2話
本日2話目です
どこか遠くから声が聞こえてくる。
「る………く、ん! ルクくん……ルクス君!」
ゆっくりと目を開けると、涙で顔をくしゃくしゃに歪めたティアがいた。
「ティア……?」
俺が声を掛けると、安堵の表情を浮かべる。
「そう、ルクス君の幼馴染のティアです。よかった、本当によかった……」
あれ、俺は魔女に力を貸して……ティアを助けて……あれ?
「何があったんだ……?」
するとティアは言いにくそうにしながら、ぽつりぽつりと語りだした。
「ボクがルクス君と別れた後にね、いつもは施錠されてるはずの教会のドアが開いてたから中に入って確認したんだ。そしたら……魔女が、魔女がいて……ボクの力が欲しいって……
それで切りかかったら、逆にやられちゃって。……ルクス君が無事で本当によかったよぉ」
そう言うと、俺の首に手を回し「ぎゅっ」と抱きしめてくる。
「それで、あの魔女はどうなったんだ?」
すると、ティアは俺の首から手を放し「え?」といった様子で首を傾げる。
「ルクス君が倒したんじゃないの?」
「いや俺も一撃でやられちゃったよ。それにティアは俺が魔法を使えないの知ってるだろ?」
するとティアは慌ててパタパタと手を振る。
「でもでも! ルクス君はボクなんかよりずっと凄いし、強いし!」
「確かに、模擬戦では俺が勝つだろうけど……魔法を使って戦ったらひとたまりもないよ」
所詮俺は“技”に頼るしか能のない人間だ。魔法が使えない人間なんてまずいない世の中で
“異常”だった俺は技を鍛えるしかなかった。
「そんな……こと言ったって。もしルクス君が魔法を使えれば他の人も認めてくれるのに!」
俺のこの魔法が使えない異常性に対して“もし”はないんだがな……
「まぁ、この話は置いておいて。あの魔女、フレイは消えたのか」
俺の呟きを聞いたティアは、栗髪を乱し慌てた声を出す。
「え!? あの、あの魔女がフレイだったの!? 今回の討伐目標のAAAレートの?
ど、どうして分かったの?」
「そうらしい。自分でそう言ってたしな……」
ティアは驚きからか、口をアホの子のように開け呆然と俺を見てくる。
「ん? どうしたんだ? 俺も一撃でやられたからお前と変わらないぞ?」
「え、だって……ルクス君、魔女の名を直接聞いたって事は、魔呪を受けたって事でしょ?
それで無事だったなんて……後で医師団に見てもらわないと!」
魔呪か……魔女が自分の名を媒介に使う呪いだったか? なんか契約云々って言ってたけど、それか?
「いや、大丈夫だと思うぞ! 特に痛い所とか無いしな」
「本当に? まぁルクス君がそう言うなら……」
体を起こそうとすると、ビシっと鼻の先に指を突きつけてくる。
「でも、寮に帰ったら安静にするんだからね!」
「分かった分かった。ちゃんと寝るから、そろそろ隊長のところに報告行くぞ」
そう言って立ち上がろうとした時、部屋にフレイの笑い声が聞こえた気がした。
「――ッ!?」
慌てて部屋を見渡すが、どこにもフレイの影は見えない。
ティアは俺の行動に心配したのか「疲れてるなら先に寮に帰っていいよ」と心配げな目で言ってくる。
そんな心配げなティアに大丈夫だと手で告げて、装備の確認をする。
剣諸々の装備を確認し右手の籠手に手をかけた時、一瞬右手の甲が熱くなった。
少し籠手を外してみると、刺青のようなものが刻まれていた。
しかしティアが心配そうに覗き込んで来ようとしたので、慌てて隠す。
「どうしたの? 手、怪我してるの……見せてみて?」
「いや。籠手に少し傷が出来ただけだ。それより隊長のところに行くぞ」
そう言って、教会の扉に手をかける。
「うん! 分かった。でもやっぱりルクス君調子良さそうじゃないみたいだから、報告はボクがしておくよ!」
「あぁ、それじゃあ報告は頼んだ。もたもたしてると置いてくぞ?」
そう言って、ティアを置いて教会の扉を閉める。
