表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Neckless

作者: 奏氛紊

前から気になっていた真珠のネックレス。今日手に入れた。


三日前にパレ・ロワイアルにあるアンティーク雑貨店、品々がごちゃごちゃと無造作的に置かれている店、で偶然見つけた真珠のネックレス。特に目を引く奇抜なデザインというわけでもない、古ぼけた甘ったるい糸と、それに輪を掛ける銀色の手の形に見えなくもない留具に、固く捕まれている一粒の真珠。初めて見かけた時に気になったが、値が高く、その日に衝動的に買うことはできなかった。高価な場合は直ぐには購入しないで、一旦日を開けて考えるように何でも決めているから。それに金銭的な意味合いがなくても、本当に欲しいものはいつも直ぐには手に入れられない。時には悩んだ末に二番を選び、一番とは出会えなくなることもある。

「贈り物ですか」

壊れた眼鏡をかけた、大らかなマダム。

男が自分に向けてこういうものを贈るとは考えにくいかと思いながら、

「ええ、そうですね」と愛想よく答えた。

他にも幾つか気になったネックレスもあったけれど、結局これに決めることにした。ここでこれにしないと嫉妬されて、誰だか分からないけれど、誰か別のやつの処に行ってしまって、二度と会うことができなくなって、私が金額分以上に苦しめられる気がしたから。移ろい易い関係において獲得を望むなら、その機会が訪れた時を逃してはいけないだろう。それに今回はこいつを買ったからといって他の品が後々に気になるということもなかった。他に敵になれるものはここにはいなかった。

ものにしたからか、大金を使ったからか、さすがに店を出たときは気分もよかった。爽快感というよりかは軽い興奮状態で、一旦店の傍のストライプ柄の円柱ベンチで煙草を吸ってから、まるで自分以上に自分にとって有価値かの様に、店員から渡された赤い袋を、大事に何かにぶつけないように注意しながらオペラ通り界隈を横切った。そしていつもの中華料理屋で昼食を取り、いそいそとカルチェラタンに借りているアパートまで早歩きで帰った。大学を卒業し、観光目的でフランスに来て、ようやく2週間。自分はもう観光客ではないような気持ちからくる気取りを感じた。最初は日本で住んでいた土地と比べて、全体的な建築物の壮大さに幾らか圧倒されていたけれど、多くの道端の煙草の吸殻と共に、それももう殆ど意識されなくなった。建物の小さいところで生活していると幾らか気が小さくなっているものなのか。

このパンテオン近くのアパート、夜中まで隣のカフェの客らが愉快気に語らう声の聞こえるアパート。道理で建物も糖分質的に見える。私の住む7階の狭い部屋には生活用品一式が寝転がっている。

13B75と暗証番号を打ち込み一つ目の緑の扉、鍵を回し二つ目のガラスの扉、小さいエレベーターで四階まで昇ってから七階までは螺旋階段を使い、鍵を回し三つ目の緑の扉を開けた。部屋に入り、いつもの匂いとも臭いともいえないにおいとご対面。はやる心を、何なら脳の精神伝達物質らを、煙草を吸って誤魔化そうとしながら、結局煙草の効果も乏しく、袋から店名の書かれた黒の巾着に入れられた真珠のネックレスを出して、着けて鏡越しに眺めた。直ぐに気が付いた。よく見ると真珠の下の方に小さな欠けがあった。・・・時間がだらけた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

なぜ?持って帰る時に?

だけれども、袋にもケースの中にも欠片は見当たらない。

いまさら店にもっていって文句をいうわけにもいかない、新品を買ったわけではない。

どうして店で見ている時は気付かないで、今、直ぐに気付いたのだろう?

欠片が見当たらないということは、多分店に置いていた時点でこの状態だったということになる。慎重な方だ、それなりに何度かは手に取り眺めていたはずだ。

欠けが気になる。他のなにをしていても。私は元来、自分を完璧主義で神経質だとは認めている。小さいものだ。欠けの位置的にもサイズ的にも、多分他人は一見しただけでは気付かないだろう。無神経な持ち主ならば、気にならないものなのだろうか。むしろ、気付きすらしないものだろうか。自分としても確かに見る角度によって欠けは見えない。だけれども結局、私にとってこの小さな欠けは、それがこの真珠自体といえる程になった。

