20 ナタリ
「ど、どうしたの……?」
「うっ……ぐすっ……あたしたちは……もう元の世界に帰れないの……?」
驚いて声をかけたオレに、涙を拭いながら問い返すナタリ。
「ナタリちゃん……」
ムーコが芋カステラをナタリに勧めるが、首を振って断られる。
「元の世界に……戻りたい?」
「うん……」
オレが尋ねると、すぐ頷くナタリ。
やはり、換金所でも元の世界に帰れないと言われたのが堪えているのだ。
しかも一緒にいるオレ達が、今後この世界で生きていく為の……仕事の話ばかりをしだしたから……。
おそらくまだ十二、三の女の子。むこうに家族だっているのだろう。
どうしたものか……。
ムーコがナタリの頭をぎこちなくも撫でている。
「ナタリのさ、元の世界の事を聞かせてよ」
なんとなく口から出た。
「……あたしの世界のこと?」
オレの言葉に、ナタリが怪訝そうに顔を上げて聞き返す。
「そう、家族のこととか、学校のこととか」
「いいけど……でも、どうして?」
「んー…………オレ達さ、こんな事になっちゃって今一緒にいるけど、お互いのこと全然知らないじゃん。でも同じ境遇の仲間っていうのかな……、いつか元の世界に戻れるにしても、それまでこの世界で生きていく上で協力って言うか、助け合える仲間になれるかなって思って」
「助け合える……仲間?」
「そう。オレ達こっちじゃ身寄りも何もないしね」
「でもあたし……何も役に立てないよ」
「そんな事ないよ。今日だってオレが換金所の人に説明するとき、上手く出来なくて……そしたらナタリが上手く言ってくれた。あれは助かったよ」
「そ、それは別に、あたしじゃなくたって……」
「そんな事ありません。私も人と話すのはあまり得意ではないので、とても助かりました」
否定するナタリに、ムーコも言った。
そう……なのか? ムーコはがんがん喋ってた気がするが苦手意識でもあるのだろうか……。まぁこの際それはどーでもいい。
「ほら、ムーコもそう言ってる。誰だって得意不得意あると思うんだ。だから、お互いの事少しは知りたいと思ってさ。そんなわけで良かったら話してよ、ナタリの事」
「あたしの事……」
「そ、ナタリの事」
つぶやくナタリにオレは話を促す。
「…………家族は両親と、歳の離れた姉と兄がいるわ」
「そうなんだ。……お姉さんとお兄さんはどっちが上なの?」
「姉が上。七つ上で、兄が五つ上よ」
「どんなお姉さんとお兄さんですか?」
ムーコも尋ねた。
「姉は……頭が良くて、周りからも信頼されてて評価も高いの」
「そうなんですか。では、ご自慢のお姉さんですね」
「うん、でも外ではお淑やかに振る舞ってるけど実は本性隠してるだけで、内じゃわがままでしょっちゅう怒るムカつく姉よ。姉のスイーツをこっそり食べただけで本気でビンタされて鼓膜が破れたのを今でも忘れないわ」
ふんっと愚痴るナタリ。
そうか……。すごい姉だな。ていうかナタリなんか怒ってる?
「お、お兄さんはどんなお方なんですか?」
ムーコが取り繕うように聞いた。
「兄は結構女の人から声をかけられていたわ。学校でも女性づきあいは上手で『さわやかなお金持ちのスポーツマン』とか私の友達も評価してたし……」
「いいですね。私、一人っ子でしたから、そんなお兄さんうらやましいです」
ムーコが少し憧れるように言った。
「そう? でも実体は、家で私にジャーマン・スープレックスを本気でかけてくる脳筋よ。爽やかだなんてとんでもないわ。ただの馬鹿よ、馬鹿。ちょっと兄のゲームソフトをお金に困って売り払っただけでプロレスの必殺技よ!? 必・殺・技!! 頭おかしいと思わない!? ヘタしたらマジで死ぬっつーの!! 今でもあの時の肩の痛みを覚えているわっ」
憤慨して、憎々しそうに愚痴るナタリ。
すごい兄だな……。でも、全部お前が先に悪さしてないか?
「なんか賑やかそうな家だな」
「そうね。いい歳した姉や兄なのにやかましかったわ」
「仲悪かったのか?」
「良くはなかったわ。喧嘩多かったし」
「そうか」
「うん、でも…………」
「……?」
「たぶん心配してる」
ぽつりと言うナタリ……。
「そうだな……。心配してるな」
「あたし帰りたい」
「そうだな」
また涙を流すナタリ。
「あたし帰れるかな?」
「うっ……」
それはわからない。現実的に難しいと思う。……なんて言えない。
可能性がないわけじゃない、とでも言ってみるか? でもそんなのあってもごく僅かじゃないのか? いつ何処で、どこに繋がるのかも解らない超常現象。元の世界に戻るだなんて、雲をつかむような話だ。
実質ないと言える可能性にしがみつかせてしまうのは、無責任かも知れない……。今ここではっきりと無理だと言ってあげた方が、この子の為になるんじゃないのか? そうだ、ナタリだって頭じゃきっと解ってる。でも……こんな泣いてる女の子にそんなことを?
「私の聞いたところによると、神隠しというのは、ある日ふと戻れる事もあるそうです」
オレが答えあぐねていると、ムーコが言った。
オレとナタリはムーコを見る。そしたら、
「ある日、ふと戻れるかも知れません。ですからその時まで、せっかくですからこの世界を楽しみましょう」
と、にこっと笑うムーコ。
のんきな……。
あまりにのんきな物言いに呆気にとられた。
でも………………。
確かにムーコの言う可能性もないわけではない。だったら深刻になっても仕方ないだけか……。
「そうだな……いつか戻れる機会があるかもしれないけど、そのとき既に飢えて死にました、じゃ話になんないもんな。だから……まずは、ここで生きていけるようにがんばろう」
オレはムーコの言葉に乗ることにした。
「そうですそうです」
同意するオレに、微笑んで相づちするムーコ。
やっぱかっこいいなコイツ……。敵わないな。
しかし、ナタリはまだ俯いていた。
……帰りたいのだ。いつか戻れるかも、とかでは駄目なんだ。
そりゃそうだよな……。
いきなりこんな世界に来て、家族に自身の安否も伝えられない。それどころか二度と元の世界には戻れず、家族にはもう会えないかもしれない状況。
簡単に納得など出来るわけがない。
きつい、だろうな……。
一体どうすれば……………………。
「……一緒に探そうか。元の世界に戻る方法」
「えっ…………いいの?」
ナタリが驚いて顔を上げた。
ああ……解ってるんだ。とても難しいという事はこの子も解ってる。
「うん。……でも無責任なこと言えないからはっきり言うけど……とても難しいと思うよ? 換金所のおじさんも超常現象の類って言ってた。どれだけ探してもどうにもならないかも知れない。最初から可能性なんてないのかも知れない」
少しきついかも知れないが、オレは彼女に遠慮なく確認する。
「……うん」
ナタリが涙を浮かべて頷く。
「そして当然のことだけど、まずはこの世界で生きていけなくちゃいけない。実際元の世界に戻る方法を探すのは、その後だったり生活の合間合間になる。当然まったく探す時間がとれない日もあると思う。それでもいいなら……だけど」
オレは伺うようにナタリに言った。
「…………うん。それでもいい」
ナタリが覚悟するようにしっかり頷いた。
「わかった。……なら一緒に探そう」
「そうですね。もしかしたら何か方法があるかも知れません。一緒に探しましょう」
ムーコも同意した。
それでナタリの表情が少しほころんだ。よかった……。




