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第九話 『あの日の夢』

 ――前部長志村が来てから早一週間。


 最初は受験勉強に集中しろと若干気を許していなかった顧問も、志村の熱意に気を許したようで、出張に行く間バスケ部のことを志村に任せていた。


 顧問が帰ってくるのは三日後。それまでは志村が顧問の代わりとしてバスケ部を引っ張るらしい。


 顧問としての仕事を全うすると張り切る志村の目は本気で、この人は一体いつまでここにいるつもりなのだろうと現状ではこっちが心配にしている。


 志村の学力について、一年生であるヨウたちが知っている訳では無いが、それでもお世辞にも頭がいい人とは思えないので、彼らは志村の成績が落ちていかないか親目線で心配している。


 だが、何も帰ってほしいという訳では無い。むしろ彼がその場にいることはバスケ部にとってはかなりありがたいことだった。

 真面目にメニューを組み込んでは一人一人にアドバイスして回り、遅くまで残っては話を締め括り最後まで残る。


 志村のバスケ部への愛に全員驚かされるばかりだ。


「先輩が来てからメニューはキツイけど、すげぇやりきってる感はあるよなぁ」


「そうそう。もう何度吐きかけたかわかんないよ……」


「あー。一週間くらい前に来た先輩だっけ?」


「ココ最近ずっとその人の話題が出るよな」


 昼休み。いつもの六人組の談笑は、前部長の話題に切り変わる。

 あれからというもの、お互いの部活の話には必ずと言っていいほど志村の話題が乗り、その度にサッカー部組は志村のバスケ愛に目を丸くしているのだ。


「そんなにヤバいのか? お前らんとこの先輩。こっちの先輩なんか全然来てくれないんだぜ?」


「それが普通なんだよ。むしろ受験勉強しないでなんで来てるんだよって話。まぁ、人一倍責任感がある人でさ。大会に負けて引退した時も一番泣いてた人なんだよ」


 引退前最後の試合。相手は優勝候補筆頭の相手で、先輩達も諦めず最後まで走り続けたが、結果だけ見れば十点差ついた悔しい最後となってしまった。


 ヨウたちはその時何も出来なかったので涙も出ず、先輩達の流す涙に自分たちの弱さを呪ったことはこの上なかった。

 それが今の動力源となり、わずか十三人しかいないバスケ部だが、メキメキとその頭角を現している。


 大会にだっていいところまで進められる自信はあるし、練習試合でも勝ち越すことの方が多い。


「へぇ。いいなぁそんな人が元部長で」


「まぁ、普段は暑苦しいけど、そんなに嫌じゃないしな。お前らもそうだろ?」


 自販機から買ってきたコーヒー牛乳から口を離し、同意を求めるようにシンジはヨウとソウマを見る。

 自分の言葉へのちょっとした照れや、同意を求めようとしている仕草にイラッとして、ソウマとヨウはさも当然のように、


「シン君のツンデレとか誰も得しないよね」


「うん、確かに得しない」


「ヨウもソウマも表出ろおいコラ」


 立ち上がり拳を握るシンジにたまらず吹き出す五人。

 今となってはヨウも志村のことを話せるほどには、志村のことを信頼していた。


 一週間経っても何も起こらないし、彼の熱意はヨウの心に既に響いている。

 信頼するのは当然のことだった。それに、セイヤたちもこの場に訪れた形跡は無い。バスケ部は関係ないのだろう。安心して、ヨウはバスケ部に集中している。


「あ、そんなことよりヨー君。ここってヨー君家から近いよね?」


「ん? うん。確かに近いんだけど何?」


 シンジの言葉を華麗にスルーしたソウマは、スマホの地図アプリである場所を指さす。

 そこはヨウの家から徒歩十五分ほどの距離であり、確かに近いことが見てとれた。


 だが、ヨウはこの場所には行ったことがなかったし、特にピンとくるものはなかった。

 なのでソウマの魂胆が見えない。しかし、シンジはソウマの思惑を知っているようで、どうやら納得の表情をしている。


