4話
予定時間より遅れての投稿です。
先に動いたのはまたしてもイリスだった。だが彼女の持つ剣は雷を纏い、激しく点滅しながら襲い掛かってくる。直に受けるのはまずいと直感で判断し、後ろに飛びのく。
鼻先をイリスの剣が掠めていく。空気が焼けて発生したオゾンがツンっと鼻につく。
「おいおい、当たってたら死んでたぞ?」
すると彼女はバチバチと発光し続ける剣を俺に向ける。
「避けられるって信じてたもん! 本気じゃなきゃすぐに負けちゃうしね!」
そう言うと、彼女はまた剣を構え突っ込んでくる、そして乱舞のごとく剣を振る。
初めの数回は避けることも出来たが、段々と苦しくなり剣で受け止め流すしかなくなってしまった。彼女の雷を纏った剣を受けた瞬間右腕に鋭い痛みが走る。
だが、右手に持った剣を放すことなく彼女の剣を流す。その行為を数度と繰り返すことによって、決定打にならない事にもどかしさを覚えたのか、剣を上段に構えるとそのまま振り下ろしてくる。
それを巻き上げようとし剣と剣を合わせた時、右手の甲が急激に熱を発した。
「――!?」
彼女の剣を巻き上げようとした時だったため、逆に自分の剣が吹き飛ばされてしまう。
そして、勢いのついた彼女の剣が俺の胸元を切り裂いた。
「え、ルクス君!?」
イリスのその声を最後に、意識を失った。
◇◆◇
イリスに斬られた怪我で医務室に運ばれているのを、どこか遠くで感じながらも右手はずっと熱を持っていた。
遠くで医師たちの声が聞こえる中、俺の意識は闇に沈んでいった。
何もない、手の熱以外感じない暗闇の中、誰かもわからない女の笑い声だけが響き渡る。その声を聞いた時、脳裏には紅魔女フレイの笑みが浮かび上がった。
目を覚ますと病室特有の臭いが鼻についた。
ゆっくりと目を開けるが部屋には誰もおらず、ベッドの傍らには先程まで誰かが居眠りをしたであろう形跡が残されていた。
体を起こそうとすると胸に少し痛みが走る。
「痛っ……」
胸元を確認すると包帯でグルグル巻きにされていた。
あぁ、そうかイリスの魔法剣を受けたのか……
そこで、右手に起こった違和感を思い出し光にかざしてみる。
だがそこには、昨夜、朝と変わらぬ刺青が残されていた。
「なんだったんだ?」
そう口に出した時、部屋の扉が開かれイリスが入ってきた。
「あ! ルクス君……よかった、起きたんだ!」
そう言って枕元まで歩いてくると、いきなり頭を下げた。
「ごめんなさい! いつもボクが守るとか言ってるのに傷つけちゃって……せっかくルクス君がボクのために練習してくれたのに、こんなんじゃダメだよね」
言葉を紡ぎながらポロポロと涙をこぼすイリス。
痛む体に鞭を打って、彼女の頭に手を載せる。
「イリスは悪くないよ。俺が受け損ねただけなんだから、責任を感じることはないよ」
俺の返事が気に入らないのか、バッと顔を上げる。
「でも。そんな……ボクのせいでルクス君が怪我しちゃった訳で!」
「確かに、怪我はしたがな。その責任を取らないでくれ、これはあくまで俺が失敗しただけでイリスがどうこう言う話じゃないんだからな」
まだ不満げだったが、頭を強く撫でると理解してくれたようだった。
「うん、わかった! じゃあルクス君に借り一つって事で」
「あぁ、何かあったら頼むよ」
そうして、またイリスの頭をぐしゃぐしゃと撫でるのだった。
◇◆◇
その後来た医師の話を聞くところによると、特に問題はないらしく安静にするのならば部屋に帰ってもいいらしい。要するに、問題ないから帰れということだった。
ということで、自室戻りゆっくりと休むことにした。
今度こそ一人のはずの部屋に入る。
確かに、誰も居なかったがテーブルの上に見覚えのない手紙が置いてあった。
宛名はなく、無地の白い封筒に入ったものだった。
「誰からのだ……?」
よく見てみると手紙の右下の方に、紅い剣に絡まる蛇の刻印がされていた……俺の右手と同じ刻印が。
「――!?」
こんなものを寄こす人物なんて、彼女を除いているわけがない。
破かないように、封筒から手紙を出す。
そこには簡潔な言葉が並べられていた。
――ルクス・ローレンへ――
今夜、あの場所に来い。
――F――
あの場所というのは、あの廃れた教会の事で間違いないだろう……
何の用があるのかは判断つかないが、あの魔女が言う事だ良からぬ事なのだろう。
ここで隊長へ報告するのは簡単だが、相手は魔女だ。どのような復讐があるか分からない内は黙って従っておくべきだろう。
「今夜か……」
◇◆◇
太陽が沈み、月明かりが夜を支配したころ男子寮の3階から飛び降りる影があった。
誰ということはない、ルクスだ。
周りが寝静まるのを確認すると、ベランダから飛び降りたのだった。
