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65 月明かりの下で



 夜中。

 オレは眠れずにテントを出る。


 辺りは月明かりで、適度に明るい。

 少し離れたところにある井戸に水を飲みに行き、そこで今日のことを思い返す……。


 ナタリは『これくらい平気』と言ったが、骸骨に噛まれて平気なわけがない。

 奴らの犬歯は人間のそれよりも少し長いのだ。刃物はものの方が殺傷能力があるとは言え、基本的に骸骨が持っているのは錆び付いたボロがたな。場合にもよるだろうが、実は少し斬られるよりも、まともに噛まれた方が傷は深かったりする。


 血が、けっこう出ていた。

 噛まれた事がないから分からないが、きっとかなり痛いはずだ……。


「くそっ……」


 オレは井戸の横にこしらえてある腰掛け椅子に座る。

 ……ナタリに、また痛い思いをさせてしまった。

 ムーコにも、また無理をさせて怪我までさせた……。

 せっかく『巴乃流ともえのりゅう刀術とうじゅつ』という戦うすべを得たのに、オレは結局2人を守れないでいる。

 こんなんでオレは………………。


 ふと影がかかった。

 振り返ると、そこにムーコがいた。


「ムーコ」

「フブキくん、眠れないんですか?」

「ああ……少し。起こしちゃったか」

「いえ……」


 そう言ってムーコも井戸から水を組み、口にする。


「お隣いいですか?」

「ああ……」


 オレが腰掛け椅子を少しずれると、ムーコがそこに座る。


「今夜は月が良く出ていて綺麗ですね」


 ムーコが月を見上げて言った。


「ああ……そうだな」


 自然、オレも月を見上げる。

 心なし日本で見ていた月よりも、少し青い気がする。

 実際、青いのかも知れない。なんたって別の世界だもんな……。

 ちらっと見ると、ムーコが何か言いたげな様子だった。


「どうかしたの?」

「あ……いえ、その……」

「……?」


 ムーコは普段物事をはっきり言う奴なのに、変なところで遠慮することがある。言いたいことは言わせとかないと、人間関係に良くない。


「フブキくんが……落ち込んでいるのではないかと思いまして」

「……オレが?」

「はい……フブキくん、今日の骸骨狩り以降あまり元気がないです」


 元気がない?

 …………ああ、落ち込んでんのかオレ……。

 武芸を身につけたのに、またナタリを助けられなかった。

 それがショックなのかも知れない。


「どうかしたのですか?」

「…………」


 言葉がでない。


「私でよろしければ話してください。……何かお力になれるかも知れません」


 ムーコ……。


「私はフブキくんの力になりたいです」


 …………なんでこいつはこんなに。

 骸骨の大襲撃で倒れたこと……まだ引け目とか感じているのだろうか?

 ………………。


「また……ナタリが噛まれた。オレが怪我を顧みずに骸骨につっこめば負わなかった怪我だ。そして、そうしておけばムーコのピンチにも手を貸しにいけたかも知れない。ムーコも怪我をせずに済んだかも知れない」


 オレは言えずに抱えていたものを、つい口にしてしまう。

 男として、情けなくて言えなかった事だ。


「フブキくん……」


 ムーコが呟く。

 彼女はどう思うだろうか。

 情けない奴だと、幻滅するだろうか……。


 だが、そう思われても仕方ない。


「フブキくん、それは背負いすぎです」

「…………背負いすぎ?」


 予想だにしなかった言葉に、オレは顔をあげる。


「はい。私が何年武芸をやってきたと思っているんですか?」


 ムーコが、少しむっとした表情をつくって言った。

 何年……。幼い頃からやっていたと言っていたから、10年くらいだろうか?


「お言葉ですが、武芸始めて一週間のフブキくんが、戦闘面において私の窮地を助けようなどとは、烏滸おこがましい話です」

「うっ……」

「ご自身の事も満足に守れないのですから、まずはご自身を守ることに専念してください。他者を手助けしようなどと考えるのは、それが出来てからのお話しです」


 …………。

 ……めちゃめちゃ正論だった。

 正論すぎて、ぐぅの音も出ない。


「フブキくん。私には武芸を教えている立場として、お二人が一人前になるまでお守りする責任があります」

「……一人前になるまで?」

「はい。フブキくんは『巴乃流・刀術』を、ナタリちゃんは『巴乃流・棒術』を一通り身につけるまでです」


 そうなのか……。

 まぁ実践での訓練だからな……。それもそうか。


「ですからそれまでの間、どうか私を頼って下さい。私がお二人をお守り致します」


 ムーコ……。


「今回のことは、敵の数を見誤った私の落ち度です。はじめ20体程と思い少しでも早く殲滅せんめつをと突撃しましたが、50体相手なら悪手でした。対策を決め、次はもうナタリちゃんにあんな怪我はさせません」


