2 化け物
だん!
神社の戸が開いた。
誰かが飛び出してきたのだ。
スーツ姿の男。それも手に刃物を──いや、抜き身の刀を持っている。
そいつがこっちへ走ってくる。
「た、助けて」
叫んだスーツ男の表情には、凄まじい恐怖の色があった。
助けてとは言っているが、抜き身の刀を持って走ってこられたらこっちだって怖い。
白金の少女が「な、なに?」と怯えながらオレのすぐ後ろまで下がった。
着物の女は少し右脇へ後ずさる。彼女はオレたちの存在にも気づき一瞬目が合った。
スーツ姿の男の後ろから、何者かが追いかけて来ていた。よく見えないが、ボロボロのマントを纏った、何か変なお面を被った奴だ。
そいつがあっと言う間にスーツ男に追いつき、飛びついた。
スーツ男の顔が歪み、オレ達から5、6メートル前で激しく転倒────うつ伏せに倒れた彼の背中には、刀が刺さっていた。
「ひっ」
背後の白金少女から小さな悲鳴。
スーツ男の背に、お面の奴が飛び乗る。
その姿の異様さに、ぎょっとした。
肌が灰色なのだ。
ボロボロのマントから覗く、肌のすべてが灰色。まるで乾いた泥の様だ。
それにお面。白地に変わった書体で『頭』と書いてあるようだが、肝心の穴があいてないように見える。
お面野郎が、スーツ男の背から刀を抜いた。
……長い。刃渡り七十センチ程もある日本刀のようだ。
スーツ男が小さくうめく。そして、涙の溢れている顔でオレを見てくる。
助けを──助けを求めている。
助けなくては……。
「おい、お前──」
傘をぎゅっと握り一歩前に踏み出すと、お面野郎がこっちを見た。
鳥肌が立った。
──殺される。勝てない。
オレは一瞬で身が竦んで動けなくなってしまった。
お面に穴は空いてないが、確実に見られている。
まるで腹を空かせたライオンが、すぐ目の前にいるかのような圧力。
どうしようもない恐怖。
怖い……。
お面野郎はすぐにオレから視線をはずし、逆手で握っている刀を持ち上げ──スーツ男の首に突き下ろした。
血が飛び散った。
スーツ男が殺された。
明らかに、殺された。
お面野郎が殺しやがった……っ!
お面野郎がゆらりと身体を起こし、こちらを見据える。
手には刀。血が滴り落ちる。
やばい……。次は……オレか?
逃げなくては。
だけど身体が固まって動けない。動いたら殺される気がする。いや、動かなくても同じかも知れない。
「おらぁっ!」
突然、お面野郎の背後から誰かが刀を振るった。
さっと、飛び跳ねるように避けるお面野郎。
現れたのは長身の男。髪が銀がかったボサボサ頭の男だ。
そいつが間髪入れず、お面野郎に追撃する。
ギィン!
激しい金属音。
ギィン! ギィン! ギィン!
お面野郎がそれらを防ぐ。いつの間にか抜かれた脇差し。二本の刀で防ぐ。
防ぐ、防ぐ、防ぐ。
ギィン!!
ひときわ激しく刀と刀がぶつかり────飛び下がって、距離をとるお面野郎。
攻撃の手を止めた銀髪の男。
二人が対峙する。
「何か、変なのが来ますっ」
突然、着物の女が叫んだ。
彼女の視線の先──右手側の森の中だ。
見ると木々のあいだの中で、何かがふらりと動いた気がした。
……なにかいる。
目を凝らすとまた見えた。
人影のようなもの。
それが四十メートルほど先の森の中にいる。何かを『ぎしぎし』と軋ませながら、こちらへ向かってくる。
「なんだ……あれ……」
思わず声がもれる。
「人……ですかね」
着物女が答えた。
一瞬、木々の隙間から月明かりに照らされる。
──骸骨。
それも、ボロボロの鎧を纏った骸骨。なんだあれは!?