そして音もなく着地すると、すぐさま商店街の外れへと向かった。
夜の商店街は活気にあふれており、酔っぱらった男や冒険者などが酒や女を求めて闊歩していた。
だがそんな喧噪も教会に近づくにつれ薄れ、教会が見えるころになると一人も見かけなくなった。
教会の扉の前で呼吸を整え、扉を大きく開ける。
そして中ほどまで足を進めて辺りを見渡す。
部屋には誰も居らず、静寂な空気が満ちていた。
「誰も居ない?」
そう呟いた時、俺の背後で気配が動くのを感じ振り向く。
そこには、あの時の様に微笑を湛えたフレイが立っていた。
「ちゃんと時間通りに来てくれたのね? あら、今日は一人なのね……まぁいいわ、来てくれて嬉しいわ」
フレイは、その真紅の瞳を細くすぼめ近づき右手を差し伸べてくる。
俺は一瞬、躊躇したがその手を握る……その瞬間右手の甲に焼鏝を押し付けられているかのような痛みが走る。
「ぐっ、うわあああぁぁあ!」
慌てて手を振りほどこうとするが、どれだけ力を入れてもビクリとも動かない。
そうしている内に痛みの激しさは増していく。
あまりの痛みから意識がもうろうとし始めた時、ようやくその手が離れた。
「はぁ、はぁ……」
肩で息をする俺を、愉しそうに見下してくるフレイ。
「ちゃんと“機能”しているみたいね。ごめんね、痛い思いしちゃった?」
フレイは作ったかのような顔をしながら覗き込んでくる。
「い、いや。大丈夫だ。それよりも今の事をするために呼んだのか?」
「いえ、違うわね。今のは貴方の、ルクスの力の確認かしらね」
俺の力? 俺の力は多少剣術を使えるだけの力のはずだ。
「どういう、ことだ?」
「何て言うのかしら……ルクスは魔法が使えないと思い込んでいるわけでしょ? それをどうにかするための切っ掛け、とでも言うべきかしら」
フレイ自身どう説明していいのか分からないようで、言葉を選びながら話しているようだった。
「それで、その切っ掛けを得た俺は魔法を使えこなせるのか?」
フレイはニヤリと笑みを浮かべる。
「――いえ、ルクス。貴方に魔法は使えないわ」
やっぱりか。魔女の切っ掛けとやらを受けても俺の才能に変化はないようだ。
本当に俺は、才能がないな……こんなことで守っていけるのか?
「あらあら、一人で考え込んじゃって……やっぱり魔法を使えなかったのがショックなのかしらね。まあ、そんな事はどうでもいいわ!」
「そんな事ってどういう――!?」
地面からフレイへ視線を動かすと、ふざけている雰囲気のない真剣な眼差しが待っていた。
「ルクスにお願いがあるのよ。どうしても取ってきて欲しいものがあるの」
「どうしても、取ってきてほしいもの? 何を取ってきてほしいんだ?」
そもそも、フレイ程力が有るのなら自分で取りに行けばいいのに。
「――それはね。私の力、魔力の象徴を取り戻して――
そもそも変だと思わなかった? 私が、魔女が他人に助けを求める事に。
あの晩、私は襲撃を受けた……貴方たちの団長さんかしらね? そのせいで私の力が奪われてしまったのよ。だからお願い」
「断る、と言ったらどうするんだ? お前が弱っているなら隊長たちの力で倒すことも出来るはずだ」
そう言いながらフレイの瞳を見据える。その瞬間、思わず一歩後ずさりしてしまった。
フレイから迸るように魔力が溢れ出したのだった。フレイの魔力に当てられて、大気が、空間そのものが軋んでいるかのようだった。
だがそれも一瞬で、一息後には何もなかったかのような静けさが戻った。
「断っても構わないのだけれど、無事に帰れるとは思わない方がいいわよ?」
いくら弱っていても、腐っても魔女なのだ。俺一人殺すことくらい、力を失っていても造作もないだろう。
「まぁ、ルクスを殺すとかそういう事はしないから安心してよ。そうね、これは取引よ」
「――取引?」
「そう、無事にルクスが私の力を取り戻してくれたのなら……世界の秘密と貴方の魔力について教えてあげる」
……世界の秘密はよくわからないが、俺の魔力について!? それを知れば俺も魔法を使えるようになるのだろうか? そうすればイリスを守れるのだろうか?
「それで、どうする? 取引はする? しない?」
俺の中で答えはもう既に決まっていた。
「お前の力とやらはどこにあるんだ?」
フレイは満面の笑みを浮かべながら、教えてくれた。
「――おそらく貴方たちの団長の所よ」
あまりの衝撃に、俺があっけにとられているとフレイは意地悪そうな笑みを浮かべ
再び爆弾を投下する。
「ちなみに、一カ月以内に私の力が戻らなかったら、私共々ルクスとイリスちゃん? は死んじゃうからね」
「――は?」
どういう事だ? フレイに魔力が戻らないと一カ月で死ぬ? 俺とイリスが?
