第1話「妹は引きこもりで」2
階段を上り、突き当たりを左に曲がると、たくさんの教室が、廊下に奥まで並んでいるのが見える。俺はその「1-A」と書かれた表札の刺さった教室に歩み寄った。
覗き込むと、俺やシオリと同じ制服を着た男女がそれぞれ仲の良い友人同士とグループを作って、他愛のない世間話をしている。
俺は窓際の近くにいるグループの方に目を向けた。
そこで、茶髪の男子生徒が、本を読んでいる黒髪の男子生徒に話しかけている光景が目に映った。
「よっ、アキラ、トウマ。」
俺は二人組のグループの方に歩み寄りながら、声をかけた。
「おー、ミツル、シオリも一緒か。お似合いだねー。」
と茶髪の男子生徒ことアキラはニヤニヤしながら答えた。
「………おはよう。」
黒髪の男子生徒のトウマは本を読みながら、少し笑顔を見せながらあいさつをした。
この二人はシオリ同様、俺の数少ない友人だ。
羽島アキラ。こいつは中学からの付き合いで、お調子者のバカだ。
毎朝しつこく、俺にエロ本を勧めてくる。俺はその度に断っているが、それでも飽きることなく勧めてくる。ほんとに呆れる奴だ。
でもそんな奴でも、俺のことを親友と言ってくれるこいつは、いい奴だ。
岩月トウマ。こいつは高校の入学式の時に知り合った。
みんな仲良く話している中、一人だけ席に座って本を読んでいるのを見かけて、俺は声をかけることにした。最初は戸惑いを見せていたトウマだったが、なんとか受け入れてくれたみたいだ。
入学してから三週間しか経っていないため、こいつのことをよく知らない。だけど、俺は少しずつだが仲良くやっていこうと思う。
「お前ら何話してたんだ?」
俺は二人の顔を交互に見ながら訪ねた。
するとアキラは右手で頭をかきながら
「いやー、トウマってさー、いつも本読んでるけど、何の本読んでるかわかんないじゃん。だから気になって聞いてみたわけよー。」
と答えた。
「エロ本じゃないと思うよ。」
俺の真横にいたシオリがぼそっと言っているのが聞こえた。
確かにトウマがエロ本っていうのはイメージが湧かない。もしそうだとしたら、それはもう笑い話だが。でも、こういう大人しくて、あまり感情を面に出さないクールな少年だから、読んでいるものも、推理ものとか、ファンタジーものに違いない。
生憎、トウマの読んでいる本の表紙は、書店で貰うような茶色い紙製のブックカバーで隠れていて見えない。
あまり気にしてはなかったが、言われてみると気になってきた。
「なぁ、それ何の本なんだ?」
俺は聞いてみることにした。
するとトウマは溜息をついて、茶色い紙製のブックカバーを丁寧に外し、俺たちに本の表紙を見せた。
「絶望世界」
予想外の本のタイトルに俺たちは唖然としてしまった。
「だから見せたくなかったんだよ。まあ、変な勘違いされるよりはましか。」
トウマは頬杖をつきながら、そっぽを向いた。
「いやぁ、なんかお前って意外な趣味もってんだなぁって。」
もう俺たちは苦笑いするしかなかった。
それと同時に、俺の中のトウマのイメージがさらにミステリアスキャラになったのに気がついた。
「トウマくんって、そういう小説が好きなんだね。」
すぐにいつもの調子に戻ったシオリが言うと
「別に。この本が好きなだけ。」
とトウマが本の表紙を見ながらそう答えた。
「それに、この本に出てくる主人公を馬鹿にする奴らの末路が本当に面白いんだよなー。昔の奴らにこんな仕打ちをしてやりたいよ。」
トウマは薄気味悪い笑みを浮かべていた。
俺はトウマのその表情に背筋が凍った。恐らくシオリやアキラも同じことを考えていただろう。
こいつ昔何があった
「まあまあ、そんな怖い顔しないで。ほら、これ。」
すると、アキラは自分の上着の懐からエロ本を取り出して、トウマに見せた。
ビキニ姿の女性の映った表紙を見て、トウマは頬を赤くした。
「ほらほら、お前も男だし、こういうのに興味あるだろ。」
エロ本を押し付けるアキラ。
「いや、僕はそういうのはちょっと………」
困った表情でエロ本を押し返すトウマ。
その光景を俺は、少し気不味い気持ちで見ていた。
シオリも同じ気持ちだろう。
しばらくそのやり取りが続くと、とうとう我慢の限界になったのか、トウマの頬に怒りの血管が浮かび上がり、アキラを睨み付けた。
「しつけーんだよ、このアホ!!!」
トウマは勢いよく立ち上がりながら、アキラの顎にアッパーを殴り付けた。
アキラは中に飛び上がり、そのまま地面に崩れ落ちた。
俺はこの魚を見ながら、溜息をついた。
ほんと、こいつら仲良いんだか悪いんだか