第1話「妹は引きこもりで」3
俺はこの商店街が好きだ。野菜、魚、肉、どれもデパートやスーパーとでは比べものにならないくらい新鮮だ。
といっても、ただ単に学校から近いっていう理由だけで、正直どこでもいいのだ。
俺は学校の校門前で、シオリ、アキラ、トウマの三人と別れて、今商店街で夕飯の買い出しをしているところだ。
俺は行き付けの八百屋で、商品棚に並べられている野菜を見ながら、夕飯の献立を考えていた。
今日は何にしようか。
俺は商品棚に置かれた野菜としゃがんでにらめっこしていると
「あんちゃん、今日はジャガイモが新鮮だぜ。」
と八百屋のおっちゃんがジャガイモを片手に勧めてきた。
ジャガイモか。よしっと、俺は勢いよく立ち上がった。
今日はポテトサラダにしよう。
俺はリュックを背負って、ジャガイモの入ったビニール袋を片手に並んでいる出店に挟まれた道を歩いている。そんな俺の頭の中は妹のことで溢れかえっていた。
あいつ今何してんだろう………
ちゃんと昼飯食べているだろうか。俺は少し心配だった。あいつにもしものことがあったら、今海外にいるあいつの両親に顔合わせができない。
今の言い方だと、まるで俺とユリは兄妹でないように聞こえるが、全くその通りである。
俺は生まれてすぐに両親をなくし、桐崎家夫妻、ユリの両親に引き取られた。
だからユリとは兄妹であって、兄妹でない、義兄妹ということになる。
今両親は三年前から出張で海外にいる。
そのため、俺がユリの面倒を見ることなった。
さすがに両親が帰ってきたときに、ユリがこんなんだったらいろんな意味でまずい。
俺は長く続く商店街の道を通り抜けると、歩くスピードを上げた。
商店街を抜けるとすぐ、住宅街に入る。そのまままっすぐ進み、二つ目の角を右に曲がり進んでいくと、左側に二階建てのコンテンポラリースタイルの家が建っている。そこが俺の家だ。
俺はその家の扉の前に立つと、上着のポケットからディンプルキーを取り出し、鍵穴に挿して回した。
ガチャっと音がすると、ディンプルキーを引き抜き、ドアノブに手をかけ、ゆっくり引いた。
「ただいまー。」
俺は薄暗い玄関でそう言った。返事がない。
まあいつものことだが、俺が帰っても誰も出迎えてくれる人はいない。いや、いるのはいるが、ユリは引きこもり中で、しばらく口を聞いていない。
俺は大きく息を吸って、溜め息をついた。
俺は背負っているリュックと、手にぶら下げているビニール袋を艶のある複合フローリングの床に置き、腰を下ろして、靴を脱いだ。
靴を脱ぐと、俺はビニール袋を拾い上げ、リビングの方に向かった。
薄暗いリビングだった。
俺はリビングの隣にある、ダイニングルームの真ん中に立っているテーブルに、ビニール袋を置いた。
その後上着を脱いで、椅子に掛かっている紺色のエプロンを取り、それをに掛けた。
俺はエプロンを腰に巻き、置いてあるビニール袋の中からジャガイモを全て取り出し、キッチンに向かった。
俺は流台の前に立ち、これからポテトサラダとそれ以外の料理を作ろうとしたが、何だか気分が冴えない。
例え作ったとしても、結局一人で食べることになる。そしてユリも部屋で一人。
段々イライラしてきた俺は、手に持っているジャガイモを、冷蔵庫の野菜室の中に押し込み、エプロンを脱ぎながらキッチンを出た。
風呂でも入るか
廊下に出て左に進むと、奥にトイレがある。その右脇にあるのが風呂場だ。
俺は引き戸のロックを確認すると、縦に向いていた。これは空いている証拠、つまり誰も入っていない。
俺は少し安心して、引き戸を開けた。
「あ」
俺は今見ている光景に目を疑った。
ユリがそこにいたのだ。ただ幸いにもまだ服を脱いでいない。
だが着ている着ていないの問題ではなく、着ている服そのものだ。
妹はリボンの付いた魔女帽子を被り、白いコートを羽織り、丈の短いピンクのスカートと膝の高さまであるブーツを履いている。
一言でいうなら、魔法少女のコスプレをしていると言った方がいいだろうか。いいや、いいはずがない。
大体、俺の知っている妹にコスプレ趣味はないずだ。
俺は目を瞑り、右腕でこすった。
きっとこれは夢だ。そうにちがいない。
俺はゆっくり目を開いた。
だが、ユリは魔法少女のコスプレのままで、じっと俺を見て、頬を赤くして固まっている。
嘘だろ………
「ひ」
しばらくして、やっとユリは口を開いた。
「いやーーーーーーーー!!!」
悲鳴とともに、ユリの全身は眩い光に包まれた。
「うお!」
俺は反射的に目を瞑った。
光が収まると、俺はゆっくり目を開けようとした。
だが、すぐに目をそらした。
今、ユリの姿は魔法少女のコスプレから一瞬にして、全裸になっているのだから。
俺は横目で妹を見た。
妹はホッと溜め息をついたが、今の自分の姿に気付き、赤くなっていた頬をさらに赤くし、涙目になっていた。
「えっと………なんか、ごめん。」
俺は状況が飲み込めず、妹の裸を見てしまったこともあるので、とりあえず謝ることにした。
すると弧を描くように勢いよく妹の手の平が、俺の頬に直撃した。
「ぶべらっ!」
俺は中に浮いて、一回転した。
その時、一瞬お星さまが見えたような気がした。