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第八話 『違和感はやがて確信となる』

 ヨウたちが学校へ通うその頃、セイヤとベティは明るい空の下で周辺の区域を探索していた。


 あの事件から既に五日が経ち、血気による強引な療養と共に、セイヤの傷は順調に回復の兆しを得ている。


 大通りでは昼の時間ということで主婦たちが多い。今日の夕食の食材を買ったり、外食を行ったり、母親同士で親睦を深めていたりなど、見える範囲でも様々な行動を行っていた。


 なんてことない普通の平日。その中に、男女二人が周辺を歩いていたのなら、それは目に付くのが無理ないだろう。


 比較的その場に合った服装を選び、所謂カップルのように見せながら、二人は色々な場所をあっちこっちと行き来する。


 顔立ちが端正な二人はそれは絵になるカップルで、道行く人がこちらを少し見てはひそひそと話をたて始めていた。


 しかし、彼らにとってそれは至極どうでもいい話であった。

 二人はそういった関係ではないし、視界に映る空の景色のように、澄み切った心を持つ一般市民とは考えていることが違う。


「潜入捜査でも、尾行でもないんだし、わざわざこんな格好しなくてもよかった気がするな」


 視線を感じ、セイヤが自身の服装を見てそうぼやく。普段から流行などという単語が頭から吹き飛んでるパーカー愛用者のセイヤに取っては、この服装は嫌に心にチクチクくるのだった。


 服一枚であそこまで値段がかかるとは思わなかった。それなら安いのを三枚程買って、実用品に金を当てた方が賢いとセイヤは思う。


「でもこっちの方が色んなところを回れるし、便利ではありそうよ」


「まぁ喫茶店だったしな……飲食店やスーパーに行くんならこっちの方が好都合か」


 普段は一切着ようとも思わない服装を見て、渋い顔をするセイヤに溜息をつきながらベティが答える。


 昨日の一件を上に通してからというものの、二人は喫茶店や飲食店など人が通るところから裏路地の人通りが少ないところまでくまなく捜査することになっていた。


 その理由は、吸血鬼の残党を見つけるためだった。


 ハッキリとした言い方ではあるが、吸血鬼には吸血鬼間の独自のコミュニティがある。

 互いに情報を交換したり、互いの餌を渡しあったり、生きるために必要な策の一つとして、彼らは互いに互いの生存の手助けをしている。


 当然一人で行動するなんて吸血鬼はいない。

 コミュニティも作らず日本中を放浪する吸血鬼も、世界中を探せばいるのだろうが、そんな吸血鬼は稀で、ランクがかなり高く簡単には手が付けられないというのがセイヤたちの見解だった。


 なんせ吸血鬼に対抗するセイヤたちの組織は規模が大きい。アメリカからわざわざ日本へ派遣されることがあるほどであり、その充実性は見て取れる。


 昨日の件の店長のランクは、低く見積もってもBをいくだろう。

 人間社会に溶け込むくらいなのだから、この町でのコミュニティにおける地位はかなりのもののはずで、その彼女がいなくなった今、他の吸血鬼に伝わり動揺によって彼らが芋づる式に現れるかもしれないのだ。


 また、あのレベルの吸血鬼が潜んでいるということは、ここの区域一帯はかなり危険な地区だということが分かっている。


 巡回、ひいては本来の目的のために彼らは周囲を見て回っているのだが、


「店長さんの仕入れ先のコーヒーが売っている店も……なんの情報もなかったわね。ただの友達って感じの話し方だったし。喫茶店自体から探すよりも彼女の身元から知った方が早いんじゃないかしら」


