第1話「妹は引きこもりで」1
俺には妹がいる。
小柄で、腰の辺りまで延びている銀色のウェーブの髪。
きれいなピンク色の瞳、マシュマロのように柔らかい色白の肌。
見ているだけで兄の自分でさえ虜になってしまいそうだ。。
おまけに成績優秀、運動神経抜群で明るい女の子だ。
もうとにかく良いとこ取りで、こいつの兄貴で良かったと今でも思うくらいだ。
だから俺は妹が大好きだ。
………二年前までは。
ある日を境に、突然妹は変わってしまった。
容姿そのものが変わったわけではない。
ましてや、成績が悪くなってもない。
問題は性格だ。
表情が暗く、内気で口数の少ない大人しい性格になってしまっているのだ。
心配になった俺はどうしたと聞いてみたのだが、
「なんでもない。心配しないで。」
と素っ気ない顔で返答するだけだった。
俺は妹に何かあったのか、心配になって学校に問い合わせようとしたが、妹に止められた。
結局、原因がわからないまま時間が過ぎていく一方だった。
今年の春から高校に進学した俺「桐崎ミツル」は、高校生活をエンジョイ出来ていない。
最近になって、妹の「ユリ」が部屋に引き込もって出てこなくなってしまった。
察するに、ユリの悩みがどんどん膨れ上がってきているのがわかる。
ユリに何かあったのは間違いないが、その原因が何なのかはいまだにわからないままだ。
その答えがわからないとなると、今までの明るい妹に戻るどころか、部屋から出てくることはないだろう。
そんなこんなで、部屋に引き込もっているユリを心配しながら、今日も俺はいつもの河川敷を歩いている。
道に沿って並んでいる桜の木々が桃色に染めて、川と海の瀬戸際辺りまで続いているのが目立つ。まるで一つの美しいオブジェのように見える。
俺は学校へ行く途中立ち止まって、それを眺めていた。
「春が来た。」
いや、俺の場合「また来てしまった」のほうが正しいだろう。
俺は当たり一面の満開の桜を見上げながら、少し複雑な気持ちになっていた。
ユリが変わってしまってから二年、引き込もってしまってから三週間。
俺はため息をついた。
もしこのまま部屋から出て来なかったら。さらに悪化するようになったら。考える度、ユリのことが心配になる。
「桜見て、何暗い顔してんの。」
俺ははっとしたように、桜から声のする方に目を向けた。
俺はその声の主が誰なのか、すぐにわかった。
同じクラスの「沢田シオリ」だ。
シオリは、小さい頃俺やユリと一緒に遊んでた幼馴染だ。ユリに負けないくらい明るい性格で、俺にとっては姉のような存在だ。
「いや、何でも。」
何でもないことはなかったが、妹のことを考えていたとは言えない。
「どうせまたユリちゃんのこと考えてたんでしょー。」
図星だった。
俺の考えていたことをシオリは見事に当てたため、しぶしぶ頷くしかなかった。
シオリは昔から勘が鋭いため、俺が何を考えているのかすぐに見破られてしまう。
「やっぱりねー。相変わらずのシスコンねー。」
シオリは笑顔でそう答えた。
「誰がシスコンだ!」
俺は「シスコン」という言葉に反応して、大声を出してしまった。
確かに俺は妹が好きだが、それはあくまでも家族の一人として好きなだけであって、恋愛感情は一切ない。
だから俺はシスコンと言われるのが嫌なのだ。
「ごめん、ごめん、冗談だって。」
シオリは相変わらずの笑顔で、両手を小さく振って、俺を落ち着かせようとしている。
「そんなに怒らないでよ。ほら、みんな見てるよ。」
シオリにそう言われると、俺ははっとなって周囲を見回した。
登校の際にこの河川敷を通る学生や、一般の歩行者が、俺たちの方を見ているのに気づいた。
俺は動揺したが、俺は苦笑いでお辞儀をした。すると、見ていた人たちは次々と立ち去っていった。
「まったく。朝っぱらから大声を出すんじゃありません。」
シオリがそう言うと
「いや、お前のせいだろオカン。」
と俺は即座にツッコんだが、スルーされた。
すると、シオリは改まったような表情で言葉を続けた。
「でも、わからないことはないよ。私もユリちゃんのこと心配だし。」
俺はシオリの言葉に少し驚いたが、それと同時に安心した。
そうか、心配してくれているのか。ユリ、ここにもお前のこと心配してくれるお姉ちゃんがいるぞ。
俺はクスッと、つい笑ってしまった。
「ありがとな、シオリ。」
そう言うとシオリの頬が、少し赤くなりだした。多分照れているんだろう。
シオリは顔を下に向けて、そのまま歩きだした。
「行こ。」
俺はその言葉につられるように、自分もシオリの後を追った。