なんらかの方法で修復することはできないだろうか。だが、もし失敗すれば今はまだ修復の可能性もあるが、それこそさらなる悪化や取り返しがつかなくなる事態に陥るかもしれない。私は無意識にこの欠けを捉えていて、そこに何かを見出し、故に求めたのだろうか。この不出来な対象に自分を見たのか?それならば、何故手に入れた後に初めてこの欠けが認識されて、さらに傷の舐め合いが生む安心ではなくて、違和感、嫌悪が浮き上がったのだ。可能だろうか。自分を此処に埋め込めることができて、もし調和が訪れるのなら、そうしたいし、そうするだろう。投げられた自分の影の欠点に、自分自身を埋め込むというのは遠近を無視したおかしな発想だろうか。そして本体の欠けにも埋まってくれたなら。それでは駄目なのか?人を振り回しておいてこいつは。食ってやろうか。そもそも、この欠けがなかったなら、欲しいものにはなっていなかったのかもしれない。そして今は反対に、この欠けがないことを求めている。まったく、最後には欠けがなくなったらどうなるのか。いっそ砕いて粉々に、傷が分からない程に傷だらけにしてやろうか。あれこれと考えていると、22時。外も暗くなり、疲れたから寝ることにした。斜めの屋根に沿った壁の下にあるベッド。∠の空間。

 今日の夢。何処に所属していて、誰と戦っていたのか分からないが、戦争中で、仲間三人で戦地に向うことになった。電車を一度乗り継ぎ、更に電車に乗るために離れた駅に向かう。男の上官が駅の出口にいて、

「次の駅の場所がわかるか」と聞かれた。

「何回も戦争には行っているからわかります」と素っ気ない態度で、説明は聞かずに進んだ。日本国内と思える知らない都会が、最も降りた駅から近く、歩いて離れていくほど田舎になる。今回が最後の戦争らしかった。目的の駅が遠く、田舎風景になってきた中に一軒の喫茶店があって、何かに待てといわれたのか、自分達が待つことに決めたのか記憶は曖昧だが、その店に入った。

 薄汚れた喫茶店の中には髭の生えた妙な女の客に他数名がいて、テーブルに座ると店員がコーヒーとサイコロステーキをいきなり出してきた。時間が過ぎてこのままだと間に合わないのではという不安の空気はしているが、まぁいいかとだらけていた。店の電話が鳴った。店員が君らにだと言った。直ぐに店を出ると、女の上官がいて何か口論になり、私達は逃げ出した。追いかけてくる。彼女、車に乗っている。そしてそこからなぜか私達は昆虫に変身した。カナブンと蝶と、もう一人、一匹、虫でなかったかもしれない、は何であったか忘れてしまった。

 三人は追い掛けてくる女の上官から逃げる。途中から三人ばらばらに逃げることにした。田舎の家と田の景色。私の知っている場所ではなかった。私は蝶で、決して動きは速いともいえず、ふらりふらりと飛びながら逃げる。視点が蝶自身の目線と第三者の客観的アングルとで不規則に入れ替わる。運悪く、なぜか蝶の私が追い掛けられている。木の葉に紛れて隠れたり、家を越えたりするが、上官は正確に近くまで来る。ちなみに飛行ではなく、柔らかい跳躍であって、飛び続けることはできないらしい。着地が必要なのだ。木に隠れて覗いていると、鋏で周辺の葉をざくざくと切られて、服を剥ぎ取られていくような気分がした。この時は視点が蝶に乗っていたから、冷えて尖った恐怖が直ぐ近くに感じられた。刃物には冷気がある。葉のように薄い蝶なのだからひとたまりもない。

「私から逃げられると思うな!」上官は叫んだ。

しかし、うまい具合になんとか辺り一面に電線と田園の世界にまで逃げると、仲間のカナブンが竜巻を起こしながらその中に入って、移動していた。だが敵は車で、彼は捕まった。

