仕事をしたとも言えようか。
考えようによっては、この世界の民と物質を飲み込んだあの暗黒雲ですら、
ここだけは未だに攻略できていないのかもしれない。
『で、こんな一本道だけ残ってしまい、世界をどうしたいんだい』
じじいは、深いため息をつくと、おもむろにこう答えた。
『わかっております、この状態ではあかんということは。
もし許されるのならば、殿のおちから添えで、あの暗黒雲から私どもの民を連れ戻して頂きたいのです』
『もしも願いが叶うならば、私はダンジョンもろとも潔く消えましょうぞ』
ボクはじじいの言葉を聞きながら、餃子の皮同士が結合し黒く変質した部分が、
このダンジョンを物欲しそうに取り囲んでいる様子を感知していた。