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鬼姫吟味書付  作者: あしき わろし
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3 若旦那の放蕩

 有名な吉原のほかにも、江戸には娼館があつまる歓楽街があり、岡場所と呼んだ。


 庶民にとっては気軽な遊び場だが、犯罪者にとっては、いい隠れ場所でもあった。

 だから幕府は公営の吉原と、四宿(品川、板橋、千住、新宿)あたりにとどめたい。

 が、それも、ままならないのが悩みの種で、いつの時代も歓楽街の連中はしぶとく、いくら追い払っても、すぐに帰ってきてしまうのだ。


 それは、それとして―――。


 律のような稼業にとっては、こうした連中の扱いは、腕の見せどころでもあった。

 日ごろから手なずけておけば、いざという時の情報源になる。


 捜索もはかどらないなか、江戸を騒がす連続強盗について、



(噂のひとつでも)



 転がってやしないかと、なじみの遊女をたずねたのだったが、もちろんそこは、ただ話をしただけというわけでもなく、



「どうか、お染には、ひとつ内緒に」



 ズバリ当てられて、すっかり参った律は、



「あれで、けっこう嫉妬ぶかいんでさ」


「それはよいが、同心に報告した例の件は、話してくれる気になったかの」


「へえ、そりゃもう」



 と、語りはじめたのだった。



 ※ ※ ※ ※ ※



「八幡町に、富岡屋という呉服屋がございます」


「ふむ。たいそう繁盛しているそうだの」


「そりゃあもう。先代までは、ほんの小商いでしたが、三代目が店を建て増したところ、これがあたりまして」


「ほう」


「いまでは、京からも反物を仕入れている、なかなかの大店となっております。ところが、そうなるとツキモノなのが、不肖の倅というやつで―――」



 話の続きはこうだった。


 富岡屋のあと継ぎを、伝一郎という。いたってマジメな若者だそうだ。

 ただ、このごろ夜遊びを嗜むようになった。それで、ときどき朝帰りをする。


 朝帰りをしても、さすがに若いだけあって、仕事はいつも通りにこなす。

 それどころか、夜通し遊んだあとは、妙に陽気で機嫌がよい。

 それが二日も三日も続くので、すこし気味が悪いほどだった。


 とりあえずということで、番頭が相談をもちかけたが、



「遊ぶことも、ちゃんと覚えなきゃあ、いい商人になれやしないさ」



 という富岡屋当代の判断もあり、しばらく見ぬふりをすることにした。


 ところが、ある日のこと―――。


 とうとう羽目をはずしすぎたのか、朝になっても伝一郎の姿が見えない。

 どうしたことかと案じていると、昼頃になって、ふらつきながら帰ってきた。

 番頭は、ここがクギのさしどころ、と胆をきめて、



「若旦那。いったい、どこへ行かれていたんです」



 と、詰め寄った。

 伝一郎は青い顔をして、うつむくばかり。



「いいえ、だんまりは通しません」



 どうせバクチで大負けしたか、女にでもフラれたんだろうと、内心では苦笑しながら、



「いまに若旦那がいないと、店がまわらないって日もくるんです。さあ、おっしゃっていただきますよ。どこで何をされていたんです」



 番頭はなおも、こんこんと説教をしたそうだ。

 さすがにこたえたのか、伝一郎はしおれきっていたという。



 ※ ※ ※ ※ ※



「ふむ。結局、どこに行っていたのであろうの」


 初栄は、片目をつむって、小首をかしげていた。



「さあ、それだけは、どうしても口を割らなかったそうで」


「伝一郎は隠しごとをする性分だったかの」


「いえ、きいた話じゃ、いたって正直なヤツのようなんですがね」


「ふむ」


「ケンカで青アザをこしらえたときも、これこれしかじかと、そうなったわけをきっちり説明したようですぜ」


「なるほどの。話の腰を折ってわるかった。つづけてほしい」


「実は、こっからが、おかしな話なんでさあ」



 と、律は声をひそめた。

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