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Descartesの備忘録  作者: Descartes2018
13/28

<セイブルにて - 為すべきことを>

<セイブルにて - 為すべきことを>


ふうう・・


厠でゆっくり考察くつろぎの時間、私の数少ない楽しみの一つである。


ジグはよくやっている、私の代わりに任務を遂行するのは大変だろう。

そんなこともあり、ジグに約束した以上マカイン探索の間は、

セイブルダンジョンの維持を私が勤めねばなるまい。


今や二つの世界は、互いの癒着領域が加速度的に拡大している。

次元世界を内部まで修復するという当初の発案についても、

私なりに難しい対応を迫られるかもしれない。

ジグにとってもその仲間たちにとっても、

残された時間はそう多くなかろう。


そのダンジョンだが、

厠の窓からひょいと覗くと外郭層まで暗黒雲が迫っていた。

暗黒雲から伸びた触手のようなものは、

見るからに醜悪であり貪欲だった。

触手は、葉巻型のダンジョン全体を取り巻き、

伸縮を繰り返しその内部に取り込もうとしている。

かつて、セイブル最高の英知を集め開発された、

難攻不落の堅牢なる外郭層でだったが、

このままでは暗黒雲の勢力に弱点を研究され、

何れは丸呑みされる運命にあるだろう。


私は約束を守るため、

まず暗黒雲の触手をダンジョン外郭層から強引に引きはがした。

その際生じた次元の隙間とも言える亜空間をそのまま保持する。

さながら、ゴッドハンドによる外科手術の如し。


侵食寸前の触手は思いも寄らぬ反撃に遭い、

相当驚いた様子でダンジョンから身を引いた。

私はしてやったりとほくそ笑む。

続いて<剥離>により生じた僅かな亜空間を利用し、 。

ダンジョン外郭層の表面に小麦粉をちゃちゃっと振りかけた。

するとその表面は、瞬く間に白銀の世界となり、

私の熟練技でぴかぴかに磨かれていく。

今ダンジョンに施している作業は、

暗黒雲がこれ以上外郭層を浸食できないようにするためのものだ。

このコーティングがあることで、

暗黒雲からの侵入は今後不可能に近い。


仕上げはなかなか宜しい。

しかし、ほんの少しだけ散布にムラがある。

私は外郭層の表面で、小麦粉を充填した散布用噴霧機を背負う。

そして野良作業のおっさん風に、

外郭層の白く磨かれた表面を散策した。

被覆面に歪みを見つけては噴霧器をプシュー。

でこぼこを埋めながら被覆の修復を進めていく。


『いやあ精が出ますね、お疲れさまです』


誰も居るはずのない亜空間に人の声。


『ん?』


私の亜空間に、異形の存在がおるではないか。

見れば礼儀正しそうな黒服男が、被覆したばかりの表面に立っていた。

貴族を思わせる端正な顔立ちだが、

にこやかな表情の下には侮蔑の念が見え隠れしていた。


彼は私に近づくと、丁寧に頭を下げた。


『遠方から参りました、キルメアと申します』


『どうも、さて、どちら様でしたか』


私は小麦粉の出が悪くなったノズルの調子を確認しながら、

この人物の出方を窺った。


噴霧器のノズルには<噴霧>と<吸引>のスイッチがあり、

ガチャガチャと切り替えスイッチを動かす私。


『なるほど、で?』


私の応対があまりに無礼だと判断したか、

やや苛立った表情でキルメアが私に近づく。


『貴方はこちらで、私どもの妨害をしておられる。

 今やセイブルは、我が偉大なルニイク様の掌中にあります。

 私の任務は、足下にあるこのちっぽけなダンジョンを摂取すること。

 悪いことは申しません、今すぐこの被覆作業を解くのです。

 さもなくば・・』


キルメアと名乗る人物は、

おもむろに自分の首を手刀で切り裂く真似を見せた。


『ほほう、貴兄は私を脅しているのかね。

 私が脅されるとは、貴重な体験に感謝を申し上げよう』


キルメアによる高圧的な威嚇にも何処吹く風。

私は被覆の確認を怠らず、僅かな捩れに素早く小麦粉を噴霧した。


『・・・私なりの温情で猶予を与えたつもりでしたが、

 どうやら無駄だったようですね。

 たいへん残念です』


キルメアは、力強く左右のこぶしを握りしめた。


『貴方をこれから排除します。

 抵抗しても無駄ですよ。

 私は、ルにイク様の名により、

 この世界のあらゆるものを暗黒化する存在。

 貴方を喰らえば、この忌々しい被覆もたちどころに消えましょうぞ』


先ほどまで紳士的で穏やかだったキルメアの言動が一転し、

どす黒い征服欲にまみれた憤怒の形相に変容していった。


『面白い、誰もが逃げ出すようなその圧迫感は、

 世界の脅威と称するに十分な出来映えだ。

 貴兄の言い分は理解できたが、

 私の作業の邪魔はいかんね、もっと言えば大きなお世話だ』


 私は、首にかけた手ぬぐいで汗を拭きながら頷いた。

対するキルメアは、私が言い終わるのを待たず、

端正な口を僅かに開いた。

するとその口は忽ち後頭部まで一気に大きく裂け、

どす黒い霧を纏いながら私に襲いかかってきた。


ふふん、悪くはないが良くもない。

会話の中で私は既に、噴霧器のスイッチに指をかけていた。

噴霧器から勢い良く放出される小麦粉が、

襲いかかる霧を包み込み、

しばらくしてキルメアごと繭状に整形していく。

キルメアは必死の抵抗も虚しく、

吸引モードに切り替えられたノズルに吸い込まれ、

タンクの中に収まっていった。


『ば、ばかな、ルニイク様直轄、

 ダーククラウドの私が不覚にも・・』


あっという間の出来事だった。

次元をも跨ぐ異形の魔人は、私の作業の邪魔をした理由で、

噴霧機のなかに島送りとなった。


アラジンの不思議なランプかよ


『少しばかりそこで頭を冷やしておけ。

 さて、日が暮れる、今日の所は店仕舞いとするか』


私は、背中から噴霧機をその場に降ろすと厠に戻った。


『おーい ・・・』

小麦粉だらけのキルメアは、誰も居ない亜空間に叫び続けた。

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