第四話 『赫赫とした血霧と火花』
セイヤを一言、色で表すならそれは赤だった。
視界に入る彼の腕は、心無しか赤いオーラを放っており、手に持つ物騒な獲物の煌めきをさらに色濃くしている。
「ちょいちょい……警察かなんかだったんですか?」
「残念だけど、違うわよ。繋がりはあるけどね」
絶句からようやく漏れ出た一言に、ベティは短く答える。
口を開けるようになったヨウを見てか、あるいはこの場を危ないと判断したのか、ベティはヨウの肩を掴んで下がるよう指示した。
セイヤが手にしているのは、正しく拳銃だ。ヨウの知識には拳銃についての説明など微塵も記載されていないが、この場で説明すると改良は重ねられているがトンプソン・コンテンダーが一番近いのだろう。
「遠慮なく、こいつを使わせてもらいます」
「あらあら、遠距離戦を仕掛ける気? それなら、近づくまでよ!」
唇を舐め、店長は最短距離の直線を跳躍。
槍の利点は遠心力や重力を扱って、その威力を自在に操れることだ。
柄の長さを変えて小回りの効く行動をとることも、リーチを長くすることで打撃や斬撃のそれと遜色ない重い一撃で相手を屠ることも出来る。
先端付近には大量の棘がついているが、持ち手部分はかなりのスペースがある。指先を滑らせることでリーチの変動は数十センチに及ぶだろう。
また、掴む持ち手を変えることで遠心力を保ったまま次の攻撃に転じることが出来たり、一撃必殺の突きを放つことが出来るなど、上級者になるほど槍相手の戦闘は困難になる。
今回の攻撃は、槍を背に隠す攻撃。下方向、上方向、横方向。
凄まじい剣気と殺気が槍の攻撃方向を覆い隠しているため、どの方向から来てもおかしくはない。
「しっ」
転じられた攻撃は、柄を長く持った半円切り。
構えから攻撃までのスピードは最高峰。胴体を簡単に二つに切り裂く勢いだったが、セイヤは膝を驚異的なスピードで折り曲げて地面と平行に仰向けになり、髪の毛を持っていかれるだけに終わらせる。
店長の真下にいる形となったセイヤは、銃口を店長へ向け、そのまま間を持たせることなく弾丸を発射した。
発砲音と、血肉を強引にすり潰していく音が、夜道に旋律となって走る。
「あああぁぁぁ!?」
圧倒的回復量と防御を誇っていた店長が、初めてその余裕の仮面を引き剥がされる。
撃たれた弾丸は店長の肩付近に着弾し、そこからとめどない鮮血が溢れ、セイヤと店長を汚す。
店長は痛みに肩を抑え、後ろによろめきながら下がり、セイヤも両腕の力を使って回転しながら後ろに下がる。
「効いてる……なんで……」
「血気術はね……血液の流れと同様に含まれた『血気』を操作する術式なの。血液と近しく、それでいて異なった性質を持った血気術は、吸血鬼の体内に入り込むとそこから相手の『隠力』を暴走させるのよ」
愕然と、後退りをするヨウを見て、ベティはなんの驚きもなくそう言う。
次々に出てくる聞きなれない単語には疑問が生まれるが、とにかく今わかったのは、セイヤに初めて有効打が出来たということだけだ。
「ふふふ、痛い……痛いわね。でも、舐めない……でっ!」
ゼェゼェと切らしていた息を詰め、血肉を追い込むように店長は槍を回し、リーチを短くすることで速さを取った攻撃を仕掛ける。
鋭い刃の一撃は拳銃によって交錯し、過擦と激突に血霧と火花が飛び散った。しかし店長はそれに臆することなくそのまま回し蹴りを放つ。
モロにセイヤの腕を巻き込んだ攻撃はそのまま勢いが緩むこと無く、アスファルト壁にセイヤは激突する。
打たれた野球ボールのように勢いよく飛んだセイヤは、壁にヒビをつけながら口から血を吐き出して膝をついた。
これを好機と判断し、休む暇もなく店長はセイヤに襲いかかる。足にバネが仕込まれているのか、片足で踏み込みを入れた店長は大きく直進。刺突でセイヤを仕留めようとする。
だが、
「くっ!」
セイヤは拳銃を持った手を後ろに引き下げ、代わりに別の拳銃を取り出すと、銃弾を乱射した。
グロック18Cと呼ばれる拳銃だ。装弾数が多く、乱射に適したその武器は、戦いの展開を変える攻撃となる。
変化した武器を見た店長は、槍を突き刺して急ブレーキをかける。そのまま槍を引き上げ、正面に掲げてで回すことで全ての銃弾を跳ね返した。
「……どうやら血気術が使われてるのはそっちの方だけみたいね」
「バレましたか……まぁ、問題ない」
口から血唾を吐き出し、セイヤは歩きながら口を拭う。
この攻防で、店長は素早くセイヤの弱点を見抜いたのだ。
