7 道中
神社を出て、鳥居をくぐり、一本道の突き当たりを右。
薄暗い森の細道を、三人とも無言で静かに歩いた。
ビャクさんによると、森の中が一番『黄泉返り』と遭遇する危険性が高いらしい。
途中、骸骨の集団を二度目撃した。
一組目は結構距離が離れており、難なくやり過ごした。二組目は歩いている道の正面から来たが、咄嗟にそばの茂みに隠れたのが幸いして、これまたどうにか息を潜めてやり過ごすことが出来た。両方とも、着物女が骸骨より先に相手を発見したのが大きかった。
三十分程歩くと森を抜け、見晴らしの良い道に出た。
これで少しほっとする。
さらに倍ほど歩くと、ようやく村が見えてきた。
「あの……ちょっと休憩を」
白金少女が言った。
「休憩?」
もう少しで村なのに?
そう思って振り向くと、彼女は頬を赤らめて俯き、右手側を見る。
あっ、忘れてた。そちらには浅めの川が流れている。村へ入る前にそこでズボンを洗いたいのだろう。
「あっと……わかった。じゃあ少し休憩しよっか。もう大丈夫みたいだし」
村まではおよそ200メートル。辺りの見渡しもいい。
たとえ何かあっても、すぐ村まで走っていける距離だ。問題ないだろう。
「そうですね」
着物女も了承して、三人で休憩をとることにした。
実際、一時間近くも『黄泉返り』に脅えながら歩き、少し疲れた。
白金少女は、川辺のちょっと大きめな岩のある方へ向かっていく。
そっちで洗うのだろう。
「気をつけてね」
「うん、ありがとう」
川はそう深くはないと思うが、月明かりのみの夜だ。オレが軽く注意を促すと白金少女はすぐに返事した。
どうやら神社での出来事のショックも、幾分和らいだようでちょっと安心だ。
オレも川を背に手頃な岩に腰掛け、両手にそれぞれ持っていた傘と、ビャクさんから渡された刀を膝に立てかけた。ちなみに駄賃として受け取ったお面セットの方は腰のベルトに括り付けてある。
それにしても……まいったな。
「別の世界……か」
腰を下ろしたまま、周囲をぐるっと見渡す。
遮るものもほとんどない、広大な草原。
日中でも光が入らなそうな、深い森。
そして、どこまでも続いていそうな大きな山々。
無骨なアスファルト道路はなく、鉄塔や電柱などの人工物も見あたらない。自然のままの風景だ。
これだけ広範囲でこんな景色、日本の田舎でもそうはないだろうな。
そんな事を考えてると、着物女がこちらに来た。
改めてみると、整った顔だな……。
どこか品のある美しい眼差し。月明かりが、さらりと流れる黒髪を照らす。
同い年くらいだろうか。
「あの……神社の時は、助けて下さりありがとうございました」
神社の時……骸骨との戦いの事だろう。
「いや、こちらこそありがとう。助かったよ」
彼女が骸骨の頭を踏んづけたのを思い出す。
「私、巴乃むう子と申します」
着物女が名乗った。
ともえの、むうこ。格好いい名前だな。何て書くのだろう。
「オレは氷上吹雪」
「ひかみ……ふぶき。個性的で良いお名前ですね」
「そう? よく寒そうな名前って言われるよ」
「私は音の響きから、爽やかな印象を受ける素敵なお名前だと思いました」
「ありがとう。ともえのむうこ、は格好いいね。なんか武家って感じで強そう」
「ありがとうございます」
彼女は嬉しそうに笑った。
そうだ。『ともえの』なんて名字は聞いたことがない。
何処に住んでる人なんだろう。
「えっと、ともえのさんは──」
「気軽にムーコと呼んでください。敬称は要りません」
彼女が微笑んで言った。感じのいい奴だ。ムーコというのはあだ名かな。
「わかったムーコ。あ、じゃあオレもフブキで」
「わかりました。フブキさん」
「さん、は要らないよ。それに歳も近そうだし、テキトーでいいよ」
オレは軽く笑って言う。さん付けはちょっとくすぐったい。
「では、フブキくんで」
「……ん」
ムーコの方が敬称なしって言ったのに、丁寧にくん付けか。
まぁ、彼女はなんか育ちが良さそうだし、それがニュートラルなのかな。
「あ、座ったら? 歩き通しで疲れたでしょ」
ムーコが立ちっぱなしだったので、オレは座ってる岩の上を少しずれて、彼女のスペースを空けた。
「どうもです」
そう言ってムーコが隣に座る。その動作に少し見とれた。
なんだこいつ……。なんて言うか、座るというその所作一つが、美しい。武芸をやっている人だからだろうか。動きが洗練されている。
「それで、ごめんなさい。なんでしたっけ? 先ほど言い掛けたこと……」
オレがぼけっと感心してると、ムーコが申し訳なさそうに言った。
「ん? ああ……えっと、ムーコは何処から来たの? って聞こうとしてたんだった」
「そうでしたか。ええと、私は『ハリマ国』から来ました」
……ハリマ国? どこだそれ? 外国?
