死後の世界の死後選定
「はい、次の方どうぞ」
順番が来て後ろを振り返ると真っ白な何もなくとてつもなく広い空間にとてつもない人数の老若男女様々な人たちが並んで待っている。
真後ろにいた人に会釈をしてから建物の中に入った。
建物の中は出張所程度の広さで、1人の男性がため息をつきながら忙しそうに資料をかき集めていた。
「あ、どうも初めまして。 私、こういうものです」
「ど、どうもご丁寧に……」
受け取った名刺には、名前のところに閻魔羅闍とあり、今目の前にいるごく普通の人間の姿にしか見えない人が閻魔大王だとわかる。
「え、閻魔様!?」
「はい、日本のたいていの皆さんは私の事をそう呼んでいるようですね」
大量の資料を見る手を止めて、笑顔を向けて頷いてきた。
話で聞いていた恐ろしい顔の閻魔大王とは違い、朗らかな優しげな普通の人のように見える。
「もっと怖そうな人だと思いました」
「あー、それは貴方の生前の行いが良かったからでしょう。 悪い事をやってきた人だと私を見るなり悲鳴をあげますよ」
「そうなんですか」
資料が揃ったようで笑顔を向けてくる。
「お待たせしてしまいました。 それではこれからえーと……山田一郎さんの死後選定をさせていただきたいと思います」
「は、はい! よろしくお願いします!」
「まぁそう緊張しなくてもいいですよ。 山田一郎さんは……ああなるほど。 生前は随分良い行いをしてこられましたねぇ。 最後なんか轢かれそうになった猫を助けて身代わりになられたんですねぇ」
「それがそんなに良い行いでしたか?」
「飼い猫でもない猫を助けに身を呈して助けようとする人はあまり見かけませね」
決して馬鹿にしている様子はなく、むしろウンウン頷きながら感心しているように見えた。
そして資料を1枚取り出して見せてくる。
そこに書かれていたのは様々な植物や生物の名前が書かれてあって、その横に凄い桁の数字が並んでいる。
「こ、これは何でしょう?」
「はい、これは生前に山田一郎さんが殺生した数ですね」
「こ、こんなに……」
「ええ、これだけ殺生をしています。 ですがご安心ください、数字の隣にかっこで書かれた数字がありますよね? それは不可抗力で殺めた数です」
見比べると殆どの数字が前の数字とほとんど変わっていない。
ずば抜けて前後の数字が違うのは、蚊と蝿の部分だった。
「これで山田一郎さんが無益な殺生をしてきていないのが証明されます。 あ、言い忘れるところでした。 一応私の問いかけに嘘は決してつかないでください。 通例に従って舌を引っこ抜かなくてはいけなくなりますのでね」
嫌でしょう? と笑顔を向けてくる。
無言で頷くしかできなかった。
「はい、それでは次にこちら……」
そういって次に提示された資料には死後の葬儀が書かれてあって、そこには仏教とその宗派が書かれている。
ありがたい事にどうやらちゃんと誰かが葬儀をしてくれたようだ。
「まぁ山田一郎さんのいた日本では一番ポピュラーな葬儀ですね。あとこちらはお見せすると膨大な時間がかかってしまいますが……お読みになります?」
百科事典全巻ぐらいはありそうな資料を指差してくる。
「それは何の資料なんですか?」
「山田一郎さんの人生ですよ」
「少し興味がありますけど、もしそれを読んだら後を待っている人たちに迷惑がかかってしまいますよね?」
「いえいえ、時間の概念はないので読みたければ一向に構いませんよ」
人生を振り返ってみたい。 どんな生き様だったのか全てが書かれているのなら見てみたかった。
「是非見させてください」
「どうぞどうぞ、山田一郎さんの人生を存分に振り返ってみてください」
その資料には産まれたころから書かれていた。 まだ自我がなく記憶にもないことまで全て書かれていて、自分を育てる為に両親がどれだけ悪戦苦闘しているかまで書かれてある。
「苦労かけたんだなぁ……」
「そこはもう誰もが似たようなものですね」
徐々に成長していく自身の資料を見ながら、幼稚園時代から小学生、中学生、高校生、大学生の自分を見つめていく。
そこには反抗期で両親に迷惑をかけた事や、喧嘩をして相手を怪我させた事まで全部書かれていた。
そして就職して間もなく父親の他界。 ここで当時を思い出して涙がひとすじ流れた。
「あの、両親は死後どうなったんですか?」
「あー、そこは個人情報という事で教えることはできないんですよ」
「そうですか……そうですよね」
「……ちょっと待っててください。 特別ですよ? えーと、うん、山田一郎さんのご両親はと……ああ、ご両親は2人とも地獄には行ってませんよ」
それが聞けただけで良かった。
「ありがとうございます」
続けて読んでいき、母親が他界したところまで読んで資料から目を離した。
「もう十分です。 想い出が見れて良かった」
両親が2人揃って早死にし結婚をすることもないまま死んだから、そこから先は一人っ子なため読む必要はないなと思った。
「それじゃあ山田一郎さんの今後を決める話の方に移りますね」
「はい」
「まず葬儀が仏教でしたので、極楽か地獄、または輪廻転生が選択できます」