「それも手だろうけど、それじゃあ解析に時間がかかるな。正直、正確な情報が出るには一週間近くかかる。その間に逃げられたり隠蔽されたりでもしたら、本末転倒だろ?」


 なんの成果も得られなかったことにベティが次策を練るが、意外にもセイヤからマトモな正論を投げられ声を詰まらせる。


「……虱潰しに探すしかないわね。下手に従業員の子たちに聞きに行けるわけないし。店長は実家に戻っているっていう嘘をついているのだものね」


「王道に戻った方が今は一番最善だな。変なことしすぎてややこしくしたくもないし」


「こんな時トーマスがいたらいいのに」


 具体的な最善策が見当たらない事に、二人はため息をつき、もう一人のパートナーのことを話題にする。


 今はなき(死んでない)彼は、戦闘面ではからっきしの腕前だったが、探索面においての実力は上からも舌をまかれるほどの実力者なのだ。

 パソコンでの仕事はなんでもござれ、洞察力に長けており、相手の仕草や言葉の調子から嘘を見抜く心理学的な面にも強い。


 今は訳あって別行動をしている訳だが、ステータスが戦闘面に突き進んでしまった二人にとって彼の存在がないことは探索上とても痛い出来事だった。


「そのトーマスの予感があったから俺らがこの周辺を探索してるわけだし、結果は同じだな。それともそこまで頭が回らなかったのかベティは」


「うるさいわね。いい加減過ぎたお喋りを止めないと、私だってこの引き金を引きたくないのよ?」


「オーケー落ち着いて深呼吸しような俺。これ以上進んだら死ぬって本能が囁いてる」


 ベティが握り拳に力を入れ始めたところでセイヤは言葉を急回転。掌をくるりと回して降参する。


 彼女の殴りは嫌という程くらってきたし、その威力も身に染みている。

 昼飯を胃酸とともにこの閑静で美しい住宅街にぶちまける訳にはいかないだろう。

 そんなことしたら一瞬でニューヨークへバックだ。


「じゃあ裏路地に入るか」


「ええ、そうして」


 話しながら、二人は目的にである路地裏に到着する。


 路地裏というものは、入り組んだ場所であり表通りに面していないことからその名が名付けられた。

 この街では、表通りの賑わいは一見発展しているように思えるが、裏路地となるとそうでもない。


 その場にいる人間など限られた物しかおらず、売人やヤクザがいるかと言われても、それも違う。


 何故なら、彼らは自分たちよりも脅威になる存在を知っているからだ。

 路地裏という最高の狩場を得た生物の餌に自らなりに行くなど、誰が行うだろうか。


 だが、極たまに、彼らの存在を知らない者たちが路地裏へ忍び込み、そのまま二度と路地裏から出てこれなくなってしまう。


 悲しいことに、行方不明者の割合の中には吸血鬼が関連している事例も多いのだ。


「……強引に隠したみたいだけど、血の跡が残ってるわね。それも多分かなりの量。死体の処理も……もう恐らくされてるでしょうね」


 床についた赤黒い染みを見て、ベティは険しい表情をセイヤに向ける。

 セイヤはセイヤで他の場所の血痕を見つけたらしく、座り込んでは思案気だ。


「どうしたの?」


「おかしくないか?」


「っていうのは?」


「……いや、吸血鬼ってのは基本的に対象者をすぐに殺すはずだ。血が床に流れる量なんて微量だし、それこそ何十人という人がこの場で襲われないとこんな血痕は出来ない」


 アスファルトの地面に指を触れさせ、疑問点を独り言のように呟くセイヤに、ベティの表情が強ばる。


「確かに、同じ場所にわざわざ連れ込むなんてことをするわけないし、この血の量はおかしいわね」


 確かにこれは妙だった。


 吸血鬼は基本的に何度も相手を噛むなどという行為はしない。一度で吸血を終えるのがセオリーだ。

 まずは口を封じて叫び声を上げさせないようにし、その後穴を開ければ致死量に至るまで血を吸うことになるのが吸血鬼が一番見つかりにくい吸血の仕方だということで、人間側も吸血鬼側も理解している。


 本来、吸血鬼が生きていくための血の量には致死量もいらない。

 人を殺さない量でも充分なのだが、吸血鬼の舌や脳の構造上では血を吸う時に一種の快楽作用が働くと言われており、それが吸血鬼が多量の血を吸う原因にもなると言われている。


 穴の大きさは小さく、そこから流れる血も普通は服に染みて床に流れることなんて滅多にない。


 しかもこんな同じ場所、同じ立ち位置でなんて。


 それこそ、全身から血を噴き出すようなことがなければ。


「……トーマスの予想は当たってたみたいね」


「ああ。恐らくまだこの町にいるはずだ。人員を増やしてもらおう。トーマスも呼んでくれ。場所の割り出しはあいつの得意分野だろ」


「ええ、そうね。でもまさか本当に居たなんてね……」


 普通の吸血鬼では到底考えられないような行為。確かに血は強引に拭われていたが、よく目をこしらえば誰にでも見抜ける血痕が付いていた。

 まるで気づいてほしいかのような残し方に、二人の考えは一致する。


 いるのだ、この町に。

 二人の本来の目的と合致する吸血鬼――


「食人を行う、Sランク吸血鬼が」


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