すると「わーー!?」という声と扉をガタガタと揺する音が響く。
ようやく、教会の扉が押さなければ開かないということが分かったのか、顔を真っ赤にした
ティアが飛び出してくる。
「いきなり閉めるなんてひどいよ! しかも扉開かなかったし……」
顔を赤く染め、ぷりぷりと怒りながら俺に並び広場に向け歩き出す。
「それにしても、AAAレートともなる魔女がなんで廃れた教会なんかにいたんだろうね? 力を貸して欲しいなんて言ってたけど……」
「魔女が考えることなんて分かるわけないだろ。結局攻撃してきたわけだしな。まぁその辺も隊長に報告しておいてくれ」
AAAレートの魔女フレイ、彼女がなぜ俺に協力を求めてきたかわ分からないが、それを受けてしまったからにはもう無関係ではいられないのだろう……せめてティアは巻き込まないようにしないとな。
そう胸で誓いながら、商店街を抜け広場に向かった。
「それじゃあ、ティア。報告は任せた、俺はもう寮で休ませてもらうから」
「うん! あれだよー、明日も調子悪かったら訓練ちゃんと休むんだよ? 隊長にはボクから言っておくから」
俺はティアに手を上げることで返事をし、寮へ足を向けた。
騎士団男子寮の3階にあがり、自室の鍵を開けて暗い部屋を明かもつけずに進みベッドに飛び込む。
一人部屋だからか静かな部屋の中、籠手を外した右手を眺める。
「今はもう熱くないんだよな……」
呟きながら、右の手の甲を撫でる。
そこに刻まれていたのは、紅く燃えた剣と、これまた紅い蛇が剣を中心に蜷局を巻いている刺青だった。
「燃える剣と蛇? これは、一体?」
だが、おそらくは魔女が刻んでいったものなのだろう。だから他の人には見られないようにするほかないだろう……特に心配性のティアには。
そっと刺青を撫でてみるが、特に痛みも違和感もない……
今度は試しに、左手に魔力を込め魔法を練る。
だが、いつもの様に魔力は形にならずフッと空気に溶けていく。
「やっぱ、魔法は無理なのか……」
諦めたようにベッドの上で大の字になる。
その時、無意識のうちに右手で魔力を練り、纏う。
「ん?」
魔力を纏った右手を見てみると、なんと刺青が魔力に呼応するかのように紅く脈動していた、まるでそれ自体が別の生命体の様に。
そっと右手を前に突き出し、魔法を練り込んでいく。
だが、いつもよりか多少は練れたような気がしたが結局、魔力が空気に溶けてしまう。
そして魔力が散るのと同時に、刺青の脈動も消えていく。
どういう事なんだ……あの魔女が寄こしたモノなんだ、なんかしらカラクリはあるはずなんだろうが、魔力で反応する刺青か……
そっと刺青から目を離し、窓の外で爛々と輝く紅い月へと視線を動かす、まるで魔女の瞳のような不気味な月へと。
「まったく……なんなんだよ、こいつは」
ポツリと漏れた呟きに対する返答はなかった。
そのまましばらくフレイや刺青の事を考えていたが、気が付けばいつの間にか眠っていた。
◇◆◇
俺は夢を見ているようだった。
それは、熱く苦しい。ただただ苦しいというイメージそのものを見せられたかのようだった。
暗い部屋の中、焔の蛇に巻かれ焼け爛れながらも死ぬことが出来ず、意識を手放すことすらできない女がいた。
俺はその燃え盛る女――魔女フレイにゆっくりと手を伸ばす……フレイも俺を見据えると手を差し伸べてくる。
手と手が交わった時、焔の蛇が弾け飛んだ。
蛇から解放され自由になったフレイは、その黒とも紅とも見える長い髪を手で振り払い俺をそのルビーを溶かしたかのような瞳で見据え、再び手を差し伸べてくる。
俺も手を差し出し、手を結んだ。
先程の助けを求めるような感じではなく、なにか……認められたかのような感じだった。
手を合わせた時、右手の刺青が一瞬紅く輝いた。
俺は彼女の力強い瞳と視線を交える。
「――お前は一体俺に何をさせたいんだ?」
だが俺の質問に対する返答はなく、ただ微笑むだけだった。