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賭け

 昼の賭けは貴族生徒だけが使えるサロンでおこなわれている。

 サロンの中では、給仕が貴族の生徒達から注文を受け、軽食や飲み物を運んでいた。

 その中の一角で賭け事が興じられていて、どよめきと歓声が混ざり合って随分と盛り上がっている。

 俺はアストンにそのテーブルへと連れて行かれる。

 ちゃんとルルティ、ノアール、そしてウルカさんも俺の後についてくる。

 そんな俺たちをアストンは賭けに興じている貴族生徒たちに紹介した。


「今日はみんなに紹介したい子がいてね。留学生のルルティさんにノアールさんだ。どうだい? 社交界で探してもこんな美しい方はなかなか見かけられないだろう?」


 ルルティとノアールを見て、貴族生徒たちの目の色が変わる。

 そして、賭けの札を机に置くやいなや、甘い言葉を二人に投げかけ始めた。

 歯の浮くような台詞をあっさり言ってのけているけど、中身を知ったらこうはならないだろうなと思って、俺は彼らを冷めた目で見ていた。


「それと、こちらのウルカさんは珍しく一般入学でがんばる苦学生でね。たまには煌びやかな世界も見せてあげようと僕が連れてきたのさ」

「ほぉ、平民にそのような配慮をするとは、アストン様は随分とお優しい。ノブリスオブリージュの精神ですね?」


 何がノブリスオブリージュだよ。人に分け与えるどころか、人から奪い取っていくだけのくせに。ギブアンドテイクすらしないやつだぞ?

 まったく、この貴族サロンの空間は、どうやら俺の住んでいる世界と違うらしい。


「ところで、その男子生徒は?」

「あぁ、こいつはフェイと言ってね。僕の親友さ。今日は彼にもここのゲームに参加してもらおうと思ってね」

「あぁ、なるほど」


 貴族生徒は俺の方をちらりと見ると、口の端をつり上げた。

 きっとなるほどの後に、次のカモですね。という言葉が続いていたんだろう。

 どうやらここにいる貴族生徒たちはアストンの横暴をとがめる気は無いらしい。

 その反応に、アストンは人の良さそうな笑みを浮かべて、俺に振り向いた。


「それじゃあ、始めようか」

「そうだね」


 俺も席につくと、早速トランプの札が配られた。

 賭の内容はポーカーで、強い役を作った方が勝ちというゲーム。

 参加者は俺を含めて五人。

 誰かがカードの交換を望んだり、自分から賭け金を積むことで、相手に賭け金を積ませたりすることで場の賭け金が増えていき、役が一番強い者が賭け金を総取り出来る。

 手札の役が弱くて勝てないと思ったら、さっさと降参してもいい。そうすれば賭け金は参加代金だけで済む。

 逆に弱い役でも賭け金をわざと釣り上げて、自分の役が強い振りをして相手をわざと降ろすなんて作戦もある。

 といった感じで、ルール自体は基本的なものだった。


 そして――。


「おぉ、やるなフェイ。さすが僕の親友だ」

「……ありがとう」


 一試合目、俺は大勝した。

 配られた時からツーペアで一枚交換したらあっさりフルハウスになった。

 どうやらイカサマは無いみたいだ。

 ――なんて思ったら罠にはまる。

 あいつらイカサマで俺に勝ちを拾わせたらしい。


「さすがフェイ」


 そう言ったノアールが俺の肩に触れて、他の人が聞こえないように念話を送ってくる。


(フェイ、イカサマされてる)

(知ってる。俺だけカードの出所が違う。それとカードの裏模様が微妙にそれぞれ違ったり、小さな切れ込みがある)

(さすがだね。どうするの?)


 そこが問題だ。

 今ここでイカサマを指摘しても、彼らの真意は掴めない。

 それに、この三人を連れてきてしまったからな。俺がアストンたちをこのゲームで徹底的に潰さないとまずい。

 魔王として体面を守らないと――ここにいる人たちが死ぬ。


(……まずはイカサマに気がついて、殺気を放ち始めているルルティを止めて欲しい)


 ルルティが身体の後ろで指の準備運動を始めていたんだ。

 やばいよ。完全にディーラー君の顔面を握り潰す気でいるよ。

 ノアールが止めなかったら、サロンが血の海に変わっているような殺気だ。


「さぁ、次の勝負に移ろうか。フェイ」

 そんな殺気に気付かないのか、アストンが勝負の続きを促す。

 そして、不思議なことに、そのまま俺はイカサマで勝ち続けた。

 おかげで、二枚だった金貨も十枚まで増えている。


 けど、そうやって俺の持ち金を増やすことが、彼らの狙いだった。


「さて、賭けのレートを一回あたり金貨十枚にあげようか」


 アストンが突然そう言うと、周りの貴族生徒も一斉に同意するように頷く。

 俺の有り金全てが参加料だけで吹っ飛ぶ計算だ。


「それなら俺は降りるよ。レイズもコールも出来ないし、参加して速降りても一文無しになる」

「大丈夫大丈夫。今までお金を借りたお礼に、コールとレイズの分は貸すし、フェイだけ数回は速降りなら賭け金を返すってルールでやるから。それに今まで連勝しているし、今フェイはとってもついている」