「骸骨です……っ。骸骨が…………動いていますっ!!」
着物女が叫んだ。
「ちっ」
銀髪男の舌打ち。
「おい、お前も戦え。……俺はこいつから目が離せねぇ」
銀髪男がお面野郎と睨み合ったまま言った。首筋には汗。若干息が上がっている。
「その骸骨も人を襲う。お前等を殺しに来る。……戦え」
僅かな身振りで、オレに言っているのだと分かる。
「わ、わかった……っ」
オレは反射的に応えた。
つーか応えるしかない。他に男はオレしかいないのだ。
「女たちも下手に逃げるんじゃねぇぞ。このお面野郎に狙われる……」
「はっ、はい」
銀髪男の言葉に、着物女が了承する。
だが白金少女の返事はない。
振り返ると、その場にへたり込んでいた。
「おいっ」
オレが声をかける。
びくっと反応したが、小刻みに震えてる。
見れば彼女のズボンが濡れていた。失禁している。
がしゃ。がしゃがしゃがしゃ。
骸骨が森から出て来た! 十数メートル先! 体を揺らしながら走ってくる!
「その男の刀を使え! そいつみたいに刺されたくなきゃ、叩き壊せ! 骸骨の動きは鈍いっ。お前でもやれる……っ!」
見れば、倒れてるスーツ男の手には刀が握られたままだ。
「くっ……」
オレは傘を放り、慌ててスーツ男の手からその刀を取ろうとする。しかし堅く握られており、なかなか取れない。無理矢理に指を一本一本解き、なんとか刀を抜き取る。すみません……っ。
「殺らなきゃ、殺られるぜ」
銀髪男の声。
顔を上げた時には、骸骨がオレに向かって刀を振りかぶっていた。
こっちも咄嗟に刀を振り上げる。
──ギィン!
刀同士がぶつかり、弾かれる。
──が、すぐに次を振るってくる! 早いっ!
こちらも懸命に合わせる!
「────っ!」
ギィン!
ギィン!
ギィン!
骸骨がめちゃくちゃに刀を振るってくる!
怖ぇっ!
つーか、ぜんぜん動き鈍くないんだけどっ!?
「……くっ!」
チャンバラならガキの頃によくやった。でも、これは本物の刃物。ミスったら──洒落にならない!
骸骨が大きく振りかぶった!
太刀筋は見え見えだ! 思いっきり刀をぶつける!
「ぐっ……らぁ!」
その衝撃に骸骨はフラツいた。オレは咄嗟に蹴飛ばす。
骸骨が後ろに倒れた。軽い。
「あっ!」
────カンっ!
背後の声に振り返ると、鳥居の柱の下で着物女が尻餅をついていた。
その頭上には刀。鳥居に深く食い込んでいる。そして、それを引き抜こうとする骸骨。
もう一体いたのか!
「わわわわわっ!」
着物女が尻餅ついたまま後ずさる!
オレはすぐそっちの骸骨に向かって走り、蹴っとばす。
ずしゃっ、と倒れる骸骨! よしっ。刀は鳥居に食い込んだままだ!
でも、骸骨はゆっくりとだが立ち上がり出す。
「ボディと頭を破壊しない限り動く……っ! しっかり壊せ」
銀髪の男が、お面野郎と切り結びながら言った。
「くそっ」
オレは、立ち上がった骸骨の胴体──鎧の間をめがけて、思いっきり刀を振るった。
──バキンッ!
あっさり骸骨の背骨──腰に近い部分が折れた。
二つに分かれた骸骨。それが地面に倒れる。
ぐぐぐっ。
しかし、上半身の方がまだ動く。
銀髪男の言ったとおりだ。頭も破壊せねば……っ。
「えいっ」
着物女が、倒れてる骸骨の頭に飛び乗った。
こなごなに壊される頭蓋骨。おおっ。
「あと二体いますっ」
着物女が指さして叫ぶ。
げっ、増えてる! 見れば最初の奴とは別に、新たにもう一体いる。
そいつらがこっちに向かってくる!
「お願い致しますっ」
ハキハキした声で着物女が頼んできた。
「えっ」
……無理だろ!
二体同時は無理! 絶対無理!!
なのに、骸骨は二体仲良く並んでくる。
ちょっ……や、やばい────────!
ズババババーーーーーーーン!! グシャメキ! ドグシャ!!
目の前の骸骨共が粉砕した。
一瞬で鎧ごと身体を破壊され、即座に頭も踏みつぶされた骸骨共。
銀髪の男がやった。すげぇ。
見ると、銀髪の男が相手していたお面野郎がいない。
「お、お面は……?」
「逃げた。足の速ぇ野郎だ」
オレの問いに、銀髪の男は忌々しそうに答えた。