36 ナタリの快進撃
「フブ兄、とりあえずその傘は?」
「そうだね」
ナタリの言葉にオレは同意して、すぐにテント売りに傘を見てもらう。
ていうか売る。置く場所もないんじゃこんなの持ち歩いていても邪魔なだけだ。はした金だろうと構わない。
「これは…………3万ポウでいいデスか?」
期待してなかったが、まさかの3万ポウ!
「えっと、そんなにもいいの?」
ついバカ正直に言ってしまう。だって確かコンビニの300円傘なのだ。
ポウと円はほぼ同じくらいの貨幣価値だから、3万ポウなら実質100倍である。
「はい。すばらしい技術の結晶……3万ポウでお願いしたいデス」
取引は成立した。
「……マレビトさんは文化の違う世界から来るデス。キミタチの世界ではありふれた普通の物でも、この世界では貴重なモノになること多いのデス。ていうか、キミ、正直すぎるデス。ふふっ。でも、ワタシ良心的商人である事が理念。この世界にとっての適正価格で買い取るデスよ」
テント売りは笑って言った。
なるほど、文化の違う世界か。確かにそうなのかも。
これまでそれどころじゃなくて、考えもしなかった……。
良心的商人、……か。
自身に理念を持って行動する人は信用出来る。
……そこまで計算しての言葉ならあれだけど、この人はたぶん大丈夫だな。目が澄んでる。日頃お金を扱う機会が多い商人には、あまりいないタイプだ。
「じゃあ、これも買い取ってもらえませんか?」
オレは、これまでずっと履いていた長靴を見てもらうことにする。
ゴム製の長靴だ。確か3000円くらい。コンビニで買った傘よりは上等なものだと思う。
「……いいデスけど、キミ、疑わないのデス?」
テント売りが不思議そうに聞いてきた。
「ふつう、もっと疑うデス。せめて他の買い手にも見てもらうものデスよ?」
「えっと……適正価格で買い取ってくれると言って下さいましたし……」
「それが、嘘かもしれないじゃないデスか」
「……おねーさんは他人を騙す人には見えないですよ」
オレは率直にそう答える。
こういうやりとりは、元の世界でもたまにあったことだ。
オレは人の嘘を見破れる。
もちろん100%ではないし、本人の勘違いによる間違いには気づけないが、悪意ある相手の嘘は割と簡単に見分けられる。超能力でもなんでもない。人がそれぞれが生まれ持つ資質や長所みたいなものなのだろう。生まれながらに足が速い人。計算が得意な人。味覚が優れている人。絶対音感を持っている人。……オレは単に他人より『嘘に敏感な人』だっただけだ。
だから騙す人ではないと判断したら、あとは信じるだけだ。
そして、人は信じて貰えるとうれしいものなのだ。
「キミ、気に入ったデスよ。適正価格の一割り増しで買い取らせてもらうデスよ」
テント売りが嬉しそうにサービスを宣言してくれた。
「ありがとう」
こちらの信じる気持ちが伝わると、オレも素直に嬉しい。
テント売りが長靴を鑑定する。
割と新しいものだが、ここ数日ずっと履いてたものだけに、においとかしたら少し恥ずかしい。
「変わった靴デスね」
「水たまりに入っても、水が染み込まないゴム製の長靴です」
「なるほど……確かに水が染みなさそうデスが、染み込まないという証明は?」
「川などでテストして貰らえれば……」
「では、すぐには試せませんね」
オレが提案すると彼女はそう答え、なにやら考える。そして──
「おもしろいデス……。わかりました。この長靴は水たまりに入っても水が染み込まない靴。4万ポウで買いとるデスよ」
きっぱりと言ってくれた。
「試さなくていいですか?」
「必要ないデス。ワタシは必要のないことはしない主義デスよ」
……信用とは、こちらが信じれば、割と相手も信じてくれるものだったりする。
そもそも人は、人を信じたい生き物なのだから。
それにしてもこのおねーさん、気持ちのいい人だな。商人を悪く言うつもりはないが、経験上こんなにはっきりと信用に信用で返してくれる商人は珍しい。今後も縁があれば、ここだな……。
「売れるモノは全部ここで売ろう。一割り増しで買い取ってくれるって」
オレがムーコとナタリの二人に言うと、喜んで答えてくれると思ったが、「そうですね……」とムーコの反応はいまいちだった。ナタリに至っては返事すらしない。
どうした?
「まぁいいわ。じゃあこれ見て貰おうかしら」
何がまぁいいのか解らないが、ナタリが後ろ頭につけていた『髪留め』を外してテント売りのおねーさんに渡す。
ナタリのプラチナブロンドに良く似合った、透明感のある鮮やかな緑色の髪留め。素人目にも決して安物ではないことがわかる。
「これはよい品デスね。9万……いや、10万ポウでどうデスか?」
「いいわ。それでお願い」
ナタリがあっさり髪留めを売って10万ポウも手に入れた。す、すごい……。
なるほど。これが高く売れると思ってたから、最初からテント購入に積極的なのか。
とりあえず3万、4万、10万ときて、えーっと、これで21万9000ポウ。あと8万1000ポウだ。馬鹿高いテント購入がいきなり現実的な金額になってきた。
「あとは……これかな」
ナタリが2つ指輪をポケットから出した。
仕舞ってたのか……まぁこの町、物騒だもんな。初日からトラブったし……。
見てもらうと、それぞれ3万ポウと5万ポウの値がつく。
すごいな……。文化が違うからの高値か、ナタリの元々の世界でも高価なのなのかはわからないが……。
とにかくこれで、8万足して合計…………29万9000ポウだ。テント代の30万ポウまであと1000ポウ!
それからナタリも靴を脱いで、テント売りに見て貰う。
まだ新しいきれいな緑色のスニーカー。
しかしこれは500ポウ、売るのはやめた。
個人的にはかっこいいスニーカーと思うが、「小さくて実用性に乏しいデスから」とのことだった。まぁ、それならナタリが使っていた方がいい。靴はどうせ必需品だしな……。
「ムーコは……なにもなさそう?」
オレは傘と長靴と刀。ナタリは髪留めと指輪と短刀を売った。
ムーコもなにか売る物があれば助かるが……。
「私は……家のすぐ裏手にある神社を散歩していて、そのままこの世界に来てしまいましたから……手ぶらでなにも……」
そうなのか。確かにシンプルな着物姿だもんな。履いてる物も質素な草履で、高い値が付きそうにない。
「売るとしたらこの着物くらいです。せめて下着はご容赦して下されば……」