 なるほどね。そう来る訳か。

 俺だけ甘いルールに見せかけて、実際の所かなり怖いルールが追加されたもんだな。


 そして、実際にゲームが始まってみると、なるほど。これは騙されるな。と俺は手札を見てしみじみと思った。

 初手フルハウス。

 これ以上無い好手だ。普通のゲームなら勝ちを信じて前に突き進んでも良い。

 この上の役はフォーカード、ストレートフラッシュ、ロイヤルストレートフラッシュの三つしかない。普通にやっていたら滅多に揃わない役だ。


 けれど俺は――。


「この勝負、降りる」


 俺の言葉に場の空気が固まった。

 ディーラー係の生徒が信じられない物を見ているかのように、目をまん丸にして、口をぽかんと開けている。

 アストンも動揺のせいか手札ではなく、俺を見ている。

「あんまり良い手札じゃなかったからね。慎重にもなるさ」

 俺の言葉にアストンたちは笑って誤魔化してはいるが、お互いに目配せで合図を送り合っていた。

 多分配り間違えていないよな? という確認だろう。

 そして、俺のいないまま、アストンたちは何枚かのカードを交換して勝負に出る。その結果、アストンがスリーカード、他の人は役無しだった。


「残念だったねフェイ。これなら初手が悪くても勝てたんじゃないか?」

「そうだね。もったいないことをしたかも」


 もちろん、そんなことは微塵も思っていない。

 何故ならディーラーがカードを配るときに変な配り方をしていたのも、俺はバッチリ見ている。それで何をやったのか見抜くために透視の魔法を使ったら、案の定だったよ。

 アストンがフォーカードを揃えていた。

 きっとフルハウスを手にした俺が、賭け金をつり上げるレイズに何度も付き合うと思ったんだろう。

 そして、俺に多額の借金を女の子の目の前で背負わせ、大恥をかかせた上に、善人ぶって借金をちゃらにする。そうやって、女の子から賞賛を浴びるっていう算段だったんだろうな。

 手札をわざと崩したのも拍手してやりたいうらいだ。恐らく、自分たちがイカサマをやっているのを気付かれないようにする小細工だろう。

 魔王の俺よりも悪事に向いていそうだ。


「よし、次の勝負だ」


 俺に見抜かれたことも知らないで、アストンは何事もなかったかのように次のゲームを始めようとする。


「ごめん。カードを配る前にトイレに行ってきていいかな?」

「ん? あぁ、トイレはそこだよ」

「ありがとう。すぐ戻る」


 俺はそう言って席を立つと、躓く振りをしてディーラーの肩に手を触れた。

 そして、用を済ませた振りをして席に戻った。

 すると、既にカードは配られていて、俺の席には五枚のカードが伏せられていた。

 俺はそのことに首を傾げると、アストンはハハハと笑った。


「やっぱり、自分の手札を早く知りたくてね。それに大丈夫だよ。誰もカードは交換していないし、見ていない。ルルティさんたちが証人だ」


 その言葉にルルティの方に振り向くと、これまでにない良い笑顔を浮かべて頷いた。

 どうやら殺気は完全に消えたらしい。


「分かった。それじゃあ、勝負を再開しようか。レイズ」


 俺はアストンにそう言うと、全力で金をつり上げた。

 アストンも俺に応じて賭け金を上乗せしていく。何せ彼の手札は今回もかなり強力なのだ。普通にやったらまず負けない役作りが出来ている。

 そして、金貨百枚までつり上がった時、アストンはついに賭け金の上昇を止めて、勝負に出た。


「悪いねフェイ。僕の勝ちだよ。フォーカード」


 そういって現れたのはQのフォーカード。これより強い役はストレートフラッシュしかない。


「さて、金貨百枚分の借金を背負った訳だけど――」

「Kのフォーカード」

「優しい僕は君が土下座したら、借金はチャラに――え?」


 強い役はストレートフラッシュしかないが、もし、同じ役で勝負をした場合、数字が強い方が勝利する。

 つまり、この勝負は俺の勝ちだった。


「さて、優しいアストンは、賭け金の金貨百枚と俺の借りた金貨九十枚を払ってくれるのかな?」

「バ、バカな!? 何で!?」


 そう言ってアストンがディーラーの生徒を睨み付ける。

 その視線にディーラーの生徒は、青ざめた顔でフルフルと首を振っていた。


「カードさばきは凄かったね」

「っ!? まさか気付いていたのか!?」

「何のことだい? 俺はただ、ディーラー君のカードさばきが凄いと言っただけだよ。それとも、もしかしてイカサマの結果が逆転でもしていたのかな?」

「っ!? 何を言っている!? 僕がそんなことをする訳がないだろう!?」

「そうだよね。それじゃあ、もう一勝負やろうか?」

「あぁ! やろう!」


 俺の挑発にアストンはアッサリ乗ってしまい、気付けばアストンの連敗で俺の前には金貨の山が出来ていた。もちろん、賭け金を釣り上げるために借りた金はとっくに返して、全額自分の物になっている。


「何故だ!? 何で僕が勝てない!?」


 数にしておおよそ三百枚。大体これでクラスのみんなが巻き上げられた総額の二倍だ。


「借りた金は倍にして返す。そう言い続けたのはアストンだ。俺がアストンに変わってみんなに金を返してくるよ」


 俺の言葉にアストンは身体をプルプルと震わせて机に頭を叩きつけた。

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