<セイブルにて - 為すべきことを>
<セイブルにて - 為すべきことを>
ふうう・・
厠でゆっくり考察の時間、私の数少ない楽しみの一つである。
ジグはよくやっている、私の代わりに任務を遂行するのは大変だろう。
そんなこともあり、ジグに約束した以上マカイン探索の間は、
セイブルダンジョンの維持を私が勤めねばなるまい。
今や二つの世界は、互いの癒着領域が加速度的に拡大している。
次元世界を内部まで修復するという当初の発案についても、
私なりに難しい対応を迫られるかもしれない。
ジグにとってもその仲間たちにとっても、
残された時間はそう多くなかろう。
そのダンジョンだが、
厠の窓からひょいと覗くと外郭層まで暗黒雲が迫っていた。
暗黒雲から伸びた触手のようなものは、
見るからに醜悪であり貪欲だった。
触手は、葉巻型のダンジョン全体を取り巻き、
伸縮を繰り返しその内部に取り込もうとしている。
かつて、セイブル最高の英知を集め開発された、
難攻不落の堅牢なる外郭層でだったが、
このままでは暗黒雲の勢力に弱点を研究され、
何れは丸呑みされる運命にあるだろう。
私は約束を守るため、
まず暗黒雲の触手をダンジョン外郭層から強引に引きはがした。
その際生じた次元の隙間とも言える亜空間をそのまま保持する。
さながら、ゴッドハンドによる外科手術の如し。
侵食寸前の触手は思いも寄らぬ反撃に遭い、
相当驚いた様子でダンジョンから身を引いた。
私はしてやったりとほくそ笑む。
続いて<剥離>により生じた僅かな亜空間を利用し、 。
ダンジョン外郭層の表面に小麦粉をちゃちゃっと振りかけた。
するとその表面は、瞬く間に白銀の世界となり、
私の熟練技でぴかぴかに磨かれていく。
今ダンジョンに施している作業は、
暗黒雲がこれ以上外郭層を浸食できないようにするためのものだ。
このコーティングがあることで、
暗黒雲からの侵入は今後不可能に近い。
仕上げはなかなか宜しい。
しかし、ほんの少しだけ散布にムラがある。
私は外郭層の表面で、小麦粉を充填した散布用噴霧機を背負う。
そして野良作業のおっさん風に、
外郭層の白く磨かれた表面を散策した。
被覆面に歪みを見つけては噴霧器をプシュー。
でこぼこを埋めながら被覆の修復を進めていく。
『いやあ精が出ますね、お疲れさまです』
誰も居るはずのない亜空間に人の声。
『ん?』
私の亜空間に、異形の存在がおるではないか。
見れば礼儀正しそうな黒服男が、被覆したばかりの表面に立っていた。
貴族を思わせる端正な顔立ちだが、
にこやかな表情の下には侮蔑の念が見え隠れしていた。
彼は私に近づくと、丁寧に頭を下げた。
『遠方から参りました、キルメアと申します』
『どうも、さて、どちら様でしたか』
私は小麦粉の出が悪くなったノズルの調子を確認しながら、
この人物の出方を窺った。
噴霧器のノズルには<噴霧>と<吸引>のスイッチがあり、
ガチャガチャと切り替えスイッチを動かす私。
『なるほど、で?』
私の応対があまりに無礼だと判断したか、
やや苛立った表情でキルメアが私に近づく。
『貴方はこちらで、私どもの妨害をしておられる。
今やセイブルは、我が偉大なルニイク様の掌中にあります。
私の任務は、足下にあるこのちっぽけなダンジョンを摂取すること。
悪いことは申しません、今すぐこの被覆作業を解くのです。
さもなくば・・』
キルメアと名乗る人物は、
おもむろに自分の首を手刀で切り裂く真似を見せた。
『ほほう、貴兄は私を脅しているのかね。
私が脅されるとは、貴重な体験に感謝を申し上げよう』
キルメアによる高圧的な威嚇にも何処吹く風。
私は被覆の確認を怠らず、僅かな捩れに素早く小麦粉を噴霧した。
『・・・私なりの温情で猶予を与えたつもりでしたが、
どうやら無駄だったようですね。
たいへん残念です』
キルメアは、力強く左右のこぶしを握りしめた。
『貴方をこれから排除します。
抵抗しても無駄ですよ。
私は、ルにイク様の名により、
この世界のあらゆるものを暗黒化する存在。
貴方を喰らえば、この忌々しい被覆もたちどころに消えましょうぞ』
先ほどまで紳士的で穏やかだったキルメアの言動が一転し、
どす黒い征服欲にまみれた憤怒の形相に変容していった。
『面白い、誰もが逃げ出すようなその圧迫感は、
世界の脅威と称するに十分な出来映えだ。
貴兄の言い分は理解できたが、
私の作業の邪魔はいかんね、もっと言えば大きなお世話だ』
私は、首にかけた手ぬぐいで汗を拭きながら頷いた。
対するキルメアは、私が言い終わるのを待たず、
端正な口を僅かに開いた。
するとその口は忽ち後頭部まで一気に大きく裂け、
どす黒い霧を纏いながら私に襲いかかってきた。
ふふん、悪くはないが良くもない。
会話の中で私は既に、噴霧器のスイッチに指をかけていた。
噴霧器から勢い良く放出される小麦粉が、
襲いかかる霧を包み込み、
しばらくしてキルメアごと繭状に整形していく。
キルメアは必死の抵抗も虚しく、
吸引モードに切り替えられたノズルに吸い込まれ、
タンクの中に収まっていった。
『ば、ばかな、ルニイク様直轄、
ダーククラウドの私が不覚にも・・』
あっという間の出来事だった。
次元をも跨ぐ異形の魔人は、私の作業の邪魔をした理由で、
噴霧機のなかに島送りとなった。
アラジンの不思議なランプかよ
『少しばかりそこで頭を冷やしておけ。
さて、日が暮れる、今日の所は店仕舞いとするか』
私は、背中から噴霧機をその場に降ろすと厠に戻った。
『おーい ・・・』
小麦粉だらけのキルメアは、誰も居ない亜空間に叫び続けた。