「おまえ、仲間を見捨てられるのか?」と上官は私にいって、私は上官曰く追跡できる男の香りがするエキスをかけられた。もう一人の仲間を連れて来いという。その仲間の所に行き、このことを相談するとあっさりしていて「見捨てるしかない」という。私は逃げた。私はまた追い掛けられる。夢なので曖昧なのだが、最初とは雰囲気の違う、次第に西洋らしき何処かの外国の都会へとたどり着く。建物はかなり高く、ある近くの窓から一棟の中に入った。蝶から少し離れた客観の目だった。建物や町の全体像の記憶はない。ただ、高さ、縦のイメージだけが強かった。初めから高い場所にいて、底が遠く感じられる世界だった。入った所はまたもや喫茶店らしく、店員が蝶に気付き、コーヒーを出したので飲んだ。コーヒーではなくて、体を元の人間の姿に戻すためにであろう、何らかの薬を店員に求めていた。しかし、蝶だから望みが伝わらなかったようだ。店内にまで上官が上って来て、蝶は店の奥へと進んだが、逃げ場がなく追い込まれた。しかし、捕まる紙一重でその手をかわすことができ、上官と距離の取れたことを感じ、建物内を漂っていると百貨店らしい空間が階下にある。多くの客と華やかに輝くシャンデリアが上の階から少し見えて、そこへ逃げようとする。ここから先の世界がそこでは続いているのか、そこでも消えたのか、どうなったか分からないが、ここで夢は終わった。

外の工事の音。10時。今日見たこの夢はよく記憶に残っていて、印象深くもあったので寝ぼけながら残滓に浸った。

徐々に目が覚めてきて、ふと部屋に目をやると、そこに微かな違和感を覚えた。冷蔵庫に入れておいたはずのパン、それが空になった袋だけが机に置いてある。それにグラスに赤ワインが半分程入っている。昨夜飲んだ覚えはない。いや、違うのか。人。まさか。鍵はかかっているし、そもそもこんな狭い部屋に人が入ってくれば、私なら多分気付く。忘れていたかったネックレスが頭を素早く過ぎったので昨夜置いた机の隅を見る。・・ない!そんなまさかと辺りを見渡す。・・・見当たらない。私は今まで酒を飲んで記憶を無くした経験や周りからの夢遊行為目撃情報などはない。鼻で自分を笑いながら海外に来ておかしくなったのか、まだ寝ぼけているのかと思い、念のためにここはと、ネックレスの入れられていた巾着をすっと触った。どうやら当人は寝室でお休みのご様子だった。私が寝室へ案内した記憶はないが、ともかくスヤスヤと寝ていられるのも腹立たしく、布団を取り上げてやった。こいつも目を覚ましただろうか。相変わらずの嫌な欠けが見えた。嫌。テーブルに置き、今日は特に予定もないがとりあえずシャワーを浴びようと視界を移し、シャワールームに向か

作者からのお知らせですが、ここでこれまでの私、つまり今まで当文章でその思考や行動を述べてきた彼、の視点を借りた主観形式の描写は終わります。

彼にその間何があったのか?だれが?それはこの物語の作者である私にも分かりません。残念ながら私自身が見ていなかったからです。作者の私であっても、一種の鳥瞰的な目であることに変わりは無く、どうやら私の見ている範囲ではそれは起こりえない出来事だったのかもしれません。なぜなら私は彼を少なくとも文章の初めから先ほどまで、描写されている限りにおいては見ていましたから。犯人もしくは何らかの現象にしてやられたという次第です。私の不注意を責めて頂いても結構。ですが、作者とて作中人物を三百六十五日四六時中観察しているわけにはいかないでしょう?しかし、作者の認識していない場でもその世界は存在し、時は流れているのです。私は録画機能を備えた防犯カメラではありません。ただ、私は彼が首の後ろにアイスピックを突き刺されてシャワールーム前でうつ伏せに倒れていて、噴出す自身の血の滝を浴びながら、既に息絶えているという事実、彼のいっていたように彼の部屋には昨夜から鍵が施錠されているという事実、彼がテーブルに置いたはずの例のネックレスが床に転がっているという事実、をここに述べます。自殺を疑われるかもしれません。もちろん私もその瞬間を見ていたわけではないので否定できません。こんなことが起こるとあてにもなりませんが、一応人物象設定として夢遊病を含めて彼の精神状態に特に際立った異常は設けませんでしたし、また、彼自身は寝ぼけや飲酒による記憶喪失を疑いましたが、彼は昨夜の睡眠前の時点ではパンやワインに手は触れずに就寝しています。しかし私は彼が疑問を抱いた部屋の例の変化の現場も見ていません。その描写がないことからも推測できるように、彼の睡眠中の部屋は見ていませんでしたし、私も、目覚め前は彼の夢の方を彼と共に見ていましたから。

