第十二話 『創造の卵』
――おそよ十分前。
「な、何よこれ……」
学校内。隠術での力であろう黒い茨に取り囲まれた正門前でベティたちの視界に映ったのは、醜悪じみた紅い華と人形たちだった。
紅い華は人形を起点に夥しい大きさで床に染み渡っている。
また、華は人形の腹にも咲き乱れており、人形は手脚を逆方向に曲げられていたり、片足や片腕が無くなっていた。
雑に遊ばれた人形はどうやらその主に飽きられたようで、捨てられた際による驚きか、目を見開いている。
――三人のバスケ部員が、事切れた状態でその場に捨てられていた。
「……!! まだだ、まだ生きている子達だっているはずだ! 忍と若菜は解読組と合流を目指しながら生存者の保護に務めてくれ!」
我に返り、セイヤは焦りを表情に浮かべながら二人に指示をする。シノブと呼ばれた男と、ワカナと呼ばれた女は了承の意を応えながら、セイヤたちに確認をとる。
「セイヤさんたちは?」
「……敵をぶっ叩く。一発お見舞いしないと気が済まない。二人にはまだ荷が重いだろう。それに四人で行動したら助けれるもんも助けられない。だから、任せた」
任せたという言葉が重くのしかかり、二人はもう一度了解の声を上げこの場から消えた。急ぎ、敵より早く生存者を見つける為にも。
日本の支部はアメリカの支部と比べまだまだ吸血鬼との戦闘経験が浅い。
吸血鬼による事件の例は他国と比べまだまだ回数が少ないのだ。
しかし近年では日本に吸血鬼の事件が集結していき、こうして他国から援軍を呼ぶことが多い。
その理由としては、上位の人間がこの場に参加できないことが大きな理由としてある。
今は別件の厄介な調査にも赴いているということで、中々人を集めることが出来なかったのだ。
まだまだ若い二人をそう易々と敵前に投げ入れるようなことは出来ない。
「それじゃ、探すぞ。ベティ、どこら辺にいる?」
セイヤはベティの方を向き、そう問いかける。するとベティは目を閉じ、身体に赤い血気を纏わせたと思えば、気づいたように目を開いた。
「……三階ね。見て、二階の教室の窓が割れてる。それに隠力の残穢も、三階辺りからしているわ」
「了解。んじゃ俺は右側から」
「私は左ね」
そう言って二人は軽く助走をつける。一歩、二歩、三歩と駆けるごとに距離が増えていき、高跳びの要領で大きく跳躍する。
二人は一度壁に足をつけると、一秒の間もなくその壁を蹴飛ばす。そのまま同じことを繰り返し、垂直に壁を駆け上がってあっという間に三階の窓まで辿り着くと、窓を蹴破って校内に侵入した。
「弁償とかそんなこと考えてる暇はねーしな……」
非常事態に学校の損害を気にしていられるほど余裕はない。
呟き、素早く教室のドアを開いて廊下に出ようとしたところで、
「うるせぇ……うるせぇんだよ!」
――ヨウの声。それがセイヤの鼓膜を強引に震わせる。
静寂に澄み切った教室の中での場違いなその声量は、セイヤが駆けるには十分な理由だった。
暗闇の中で声の居場所を割り出し、ドアを強引に開き、目の前で起きていることを目の当たりにしてセイヤは、
―――――――
「昨日ぶりだな。怪我は無いか……?」
トンプソンを強く持ち、眼前に敵がいるにも関わらず、セイヤは優しい目でヨウを気遣う。
「……俺は大丈夫ですけど……ソウマが……どっかに……」
「……そうか」
目を伏せるヨウにセイヤは言葉をあえて告げず、眼前の敵に目をやる。
白髪の青年はセイヤの力が人間の域ではないことに驚きながらも、セイヤから目を離すことは無く苛立ちに青筋を立てていた。
「……あぁそうか君が」
だが、そのセイヤの行動に何かを理解したのか、白髪の青年は小さく呟くとセイヤから距離を離す。
「なんか知ってるような口ぶりだな。もしかして俺と会ったことある?」
「いいや、初対面だよ。うん……初対面、初対面だけど」
セイヤの問いに答えながら、青年は嬉しそうに笑って掌で顔を覆い隠す。
