19 ムーコ
「そうだね……元の世界に戻れないっぽいし、たぶん生きてく為に何か仕事をしなくちゃいけないよね……」
「やっぱりそうですよね。宿代に食事代に……着替えの服も必要になりますし……」
オレの返答に、ムーコが下唇に人差し指を当てて考える。
「あー、あとどこか安く部屋を貸してくれるところを見つけたいな」
「あ、借家ですか」
「うん。旅館暮らしじゃ、仕事に就けても金銭的に厳しいだろうし。換金所のおじさん……ダンディーさんって呼ばれてたっけ。あの人によいところを紹介してもらえたりしたらいいんだけど」
彼なら治安の良い場所なども教えてくれるだろう。
「でしたら……住み込みのお仕事を探すのも良いかも知れないですね。それならお仕事と住む家が一度で決まりますし」
「なるほど。住み込みか、どんなのがあるんだろう……」
思い浮かぶのは、工場で車や電子部品を組み立てるようなバイト求人誌の情報しかない。当然、この世界ではそんなのないだろうし……。
「ええと、私が知っているのは『下働き』や『用心棒』くらいですね。この国にあるかはわかりませんが」
ムーコが腕を組んで言った。
……下働き? 用心棒?
「下働きって……家事とかそういうお手伝いさんみたいな?」
「そうです。主に商家さんで商売のイロハを学びながら、仕事をお手伝いします。もちろん炊事、洗濯、おつかいなどもしますし、また子守などをする場合もありますね」
「……ふうん。それならオレにも出来るかも知れないな……」
「ですが住み込みと食事がつく分、一日中働いてもほぼお給金はないですね」
マジか……。商売のイロハったって幼い子供じゃないんだ、勉強くらい勝手に学べばいい。お金が貰えないならやってられないな。
「用心棒ってのは……?」
時代劇とかで耳にした事はあるが、一応聞いてみる。
「えっと……依頼主を、盗賊などから守るために身辺につくお仕事です。主に押し入り対策で大きな商屋さんが雇います。……フブキくんの国ではなかったのですか?」
ムーコが首を傾げて聞いてくる。
「いや、そういうのは……一部ではあると思うけど、あまり一般的ではなかったな」
「そうなんですか……平和なお国だったのですね」
オレの言葉に、感心した様子で答えるムーコ。
「ムーコはやったことあるの? その用心棒の仕事」
「いえ、私はまだありません。そういうお仕事は腕が立つものでないと務まりませんし、名が上がるまでは控えた方が良いと、祖父に止められていましたので」
「名が上がるまで?」
「はい。武芸大会などで活躍し名が知れ渡れば、それだけで賊が嫌がって避けてくれるからと……」
「ああ、なるほど。戦わずして、仕事を全う出来るわけだ」
「はい。おまけに好待遇で給金も良くなりウハウハだそうです」
そんなんだ……。なかなか世渡りの上手いおじいいちゃんなんだな……。
「じゃあムーコは、その『用心棒』の仕事をしたかったの?」
「いえ、私は『同心』になりたいと思っていました」
……どうしん?
「簡単に言えば、町の治安を守るお仕事です」
町の治安か。警察官みたいなものだろうか。
「でも……それって危険な仕事だよね?」
「はい。時には大きな危険を伴うこともあると思います」
「なら、どうしてその『同心』に?」
当たり前の事だが、オレは痛いのが嫌いだ。大きな怪我だけは絶対にしたくない。
だから、多大な危険の伴う仕事に自ら就きたいと言うからには、それ相応の理由が気になる。
「実は私、幼い頃に誘拐された事があるのです」
茶菓子に手を伸ばし、何気なく言うムーコ。
ちょっと驚いた。
「まじで?」
「はい。犯人は当時、世を騒がしていた武装盗賊団で、あちこちの村から子供をさらっては、遠国の人買いに売るという犯罪行為を繰り返していたそうです」
マジか……。
ムーコが淡々と過去を語る。
「そのあまりの被害に、国も総力を挙げて捜査する程でした。ですが犯人達は姿を消すのが上手く、ようやくしっぽを捕まえても生半可な兵力では返り討ちに合うという有様で……」
「それは……怖いね」
「はい。ですが、町民にとって一番怖いのは、犯人達の身代金を請求しないで売り飛ばすという手口のため、一度彼らに子供を攫われたら二度と会えないと言うことでした。幼いながらも私はその話は聞いていましたので、誘拐されたと気づいた時は、二度と親に会えないのだと涙したものです」
その時を思い出すようにしんみりするムーコ。そして、もぐもぐと茶菓子の芋カステラを食べる。オレは黙って続きを待つ。
「ですがその後、盗賊団のアジトを『町の見回り組』だった三人の同心さんが突き止めました。しかし、すぐに感づく盗賊達。のんびり応援を待っていてはまた姿を隠されると判断した同心達は、たった三人でアジトに乗り込むのですっ!」
急に元気良く話すムーコ。なんか少し熱くなってる?
「そして三人の同心達は、返り討ちにしようと襲ってくる盗賊達を相手に、ちぎっては投げ、ちぎっては投げの大活躍! あっという間に全てなぎ倒し、幼い私を救出し家族の元まで届けてくれたのですっ」
どうですっ? と言わんばかりのムーコ。茶菓子を片手に満面の笑みだ。なにコイツちょっと可愛い。
彼女にはどちらかと言えば少しクールな印象を持っていたけど、こんな熱い側面もあるんだ……。テレビドラマの『暴れん坊将軍』とか好きそうだな。
「そうなんだ。すごいね」
オレは相づちを打つ。
「はい。すごいのですっ。その時から『同心』となって、町の治安維持に従事する事が、私の夢となりました」
ムーコが目をきらきら輝かせて言った。
……が、
「ですが、夢やぶれました」
がっくり肩を落とすムーコ。
「『別の世界』に来てしまっては、同心になれません」
「……でも同心でなくても、似たような仕事はあるんじゃない?」
「そうかも知れませんね……。フブキくんは、何か働きたいお仕事があるのですか?」
「えっ……オレ? オレは別に……なるべく安全に楽しくやれれば……。それに、この世界のことをまだ良く知らないしね。考えるのは換金所のおじさんに町を案内して貰ってからかな」
「そうですか。確かに私たち、この国にどんなお仕事があるのかも知りませんもんね」
「うん、明日はおじさんに色々と教えて貰おう」
「はい」
……それにしても、やっぱりムーコとオレは元いた世界が違うな。話せば話すほどに、それを確信する。
「フブキくんのお国と私の国は、やはりとても遠いようですね……」
ふと、ムーコが言った。
ムーコもオレと話すことで何かしら思ったのだろう。国が遠いのではなく、別の世界から来ただろうという事を言うべきか?
気になってナタリの方を見ると、彼女が俯いて涙を流していた。




