道具も意見も使いよう
袋小路 めいろです。月日は云々ですね。大掃除はお済みでしょうか。
僕は、あと二日ほどかかりますね。一軒を綺麗にするとは、なかなか大変です。それでいて、やり甲斐がある。いや、諦めの境地で、出家しているだけかもしれません。
では、思った事を綴ります。
11月末頃だったでしょうか。
市議会議員が、お子さん連れで議会に参加しようとした話です。近い所に住んでいる為か、僕がよく見る地方局でもニュースになっていたので、それを見ておりました。
実に、馬鹿な事をした物だと思いました。公の立場という物を、ちゃんと見ているのかと思いましたね。
僕が気になった点は、託児所が云々の話でも、うちの職場では赤ちゃんも一緒で大丈夫という話でもありません。それは、個々でやれば良いのですから、別段、何も思いませんでした。
引っかかったのは、自らのお子さんが様々なメディアに出ても、躊躇していない母親の姿でした。
良く考えてみて下さい。
公の立場である市議会議員が、自らのお子さんをメディア出すという事を。
まず、国内のメディアが食い付くでしょう。珍しい事を、放っておく所は無い筈です。現に、全国区のニュースになっていました。
そして、海外のメディアも食い付くでしょう。現に、記事として、お二人の写真付きの記事が出ておりました。
それくらいなんだと思われるでしょうが、お子さんの立場になって考えてみて下さい。小さい頃とはいえ、本人の意思もままならない内に、国内メディア、海外メディアの記事や映像ニュースに載るという事を。
成長して、どう思うでしょう。「ラッキー」なんて思うのでしようか。余計な事をしてくれてと、親を蔑むのでしょうか。それとも、沢山ある内の一つだと、開き直っているのでしょうか。
まぁ、それは本人の気持ちですから、別に内々に処理できる事だと思います。ですが、知らない人から「大きくなったね」と、言われる事もあると思うんですよね。田舎であれば、結構、ある事なんですよ。普通、それなりに繋がりはありますがね。ニュースになった場合は、それが無い事もありますよね。本人にとっては、気持ちの良い事になるのかは疑問です。
それは、まだ可愛い方で、場合によっては身の危険もあると思うのです。
公の立場ですから、色々と情報が外に出ております。年収なんかは特に。今回の場合は、中小企業の社長さんくらいの年収でしょうか。それに、政治的な活動をしています。SNSを活用していたりとか。(僕は、今回の方が、SNSをやっているかの確認をとっていないので、やっていたとする体で書いてみます)
となれば、コメントなどが読める場合、お子さんの名前も出ているのではないかと思います。
足掛かりにして特定していき、一定の年数を待って、誘拐なんてあるかなって考えたりもしました。故に、身の危険なのです。これは、一般の人でも通じるかもしれません。
今回の子供連れの批判は、訴え方を間違えているとしか言えないと、僕は思います。センセーショナルにしたい気持ちは分かりますけどね。
スマッシュは気持ちが良いとか、アタックは気持ちが良いとか、シュートにホームランが気持ちが良いのに近くて、それでいて全く違う物に感じて、見ている側として気持ち良くありませんでした。
だからか、子供を道具にしているという批判が混ざっていましたし、それは、受け入れなければならない物だとも思いました。
僕は、ゆっくり今回の件を考えた後、訴え方として、別に人形でも良かったのではないかという思いに至りました。人形を議会期間中に、ずっと持ち歩けば良いと思ったのです。場合によっては、議員の任期中、ずっとでも構わない。
その珍しい光景は、センセーショナルには少し足りないかもしれませんが、それなりの訴えにはなりますし、議会進行の妨げにもならないのではないかと思いました。
子供を道具ではなく、道具を子供にする。見立てる訳です。
メディアで取り上げられる前に、市民に知って貰うという方を優先してこそ、市議会議員だとも思いますし。地方紙から全国紙、もしくはSNSからというのを考えても良かったのではないかと感じました。
踏み止まり伝える、変えずに訴えるというのは、待つ時間や耐える時間も必要であり、批判を最小限にしてこそ、意見の通り道が出来るのだと思います。
皆さまは、どう思われたでしょうか。
この辺で閉じたいと思います。
年末のご挨拶はしません。その辺は、超越したいと思います。
ご拝読ありがとうございました。




