夜の魔王
部屋で気絶しているルルティとノアールをベッドで寝かせて、俺は学院の授業に出席していた。
律儀に授業に出るのにはもちろん理由がある。
魔王を継いだとはいえ、俺には夢があるのだ。
古書店を開き、好きな本を一日中読みふける自由気ままな生活を送るんだ。
ところが、古書店で魔導書を扱う場合、公認魔法使いの資格がいるという。
だから、俺は魔法使いを育てる学院に入学して、公認魔法使いの資格を取ろうとしていた。
夢の古書店を開くために、俺は何としてでも魔王であることを隠し、退学を防がなければならない。
そのはずなのに――。
「今日はまず、留学生の二人を紹介します」
ん? 学期の変わり目でも無いのに留学生? 珍しいな。
なんてことを思っていたら、中に入ってきた人を見て噴き出した。
「ぶっ!? ルルティにノアール!?」
何で二人が教室にいるんだ!?
俺の驚きに対して、二人は顔を赤く染めて目を反らす。
その反応にクラスのみんなの視線が俺に注がれる。
「えっと、フェイ君とお二人はお知り合いなのですか?」
先生が小首を傾げながら、みんなの言葉を代返する。
しまったー……。余計な注目が集まっている。
今、あの二人に若様とか、魔王様なんて言われたら、俺の秘密がみんなにばれる。
「えっと、はい。小さい頃の友人です。だよな? 二人とも?」
俺の念押しに二人はさらに顔を紅潮させ、小さく首を横にふる。
おい! マジで頼むから、魔王っていうのは言わないで! 若様も禁止!
「友人だなんて恐れ多いです。ご主人様」
とルルティが言って胸をなでる。
「私は既にフェイの愛の奴隷」
とお腹を大事そうにさすっていた。
その動きがやけに扇情的で、クラスの男子がざわついた。
「おいいい!? お前らみんなの前で何言ってんの!?」
「昨日はあんなにも慈悲をくれたのに……そんな冷たいわフェイちゃん」
「夜の魔王っぷりも素敵だった。今日は先にフェイを果てさせる」
魔王は魔王でも、夜の魔王って響きが一気に卑猥になるな!?
教室が一気にざわつき、先生は白目を剥いて気絶していた。
「お、おい、あのフェイがあの二人とやったのか?」
「い、いや、ありえないだろ。夜中のチェス大会か何かだろ?」
「フェイのポーンをクイーンに出し入れ……うらやまけしからん」
「うそ、目立たないと思っていたけど、意外と肉食系なの? 夜の魔王ってどれだけ激しいのかしら……」
止めてくれ! みんなが変な目で見ているから!
あぁ!? ウルカさんもそんな驚いた顔でこっちを見ないで!?
うぅ、なんてこった。目立たないようにひっそり生きるために築いてきた立場が崩れていく。
魔王だとは気付かれていないけど、これ以上立場を悪くする前に、早く二人の暴走を止めないと。
「ルルティ、ノアール、今の言葉を訂正しろ。俺とお前たちは幼い頃からの友人だ」
「っ!? はい、フェイ様。冗談が過ぎました」
「ごめんなさいフェイ。会えたのが嬉しくてはしゃぎすぎた」
言葉に少し魔力を込めてぶつけると、二人は背筋を伸ばして、まるで主人に従うメイドのように頭を下げた。
突然俺に魔法をぶつけられて、二人もようやく正気に戻ってくれたようだった。
俺が放ったのはいわゆる気当てと呼ばれる魔法で、相手をびびらせる効果がある。
しかも、その技に指向性を与えたため、ぶつけた相手にしか気取られることはないので、周りの人には気付かない便利な技だ。素性を隠すにはもってこいだ。
こうして大人しくなった二人は、自分の席に案内されて、ようやく授業が始まる。
けれど、クラスメイトの俺に対する見方は、随分と変わってしまった。
夜の魔王フェイ……そんな不名誉な称号がつけられていた。
何かとっても色々な意味で不味い。
その響きに俺はずっと頭を抱え続けていると――。
「やぁ、フェイ。あんなにかわいい子に好意を寄せられて、ため息とは羨ましい限りじゃないか?」
「なんだ。アストンか。悪いけど、今は相手をしている余裕がない」
「ハハハ、つれないねぇ。君の情けないところをあの二人にバラしても良いのかな?」
「あぁー、そんなことされたら……死ぬな」
俺じゃなくて、アストンが。
「そうだろう? 君も男なら淑女に格好悪いところは見せられないだろう?」
俺は嫌味ったらしく笑うアストンの顔を見上げる。
そして、想像してみることにした。
俺がアストンにされた仕打ちを教えたら、アストンはきっと頭をルルティの怪力で握り潰され、手足はノアールの悪魔の槍で一本一本串刺しにされるだろう。
俺を慕う二人がそんな惨劇を引き起こしたら、俺に飛び火するのは明白だ。
夜の魔王、猟奇殺人者を二人従える。
そんな話題が広まってみろ。古書店なんて開ける訳がない。
仕方無い。話を聞いてやるとしよう。
「で、何?」
「あの二人とウルカさんを連れて君も昼の賭けに来たまえ」
「あれ? 金を貸せじゃなくて?」
「ふふ、そうだ。それと、この前君に借りた金貨で大勝したのでね。これは返すよ。その金で賭けに参加したまえ」
そう言ってアストンは俺の手の中に金貨二枚を落とした。
今まで散々金を他人から取り上げたまま返さなかったアストンが、初めて他人に金を渡すのを見た。
けれど、これは素直に返した訳じゃなさそうだな。俺の有り金を全部まきあげて三人の前で恥をかかせようって魂胆だろう。
「分かった。参加する」
断ったら死ぬしなぁ。アストンが。
イカサマを使わなかったら正々堂々勝負しよう。ただし、イカサマされたら、こっちもそれ相応のことをやらせてもらおう。
今まで他人からまきあげてきたものを、全て吐き出させる以上の結末を見せてやる。