見抜かれた通り、セイヤのグロック18Cには血気術が含まれていない。あくまで牽制用や体力を削る目的が用途とされて使われており、致命的ダメージを与えるためのものでは無いのだ。
本命はやはり血気術による銀の弾丸。
当然店長はそれを警戒し、身構える。
「ふっ!」
口に含まれた息を短く詰め、刺突、切り上げ、切り下げ、薙ぎ払い。巧みに槍を回し、手を休めることなく店長は次々に別の場所からセイヤを殺しにかかる。
一方セイヤは銃を活かして遠距離戦に持ち込みたいのだが、槍の攻撃に阻害されそれは叶わず近接戦に持ち込まれる。
紙一重で攻撃を避けているのだが、やはりこの槍の真骨頂は引く時。
少しでもその線をずらせば、セイヤの薄皮は裂けそこから新たな鮮血が生まれる。
この状況はまずいと判断したセイヤは、グロック18Cを残り残数全てを撃ち尽くし、店長が防御に転じた隙に手の甲を蹴り飛ばして跳躍。一回転して距離を離し、両方の銃をリロードする。
「素敵ね。それぞれの弱点を補った拳銃に、体術。なかなか手強い相手よ、あなた」
「そいつァどーも。あまり嬉しくない褒められ方ですけどね」
言って、セイヤはグロック18Cの引き金を引く。乱射された弾丸はそれぞれ緩急の差によって逃げ場を失わせるが、店長は身を低くし、銃弾スレスレを通って直進する。
「ちっ!」
このままでは首筋を狙われると判断したセイヤは下がるわけでもなく前に歩を進める。
踏み込みと同時に左腕を前に掲げ、槍の攻撃を横に避けることで回避。腕を縦に振り下ろして、血気力を纏わせ強度が増した状態のバレルで店長の肘を砕きにかかった。
それを見て、店長は左足の踵を軸として高速回転。攻撃を槍を使って受け流す。
息をつく暇もない、苛烈な攻撃は激しい金属音と摩擦音によってさらに現実みを崩壊させていく。
ヨウはこの時動かなかったのではなく、動けなかった。それ程までに、この戦いは見物人を魅了し、そしてその者の足に鎖を課す程の高次元な域だった。
結界の域がどこまでの範囲にあるのかは分からない。もちろん、ギリギリ後ろまで下がることは出来たのだが、ヨウはそれが出来なかった。いや、しなかったのだ。
心の奥底にある、ヨウにも分からないヨウの本心が、この場にとどまることを叫んでいるのだ。
それがなんなのかも分からないくせに。
「やっぱ遠距離は厳しいか!」
そう言ってセイヤはグロック18Cをホルスターにしまい込み、トンプソンを右手に持ち、左手は近接戦用に何も持たない状態にする。
近接戦闘ではセイヤが圧倒的に不利。
剣でもない限り槍を受け流すのは困難であり、銃で受け流した時も幾分か爪や指をやられている。
よって相手の攻撃は主に回避。自身の攻撃は近接攻撃によって怯んだ際にこの鉛玉を撃ち込むしかない。
理解し、準備し、覚悟する。
雄叫びをあげる暇はない。息を詰めたまま突っ込み、空いた左手で店長の顔を目がけて容赦ない突き。
店長は両足を広げ身を引くくし、触れられるわけもなく回避。左手に地を触れされ、そのまま両足と左手を回して足払い。重心が崩されたセイヤの元に、槍の魔の手が迫る。
「――まだだ!」
「――あはは! 凄い凄い!」
トンプソンをゼロ距離から発射。弾丸が槍の先端を粉々に破壊し、打ち込まれた威力に右腕は後ろにそれ、進路を強引に曲げられた攻撃はセイヤの左脇腹を掠める。
セイヤはそのままアスファルトの地面を転がり、左手に全身の体重を乗せて跳躍。トンプソンをリロードし、身構える。
「もう、補強しなくちゃ」
そう言って店長は影に槍を突き刺す。そうして槍を引き戻せば、新品同様、傷一つない状態に元通りだ。
驚愕に絶句という二文字を張りつけたヨウを見て、店長は不気味に微笑み問いかける。
「ふふ、絶望したかしら?」
「いいえ? むしろ希望が見えてきてますよ。そろそろ隠力も切れてきたんじゃないんですか? 傷、治りが遅くなってますよ」
不敵に笑い、セイヤは自身の頬を指差す。店長はその行為を真似るように頬に触れ、指先に血がついたことに目を見開く。
「そう見たいね……でも、あなただってそうでしょう?タダでさえ不可の強い血気力なのに、術式まで編み込まれてるのなら……全身が悲鳴をあげてるはずよ」
「さぁ、どうでしょうね」
一方セイヤも人のことは言えなかった。セイヤの身体能力の向上の理由は主に全身に血気を巡らせているためだ。
そこから抽出した血気術を放つのには、それ相応の負荷がかかる。
「減らず口、叩けなくしてあげるわ!」
「上等ッ!! 切り避けるもんなら、切り裂いてみせてくださいよ!」
黒の煌めきと、銀の煌めきが月夜を照らす。
暴力と暴力が、互いの心身をすり減らす。
戦いは、未だ終わらない。