・・という作者氏の意見をこの私の作品表現手法として採用し、そのまま話を続けていっても構わないが、作者が作品を自由に操れない、把握しきれない、その想像された世界を眺める高尚たるべき目があくまで作中人物と同水準を越えられない、というのも如何わしいだろう。それは確かに作品構造の一形態としてありえるが、こんな言葉は陳腐と笑われるだろうか、どうも現実的ではないと思う。だから私は作者氏の見ることができなかった、そしてもしかするとそれから先のその世界においてもまた見ることができなかったかも知れない、一部始終を端的にこれから述べる。

まず、物語の主人公氏はもちろん自殺ではなかった。加害者たるものが存在している。それはかの真珠のネックレスである。やれやれ真珠が凶器を掴み、人を殺害したのか。なぜ作者氏はその滑稽とシュールの狭間とも取れる貴重な事件映像を見ることができなかったのか。見逃しは単なる偶然だろうか。否。真珠はしっかりと実体のある男に姿を変えて、飲み食いし、彼を殺害した。動機は彼が真珠を拒んだのと同じだ、とまではいえる。真珠は誰かが見ているときには姿を変えられないのである。凶器どころか移動も出来ない普段通りの単なる物体。だから結局、次元を同じくした作者氏には真珠男は見えないのである。作者氏の設定を越え、どうやらその注意が自分の周辺から離れるのを狙っていたと思われる。では、なぜ私にはその男が見えるのか。それは私こそが真珠男だからなのだ。というくだらない戯れを挿みつつ。その後、作者氏はまだその自身の頭で今のところ部屋を見ている。だから真珠氏も大人しく真珠状態だ。いずれ作者氏は作者氏なりに話を組み立て、結末を思い描き、その世界を閉じるだろう。いや、そもそも彼には真珠男こそ知りえないが、始めからこういうシナリオを描いていたと考える方が自然かもしれない。ただ、それなら作者氏もわざわざ驚いて表に出てくることもなかったと考えられる。被造物からの予期せぬ不意打ち。早くもどうにかうまく閉じたらしい。作者氏は、作者の認識していない所でもその世界は存在し、時は流れているのですといっていた。そうすると彼に閉じられたその世界も実はまだ作者氏の知らないところで動き、続いている。と彼も考えが至るかもしれないが、少なくとも真珠男については知りようもないだろう。もし万一知り得たならば、その世界が従う秩序法則が乱れ、その世界か作者氏か、或いは両方ともが崩れ落ちてしまう危険性がある。神が見ていないからといっても、そこでなら神にとってあり得ないことが起こっていいわけではないのだ。創造者でないことを知る創造者など創造者とはいえない。そして、創造者でないことを知らないものは己を創造者と信じて名乗る。君が幽霊というやつを初めて見れば、幽霊の存在を認める前に自分が疲れているのか、頭がおかしくなったと思うだろう。しかし創造者でない君ならば、そのおかしくなった世界にも次第になじみ、それを真の現実と受け止められるかもしれない。だが、あの物語はあくまでそこで神の位置たる作者氏が作り出したお話なのだ。作者氏には耐えられないだろう。ということを真珠男が考え、これ以上の悪戯を思いつかなければいいが。神は離れた。真珠男は作者氏の目の届かなくなった室内で好き勝手にでもやっているのだろうか?そのようだ。私が見ているということまではその性質の範疇外らしい。もちろん私は作者氏の作者でも真珠男の創造者でもない。確かに作者氏よりかは上部広域、彼の知らない枠の先、にいるのだが。

一匹の蝶が彼の部屋へ窓から入ってきた。その蝶は部屋にあった真珠のネックレスの方へと近付き、それを捕まえると部屋から出て行った。途中建物の屋上で休憩を取りながらも、蝶はサンジャック通り周辺をセーヌ川方面へゆらゆらと進んでいった。Notre−dame大聖堂。蝶はここからぼんやりパリを眺めるガーゴイルの足に止まると、そこに戦利品を引っ掛けた。そして場を動けぬ大聖堂の羨望と妬みと諦めの視線を背に感じながら、真珠色をしたその蝶は、上空へと飛んでいって、消えた。鳴り響く鐘の音。


音は訪れ、漂い、移ろい、行く。今宵の月もまた、美しい。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