「『るい』という小さな村の出です」
るい……。聞いたことがない。ていうか、普通に日本の都道府県で答えてくれると思っていたのだが……。
「フブキくんは、どちらのお国からですか?」
ムーコがこちらを向いて聞いてきた。どちらの国からって……。
「オレは……日本って国から……だけど」
「にほん……。初めて聞いた名前です」
「……初めて?」
「はい。きっと遠いところなのですね。服装も少し異なっていますし」
「…………そうかな」
「はい……少し」
あれ? どういう事だ? オレ的には彼女も同じ日本から来たと思っていた。質素ながらも普通の着物姿。お茶や華道などの習い事が盛んなオレの田舎じゃ、そう珍しくもない格好だ。白金少女にしたってそうだ。髪の色こそ違うが、服装は日本人のそれだった。ていうか話してる言葉が同じなんだ。日本じゃない可能性なんて、考えもしなかった。
でも……それじゃあ、どういう事だ?
服装も言葉も同じなのに、日本を知らないって……。
『──希にあるんだよ。『別の世界』とつながっちまう事がよ』
ビャクさんの言葉を思い出した。
別の世界。
まさか……ムーコはオレとは違う世界から来たのか?
そうだ。
そもそも世界が『元の世界』と『この世界』の二つだけと考える前提がおかしい。二つあるなら……世界がその様に存在するのなら、他にも世界があってもおかしくないじゃないか。
『──来っぱなしの一方通行だ。最初はみんな帰る方法を探すが、やがて諦めてこの世界で生きることを考える』
ビャクさんの言葉の意味が解ってきた。
そして不安になる。
オレは単純に、あの鳥居の下に『この世界』と『元の世界』とが繋がりやすい空間がある。
だから、繋がったときに鳥居をくぐれば『元の世界』に戻れる。
そんなふうに思っていた。
もちろん簡単ではないだろう。既に色々と問題も浮かぶが、それでも僅かながらに希望は持っていた。
けれど、もし皆が『同じ現象でまったく異なる世界から来た』となると、そんな希望も持ちにくい。たとえ鳥居が別の世界と繋がった時にくぐったとしても、都合良く自分の住んでた元の世界に戻れるとは限らないのだ。
そう考えると、今更ながらに事の深刻さを痛感する。
「どうか、しましたか?」
ムーコに声をかけられて俯いていたのに気づいた。
「あ……その」
「お顔が真っ青ですよ。どこか具合が悪いのですか?」
彼女が心配そうに言う。
話す……べきか?
彼女の話しぶりから『自分たちは皆、同じ世界のどこか遠くの国から来た』と思っているんじゃないか?
オレもそうだったように、おそらくそう考えている。
でも……今、話すことか? 望みを絶つに等しいこんな情報。知らない方が……。
「大丈夫だよ。ちょっと疲れただけだから」
とりあえず笑ってそう答える。そうだ。所詮、まだ憶測でしかない。彼女に話すのはせめてもう少し確証を得てからだ。
そう考えてたら、ちょうど白金少女が戻ってきた。
「あ、もう大丈夫?」
「うん、でも、その……おにーさんのシャツも」
オレが白金少女に尋ねると、彼女は少し困った感じで言ってきた。
ん? ああ……。背負ったときに少し濡れたからか。でもちょっと湿った程度だ。どっちかっていうと一日着てて自身の汗の方があれだ。
「大丈夫だよ。気にしなくていいから」
「あっ……でも……ごめんなさい。洗わせて欲しい、かも」
白金少女は、今度はわりとはっきり言った。
こっちが気にしなくてもそっちが気にするか。
「せっかくですから、洗って貰ったらいいですよ」
ムーコが言った。
そだね。
「えっと、じゃあお願い。汗くさかったら申し訳ないけど」
「ううん。ありがとう」
オレは重ね着の二枚を脱いで、「肌着は大丈夫だから」と言って白金少女に渡した。
肌着まではおしっこで濡れてないだろうから、彼女はそれで納得してくれた。
ていうか、さして鍛えてないも上半身を露出するのは恥ずかしい。
これで勘弁してくれ。