「あー、どういう事か理解してないって顔ね? いいわ教えてあげる。
私たち魔女は霊と契約をするのよ。それによって力を得るの……私の場合“炎蛇”って言う高位の霊と契約を結んでいたのだけど、力を大半失ったことで不安定になってるの。
契約が不安定の状態で長く続くと、魔女は契約者に喰い殺されてしまうのよ」
納得だ、どうりで魔女が単身で異常なほどの力を得られるわけだ。
イリスの死は、俺を縛るための物か……
「お前が死ぬ理由は分かった。だけどそれが何で俺の死に繋がるんだ?」
すると、フレイはきょとんとした顔をする。
「だって、私とルクスは血の契約を交わしたじゃない? もう死ぬまで一心同体なのよ?」
「は? はああぁぁぁ!? どういう事だそれ!? あの時はそんな事言ってなかっただろ!」
「あら、どっちにしろ断ってたらあの場で殺してたんだし、変わらないじゃない?」
あの時、断るにしろ受けるにしろ俺の命はこの魔女の手の中だったって事か。
確かに、俺が助けるときイリスの命の話も出たな。
そこで、ふと疑問が浮かぶ。
「ならどうして、イリスの事は生かしておいたんだ? いや今から殺すというのなら全力で止めるが」
「あの娘はルクスと一心同体みたいな感じだったから、消さないでおいたのよ」
確かに、昔からずっと一緒に暮らして兄妹の様な感じではあるし、イリスなしには生きていけないかもしれない。
「そういう事か」
「そういう事なのよ」
「それで、団長の所に力を回収しに行くのは分かったんだが、どんな形をしてるんだ?」
そう、一口に魔力だとか力だと言われても何を持ってくればいいのかが分からない。
「あぁ。そのことなら簡単よ、貴方の手にも刻いてあるわよ?」
俺の手にあるものといったら、刻まれた刺青ぐらいなものだ。
「この刺青の事か?」
そう言って、右手の甲を見せる。
フレイは俺の顔を呆然と見ると、これ見よがしにため息をつく。
「はぁ……ルクス、貴方それが何かわかってないんでしょう?」
「何って言われても、お前に刻まれた刺青だろ?」
「それはね! 私の血と魔力で刻んだ刻印なの! 魔女フレイの魔力刻印! それが私の存在証明みたいなものなの」
「存在証明?」
「そう、それが私の力の根源であり。それによって私は成るの!」
成るって言ってもな……意味わからん。
「魔女の中の身分証みたいなものか?」
「だからっ――まぁいいわ、そうね。身分証みたいなものよ。ただし私の身分証って事は魔女の中だと王家のものと同位なんだからね! あと刻印を受けた意味も考えなさい!」
魔女の中ではフレイはどんな扱いなのか気になるな……まぁこの刻印の重要性は分かった。
「それで、この刻印を見て何が分かるって言うんだ?」
「だ・か・ら! その刻印には剣が描かれているでしょ? それが私の力の具現なのよ」
この燃えている剣が……?
「それじゃあ、この剣の周りにいる蛇は……」
「そう、私の契約霊を現しているのよ。魔女にとって魔力は魂と同義、それが霊と一緒に描かれているんだから、契約の深さも分かるでしょ?」
「あぁ、そうだな……つまり俺は団長の所に行って、この剣と同じものを取ってくればいいんだな?」
「そうよ、絶対に一カ月以内よ? そうしないと、たぶん死んじゃうから」
「なんで一カ月なんだ? なにかあるのか?」
フレイは、天井を見上げながらつぶやく。
「霊と次に交信をするのが、約一カ月後なのよ。毎月、満月の晩12時に契約霊は姿を現すの」
「それが一カ月後って事か。魔女って霊を自ら召喚とかしないのか?」
「出来るわよ、ただ向こうからやって来るのが月に一度って事。今呼んだら一カ月待たずに喰べられちゃうわね」
そう言って、くすくすと笑うフレイ……笑い事じゃないと思うんだがな。
「わかった! この命にかけても絶対にお前の力を取り戻してやるよ!」
本当に命がけだな……
「期待してるわ。あ、明日から私の下僕を送るから夜になったら、その日の成果を教えて
毎晩ここに来るんじゃ大変でしょう?」
「ああ、了解した。下僕って言うのは?」
「それはー、まぁ見てからのお楽しみって事で」
なにか含んだかのような笑みを浮かべる。嫌な予感しかしない……
「変なもの送ってくるなよ?」
「変じゃないわよ? ちゃんとした下僕だから大丈夫よ」
そうか……魔女の下僕だからクモとかネズミのデカイやつとか想像してしまった。
「よし、それじゃあ今日はもう戻ることにするよ。明日から力を取るべく頑張るよ」
そう言って、フレイの脇を通り抜け扉を開ける。
「そう、頑張ってね。私の従僕くん」
そうして俺は王国最強の男、王国騎士団長、ネビロス・フォーレンガルドに――騎士に背を向けることになった。
コメントしてくださったヨシ様ありがとうございます。励みになります!