 そう言って、胸元で右手を握りしめるムーコ。

 ……そうか。ムーコも、ナタリを怪我させてしまった事を気にしてるんだ。

 そして武芸を教える者として、もうあんな怪我はさせないから任せろと──。


「大丈夫です。あと2週間もすれば、フブキくんもナタリちゃんも骸骨などに後れはとらなくなりますから」

「2週間で?」

「はい。フブキくんならば、大勢の骸骨相手にも立ち回れるようになるでしょう」


 マジか。あと二週間で……。

 それなら…………。


「わかった。じゃあ、今しばらくムーコに頼るよ」

「はいっ。お任せください」


 にこっと笑うムーコ。

 が、すぐに表情を曇らせた。


「あともう一つ、お伝えしなくてはと思ったことがありました……」

「うん……?」

「フブキくん、『怪我をかえりみずに』と仰っていましたが、それが出来なかったのは刃物が怖かったからですよね?」

「うん」

「フブキくん、それで正しいのです」

「えっ」

「フブキくん。ふつう素人が刃物……それも刀ややりを持った相手に、近づくことなどできません。もともと動物は、鋭いモノに根源的な恐怖を抱くものです。そして人間には想像力がありますから、尚のことその恐怖は大きいのです」


 そうなのか……。


「ですがフブキくんは、それを何度か意志の力でねじ伏せ、刃物相手に刀を振るっています。これは並大抵の意志じゃ絶対に出来ません。まことに勇気ある人だと思います」


 断言するように彼女は言った。


「ただ、ナタリちゃんの時……刀を持った複数の骸骨に囲まれたときは別です。フブキくんはその状況で、自分が無茶をすればどうなるか、ありありと解っていたはずです。ですから無茶を出来なかったんです。そしてそれが正しいのです。人は……刺されたり斬られたりすれば、簡単に死んでしまうのですから……」


 どこか哀しそうにムーコが言った。


「勇気と無謀の意味をはき違えないよう、お願いします」


 勇気と無謀の意味……か。

 …………。


「わかった。ごめん、ちゃんと武芸身につけるまで無茶しない。考えてみれば一朝一夕で身につくものじゃないよな。オレ焦ってたわ」

「そうです。じっくり行きましょう」

「ん……。ありがと」

「どういたしましてです」


 ニコリと笑うムーコ。

 そして言いたいことを言って満足したのか、また彼女は月を見上げる。


 ……かっこいいなコイツ。

 女なのに……男だってこんなかっこいい奴、そうはいない。


「どうかしました?」


 ムーコがオレの視線に気づいて首を傾げる。


「いや……ムーコが、かっこいいなと思って」

「えっ、かっこいいですか? 私」


 目をぱちくりして反応するムーコ。


「ああ、かっこいいと思うぞ。今日だって薙刀で骸骨5体まとめてへし折った時、すごかった」

「ほんとですか?」


 うれしそうに聞き返すムーコ。


「ああ、めっちゃかっこ良かったよ」

「えへ。えへへへへ。うれしいです」


 そう言って照れるムーコ。

 こいつ、武芸誉められると本当にうれしいんだな……。女なのに変わってんな。

 でも……こんなにうれしそうに笑われると、なんかこっちまでうれしくなる。


「フブキくんも、格好良かったですよ」


 ムーコがオレを見て言った。


「え、オレはだめだめだっただろ?」


 かなりパニクりまくってたし、ナタリ守れてねーし……。


「ナタリちゃんに骸骨を近づけさせまいと、金剛杖こんごうじょうを振り回すフブキくん……。かっこよかったです」


 あー……そうだろうか。

 金剛杖は扱い方がよくわからず、ただ闇雲やみくもに見苦しく振り回しているだけだったと思うが……。まぁいいや。


「ありがと。そいやアレ、使いやすいね。簡単に骸骨砕けるし、骸骨の間合いの外から攻撃できるし……。今度、金剛杖の扱い方も教えてよ」

「そうですね。金剛杖は骸骨戦に向いてますから、それも良いかも知れませんね」

「骸骨戦に向いてる?」

「はい。刀より重さもあるので、骸骨の骨を砕くのに特化してしている感じです」

「そうなんだ……。もしかしてオレも金剛杖に変えた方がいいのかな?」

「敵が骸骨のみならそうですね。ですが、万が一面山賊(めんさんぞく)に遭遇したら、金剛杖では対処が難しいと思います」

「そうなの?」

「神社で見た面山賊は、力もスピードも手数てかずも多かったです。あの攻撃を凌ぐには刀の方が良いでしょう」

「なるほど……」

「ですがフブキくんが金剛杖の方が良いと言うでしたら、それもお教えいたしますが?」

「うーん……じゃあ、金剛杖は少しだけ振り回し方教えてもらって、基本は退魔刀でいくよ。……いざという時、怖いしね」

「そうですね……」




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