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鬼姫吟味書付  作者: あしき わろし
8/12

7 女剣士、怒る

 楠屋の店構えは市川屋に負けず、なかなかの豪商にみえる。

 しかし、ぐるりと見てまわった初江は、



「くさい」



 と、緊張の面持ちを強めた。



「おいらじゃねえですぜ。なあ善の字、お前、やったか?」



 思わず律は鼻をつまみ、善八は尻をおさえて首を振る。



「ちがう」



 初栄は小声で、



「往来にふたり。路地にもふたり。それ、そこの男も――顔を向けるな。目だけで見よ」



 そこには男がひとり、風呂敷包みを背にウロウロしていた。



「あの野郎がなにか」


「袖口に入れ墨が見える」


「あ――なるほど、こいつはくせえ」



 律は合点して、



「どうします。ちょいと締め上げますか」


「いや、あやつらはただの見張りだ。相手をしている暇はない」



 言いつつ横目で善八を見るが、



「いけません。今度は肩も駄目です」



 と、彼にしては珍しくきっぱり断った、そのとき――。



「ぐあっ」



 善八がもんどりうって倒れた。

 一瞬、身構えた初栄と律だったが、相手の姿をみとめると、



「おぬしか」



 そう言って、初栄は緊張を解いた。


 それは大小を差した若い女だった。

 しかも精悍な顔つき、隙のない佇まい、さらには動作のひとつひとつが機敏でムダのない《もののふ》である。


 ただ、散々、走り回ったとみえて、さすがに肩で息をしていた。

 もちろん、老同心・佐々木のひとり娘にして、神林流抜刀術の達人、千冬にほかならない。

 そんな彼女が、陽炎のような怒気を全身からたちのぼらせている。



「千冬。不意打ちは、さむらいのすることではないぞ」


「初栄さまをかどわかす、不埒な輩には、これで充分」


「私が連れだしたのだ。千冬の当て身をまともにもらっては、善八も堪るまい」


「禽獣のごとき奴と思えばこそ。相手が人間なら、斬り捨ててござる」


 千冬は、地べたで身悶える善八をひと睨みすると、律に目をうつした。

 殺気を感じて、さすがの親分も身をすくませている。



「こやつは?」


「置網町の親分だ。手伝ってもらっている」


「同心のマネゴトはやめて、お屋敷に帰るのです」


「そうはいかん。件の押し込みまであと一歩なのだ」


「お戯れを」


「そうだ。どのみち善八が頑固なので、どうやって入り込むか思案していたが、千冬がいるなら話が早い」



 そう言った初栄がくるりと白目を剥いて、



「あれえ――」



 と、その場に倒れ込んだ。



「は、初栄さま」



 悶絶していた善八が、よろめきながら駆け寄ったが、



「ええい、貴様は手を触れるな!」


「姫さん!どうしたんですかい」



 初栄は喘ぎながら、



「走り回ったせいで、どうも立ち眩みのようだ」


「いえ、走り回ったのは私――痛てて」



 内股をつねられた善八が口をつぐむ。



「千冬。少し休めば大丈夫だから、そこの薬屋で休ませてくれるよう、頼んでくれんかの。できれば気付けを少々、調合してくれると助かる」


「初栄さま。本当に気分を悪くされたのでありましょうな?」


「これも、千冬の言いつけを守らなかったせいだ。反省しておる」



 あからさまな懐疑の目をむける千冬に、



「少し休めばきっと帰るが、このままでは帰らぬ人になるやもしれん。思えば、みじかい人生であった――」


「こいつはいけねえ。おい善の字、そっち持て。おさむらいさん、こういう場合によくねえのは、お天道様の下に放っておくことですぜ」


「さらばだ、千冬――父上と母上には、会いたかったと伝えてたもれ。では、達者でな」


「ああ、もう!」



 憤然としながらも、千冬は立ちあがって、



「半時ほど休んだら、きっと帰るのですぞ!」



 そう言い残して、橘屋の暖簾をくぐっていった。



「へへ、うまくいきましたね。おさむらいに頼まれちゃあ、店のもんだって断れませんぜ。おまけに商売が商売ときてやがる。店先の病人を放っとくわけにゃ、いきませんや」



 律が、こっそり舌をだした。

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