どこか新しい玩具を見つけた子供のような声は、無邪気な笑顔と相まって彼の挙動を強調させる。
呼吸を浅く繰り返し、青年は己の顔から掌をどけ、そして、
「君を壊したい」
黄色の瞳の奥が、絶望の海に沈んでいることを察知し、セイヤとヨウに悪寒が宿る。だが、それを払拭するように、
「――――ッ!?」
「君もね。お仲間さん」
窓ガラスを蹴破り、そのままレールを蹴飛ばして青年の後頭部を狙ったベティ。
だが、長い脚から繰り出される一撃は、青年が動かした己の影に完璧に阻まれてしまった。
黒い影は一度硬くなったかと思うと、瞬間的に溶けてベティの脚にかかりそうになるが、動物的直感でベティは脚を離し距離を置く。
「へぇ。いいね、カンが冴えてるみたいだ」
泥にでもなったような影を慈しむように撫で、青年はベティをそう評価する。
が、完全に不意をついた一撃を見ずに防いだ青年の行動に、ベティの視線は集中されている。
「怖がんなくてもいいよ。どうせみんな死ぬんだから」
邪悪な笑顔が青年の顔に刻み込まれ、青年は影を救いあげながら、その影で宙に文字を書く。
「おいで」
『狗』と宙に一度文字が書かれると、その文字は瞬間的にドロドロに溶けていき床に影の泥がぶちまけられる。
泥は床に跳ね、飛び散り、そのまま収縮していくかと思えば、そこからある動物の形に形成されていき、生み出される。
ピンと立てられた耳に四肢をついた身体。生える牙とギラついた瞳が三人を見据える。
さらにもう一つ。
『鴉』という文字が書かれ、それも床に溶けたかと思えば、そこから漆黒の羽根を纏った動物が姿を現す。
狗と、鴉の誕生だ。
ただの狗と鴉ならば恐ることは無いだろう。ただ、恐ろしいことに二匹とも普通ではなかった。
まずこの二匹の大きさは本来の大きさよりも一回り大きい。
鴉は人間を持ち運べるほどの大きさで、狗も大型犬よりも大きい。
しかも影から生まれようものなので両者とも黒より黒く、それがとても不気味だ。
「これで三対二。数では僕の方が有利だよ」
「創造を影を媒体として創り出したか。さしづめ隠術ってところだな……ちょいと不利にはなりそうだが、ベティ!」
状況の悪化に舌打ちしながら、セイヤは地を蹴飛ばす。
二匹の動物に臆することなく瞬間的に青年の懐に入り込むと、セイヤは掌底で青年の腹部を狙いそのまま突き飛ばした。
「おおおっ!?」
腹部を思い切り打たれた青年は慣性の法則に従って直線に吹き飛び、ベティが回避したことで窓ガラスを割りながら外へと吹き飛ぶ。
一瞬の出来事に青年は対抗できずに吹き飛ぶが、それを見た二匹は青年に続くように窓から飛び出した。
「そこの鴉を使って空中戦を仕掛けられたらきついが、ここでは戦えない! 広く使うぞ!」
そう言って窓のレールに足を置き、セイヤは青年を追いかけるために飛び立つ。
「仲間が二人いるから、彼らと合流しなさい!」
ベティはセイヤについていくようにレールに足を掛け、そのままヨウの方を向き指示をした。
しかし、ヨウは自分の心配より彼の心配をする。
「……ソウマが、ソウマがあの影に捕まって、消えちゃったんです」
「……!? 分かったわ。彼も助けてみせるわ」
ヨウの言葉に一瞬驚愕を瞳に宿しつつ、ヨウを心配させまいとベティは強く言い張る。
この場を離れる主な理由はヨウの安全面の確保だ。
戦闘中いつヨウが人質に取られてもおかしくないし、場所によっては危険な化学薬品をヨウが被ってしまうかもしれない。
今回は異例の緊急事態ということで結界を貼る暇もなかった。
他の生存者と共に合流させ、少しでもヨウを安心させなければならない。
そしてセイヤとベティで、あの青年を倒すしかない。
「ベティさん……気をつけて」
「ええ、貴方も」
ベティはもう一度ヨウの方へ振り返ると、微笑を浮かべ、そのままレールを蹴り飛ばした。
戦いは、ここから始まる。




