二歩のルールを知って、僕の事だと思いました。
袋小路 めいろです。危ない、月一すら微妙になりそうでした。雨が降ったら、このエッセイ書こうと思っていたのですが、雨が降った時に、何かをしなくてはいけない事があったな、以外の情報処理が行われていませんでした。取り敢えず、褒めて伸ばして下さい。
では、最近思った事を書こうと思います。
将棋が、最近の話題にのぼっていますね。彼の爪の垢を煎じて飲んだ方が良いと、言われた事がある方も居るかもしれません。
実に、耳が痛い。爆音で、音楽を聴いている訳ではありません。
虫に刺されているのです。自分自身で作っている虫に。あぁ、無情。
それは置いといて、テレビで将棋のプロの年収ついて紹介されていましたね。
将棋連盟から月15万円、プロになると貰えるとか、2年目からは、前年度の成績などの評価がそれに上乗せされるとか。
良いですね。それをする為だけの環境が整っている。同じ頭を使う小説家とは、天と地の差ですね。
更に、トーナメント線に出れれば、勝っても負けてもお金が出る。勝ち上がれば更に。
タイトルを獲れば賞金付き。真っ直ぐに壁を壊していき、その次の怪物を倒せば、好きな物に埋没出来る時間を手にする事ができる。
他にも、アマチュア相手の講座や、イベント関係の仕事をするとお金が手に入ります。
良いなぁ、最低が設定されているから、死ぬ事は無い。プロになるのが難しいからっていうのも納得ですがね。
同じく、プロになるのが難しい職業である小説家は死にますね。あぁ、無情。
同じ様に出来ないかな。小説家も。漫画家も。全テレビ局が出資して作れないかな、そういう環境へ。もしかして、もうあって、僕が知らないだけかな。
ここからが思いつきなのですが、もうある場合は置いといて、作れないものかなと、本当に作れないのかなと。
最低の金銭が決められている、一定数の新人賞受賞者だけが入会できる様な集合体を。
出資者が、テレビやネットテレビなんかであれば、ドラマ化やアニメ化などがやりやすくなるし、売れて無いけど面白い物を自由に取り出せると思うんです。
小説家側は、最低の中であっても、それだけを考えて暮らせる訳ですからね。尚且つ、死ぬ事はない。特殊な場合を除いてですけどね。仕組みを考えれば、どちらにもメリットがあるはずなんですけどね。
ネットが普及してから、何かが枯渇し始めている本の業界を、救う為の人間が年々と軽んじられている気がするんですよね。
某賞を受賞しても、何それ美味しいのと言われている扱い方のような気がするのです。
流行語大賞の方が、何か大きな扱いを受けるって、逆じゃないのかなと思ってしまう。言葉を扱う内の、本当に小さな部分が流行語大賞なんだけどなと思うんですけどね。
違うのかな。世情を反映する前に、やっておかなければならない事があると思うのですが。
本の世界を僕は良く知りませんが、こちら側から取りに行かなければ、届かない発信力ではいけないと思うんですよね。本屋も年々潰れている中で、何かしないと紙の本は守れないでしょうし、データの本で満足かと言われれば、そこに何か思う事があるでしょう。
出版社が疲れていて、本屋も疲れていて、小説家も疲れているのならば、そろそろ何かをしなくてはと思うのです。
それが、大好きな物への愛情表現だと、僕は思います。
それでは、閉じたいと思います。
ご拝読ありがとうございました。