「え! じゃあもし他の宗教だったら選択肢が変わったりするんですか?」
「もちろんです。 例えばある宗教の場合ですと自殺した場合は問答無用で地獄行きですし、今では珍しいですがヴァルハラに行って神の尖兵となる場合もあります。 もっともこれは無宗教の方の場合であって、生前に信仰する宗教があればそちらが優先されますね」
「そ、そうなんですね……」
となると地獄は論外として、極楽か輪廻転生の2択だ。
「ちなみに極楽はどういうところなんですか?」
「そうですねぇ、私も行ったことがないので説明的になりますが、常に法楽をうけ、諸仏を供養し、出でては苦の衆生を救済し、化益する事ができる所だそうです」
「な、なんだか難しいですね」
「そうなんですよ」
「それでは輪廻転生だとどうなりますか?」
「こちらはお分かりかと思いますが、生まれ変わりですね。 ただし、生前の行いによって生まれ変われる選択が狭まれてしまいます。 山田一郎さんの場合は生前の行いが大変よろしいので、選択の幅はとても広いですよ」
嬉しいことに選び放題に近いようだ。
オススメを聞いてみると、食物連鎖の頂点に立つ生物がいいらしい。 そこは当然と言えば当然で、せっかく生まれ変わっても襲われる立場では平穏な暮らしは期待できない。
そういった観点から人間に生まれ変われるのなら人間を選択するのが無難なのだそうだ。
「一応こちらに山田一郎さんが選べるリストが有るのでじっくりご覧になるとよろしいかと思います」
差し出されたリストには選択できるものが書かれてあった。
人間から始まって、シャチやらクジラ、パンダやゾウと本当に様々あって迷ってしまうほどだ。
「ちなみにそこに加えて評価点というのがありまして、例えば人間であれば生まれなんかを選んだりできますし、クジラならナガスクジラのように種類の選択や生存保証を選べたりもできます」
なんだかゲームのキャラクターメイキングのようだ。
人間を選択した場合は国の選択から富裕層の生まれなどまで選べてしまう。
生存保証は野生の世界では子供のうちは襲われやすいから、特典を使って〜年間は生き延びれるというのまで選べるようだ。
「なんだかゲームみたいですね」
「それは山田一郎さんに分かりやすくする為にそう見えているのでしょうね。 その資料は見る人に一番理解しやすい見え方をするようにできています」
便利な者だなぁと思いながら見ていくと、ふと気になる項目が見つかる。
「すいません、この異世界というのは?」
「ああ、それはその通り異世界での生まれ変わりですね。 前もって注意しておきますが、異世界を選択されたらもう変更は効きませんのでご注意くださいね」
試しにどういうものか見てみようとするけど、文字が全くわからない。
そこで異世界を選択したら変更はきかないと言われた意味を理解する。
「異世界の評価点で選択できるものは選択しないと見れないという事ですか?」
「そういう事になっています。 というのも異世界は私の仕事の管轄外になりますので」
異世界になるとここにいる神たちは関与できなくなるらしい。 そしてこのようになったのにも理由があって、死んだ者を閻魔様の元へ行く前にひきづり込もうとする異世界神が現れたため、条約を結び選択できるようにしたのだそうだ。
もっとも条約を結んだ今もこっそり連れさる異世界神もいるらしい。
とにかく異世界を選ぶのは重大な選択になりそうだ。
念のため人間を選択して良さそうな特典を選べるだけ選んでみる。
日本の富裕層で男性、容姿端麗、頭脳明晰……体型は見当たらなかった。
「あの、体型は無いんですか?」
「体型は育っていく環境で変化するものですから」
ニッコリ笑顔を見せる。
確かに容姿や頭脳は両親の遺伝により多少なり左右される。 しかし体型は運動もしないで食べたいものを食べてばかりいれば、どんなに両親が細身であっても意味を成さない。
ボーナスがまだ残っているから他にも細々したものを選んでいく。
完璧だと思った。
誰もが羨み将来まで約束されているのが目に見える……
だけど果たしてそんな人生が楽しいのだろうか? ここまで完璧だと何かを成し遂げる喜びを味わったりできず退屈になるのではとなぜかそんな事を思ってしまう。
「お決まりになりましたか?」
「はい」
資料の一箇所を指差す。
そこは異世界と書かれた場所だ。
「異世界、でございますね? もう一度確認いたします。 この決定で変更は効きません、よろしいですね?」
「はい」
「山田一郎さん、輪廻転生を希望しその転生先を異世界にする、でよろしいですね?」
一瞬だけ迷った後、
「はい、山田一郎は異世界に輪廻転生します!」
閻魔様が資料にバンッ! と済の主因が押された。
「それではこれから先は担当が変わりますので、そこの奥にある扉を開けて入ってください」
言われるまま奥の扉の前まで向かう。
「良い異世界人生を」
「はい、行ってきます!」
扉を開けてくぐり抜けた。
「はぁ……最近は転生先を異世界に選ぶ人間が増えて困ったものです。 このままだとこっちの世界の人口減少に歯止めがきかなくなってしまいますよ。
っと……はい、次の方どうぞ」