「うん、シン君と話したんだけどさ。三人でバイトしない? ヨウ君お金危ないんでしょ?」


「あ、そか今日話すんだったな。そうそうヨウ。ここなら近いし割と時給もよかったしいいんじゃないかなぁって」


 そう言って身を乗り出し、バイト先の飲食店の情報をヨウに見せる。が、一方のヨウはトントン拍子で進む展開に慌てて待ったをかけた。


「おいおい、いきなりなんなんだよ。知らないぞ俺はそんなの」


「そりゃ言ってないしね」


「昨日決めたしな」


 当然のように答える二人。あまりの計画性の無さや突発的な行動にヨウはツッコむ所か呆れて口を開ける。

 こんなことを言っているのだから、実際に現地に赴いたりもしてないのだろう。


 多分発端はソウマだ。こういう時だけ無駄に馬鹿になるのがソウマの特徴で、そのくせ行動力は一人前なのでタチが悪い。


「凄い失礼な目を向けられてるけどさ。割と真剣なんだからね」


「ヨウって奢られんの嫌いだろ? これから飯食って帰ろうってなった時金がないってなると俺らもお前も困るし、なら三人でバイトしたらいいんじゃねぇのかって話になったんだよ」


 だよな、とお互いに顔を見合わせる二人を見てヨウは驚く。

 あの発言を真摯に受け止め、そして案を出してくれるなんて想像もつかなかったからだ。


 口からでまかせの発言で、ハッキリ言うとヨウ自身も忘れていた事を、この二人は覚えていたのだ。思ってもみなかった言葉にヨウら唖然とする。


「え? そうなのかよ。なら言ってくれよ俺らも手伝うのに」


「考えていたんだけどね。サッカー部はバイト禁止なんでしょ?」


「あ、そうだった! わりぃヨウ。やっぱ出来そうにないわ」


 手を合わせ、ヨウに謝るサッカー部組にも困惑する。ここまで彼らが親身になってくれるほど、ヨウの表情は深刻だったのだろうか。


 自分ではうまく嘘をつけていると思っていたのだが、簡単にバレてしまっていたのかもしれない。


「いや全然大丈夫……だけどシンジはどうなんだ? お前塾あるだろ」


 シンジは部活に行きながら同時に塾にも通っているはずだ。バイトが出来るほど時間があるとは思えない。

 的を射た発言だと思っていたが、当の本人はあっけらかんとした表情で答える。


「ん、塾のない日にやるから大丈夫。俺が塾ない日でも二人は塾行ってないし行けるだろ?」


「俺はいつでもいいよ。ヨウ君は?」


「まぁ、なら俺もだけど……」


 呆気なく簡単に言う二人にヨウは納得がいかない。

 ヨウのことが心配だからだったとしても、昨日今日で決めた約束をあっさりと決行する度胸にヨウは疑問しか生まれないのだ。


「そんなに俺ヤバい顔してた?」


「してたしてた。けどまぁ元々俺たちもバイトしたかったから誘っただけだし、ヨー君はそんな風に何度も言わなくても大丈夫だよ」


 ヨウの内心を見透かしたソウマが、大丈夫だからとフォローする。

 そこまで言われてしまってはヨウはもう何も言えない。

 そこまでされてまだ反論を続けようとするほど、ヨウは子供ではない。あの一件で、少しは学習したのだ。


「そうか……わかったよ。サンキュー二人とも」


「いいっていいって。給料貰えたらパーっと飯食いにいこうぜ」


「それ俺らも行っていい?」


「いいけど奢んないよ」


「「「そんなぁ」」」


 ソウマのあっさりとした言葉にサッカー部組は肩を落とす。

 と言っても、この三人なら多分ついてくるのだろう。なるべく安くて美味しい場所で食べようと思う。


「んじゃ、面接今週の土曜に受けに行こうぜ。約束な!」


「うん、じゃあ今週の土曜日ね。予定空けとくよ。ヨウも大丈夫?」


「おう、大丈夫大丈夫。約束だ」


 そう言って三人は顔を見合わせて笑う。

 恵まれた交友関係にヨウは改めて感謝し、来週を楽しみに待つことにした。


 だが、彼らの淡い約束が守られることは、永遠になかった。

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